福田昭のセミコン業界最前線

エルピーダ、2013年に8Gbitの抵抗変化メモリを製品化へ



 大手DRAMベンダーのエルピーダメモリは1月24日に、64Mbitの抵抗変化メモリ(ReRAM:Resistive RAM)を開発したと報道機関向けに発表した。

エルピーダメモリが64Mbit抵抗変化メモリの開発発表とともに公表したシリコンダイ写真。64Mbitのメモリセルアレイを4個搭載した、合計で256Mbitのシリコンダイである。評価用の試作ダイであるため、各メモリセルアレイの内容は微妙に違っているという。64Mbitのメモリセルアレイは、ほぼ全ビットが動作した。データの読み出しと書き込みはアクセス性能の測定を目的としていないので比較的ゆっくりと実行しており、読み出しアクセス時間が100ns前後、書き込みアクセス時間が10μs前後である。読み出しでは20nsとかなり短いアクセス時間でも実行できたという。書き換え寿命は100万回までは確認済みだとする。製造技術は50nmのCMOS技術

●抵抗変化メモリの研究企業が急速に増加

 現在の半導体メモリの主役は、DRAMとNANDフラッシュメモリである。DRAMは高速のデータ読み書きを実行できる優れたメモリなのだが、電源を切るとデータが消えてしまう、消費電力がやや大きいという弱点がある。NANDフラッシュメモリは、電源を切ってもデータが消えない「不揮発性」と呼ばれる特徴を備える。また記憶容量当たりのコストが最も低いメモリでもある。しかし、データの書き換え回数に制限がある、データの書き込み速度がきわめて低いという弱点を抱える。

 DRAMの高速読み書きとNANDフラッシュメモリの不揮発性を兼ね備えたメモリとして研究開発が進められているのが「次世代不揮発性メモリ」と呼ばれている半導体メモリである。抵抗変化メモリ(ReRAM)は次世代不揮発性メモリの候補の1つであり、最近になって急速に脚光を浴びるようになってきた。

 抵抗変化メモリの記憶原理は非常に単純である。記憶素子は抵抗膜。この抵抗膜に電圧を加えることで電流を流し、抵抗値の値を変える。通常は高抵抗状態(リセット状態)を「0」、低抵抗状態(セット状態)を「1」としてデータを記憶させる。

 抵抗変化メモリが最近になって注目を集め出したのは、技術開発ベンチャーだけでなく、大手エレクトロニクス企業や半導体メモリベンダーなどが研究開発に取り組んでいることを明らかにし始めたことが大きい。例えばソニーは、2011年2月に米国で開催された半導体技術の国際学会「ISSCC2011」で4Mbitと小容量ながらも高速の抵抗変化メモリを発表した。そして2011年6月に京都で開催された半導体技術の国際学会「VLSI2011」では、Samsung ElectronicsとHynix Semiconductor、ルネサス エレクトロニクスがそれぞれ、抵抗変化メモリ技術の研究状況を公表した

ソニーが試作した4Mbit抵抗変化メモリのシリコンダイ写真と概要ソニーの抵抗変化メモリ技術と4Mbitチップの主な性能

●エルピーダと次世代メモリを巡る噂
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発プロジェクト「高速不揮発メモリ機能技術開発」の概要

 エルピーダメモリは過去には、次世代不揮発性メモリの候補の1つである、相変化メモリ(PCM:Phase Change Memory)を研究していると半導体コミュニティでは噂されていた。また一昨年(2010年)には、エルピーダメモリとシャープ、産業技術総合研究所、東京大学(大学院工学研究科電気系工学専攻竹内研究室)が共同で、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発プロジェクト「高速不揮発メモリ機能技術開発」に参加していることが明らかになっていた。このプロジェクトは次世代不揮発性メモリの開発プロジェクトであり、目標仕様は記述されているものの、具体的な要素技術については明記していない。だが国内の半導体コミュニティでは、「抵抗変化メモリ技術」の開発プロジェクトだとの認識で一致していた。

 そして実際に、研究開発プロジェクト「高速不揮発メモリ機能技術開発」の開発成果として登場したのが、今回の64Mbit抵抗変化メモリである。このシリコンダイはプロジェクトではいわゆる中間的な成果に相当するもので、最終的にはさらに大容量のシリコンダイを開発する計画となっている。2010年度~2012年度のプロジェクトなので、プロジェクトが完了する2013年の3月までには、さらに大容量の抵抗変化メモリに関する開発成果が期待できる。

