笠原一輝のユビキタス情報局

VAIOの成功の鍵は安曇野エンジニア達が作る、まだ見ぬ「スゲーPC」だ

 VAIO株式会社は7月1日に会見を開催し、正式に発足した。その発表会の模様は別記事を参照していただくとして、本記事では筆者が独自に取材した内容を含めて、新会社VAIOに期待できること、そして今後の展開についてお伝えしていきたい。

 新会社が会見で明らかにしたその姿は、付加価値の高い製品にフォーカスし、ソニーマーケティング株式会社(SMOJ)がソニー製品の直販サイトとして展開している「ソニーストア」に販売チャネルを絞った直販PCメーカーという新しい形だ。もちろん、これまでにも直販だけに絞ったPCメーカーというのは存在していたが、高付加価値な製品に焦点を絞ったという形態は新しいビジネスモデルになる。

 この新会社は、日本のPCユーザーにとってどんな意味があって、どんな会社になり、そしてどんなPCを我々に提供してくれるのだろうか?

変わりゆくPCの位置づけにあわせた製品作りを目指す本質+αの意味

新会社のお披露目記者会見で話すVAIO株式会社 代表取締役社長 関取高行氏

 今回の記者会見で、ソニー出身でVAIO株式会社の代表取締役社長に就任した関取高行氏は「本質+α」という言葉を盛んに繰り返した。本質というのは「PCは道具としての進化が問われ始めている。その道具としての本質的機能や性能をユーザーは求めている」とのことで、要するにPCをビジネスツールとして生産性の向上に使ったり、動画や音楽の編集に使ったりと、何かを作り出すツールとして使うことこそPCの本質的な意味だと言っているのだ。そうしたPCの本質を突いた製品をまず作り、そこにプラスアルファの何らかの魅力を付加していく、それこそが新しいVAIO株式会社の哲学だと関取氏は説明した。

 この背景には、PCの使い方も大きく変わりつつあるということがあると思う。従来のPCというのは、それこそ何でもできるデバイスだった。メールを見たり、Webを見たり、文章を編集したり、音楽や動画を編集したり……何でもPCでやるというのが当たり前だった。

 だが、スマートフォンやタブレットという新しいデバイスが登場したことで、特にメールやWebを見るといった作業は、PCへの依存度が下がっている。インターネットに接続して何かをする時間が増え、その中でPCを利用して何かをする時間が相対的に減っているのだ。

 しかしながら、PCを利用しないという人が劇的に増えているかと言えばそうではないと思う。外出先ではスマートフォンやタブレットを使って見るかもしれないが、家に帰ればPCを起動してネットを見る、あるいは文章の編集を行なう、そうした使い分けが一般的になっていくのではないだろうか。

 そうした状況でのPCは、従来の“何でもできる機器”から、“道具として便利なモノ”に変質しなければならない、そしてPCメーカーはそうした時代に合わせた“新しいPCのカタチ”を提案して行かなければならない、関取氏が言いたいのはそういうことだ。

新VAIOの姿は高付加価値モデルに特化した直販PCメーカー

 そうした“新しいPCのカタチ”を提案するVAIO株式会社は、これまでのソニー時代のVAIOとは大きく変わった形のPCメーカーに生まれ変わることになる。

 今後、VAIO株式会社はソニーの販売会社であるソニーマーケティング株式会社(SMOJ)を総代理店として販売していくことになる。ソニー時代には量販店を含めて店頭でも販売していたが、VAIO株式会社ではSMOJが展開するソニーのWeb直販ストアであるソニーストア経由でのみ販売する。

 つまり、VAIO株式会社では中間コストになりかねない販社を持たず、マーケティングと設計、製造、サポートのみを行なう従業員240人のスリムな構造の企業として展開していくことになる。これは、1,000人からの従業員を抱え、ワールドワイドにビジネスを展開していたソニーVAIO時代とは大きく異なる。

 新会社がダイレクト販売のみにフォーカスしたのは新会社にとっては合理的な選択だ。ソニーVAIO時代に、VAIO Owner Made(VOM)と呼ばれるソニーストアでのダイレクト販売の販売単価が店頭モデルに比べて圧倒的に高いということはSMOJの関係者が常に指摘していたことだ。新会社が限られたリソースの中で、最大限効率よくビジネスを行なうということを考えれば、中間コストがかかる店頭販売を諦めて、付加価値の高いモデルが売れる直販にフォーカスするというのは頷ける話だ。もちろんユーザーにとっては気軽に店頭で買えなくなるのは残念な話かもしれないが、その代わりスペックを自分で選んで買う手段は残されたことは素直に歓迎していいだろう。

 本社は長野県にある旧ソニーの安曇野事業所である安曇野工場に置かれ、東京にはマーケティング機能を持つ東京オフィスが置かれる形になる。安曇野には、設計、製造、サポートなどマーケティング以外の機能が全て集約される。ソニーVAIO時代には、販売はSMOJに、マーケティングは東京本社に、サポートは別会社に、設計と製造は安曇野に、となっていた複雑な構造が、シンプルになる。特にユーザーサポートが安曇野に統合されたことの意味は決して小さくない。サポートと設計、製造が身近にいることで、サポートからのフィードバックが直接設計や製造に届くことになり、その後の製品にそれが反映される可能性が高くなる。

