笠原一輝のユビキタス情報局
AMD PROで国内法人PCシェア倍増を目指すAMD
~チャネル市場向けAMD PROの計画も明らかに
(2014/11/6 11:42)
米AMDは6月に開催されたCOMPUTEX TAIPEI 2014において、企業向けノートPC用の新しいCPUブランドとなる「AMD PRO」(エーエムディープロ)を発表した。その後、デスクトップPC版も追加され、ラインナップは拡張し続けている。AMD コマーシャルクライアント シニアディレクター アディティヤ・カプーア氏は「AMD PROは1世代だけで終わる製品ではない、将来世代の製品でもAMD PROのブランドを冠した製品が登場することになるだろう」と述べ、今後も長期的に企業向け製品に注力していくことをアピールした。
さらに日本AMD株式会社 コンシューマ・コマーシャル事業部 事業部長 林淳二氏は「現在は1桁代に留まっている日本の企業向けPC市場での市場シェアを、現在の倍以上の数字を目標にして売り込みをかけていく」と明らかにした。
10%台前半という低いシェアに留まる企業向け製品
AMDのプロセッサブランドと言えば、かつては「Phenom」(フェノム)、「Athlon」(アスロン)、「Sempron」(センプロン)の3本建てだったが、APU時代になってからは「AMD FX」シリーズ、「AMD A」シリーズ、「AMD E」シリーズといったブランド名というよりは型番と表現した方が良いようなブランド名に置きかえられている。AMDが導入した企業向けのブランドである「AMD PRO」もそうしたブランド名の1つと考えることができるが、大きな違いは“Pro”という意味がある単語が利用されていることだ。
AMDがなぜAMD PROを導入したのかについてカプーア氏は「これまでのAMD製品は、どちらかと言えば個人向け市場で受け入れられてきた。企業のIT管理者は、自宅ではAMD製品、例えばRadeonを利用していても仕事では使っていないという状況があった。そこで、企業のIT部門にもアピールできるようなブランドが必要だと考えた」と説明する。つまり、これまでAMDのAPUは、企業向けにはあまり受け入れられてはこなかったということになる。
それには2つの要因が考えられる。1つはAPUの最大の特徴である強力なGPUが、個人用途向けと考えられていたことだ。GPUの利用方法がこれまではグラフィックスが中心であり、グラフィックス=個人ユーザーという認識があった。つまり、GPUを使う(=強力なGPUが必要)ならAMDのAPUや単体GPUを選択する価値があるが、ビジネスには関係ない。企業ユーザーの中にはそういう認識がかなりあったと考えることができる(もっとも、こういう状況はOpenCLの登場によりかなり変わりつつあるが)。
もう1つの要因は、企業向け市場において競合他社が非常に強い地位とブランドイメージを持っていることだ。競合のIntelは企業向けのソリューションとして、「vPro」という企業向けの管理機能のブランドを持っている。技術的にはチップセット(PCH)に内蔵されている「Management Engine」(ME)というハードウェアを利用した管理機能のブランド名であり、MEを利用できるチップセットを利用できるプロセッサのことを「Core i7 vProプロセッサ」などと呼んでいる。
こうした中で、AMDの企業向けシェアは、個人向けほどは高くなかった。全世界では「10%台前半」(カプーア氏)という数字は、個人向けを含めた市場シェアが20~25%の間を行き来しているAMDの状況から考えれば低い数字と言わざるを得ない。つまり、逆に言えばそこに成長の余地があると判断したわけだ。
AMDは、AMD PROに長期間取り組みを続けていくという。カプーア氏は「AMD PRO向けの製品は、EOL(End of Life:製品提供の終了)までの期間が長めに設定されており、企業ユーザーは安心して選択することができる。また、第1弾はKaveriベースだが、将来Kaveriの次のAPU、そのまた次のAPUと登場した時にもAMD PROは提供される」と強調した。
AMD PROの特徴はDASHのサポート、将来製品ではTrustZone対応のPSPを搭載へ
では、AMDの企業向け製品となるAMD PROは個人向け製品とは何が違うのだろうか? 機能面の最大の違いは、企業向けの管理機能となる「DASH」(Desktop and mobile Architecture for System Hardware)に対応していることだ。DASHというのは「DMTF」(Distributed Management Task Force)という標準化団体が策定している企業向けのクライアントデバイス管理機能で、オープンな規格として公開されている。DASHには、リモートKVM(キーボードやマウスのリモート制御機能)、リモートBIOS管理、NIC管理などの仕様が定められており、Webブラウザを利用してシステム管理者がPCを遠隔管理できる。なお、IntelのvProもDASH機能を包含している(IntelはDTMFの幹事企業でもある)。
AMDはこのDASHの機能をシステムレベル、つまりマザーボードレベルで統合して顧客に提供するとカプーア氏は説明する。「競合他社は自社の高価なチップセットやNICに管理機能をハードウェアレベルで統合して顧客に提供している。これに対して我々は、DASHというオープンスタンダードを実装しており、NICベンダーなどと協力してオープンな形で顧客に提供する」(カプーア氏)と、競合他社よりも安価に実装できる点が優位点だとしている。
もう少し説明すると、IntelのvProを実装するには、チップセットがvPro対応のチップセットで、かつIntelのNICを搭載している必要がある。CPUもvProをサポートしたCoreプロセッサが必要になる。つまり、全てIntel製品でvPro対応でなければならない。これに対してAMDは、サードパーティのDASH対応のNICを選択すれば、低価格でDASH機能を実装できる。つまり、DASH機能さえあれば良いという企業のIT管理者にとって、AMD PROを選択すれば競合他社よりも安価にDASH機能を手に入れられるとカプーア氏は言いたいわけだ。
