■笠原一輝のユビキタス情報局■
ソニーから発表された「VAIO X」シリーズは、内部コンポーネントにIntelのAtom Zシリーズを採用して省電力化し、11.1型というネットブックに採用されているものよりもやや大きめの液晶を採用しながら、薄さ13.9mm、最軽量構成で655gという薄型軽量を実現したモバイルノートPCに仕上がっている。
詳しい内容に関してはニュース記事やレビュー記事を参照していただくとして、本記事ではその内部構造や設計時の苦労などに関してソニーの開発陣に聞いてきた内容をお届けしたい。その設計思想は、Atom Zシリーズを使って薄く、軽くを目指せばどこまでできるのかを、ストイックに追求したものとなっているのだ。
参加者は7名。ソニー株式会社 VAIO事業本部 企画部 企画戦略部門 星 亜香里氏。ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ プログラムマネージャー 林 薫氏。ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ 電気系プロダクトリーダー 新木 将義氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ プロダクトマネジャー 柴田 隆氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ メカ設計担当 渡部 学氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ ソフトウェアプロダクトリーダー 市川 英志氏。ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック 品質保証部 Xシリーズ QA担当 笠井 孝史氏。
●本当は長期の製品計画にはなかった製品、開発側の熱いプレゼンで経営陣を動かすQ:この製品の開発はいつ頃から始めたんですか?
ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ プログラムマネージャー 林 薫氏 |
林氏:1年少し前ですね、昨年(2008年)の春ぐらいからです。
Q:どんな形でこの製品を作ろうということになったんですか?
林氏:この製品を作りたいと私たちが想いを持ち始めたのは、IntelさんがAtom Zシリーズ、当時はMenlowプラットフォームというコードネームで呼ばれていた製品の構想を明らかにした頃ですね。詳細なスペックを見ていくと、これを使うと私たちが長年思い描いていた本当に持ち歩けるノートPCというのが可能になるのではないか、と感じたからです。
ご存じの通り弊社は、VAIOでは特にモバイルノートPCに力を入れてきました。初代505もそうですし、X505という製品にもチャレンジしました。その当時としては最高のモバイルだと思って送り出したのですが、それでも足りない部分はありました。例えばX505ではバッテリ駆動時間がちょっと短かったですし、出張先のホテルで使いたいときにEthernetポートが内蔵されていないなどがありました。
そうしたモヤモヤした気持ちがあって、Atom Zシリーズのお話を聞いたときに、これだ! と思ったのです。これを使えば紙のノートのような存在感が薄い製品が作れるんじゃないか。それができれば、何不自由なく必要な機能が入っていて、バッテリで1日使うことができるのに、いつも持ち歩いていただけるノートPC、それが実現可能ではないかと考えました。そこからスタートしたのが今回のVAIO Xシリーズなんです。
Q:この製品のリリースに先立つこと9カ月前には、VAIO type Pが発表されています。内部のアーキテクチャという意味では同じAtom Zシリーズを利用しているtype Pの存在は、当然この製品の開発が始まったときには横ですでにできている状態だったと思います。この製品とtype Pはオーバーラップ部分は少なくないと思いますが、そのあたりはどうだったんですか?
林氏:内部の議論としては、確かにそういう議論はしていました。ただ、設計している私たちとしては、そこはクリアーでした。というのも、VAIO type Pは今までのモバイルPCでは、できないことを実現するための新しいフォームファクタという位置づけがあったからです。買い物の時にちょっと情報見たり、食事しながらネットで検索したりというのがその使い方になります。
それに対して今回のVAIO Xシリーズは、やらなければならないことがあるユーザーの方に、それを快適にやるために使っていただきたい製品という位置づけです。そう考えると、使用用途は完全に別々で、社内でもそこをきちんと説明するとみんな納得してもらえました。
ソニー株式会社 VAIO事業本部 企画部 企画戦略部門 星 亜香里氏 |
星氏:企画の立場から言わせていただきますと、VAIO type Pには、画面サイズやキーボード、タッチパッドがないなど、いろいろと我慢していただいているからこそ得られる楽しさというのがあると考えています。それに対して、今回のVAIO Xシリーズには、ちゃんとタッチパッドが載っていたりとか、画面が11型であるとか、我慢しないでフルモバイルとして使っていただけるものに仕上がっています。
Q:ユーザーである我々にとって興味があるのは、まず尖ったVAIO type Pが先に出て、その後でトラディショナルなモバイルPCであるVAIO Xがでるという順序です。普通に考えれば、逆ではないか? と思うわけです。
林氏:その観点でいうと、実はVAIO Xシリーズという製品は、弊社の長期的な製品計画の中には存在していなかった製品なんです。これって、私達設計チームが、勝手にモックアップを作って、マネジメントチームの所に持って行って、ぜひ作らせてください! と談判しに言って、作らせてもらった製品なんです。
Q:開発にゴーが出た後で取り組んだことは?