 また、発表会では安曇野工場の役割についても言及された。ソニー時代は、ODMメーカーで製造されるモデルはODMメーカーから直接ユーザー宅へと発送される体制になっていたが、新会社では、ODMメーカーで製造されるモデルも、全て1度安曇野工場へと納入され、そこで品質検査やOSのインストールなど最終仕上げを行ない発送する、「安曇野FINISH」と呼ばれる体制となる。なお、将来的には安曇野工場で再び生産される計画もあるとのことだが、現時点ではこうした安曇野FINISHという形で安曇野工場が活用されることになる。

 このように、発表された内容から見えてきたVAIO株式会社の姿は、高付加価値モデルにフォーカスをし、組織をできるだけスリムにすることで、ビジネスを回していく、そうしたカタチだと言うことができるだろう。

ソニー時代の安曇野工場
ソニー時代に安曇野工場の入り口に設置されていた「VAIOの里」の石碑。本当の意味でVAIOの本拠地となる

ソニーVAIO時代の魂を継承する安曇野のエンジニアが引き続き新製品を設計

 そうした中で、新会社が当面販売していく製品は、ソニー時代のVAIOとして販売されていた製品となる「VAIO Pro 11」、「同13」と「VAIO Fit 15E」になる。モバイル向けの製品となる「VAIO Fit 11」、「同13」が残らなかったのは、純粋にVAIO Pro 11/13とかぶるからだろう。すでに述べた通り、新会社は組織をスリムにして効率を重視して回していかなければならない。その時にダイレクト販売の比率が多いVAIO Proを残し、店頭売りが中心だったVAIO Fit 11/13を残さなかったというのは頷ける話だ。

 その一方でVAIO Fit 15Eが残ったのは、ビジネス向けに15型の製品がないと困るからだろう。新会社ではSMOJを総代理店として、ビジネス向けにも積極的に販売していく。その時にビジネス向けでは売れ筋の1つである15型の製品がないと困るというのがVAIO Fit 15Eが残った理由だ。

 しかし、VAIOのフラッグシップ製品の位置付けだった「VAIO Duo 13」は残らなかった。VAIO Duo 13はCoreプロセッサを搭載した2-in-1デバイスとして初めてInstantGo(当時はConnected Standby)をサポートし、ユニークなサーフスライダー構造を採るなど、続々と登場しつつある2-in-1デバイスの中でもずば抜けて完成度が高い製品だった。ただ、液晶サイズが同じ13型のVAIO Pro 13とかぶる製品であるのも事実で、それが理由で今回は残らなかったのだろう。

 では、今後もそうしたVAIO Duo 13のような尖った製品は登場しないのだろうか? そんなことはない、筆者が独自に取材したところ、PM(Product Manager)として、ソニーVAIO時代にも在籍していた3人のPMが新会社にも残ったことが分かっている。「VAIO X」のプロダクトマネージャー(PM)で、ソニーVAIO時代には開発部の部長を務めていた林薫氏(林氏が登場するインタビュー記事はこちら)、「VAIO Duo 13」、そしてそれ以前は「VAIO Z」のPMとして常に尖った製品を担当してきた笠井貴光氏(笠井氏が登場するインタビュー記事はこちら)、そして最も直近のヒット商品である「VAIO Pro」シリーズのPMだった宮入専氏(宮入氏が登場するインタビュー記事はこちら)。こうしたエンジニアを社内に残したということは、言うまでも無く自社設計の製品を続けるという決意表明にほかならない。

 こうした顔になるエンジニアはもちろんのこと、その下で開発を担当するエンジニアは多数安曇野工場に残っている。このことはVAIOファンや、よりユニークなPCが欲しいと考えているユーザーにとっては朗報だ。安曇野にいるエンジニア達が、世界的に見ても強力なチームであることは折り紙付きだ。今回の発表会では新製品については何も発表されなかったが、新製品が開発中であることだけは言及があった。つまり、こうしてソニーVAIO時代から引き継がされている優秀なエンジニア達が残っているから、その新製品は十分に期待していい。

 PCの場合は、どうしてもプラットフォームベンダー(IntelやMicrosoft)のタイミングにある程度合わせる必要があり、確かに現時点は、新CPUがどんどん後ろ倒しになってしまっていることもあって、新しい製品を出すタイミングではない。それも新製品がこのタイミングにはない1つの理由ではあるだろう。ではそのタイミングはどこかと考えれば、やはり年末に予定されている、Broadwell-Yこと「Core Mプロセッサ」が登場するタイミングか、同じく年末に予定されているBay Trailの後継となるCherry Trailがリリースされるタイミングが有力だ。どちらの製品も、ARM SoCのハイエンドに負けない低消費電力を実現しつつ、性能では大きく上回る製品となる。

 そうした今年の終わりから来年の前半にかけて、優れた新製品が出てくるようなことがあれば、新会社にとっても大きなステップになるだろう。安曇野のエンジニア達なら充分できると思うだけに期待したいところだ。

