笠原一輝のユビキタス情報局

インテル社長交代の背景

〜日本法人は独立地域からアジア太平洋地域へと所属変更

 米Intel(以下Intelと表記する場合には米国本社を含めたIntel全体のことを意味することとする)の日本法人となるインテル株式会社は、都内のホテルで記者会見を開催し、10月10日に同社の代表取締役新社長に就任した江田麻季子氏が、前任者となる吉田和正氏の同席の下、就任会見を行なった(その模様は別記事を参照していただきたい)。

 この中で江田氏は、「自分の上司はIntelのアジアパシフィック担当副社長となる」、とIntelにおけるインテルの位置付けについて重大な発言を行なっている。従来、日本法人の社長はIntel本社のセールス担当重役に直接報告していたが、アジア太平洋地域を担当する重役へと報告する立場に変更になっているのだ。

 実はこのことは、唐突に見える社長交代の最大の理由であり、インテルの日本法人が独立した地域としてIntel本社に認識されていた時代は終わりを告げ、APAC(アジア太平洋地域)の1つの地域になったことを意味しているのだ。

突然の社長交代の記者会見で飛び交った「アジア重視」にある背景

インテルの代表取締役社長に就任した江田麻季子氏

 おそらく、何の前提知識もなしに今回の記者会見に参加した一般の記者は、目の前で江田氏と吉田氏が「アジア」と連呼するのを不思議に思っていたのではないだろうか。日本のPCメーカーにとっても、アジア市場が重要であることは当然だ。今や中国は世界最大のPC市場であるし、著しい経済的な成長を続けているインドネシアに代表されるように、東南アジア市場も重要な市場なのは間違いない。今更強調しなくても周知の事実だ。

 しかし、インテルの新旧トップ2人が、詰めかけた報道陣がそんなことは知らないと思っているだろうか。今回の記者会見に参加した記者の中で、おそらく一番2人に会っているだろうと自負している筆者に言わせてもらえば、絶対にそんなことはない。2人とも、聡明で優秀な経営者だからだ。だとすれば、当然、別の狙いがあると考えるのが妥当だ。

 実はそのヒントは、江田氏の筆者の質問に対する答えにあった。筆者は会見の質疑応答で、江田氏の上司が誰であるのかと質問を行なったところ、江田氏は「アジア太平洋地域担当の副社長だ」と説明した。一方、江田氏の前任である吉田前社長は、直接セールス&マーケティング統括本部の本部長であるトム・キルロイ氏に直接報告する立場だった。模式化するとこうなる。

吉田社長時代:トム・キルロイ氏<吉田社長
江田社長時代:トム・キルロイ氏<アジア太平洋地域担当の副社長<江田社長

 この違いが意味するところは明白だ。インテルは、これまで独立した地域として本社に認められてきた状態から、アジア太平洋地域内の1つの国に格下げされたということだ。

インテルからAPACの1地域へ、その背景にはIntel全体における割合の低下が

 このことを理解するには、Intelの地域体制がどうなっているのかを理解しておく必要があるだろう。例えばインテルのような現地法人は、Intel本社のセールス&マーケティング統括本部に繋がる体制になっているのだが、世界中に多数存在する現地法人をすべて本社から統括するのは不可能であるため、いくつかの地域に分けて管理している。具体的にはこれまでは以下のような大きく6つの地域に分けて運営してきた。

  • 北米(米国およびカナダ)
  • ラテンアメリカ(メキシコ以南の南米大陸)
  • EMEA(エミアと発音、欧州/中東/アフリカ)
  • APAC(エイパックと発音、アジア太平洋地域、韓国/台湾/香港/東南アジア/南アジア/オセアニアなど)
  • 中国(中国)
  • IJKK(アイジェーケーケーと発音、日本)

 歴史的経緯を説明すると、元々は米国とIJKK、それにEMEAの3つが大きな地域として存在しており、PCの普及に併せてAPACとラテンアメリカができ、世界最大の市場になった中国がAPACから独立して6地域体制になった。見て分かるように、中国と日本を除けばいずれも複数の国がまとめられていた。

 今や世界最大の市場となった中国が独立した地域として認められるのは頷ける話だろう。では、中国市場に比べると小さな日本がIJKKとして1つの独立した地域として認められてきたのはなぜか? それは、Intel全体の売り上げに占めるインテル日本法人の売り上げが、1つの地域に匹敵するほどだったからだ。Intelは具体的な地域別の数値を公表していないのだが、近い情報筋によれば、2000年以降、概ね5〜10%近くをIJKKだけで占めていたという。

 なお、この売り上げというのは、日本市場で販売されているPCの台数ということではなく、同社を通じてOEMメーカーに対して販売されたCPUなどの売り上げだ。ただし、そのOEMメーカーの本社がある現地法人にカウントされることになるので、DellやHP、Lenovoといった外資系メーカーの日本法人が販売したPCは、日本の売り上げに計上されない。現地法人が販社としてどの程度貢献しているかを評価基準としているのだ。