林氏:実はすでにマネジメント陣にプレゼンする段階で、本製品のコンセプトはある程度決まっていました。設計的な詳細はともかくとしてtype PでいうLバッテリに相当する4セルのリチウムポリマーを搭載し、VGA(アナログRGB出力、ミニD-Sub15ピン)とEthernetというビジネスマンにとって必須の2つを入れて、画面はモバイルでも快適に利用できる11型、それにあわせた大きさの使いやすいキーボード、これら全部詰め込んで、超薄くて超軽いというリアルモバイルです。
Q:では、まずはサイズ、外観、それから必要なコネクタというあたりが決まったわけですね。
星氏:はい、それらを決定したあとで、ワイヤレスWANは入るのかとか詳細なスペックを決めていきました。まずは大枠を決定し、その後に取捨選択していった形です。
林氏:ワイヤレスの機能に関しては、絶対に必要だよねという話をしていました。私達とししては、お客様が実際の製品を利用する時に、何でこれが入ってないんだろうねという疑問を感じないようなスペックを念頭において決めていきました。その上で、モバイルでは必要のないものは省いていこう、そういう観点で決めていきました。
Q:サイズは最初から現在の大きさを決めていたんですか?
林氏:そうです。マネジメント陣と話するときに、私達が持っている技術を結集すれば、ここまですごいことができますよ、とちょっと欲張りにサイズ付きで資料を作って提出したので、それが必達目標になっていました。実際、マネジメント陣からは「お前本当にそれやれるんだよな?」って、脅しとも励ましともとれる優しい言葉をかけてもらいました(笑)。
Q:ということは、開発を始める初期の段階からターゲットが決まっていたんですね。
林氏:その通りです。当初から薄さは13.9mm、VAIO type Pの標準バッテリ(Sバッテリ)と同じ2セルのバッテリを入れた状態で600g台という明確な目標を設定し、これをマネジメント陣へのプレゼンの時も言いました。
Q:その13.9mmという数字はどこから導き出されたものだったのですか?
林氏:すでに以前のモデルの経験で、液晶部分の厚みはかなり薄くできることがわかってきていたので、問題は本体部分側でした。実は本体部分側で1番厚みがでてしまうのが、バッテリなんです。そこで、VAIO type Pでいう大容量バッテリ(Lバッテリ)と同じ4セルのリチウムポリマーをおいてみると、その部分の厚さが13.8mmだったんです。実際には、それ以外にもVGAやEthernetとかのコネクタもすでにその厚さを超えているので、大丈夫かな? とは思ったんですが、今回集まったメンバーならなんとかしてくれるだろうと思って、そこは見切り発車で(笑)。
一同:全然どうにもならないですよ、普通(笑)
Q:確かに常識で考えたら入らないでうしょね。Ethernetの端子なんて、規格で決まっているし、普通それ以下って考えないですよね。
林氏:詳細設計しないとわからないけど、とりあえずみんななんとかできるよ、ね? とそんな感じでした。私達はずっとVAIOのモバイルシリーズやってきましたので、小型化や薄型化にはずっと自信をもっていて、それがAtom Zシリーズで何ができるのか、ぜひそれに取り組んでいきたかったというのはあります。
Q:薄さへのそこまでのこだわりはどこから来るんでしょう? やはりアピール度が高いからでしょうか?
林氏:それは否定しませんが、それだけではありません。ノートPCってノートPCっていうのに、ちっともノートじゃないと思うんです。このAtom Zシリーズで製品を作ってみたら、今度こそノートになれるよな、そういう想いがありました。ノート並の携帯性を持たせるためには、20mmを切ったぐらいではまだだめで、15mmを切るぐらいでようやく出発点であり、できればそれより薄くと考えていたのです。
●Windows 7+SSD+2GBメモリ+高クロックのAtom、これだけあれば快適に使えるはずQ:ある程度コンセプトや仕様が決まった後、どのあたりから取りかかりましたか?
ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ プロダクトマネジャー 柴田 隆氏 |
柴田氏:まずはおおまかなレイアウトから決めていきました。
林氏:今回1番最初に位置を決めたのがバッテリです。今回採用したシャシーで、1番高さがある部分がパームレストです、そこに、4枚のリチウムポリマーのセルを入れるとぴったり入るので、ここにバッテリを置こうと決めました。このため、残りのコンポーネントは、すべてキーボードの下の部分にすべて入れ込んでいこうと考えました。こうすると、ある程度のものは作れるだろうと判断していました。
柴田氏:その時点では、本当におおまかでしたけどね(笑)
Q:いま分解されていますが、面白いですね、逆さにして分解するんですか。
渡部氏:そうですね。というのも、組み立てるときにも、実はこの状態にして組み立てています。だから、分解するときはその逆になります。
Q:さすがにVAIO type Pの時のように、ネジは隠せなかったんですね?
林氏:そうですね。今回は何よりも薄さを優先したので、それは難しかったです。VAIO type Pはシャシーの真ん中にマグネシウムのフレームが入っていて、それで剛性を確保する仕組みになっています。それに対して、本製品の場合はフレームを入れてしまうと厚くなってしまいますので、それを入れないで剛性を確保しつつ、ギリギリの薄さを目指しました。なので、今回の製品ではセットを組み立てて初めてバチッと剛性がでるようになっています。
分解するときには、このように液晶を開いた状態で底面を上にして行なう。というのは、組み立てるときもこの状態で組み立てているから | 底面のパネルを外したところ。マザーボードがすべてキーボードの裏側についている |
Q:内蔵されているSSDですが、SATAとPATAがあるんですね?
ソニー株式会社 VAIO事業本部 第一事業部 Xシリーズ 電気系プロダクトリーダー 新木 将義氏 |
新木氏:そうです。店頭モデルにも使われている64GBのSSDは、SanDisk様のPATAのSSDです。こちらは、1.8インチよりもさらに小さくなっていて、重量も軽く、軽量化という意味でメリットがあります。これに対して、128/256GBのSSDはSATAになっていて、サブ基板上に搭載されているSATA→PATA変換チップを利用して、PATAしかないUS15Wに接続する形になっています。このため、SSDをPATAからSATAのものに交換する場合には、サブ基板自体を交換しないといけないので、PATAからSATAに、その逆にSATAからPATA、どちらも交換は不可能になっています。
Q:今回は店頭モデルにもHDDはないんですね?
柴田氏:そうです。正直に言ってHDDは大きさ的に入りませんでした。最初からHDDを搭載することは全く考えていませんでした。
林氏:今回は何よりも薄くということを最優先にしました。また、Atomプロセッサは、ユーザーの皆様の中にも性能面で不安を覚えている方も少なくないと思うんです。それもあって、店頭モデルでもAtom Zシリーズの中でも1.86GHzという高クロックのZ540にしましたし、Windowsでユーザーの体感にもっとも影響を与えやすいストレージにSSDを標準搭載することで、せっかく買ったのになんか遅く感じるよねという話は無くしたかったのです。
Q:確かにそれは納得できる話ではありますが、容量やコストという問題を考えると、それはどうなの、という議論はありますよね。そのあたりはどうなんでしょうか?
林氏:それはありました。しかし、使った人に幸せを感じてもらうためにはHDDじゃだめだぞと、最初から決めてました。見た目は格好良くて購入してみたけど、実際に使ってみたらもっさりしていましたというのは避けたかったのです。
特に今回はWindows 7と一緒のタイミングになることが見えていたので、Windows 7+SSD+2GBメモリ+高クロックのAtom、これ全部をそろえてしまえば、私達が想定している用途には何の問題もなく利用することができるだろう、それは絶対にしたいと考えていました。
また、薄くも大前提としてありましたので、HDDを採用することで一部がでっぱってしまったりとかもあり得ないと、話し合って決めたのです。
利用されている1.8インチのSSD。容量128GBと256GBは1.8インチの形状になる | SATAの変換基板。スピーカーとVGAコネクタもこの基板に接続されている。PATAに交換する場合には、この基板ごと交換する必要がある | スケルトンモデルに内蔵されているのが64GBモデルのSSD。見てわかるとおり、128/256GBモデルのSATA SSD(1.8インチ)に比べると半分の大きさ |
●内部の基板の高さは、ワイヤレスWANのカードに合わせる
Q:それだけ薄さにこだわったとのことですが、基板の方もユニークなデザインです。こうした製品で片面実装基板というのは記憶にないですが。
ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック VAIO設計センター Xシリーズ メカ設計担当 渡部 学氏 |
渡部氏:片面実装という技術そのものは昔からあるもので、特に特殊なものではありません。一般的に片面実装はもっと大きな基板で高密度を狙わない基板などで、低コストに済ませたい時などに使うものなのです。こうした高密度な多層基板でやっている例はあまりないと思います。
Q:それなのになぜ片面にする必要があったんですか?