新会社にとっての課題

 このように、新会社の前途は洋々だ! と言って終わりたいところだが、残念ながら現実はそんなに生やさしくはない。新会社が抱える課題についても触れておかなければフェアではないだろう。

 新会社が乗り越えるべき壁は、仕入れのボリュームと価格だ。PCは成熟製品であるので、使われているコンポーネントなどは汎用品がほとんどで、CPUであればIntelやAMD、SSDならSamsung ElectronicsやIntel、OSならMicrosoft……のようにサプライヤーから納入されて自社製品に組み込んで出荷することになる。問題はその納入価格は、取引実績に応じて決まるということだ。つまり、たくさん買っているメーカーは安くなるし、少ししか買わないメーカーは高くなるということだ。

 新会社は“規模は追わない”ということを方針にしている。実際、ソニー時代のVAIOは世界シェア2%程度を持っていて、年によって上下はあったものの年産で700〜800万台近くのPCを出荷していたが、これはグローバルにビジネスを展開していたからで、日本市場だけに限るなら年産100万台以下の規模だった。かつ新会社では直販のみと、ボリュームが見込まれる店頭販売をしないことを決めたため、多くの台数を期待することはできない。実際、VAIOは15年に30〜35万台をターゲットにすると発表している。

 となると、サプライヤーからはどういう扱いになるのかと言うと、こうした国内だけを対象にした数十万台規模のPCメーカーは、ローカルOEMと呼ばれる扱いになる。いわゆるホワイトボックスメーカーよりは高い位置付けだが、ラージOEMと呼ばれるグローバルに規模があるPCメーカー(Lenovo、HP、Dell、Acer、ASUSなど)に比べると1ランク低い扱いになる。実際、ソニーがVAIO事業を売却することを決めてから、インテルも担当の人員を削減しなければならなくなった。そうしたことを考えればサプライヤー側もVAIOをソニー時代のVAIOと同じ扱いにはできないという現実があり、今後もう一度海外に打って出るなどしてグローバルでのシェアを回復しない限りは調達コストの面で厳しい現実に直面することになる。

 ただ、インテルにせよ、日本マイクロソフトにせよ、依然としてVAIOに対してはある程度の特別配慮を行なう方針であると業界関係者は証言する。なぜかと言えば、VAIOが安曇野の開発チームという、他のローカルOEMが抱えていない“財産”を持っているからだ。特にインテルは昨年(2013年)の秋に新社長に就任した江田麻季子氏が、方針として「アジア重視」を打ち出していることは以前の記事でも紹介した通り。かつ、VAIOのブランド力は、アジア各国(特に台湾や東南アジア)では日本と同じぐらい浸透力がある。

 当面は日本市場にフォーカスすることを決めているとしても、中長期的にはその強力なVAIOブランドと、安曇野の開発チームが開発した“尖った製品”との組み合わせで再びアジア市場に打って出る、そうした展開は十二分に考えられる。おそらくインテルにも、日本マイクロソフトにもそうした思惑があると考えられるが、それもこれも安曇野の開発チームが世の中を驚かすことができるような製品を作れれば、の話であるだけに彼等にかかるプレッシャーは小さくないと言えるだろう。

安曇野のエンジニア達が打ち出してくるまだ見ぬ“スゲーPC”

 こうして見ていくと、新会社が成功するための条件は、一にも二にも今後安曇野の開発チームが開発する製品次第ということが言えるだろう。それがまだ姿を現していない現時点では、新会社の前途がどうであるのかを判断することはできないと筆者は思う。まずは、すでに評価が確立している製品であるVAIO Pro 11/13、およびVAIO Fit 15Eという製品で着実にビジネスを行ない、これまで攻め切れていなかったビジネス向けの市場を開拓していく、それが当面の新会社の動きということになるだろう。そして今年の終わりから来年の前半にかけて登場が予想される新製品がどのような製品になるのか、それを待ってから判断を下しても遅くない。

 新会社がこれから直面することはこれまで誰も経験したことがない、全く新しいチャレンジだ。直販に絞ったPCメーカーはすでに存在しているが、いずれも経済性を追求した製品のラインナップが多く、高付加価値の製品にラインナップを集中してビジネスが成功したPCメーカーは、筆者の知る限りは無い。もちろん言い方は2つある。誰もチャレンジしたことがないということは、誰も成功しないと思っているからチャレンジしなかったとも言えるし、誰もチャレンジしたことがないからこそ大きく成功する可能性があるとも言える。それだけに新会社が誰もチャレンジしたことがないやり方にチャレンジすることに、筆者は敬意を表したいと思う、1番先頭にいる人は常に“上手くいくはずがない“という陰口と闘わなければならないのだから。

 いずれにせよ、ユーザーにとっては、引き続き人気機種であるVAIO Pro 11/13、VAIO Fit 15Eを継続して購入することができるようになったのは良いニュースだし、何よりもPCユーザーが本当に欲しいと思っている製品を、世界一といっていい優秀なエンジニアが作ってくれるであろう会社がスタートするということは喜ばしいことだ。そこは素直に歓迎して、この記事のまとめとしたい。

(笠原 一輝)