福田昭のセミコン業界最前線

富士通とパナソニックのシステムLSI統合会社「ソシオネクスト」

 富士通グループとパナソニックのシステムLSI事業を統合した新会社「株式会社ソシオネクスト」が、3月1日に事業を開始した。一昨年の2013年2月7日に富士通とパナソニックがシステムLSI事業の統合を発表してから、およそ2年あまり。ようやく新会社が正式に発足した。

 新会社の概要は、2014年7月31日に公表済みである。富士通が40%を出資し、パナソニックが20%を出資するとともに、政府出資の金融機関である日本政策投資銀行が40%を出資することで資本を増強した新会社をスタートさせ、システムLSI事業を建て直す。政府の支援を仰ぐ事業再生スキームの1つとも言える。2015年3月1日にスタートしたソシオネクストの概要は、前年7月に公表済みの概要とおおむね等しい。大きな違いは、会社名が公表されたことくらいである。

2014年7月31日に公表されたシステムLSI事業統合会社の概要
2015年3月2日に株式会社ソシオネクストが発表した同社の概要。なお本店所在地は、以前は富士通セミコンダクターの本拠地だった。富士通セミコンダクターは、同年2月23日までに近隣の新横浜中央ビル(港北区新横浜2-100-45)へと移転を完了した

「事業再編計画」に基づき、公的金融機関の金融支援を受ける

 ソシオネクストの事業再生スキームは、「産業競争力強化法」に基づくものだ。事業開始以前の段階で同社は経済産業省に「事業再編計画」を申請している。そして3月2日に経済産業省は、「産業競争力強化法」に基づいてソシオネクストの「事業再編計画」を2月27日に認定したと発表した。ここで事業再編計画とは、富士通とパナソニックがシステムLSIの事業統合会社を設立するとともに、政府出資の銀行である日本政策投資銀行の出資を受け入れるという計画である。つまり、ソシオネクストそのものと言える。なお認定を受けると、ソシオネクストは事業譲渡や増資、不動産移転などに関わる登録免許税の軽減を受けられる。

 経済産業省が公表した事業再編計画の概要を読むと、ソシオネクストがどのような形で成立したかが良く分かる。まず、富士通セミコンダクターとパナソニックのシステムLSI事業を分割し、ソシオネクストが吸収した(吸収分割)。さらに、富士通セミコンダクターの子会社である富士通VLSIと富士通マイクロソリューションズが、ソシオネクストに事業を譲渡した。事業譲渡により、両社は事実上は消滅したことになる。この時点におけるソシオネクストの資本金は52億円で、富士通セミコンダクターとパナソニックが引き受けた。

 富士通セミコンダクターはソシオネクストの株式を一時的に所有し、親会社の富士通に譲渡する。この結果、富士通はソシオネクストの株式の40%を所有する。

 パナソニックはソシオネクストの株式を所有するほか、同社に対して50億円を出資した。そして日本政策投資銀行が事業再編の計画通り、ソシオネクストに対して200億円を出資した。これらの出資によって当初の資本金52億円を、302億円に増資し、資本を増強した。

株式会社ソシオネクストが成立した構図。出典:経済産業省

システムLSI事業と従業員の構成比率

 2014年7月31日に富士通などが公表したリリースによると、ソシオネクストの年間売上高はおよそ1,500億円となる。これは富士通グループとパナソニックのシステムLSI事業による売り上げを単純合計したものだと説明されていた。富士通はシステムLSI事業の売り上げを公表していないが、パナソニックはこの時点でシステムLSI事業の2013会計年度における売上高を298億円と説明していた。

 そこでパナソニックの売上高を300億円と仮定すると、残りの1,200億円が富士通のシステムLSI事業における売上高だと推定できる。比率は1対4で、全体の80%を富士通グループが占める。出資比率(パナソニック20%、富士通40%)の違いに比べると、売り上げの違いがはるかに大きい。

 従業員数の差も非常に大きい。富士通グループからソシオネクストに異動する従業員数は2,032名。これに対し、パナソニックから異動する従業員数は612名である。おおよそ10対3の比率で富士通グループ出身が多い。