渡部氏:はっきり言えば基板を入れる場所がキーボードの裏にしかないのです。それで、基板を両面にしてしまうと、基板そのものは小さくなりますが、今度は厚みがでてしまうんです。その基板をシャシーに乗せると、シャシーと裏面の隙間をとるのが難しくなってしまうのです。このため、今回の基板は片面実装になっています。
柴田氏:後ほどお話する熱設計の観点からも、空気を通すために流路を確保する必要がありますし、衝撃から基板を守るためには、それなりの隙間をとる必要があるのです。仮に、両面に部品を乗せると、その部品の頭からマージンを取らないといけなくなります。そうすると、この薄さを実現するのは不可能になってしまうのです。
VAIO Xの基板。今回は薄さを実現するためにわざと、ローテクな片面実装を利用している。ローテクをハイテクに利用する逆転の発想 | CPUやチップセットの裏側にコンデンサを並べることができないので、チップの近くにコンデンサなどを搭載する | キーボードの裏側。キーボードの裏側に直接スタッドが立っていて、基板はそこに直付けされる。 |
Q:全部の高さをあわせているんですか?
渡部氏:今回のパーツの中ではバッテリがもっとも厚いパーツであることはすでにお話しましたが、その次に厚いところがワイヤレスWANのモデムカードなんです。これは規格で決まっていますので、弊社の方で薄くしましょうとかできないものになります。そこで、これを上限にしようと決めました。このワイヤレスWANカードの厚さにあわせて、それ以外の基板を作っていこう、と。
それで、この高さに合うように、PCI Express Mini Cardのコネクタを新規でおこしまして、それが基板に潜り込んで装着されています。ここにワイヤレスWANのモデムカードを装着すると、全部の厚みがモデムカードの高さと合うように設計されています。
柴田氏:今回そうしたことが多かったので、ヘッドフォンの端子こそ一般的なものを利用しましたが、それ以外の端子、USB端子なども含めてすべて新規に設計し直しています。
Q:今回の基板の層数は?
新木氏:今回は8層基板になっています。VAIOの場合には、もっと小さな基板を作っていることがありますので、8層よりももっと多い、10層や12層などの基板が存在しています。それと比べると、今回は裏側に部品がない分、単位面積の量は減りますので、薄型化と軽量化のために層数は減らしています。
Q:片面基板は両面基板に比べてデザインは難しいんでしょうか?
新木氏:すでに述べましたとおり、こうした高密度で多層の基板で片面基板に取り組むのは初めてだったので、いくつか初めての経験のことはありました。例えば、CPUやチップセットなどのチップの裏側にはコンデンサを並べるのが一般的なデザインで、そうするのが配線は圧倒的に楽なんですが、今回は片面基板ということで裏側に部品を置くことができません。このため、本来は裏側に置くべきものを表に並べる必要がありました。
しかし、そうなると配線長が長くなり、電源部分も多くなってしまいます。そうすると配線の特性が落ちてしまって、思った通りに動いてくれなくなるのです。それがあらかじめ見えていたので、それをなんとかしなくちゃと考えていました。
そこで、実際に配線の設計を始める前に、シミュレーションを利用してまずはある程度、部品をこう並べれば特性がよくなるとか、逆にこうすると悪くなるとかを、調べておきました。それでわかったことは、最初考えていたのはあまり効率が良くなくて……(笑)。それで、いろいろツールを利用してやってみて、最終的には両面実装と変わらないレベルまで達することができました。
Q:シミュレーションは結構時間がかかるものなのですか?
新木氏:シミュレーションそのものよりも、むしろ実際にそのデータが信頼性があるものなのかを検証するのに時間がかかります。
Q:CPU、チップセット、メモリが近いところに並んでいますが、ノイズとか大丈夫なんですか?
新木氏:一般的なレイアウトに関してはいままでのノウハウとかもありますので、このぐらいまではいけるというのがありますので、特に問題ないですね
柴田氏:EMIに関しても積極的にシミュレーションを利用して調べており、以前よりも時間を短縮してきっちり検証できるようになっています。
Q:他にもシミュレーションしているものがあるんですか?