なお、企業向けPCでは、BitLocker暗号化などを利用するために、TPM(暗号化鍵を持つセキュリティチップのこと)の搭載が必須という要件も少なくないだろう。現在Intelの製品では、プロセッサにTPM 2.0チップが内蔵されているが、現状のKaveriはTPM機能を内蔵していないため、TPMを別チップの形でマザーボード上に実装する必要がある。
しかし、将来的にはこれも改善される見通しだ。というのも、低電力なモバイル向けとなる「Beema」、「Mullins」というSoCでは、すでにCortex-A5ベースのセキュリティプロセッサとなる「PSP」(Platform Security Processor)が内蔵されているからだ。
PSPはARMが提唱している「TrustZone」というアプリケーションプラットフォームに対応しており、現在のTPMのような使い方も可能になるし、将来的にはより高度なセキュリティが実現可能になる。カプーア氏は「PSPはAMD独自技術ではなくオープン規格に基づいた技術だ。このため、さまざまな応用が考えられる。例えばウイルス検知ソリューションのベンダーがこれを利用して、より高度な検知を行なえる」と述べ、そのメリットを強調した。
「Kaveriの開発は、PSPの採用が決まる前から始まっていたため、同製品にPSPは搭載されないが、AMDはPSPに投資していくことを決定しており、今後登場する製品ではPSPを搭載していくことになる」と言う。
一桁台に留まる日本での企業向けPCの市場シェア倍増を目指す
それでは、AMD PROの登場により、企業向けの市場シェアに大きな動きがあったのだろうか? カプーア氏によれば「AMD PROは6月のCOMPUTEX TAIPEIでノートPC向けを発表し、9月にはデスクトップPC向けを追加したばかりだ。このため、現時点ではAMD PROを発表したことによる影響に言及するのは難しい。しかし、AMD全体の企業向けPCの状況という意味では、2013年に比べて採用数は倍になっている」とのことだ。製品への採用が増えているということは、当然、市場シェアも上昇基調になる可能性は高い。つまり10%台前半だった企業向けPCのシェアも上昇していくということだ。
今後は、AMD PRO製品の採用をさらに増やしていくことがAMDにとっては重要になるだろう。カプーア氏によれば、現時点ではAMD PROは、HPへの独占供給ということになっているのだと言う。「誰もが知っている通り、HPはAMDにとって個人向けも含めた最大のOEMメーカーである。これまでも良好な関係を保っており、新しいプラットフォームを立ち上げるときのパートナーがHPになるのは自然なことだ。HPはまず上位モデルでAMD PROを展開しているが、我々は今後はミドルレンジ製品でも展開して欲しいと考えている。その後、ほかのOEMメーカーへ横展開していく計画だ」(カプーア氏)。
OEMメーカーにとって、AMD製品を採用することは、ビジネス上のカードを持つという意味でも大きな意味がある。部材メーカーから調達する価格は“時価”であるため、競合他社がより安価な価格を示せば、現在強気の価格設定をしている部材メーカーも価格を下げざるを得なくなる。これまで、企業向けのPCプロセッサではIntelの一人勝ちという状況だったので、そこにAMDが強力な製品をもって参入してくることはOEMメーカーにとっては大歓迎だろう。
では、日本市場ではどうだろうか。日本はIntelのシェアが高い市場で、企業向けPCもその状況に大きな違いはない。日本AMDの林淳二氏は「日本での企業向けPCの市場シェアは1桁台の比率に留まっている。日本AMDとしてもそこをテコ入れしたいと考えており、まずはHP様やLenovo様といったグローバルにビジネスを展開しているOEMメーカー様の既存企業向けPCを日本でも販売してもらえるようにお願いすることから始めている。その実績を持って、国内メーカー様にも働きかけを強めていきたい」と説明した。
林氏は「現在の2倍の市場シェアを目指したい」と意気込む。元々が少ないとは言え、Intelがこれだけ強力なブランドイメージを持つ日本の企業向けPC市場で、2倍というのは決して簡単な目標ではないとは思うが、だからこそ成長の余地があるとも言える。
チャネル向けのマザーボードに関してもマザーボードベンダと協議を続けている
AMD PRO普及に向けた施策は、OEMメーカーへの働きかけだけに留まらない。AMDは今後、AMD PROをホワイトボックスPCや自作PC市場にも展開していく計画だ。「我々はチャネル市場向けにもAMD PROを展開していく。すでにマザーボードベンダーへの働きかけを強めており、いくつかのマザーボードベンダーが計画を進めている」と述べ、今後、AMD PROに対応できるマザーボードがリリースされる見通しであることを明らかにした。AMD PROを利用するにはマザーボード側でDASHに対応したNICを搭載している必要があるため、マザーボードベンダーと協力して仕様策定などを行なっているという。
AMDの企業向けPCの戦略は、競合他社の弱点をうまく突いてきた、AMDらしい戦略と言える。すでに述べた通り、AMDの企業向けPCの市場シェアは個人向けに比べて低いのが現状で、だからこそ、そこには成長の余地があると言える。特に個人向けPCの成長が難しいと言われる中、安定した数量が望める企業向けPCの市場は、AMDにとっても、そしてその競合となるIntelにとってもより重要な市場になるだろう。それだけにその競争の結果として、PC自体の価格下落が実現されるのであれば、企業ユーザーにとっては歓迎して良いと言っていいのではないだろうか。