ソシオネクストの従業員数と内訳。経済産業省の公表数値をまとめたもの

 それぞれの半導体事業に占めるシステムLSI事業の割合はどのくらいだろうか。2013年度におけるパナソニックの半導体事業による売上高は約1,800億円、富士通の半導体事業による売上高は約3,200億円なので、それぞれの半導体事業に占めるシステムLSI事業の割合は、16.7%と37.5%となる。富士通にとっては半導体事業の約4割と、かなり大きな割合でソシオネクストに事業を譲渡したことが分かる。

取締役は外部から2名、富士通から2名、パナソニックから2名

 ソシオネクストの取締役は総勢で6名。うち2名が代表取締役である。6名の出身は、外部出身者が2名、富士通出身者が2名、パナソニック出身者が2名と、出資比率とは違って3分の1ずつにきれいに分かれている。

 代表取締役の1名は会長兼CEO(最高経営責任者)の西口泰夫氏、もう1名は社長兼COO(最高執行責任者)の井上あまね氏。西口氏は京セラで社長を務めた経験などから経営手腕を買われ、早くからCEOに内定していた。井上氏は半導体事業の経験が長い。富士通セミコンダクターでシステムLSI事業の責任者を務めており、穏当な人事と言えよう。

 残りの4名はいずれも、取締役と執行役員常務を兼ねる。執行役員常務兼CFO(最高財務責任者)の丑田健滋氏は、日本政策投資銀行の出身である。執行役員常務兼CTO(最高技術責任者)の岡本吉史氏はパナソニックでシステムLSI事業本部長を務めていた。

 執行役員常務兼第一事業本部長(事業組織については後述)の野崎勉氏は、東京三洋電機(三洋電機の子会社で半導体事業を担当)入社で後に三洋電機の執行役員を努め、パナソニックのシステムLSI事業部長を岡本氏の後で務めた。執行役員常務兼第二事業本部長の三宅富氏は、富士通の半導体事業部門でミルビュー事業部長、富士通セミコンダクターで執行役員を務めた。

 少し分からないのが、CTO(最高技術責任者)の存在である。詳しくは後述するが、ソシオネクストの組織には大きな技術開発部門が見当たらない。わざわざCTOを置く必要は、大きくないように見える。

ソシオネクストの役員(監査役を除く)

2つの事業本部と8つの事業部、欧米にも拠点

 事業部門は、2つの事業本部と8つの事業部に分かれている。第一事業本部は3つの事業部で構成されている。その中で2つの事業部は拠点が京都(京都府京都市)、残りの1つは拠点が新横浜にある。京都の拠点(京都事業所)は元パナソニックの拠点、新横浜の拠点は元富士通グループの拠点である。

 第二事業本部は、5つの事業部で構成されている。その中で3つの事業部は拠点が新横浜にある。残りの2つの事業部は、拠点が海外にある。1つは米国カリフォルニア州サニーベールにあり、もう1つは英国メイデンヘッドに位置する。いずれも元は、富士通グループの拠点だった。

 第一事業本部は元パナソニック、第二事業本部は元富士通、という色分けをこの組織構造からは感じる。もっとも第一事業本部の1つの事業部(グラフィックスソリューション事業部)は元富士通の事業部である。

 第一事業本部と第二事業本部の区分けあるいは役割分担は、各事業部の内容からは明確ではない。民生分野が第一事業本部、産業分野(エンタープライズ、ネットワーク、自動車など)が第二事業本部とも見えるが、確信はあまりない。

ソシオネクストの事業部組織
ソシオネクストの主要拠点

マーケティング不在が最大の弱点

 ソシオネクストの組織図からは、半導体メーカーとして重要な機能がまだ備わっていないと感じる。販売部門とマーケティング部門の存在が良く見えない。事業本部以外には「事業促進部門」があり、その中に共通部門として「マーケティング&セールス統括部」があるものの、これだけで売上高1,500億円の半導体メーカーを背負えるとは思えない。

 各事業部に販売・マーケティング部門が存在している可能性はある。ただし事業部ごとの販売・マーケティングではあまりに効率が良くない。従ってこのシナリオは成立しにくい。