新木氏:基板の反りの具合などもシミュレーションを利用してチェックしています。片面実装にすると、片側にしか部品を置きませんので、基板のそりの傾向とかが変わってきます。
そこで、部品の重量密度とか、あとは銅箔の位置、どこに銅箔の厚い層を持ってくるのか、銅箔がたくさん詰まっている部分をどこにしようか、などをシミュレーションで調べます。そういったところの調整をしつつ、ミシン目の位置ですとか、ミシン目の中の銅箔の位置とか、そういったものも調整しています。銅と樹脂で熱膨張率が異なりますので、銅と樹脂のバランス1つで大分違ってくるのです。
林氏:今回も最初この製品を始めるときにその点は非常に心配していて、片面だけに部品を乗せると基板が反ってしまって使い物にならないのではないかという心配がありました。両面基板だと、両面にCPUやチップセットとかの大きな部品がのりますので、その力によってテンションを維持できるんですが、片面だとそれがなくなってしまいますので。
また、チップがBGAになってから、基板からBGAが剥離するということが起こりやすくなっていまして、そのあたりも最初から危惧して、慎重に設計しました。
Q:確かに最近基板からBGAがはがれる問題が起きる例が増えています。
渡部氏:シミュレーションである程度の位置を決めた後で、実際にダミー基板で問題がないかを調べていきました。おおざっぱなレイアウトが決まった段階で、適当な配線をして、チップだけを並べて基板を調べました。それで、ひずみセンサーになっている赤いケーブルをつけた基板でどの程度ひずんでいるかを検証し、BGA剥離が起きない基板であるということを自信が持って言える状態になりました。
●枯れたはずのコネクタを、部品メーカーを拝み倒して新規で起こしてもらうQ:このVGAの端子は見たことがない形ですね。
新木氏:VGAのコネクタって、最初から仕様で外形が決まっていますので、ある程度以上は小さくならないんです。普通にパーツベンダー様から提供されているVGAコネクタは、周りに縁取りのような部分があって、コネクタの剛性を確保する形になっています。しかし、今回の製品の場合、コネクタだけで、セットの高さになってしまっているので、縁取りなんてつけたらとてもじゃないけど入らないんです。
Q:なるほど、それを成型してから切ることはできないんですか?
林氏:実際コネクタのベンダー様にそういうお願いをしにいったら、「いくらかかると思っているんですか?」と怒られました(苦笑)。最近はこの手の特殊なコネクタを起こしてとお願いしてもつきあっていただけるベンダー様があんまりないんです。特に、VGAのコネクタってもう枯れきってるいるので(苦笑)。
Q:確かに新しいVGAコネクタなんて作っても他に売れそうにないですもんね……。
林氏:なので、我々VAIOチームとしては今度もこうゆう製品を作り続けていくので、と意気込みを示すことで口説き落としました(笑)。
Q:それで、具体的にはどのように解決しましたか?
新木氏:それで、今回は板金を利用して、コネクタをぐるっと巻く形にしました。板状のモノを巻いて、とめる形です。
星氏:デザイナーさんからは、VGAのコネクタを真ん中で切って折りたたみにできないんですか、と言われたりしましたね。ええ? それってどういうことですか? って(笑)。
渡部氏:今回のデザインだと、VGAのコネクタが完全に露出することになりますので、デザイナーもそのあたりはかなり気にしていました。このデザインだと、コネクタを絞っているゆがみみたいなものが見えてしまう。そこで、板金によって巻くことで、綺麗なままボディの外側として見せることが可能になったのです。
新しく起こしたVGA端子。板金で巻いてかしめている形になっている |
Q:Ethernetのコネクタも特殊ですよね。
林氏:企画をはじめた段階で、どう入るのかはわからないけど、とりあえず入れようと決めていたので、“入れて”の一言でお願いしたんですが、こうすれば入るとか正直わからなかった状態でした。
柴田氏:それで話を始めたんですが、コネクタベンダー様にお話を持って行ったら断られたりとかしまして、難儀しました。最終的にはこの形になりましたが、この構造だとどうしても壊れやすくなりますので。
林氏:横に開くタイプのコネクタを、VAIOでも以前やってことがあります。初代505で横に開くタイプのモデムコネクタがそれです。ただ、構造的に可動部があるものは、どうしても耐久性の問題がつきまとうのです。その記憶があったので、チームの中でもこれをどうするのかは一悶着ありました。特に初代505をやってたエンジニアが今では偉い人になっていて、その時の記憶が残っているから「あれは絶対だめだ」って言われたり(笑)。
Q:なるほど、ではそれをどのようにクリアしたんですか? そもそも本当に壊れないんですか?