 だが、このIJKKが占める割合が、昨年(2012年)と今年(2013年)になって急速に減っているという。その理由は明白で、日本メーカーのグローバル市場におけるシェアが減っているからだ。インテルの売り上げで大きな割合を占めているのは東芝とソニー。両社とも、PC事業の収益性を改善するためにラインナップの取捨選択を推めており、それがシェアの低下を招いている。前出のIntelに近い関係者によれば、そうしたことから昨年から今年にかけてIJKKの売り上げはIntel全体の5%を切ってしまい、それが今回の組織改編の引き金になったと指摘している。

 また、今回の社長交代劇も、それが背景ではないかと見る向きもある。Intelのような米国企業は冷徹に数字で幹部を評価する。組織を改編させるほどの売り上げの低下を招いたのであれば、その組織のリーダーを変えるというのはよくあることだ。真相が明らかにされることはないだろうが、それが影響していると考えることは十分に可能だ。

 ただ、IJKKの売り上げの割合が低下したとして、それは市場環境の変化が要因であり、吉田氏個人の資質の問題ではないと関係者の誰もが感じているということは付け加えておきたい。そもそもこれだけ市場環境が変化する中で、10年に渡りIJKKの売り上げは減少してこなかった。これは吉田氏の手腕によるところが大きく、だからこそ吉田氏はインテルの社長の座を10年に渡り維持してきたのだ。それでも数字が悪化したのであれば、責任はとらなければいけない、それが外資系企業なのだ。

江田丸インテルは、日本のOEMメーカーと一緒にアジア市場攻略に

 そうした状況の中で吉田氏からバトンを受け取る江田氏だが、同氏がアジア重視を掲げるのは、2つの理由があると考えることができる。1つは既に述べた通りで、社内的にインテルがAPACへ所属することにより、これまでよりもアジアの中の日本ということに配慮をする必要があるから。

 もう1つは、インテルとその顧客となる日本のナショナルブランドのOEMメーカーが復活するには、成長を続けるアジア市場を攻めなければいけないからだ。日本のOEMメーカーがそれらの市場に対して正しいアプローチをし、そしてそれらの市場で売り上げを伸ばしていくことこそがインテルにとっても反撃の鍵となる。

 実は多くの国では、Intelの現地法人はセールス部隊だけで、現地での技術サポート要員はあまりいないことが多い。というのも、グローバルにビジネスをしているPCメーカー(Dell、HP、Appleなど)の多くは、米国に本社を置いており、中国のメーカーであるLenovoでさえ、米国のノースカロライナに本部を置いている(これはLenovoがIBMのPC部門を買収したからでもあるが)。かつ、製品の開発はODMメーカー任せであることも少なくなく、その場合には台湾や中国のODMメーカーをサポートすればいいことになる。つまり、米国やAPAC以外では、主に販売やマーケティングが現地法人の仕事なのだ。

 だが、日本法人はそうではない。日本には東芝、ソニー、富士通、NEC、パナソニック、シャープと多数のPCメーカーが存在しており、さらにLenovoが開発拠点を横浜に置くなど、実に多くのPCメーカーの開発拠点が集中している。これらのPCメーカーの開発部隊をサポートしているのがインテルの技術本部であり、Intel本社が日本のメーカーと密接にやりとりできているのも、インテルの技術本部あればこそだと評価するPC業界の関係者は少なくない。ユーザー視点で言えば、ユーザーが日本メーカーの高品質なモバイルPCを手に入れることができるのも、そうした好循環があればこそだ。

 だが、今それが危機に瀕している。APACの一地域への格下げの結果、組織変更が行なわれれば、技術本部のように利益を生み出さない組織に手が入っても不思議ではないからだ。それを守るためにはどうしたらいいか、その答えが「アジア重視」という姿勢だろう。仮に日本のメーカーが現在は出遅れている中国や東南アジア市場で巻き返すことができれば、インテル技術本部を維持する理由ができる。

 そうしたことを行なう人材として、新社長となる江田氏はまさにうってつけだ。というのも、現職に就任する前、江田氏はAPAC地域において、マーケティング部長を3年間努めており、その間にアジア流を学んで来た。今回の記者会見で江田氏は「3年間のアジアでの仕事の中で何よりも感じたことは、日本の産業と技術の強さ。ブランドも強いし、日本の技術が至るところに採用されて新興国を支えている。今後もこの経験を踏まえて、日本と米国の関係のみならず、アジアとの架け橋となって活動していきたいと考えている」と述べた。まさにそれこそが江田丸インテルの至上命題なのだ。

(笠原 一輝)