 そうなると考えられるシナリオは、マーケティングと販売(あるいは営業)の組織はこれから本格的に構築する、というものである。このことを裏付けるのが、ソシオネクストのWebサイトに掲載されている求人情報だ。この情報によると、「事業営業」の職種名で人員を30名ほど、採用しようとしている。業務内容は「システムLSI、および関連ビジネスのプロモーション活動と販売」とあるので、販売(あるいは営業)担当の人材を求めていることが分かる。

 そうなると残るのは、マーケティングを担う人材をどうするかだ。ソシオネクストはシステムLSI、あるいはSoC(System on a Chip)のベンダーなので、製品企画が極めて重要である。マーケティングが機能しない限り、「売れる製品」を高い確率で開発することは極めて難しい。「御用聞き営業」と「作る側の論理による製品開発」では、システムLSI事業はすぐに行き詰まってしまう。その意味で「マーケティング不在」に見える現状は、非常に心配である。

ソシオネクストの組織図。同社のホームページから引用した
ソシオネクストの組織(事業部以外の主な部署)

「どのような企業になるのか」の具体的な姿が必要

 もう1つの問題は、ソシオネクストに関する資料や同社のWebサイトなどを見る限りでは、「どのような企業になりたいのか」が具体的かつ明確には見えてこないことだ。

 セットメーカーやモジュールメーカーなどの技術者(エンジニア)、すなわち半導体デバイスのユーザーは、富士通やパナソニックなどは知っているが、「ソシオネクスト」は当然ながら、知らない。名前を聞いただけでは、日本のメーカーであることすら、分からないだろう。

 無名の企業に勤務することは、従業員にとってはマイナスの効果を生む可能性が少なくない。「富士通」あるいは「パナソニック」と言えば、日本で知らないエンジニアはたぶん、ゼロに近い。説明不要である。ところが逆に、「ソシオネクスト」では、知っているエンジニアがゼロに近い。同社の従業員は、外部の人間に初めて連絡するときに、どんな会社であるかを説明しなければ、用件に移れない。この苦労は、なかなかに厳しいものがある。

 そういったマイナスの要素を打ち消すのは、経営者の重要な義務だろう。経営者がビジョンを内外に積極的に示し、従業員の士気を向上させなければならない。それも「お題目」ではなく、具体的なビジョンを提示する必要がある。

唯一の手がかり「Webサイト」が未完成

 当たり前のことなのだが、外部へのアピールも極めて重要である。どのような特徴を備えた製品が存在し、その製品を使うとどのようなメリットがあり、将来は後継品としてどのような仕様の製品を開発していくのか。製品採用のメリットを開発ロードマップまで含め、外部に広く知らしめなければならない。「ソシオネクスト」がどれほど考えぬかれて名付けられた「素晴らしい名称」であるとしても、半導体のユーザーには何の関係もないのだ。

 その意味では、ソシオネクストに興味を持ったエンジニアがまず調べるであろう、同社のWebサイトがまだ完成途上なのが残念である。トップページは美しいのだが、中に入って行くとあちこちがまだ完成していない、という印象を受ける。

 例えば、Webサイトにはさまざまな製品が並んでいるのだが、データシートへのリンクがほとんど貼られていない。アプリケーションノートもない。これでは困る。試しに製品検索ページでデータシートを探すと、データシートの存在する製品はカスタムSoCのみで、わずかに7品種しかない。

ソシオネクストのウェブサイトでデータシートの存在する製品を検索した結果の画面。検索日は2015年3月15日

 さらに、どの事業部がどの製品を扱っているのかが、Webサイトからは分からない。各事業部を説明するページは存在する。各製品を説明するページは存在する。ところが、事業部の説明と製品の説明が連携していない。例えば、ある製品にエンジニアが興味を持ったとしても、扱っている事業部が分からない。これはかなり、気持ちが悪い。

製品紹介画面の例。製品一覧画面のトップにある「高画質・多チャンネル対応配信用システムLSI」の紹介画面である。下にビデオのリンクが貼られているように見えるが、2015年3月15日の時点では、リンクをクリックしてもビデオを視聴することはできなかった。さらに、データシートなどへの詳しい資料へのリンクは存在していない

 事業を開始したばかりの企業に多くを望むのは、心苦しい部分もある。しかし時間は待ってくれないのだ。ソシオネクストがやるべきことは、あまりにも多い。

(福田 昭)