ソニーイーエムシーエス株式会社 長野テック 品質保証部 Xシリーズ QA担当 笠井 孝史氏 |
笠井氏:結局開いたままで無理な力がかかれば、当然壊れてしまいます。なので、我々QA(品質保証)グループも、設計グループと一緒になって、最初の段階からどうしたら壊れないようにすることができるのかということを議論していきました。
実は私もその話題の初代505を担当しておりました。だからこそ、今度こそ、そういうことが無いようにしたいと思いまして、設計グループに対して逆転の発想でいっそ壊れる前にはずれてしまったらどうですか? という提案をしました。要は壊れないで外れてしまえば、お客様は自分で元に戻せますので、そんなに迷惑をかけないですむのではないかと考えたのです。
Q:壊れる前にはずしてしまえというのはどういう意味ですか?
笠井氏:ボディの下側に蓋のようについているプラスチックの部分が、ポロッととれるようになっています。とれてしまって戻せるようにしておけば、それを紛失しない限りはお客様が容易に戻せることが可能だと考えました。
そこで、無理矢理な強度を持たせるのではなく、普通に使っているときに強い力がかかったらはずれるようにしてあります。万一壊れてしまえば、修理に早くても3日、場合によってはもっとかかる場合がありますので、その間お客様は使えなくなってしまう。そうするとこの製品のコンセプトにあった本当のモバイルするための時間がなくなってしまいますので、ここは壊れないで外れてしまいましょう、とアドバイスしたのです。
Q:こっちのプラスチックのほうが強度が弱いという意味ですか?
渡部氏:設計的にはずれるようになっている、という意味です。プラスチックの蓋に無理な力がかかるとポンと抜けるようになっているのです。そのために稼働する蓋の部分には、電気的な構造物は一切持たせずに、基板側に残る方に電気的な構造を持たせてあります。
Q:この蓋だけを複数つけたらどうですか?
柴田氏:そうですね、これだけ外れやすいならそうしたんですが、基本は外れにくくて、強い力がかかった時だけはずれる構造になっています。
笠井氏:外れやすいと、今度はなくなったり、ころがっていったりして逆に不便なんです。そこである一定の基準が設定されていて、その基準以上の力がかかった時にははずれ、それ以下でははずれないという構造にしてあります。それを満たすように、納得いくまでにものすごい数を作り直してもらっています。
新木氏:かなり作りましたよね、9回とか10回とかですかね。
林氏:弊社の場合、今回のモデルに限らないんですが、私達設計グループとQAグループは設計初期の段階からこういう製品にしていこうというコンセプトを共有してやりとりをしています。一般的にQAというとある程度形になった後で、あれこれ言う役割という印象が強いと思うんですが、先回りして設計段階で一緒にやりとりをして作り込んで行っています。
笠井氏:そうして一緒にやっていくことで、本当に品質を作り込んでいくと言っています。品質を完成したあとで確認するというのではなく、品質をどうあるべきかというのを設計と一緒に考えていって、それを製品に織り込んでいくのです。
子基板に搭載されたEthernetの端子。蓋の形状になっており、利用する時だけ蓋を開いて利用する | 蓋はこのようにはずれるようになっている。壊れる前に蓋がはずれる形になっているので、修理に出さなければならないような壊れ方はしないとのこと |
蓋を外す前と外した後 |
Q:それはQAの目で見てこの構造はダメよ、とかいうのを指摘したということですか?
新木氏:そうですね、メカ設計のような感じで品質設計とかそんな感じですね。
林氏:以前はQAって後になって問題を見つけて、もう後戻りできない段階で指摘する人ってイメージだったんですね。ですが、今はQAというのは本当に先回りして入ってくれていて、何が起こりそうだからこれをケアしなさいとか、そういうことを一緒にやってくれるので本当に助かります。
笠井氏:以前でしたら我々のところにセットができましたと持ってきてもらったときにはもう金型ができてしまっている段階だったんです。何かあっても、もう直せないよということが、昔はありました。今は金型とか作る前の段階で入り込んでいますので、「これは危ないよ」とか「ここはもうちょっとこうしませんか」とか、本当に上流設計の段階から参加できることができています。これは製品の品質を上げる意味では非常に重要なことだと認識しています。
VAIO史上最も薄い液晶、冷却機構、バッテリなどの後編に続きます。
(2009年 10月 8日)