●次世代メモリ技術に抵抗変化メモリを選んだ理由
エルピーダメモリの取締役を務める安達隆郎氏

 エルピーダメモリが64Mbit抵抗変化メモリの開発を正式に発表したのは、1月24日の午後5時である。その4時間前に相当する1月24日の13時にエルピーダメモリの本社会議室において、報道機関向けの技術レクチャーが実施された。説明役は、エルピーダメモリの取締役を務める安達隆郎(あだち たかお)氏である。

 次世代不揮発性メモリを実現する技術の候補にはほかに、相変化メモリ(PCM)や磁気メモリ(MRAM)などがある。その中で抵抗変化メモリ(ReRAM)を選んだ理由を、安達氏は明確に説明してくれた。主な理由は「微細化(および大容量化)の可能性」、「適度な書き込み電流量」、「DRAM製造ラインとの親和性」である。

 安達氏は説明の中で、相変化メモリ(PCM)をかつては本格的に開発していたこと、微細化の可能性に重大な制限があることが明確になったために開発を断念し、現在は相変化メモリの開発からは完全に撤退していることを明らかにした。相変化メモリの本質的な問題は、書き換え電流にあるという。ヒーター加熱によって相変化(抵抗変化)を起こすのだが、熱が周囲に逃げてしまい、書き換え電流を下げられない。メモリセル当たりの書き換え電流は、最低でも100μA前後の値になってしまうという。

 書き換え電流は低いことが望ましい。ただし、あまり電流が低すぎると雑音に弱くなるという問題が生じる。「そこそこ(の電流値)が望ましい」(安達氏)。この点では抵抗変化メモリが適しているとする。

 また磁気メモリ(MRAM)は、MR比(磁気抵抗の違いの大きさ)を大きく取れないことが大容量化のネックになるという。最大容量で1Gbitまでは達成できるものの、4Gbit/8Gbit/16GbitとDRAMと同等以上の記憶容量は実現しにくいとする。

 最後の「DRAM製造ラインとの親和性」は、DRAMベンダーであるエルピーダメモリに特有の事情を反映している。抵抗変化メモリの記憶素子となる材料には、本命と言える組成がまだ存在していない。抵抗変化メモリを研究している企業や公共機関、大学などはさまざまな材料を候補として検討しており、100種類を超える材料組成の候補があると言われている。

 エルピーダメモリが抵抗変化メモリの記憶素子に選んだ材料は、酸化ハフニウム(HfOx)系である。この材料はDRAMセルのキャパシタ絶縁膜ですでに実用化されており、DRAMベンダーであるエルピーダメモリにとっては比較的扱いやすい。抵抗変化メモリを量産することになっても、DRAMの生産ラインをほぼそのまま流用できるとする。

●メモリセルを縮小して8Gbitを実現

 安達氏は、開発した64Mbitメモリセルアレイのシリコンダイ面積は公表しなかった。評価チップである現時点では、シリコンダイ面積にはそれほどの意味はない。製品チップと違って評価チップではテスト回路を数多く混載するのが普通であり、シリコンダイ面積は大きくなる。

 重要なのはメモリセル面積である。半導体製造では、微細加工の寸法(F:feature size)でメモリセル面積の大きさが変動する。そこでメモリセル面積が「Fの2乗の何倍」になるかを、シリコンの大小の目安とすることが多い。開発した64Mbit抵抗変化メモリのメモリセルは、「6×(Fの2乗)」の大きさだと安達氏は説明していた。これは最先端DRAMのメモリセルと同等であり、極めて小さい。シリコンダイに占めるメモリセルアレイの面積が半分とし、製造技術の50nmを当てはめて計算すると、64Mbitのシリコンダイ面積はわずか2平方mmに過ぎない。1Gbit換算だと32平方mmになる。このシリコンダイ面積であれば、DRAMと十分にコストで競争できそうだ。

 製品版では、メモリセルをさらに縮小し、「4×(Fの2乗)」の面積にする。そして製造技術は30nmに微細化する。この条件で記憶容量が8Gbitの抵抗変化メモリを2013年に開発するというのが、現在の想定であると安達氏は説明した。先ほどと同様の条件でシリコンダイ面積を計算すると、31平方mmになる。8Gbitの大容量シリコンが31平方mmで作れるというのは、製造コストだけから見ると、きわめて魅力的である。

大きさが「4×(Fの2乗)」のメモリセルの構造。セル選択トランジスタが縦積み構造になる。記憶素子の上部電極は窒化チタン(TiN)。下部電極は公表していないが、DRAM製造プロセスとの親和性と製造コスト(材料コスト)を考慮すると、窒化チタンあるいはタングステン(W)、あるいはその両方を積層した構造が下部電極に使われると予想する。白金(Pt)電極は材料コストが嵩むので考えにくい

 ただしメモリセル構造は、セル選択トランジスタが縦積み構造になるなど、かなりトリッキーなものだ。安達氏によれば、記憶素子材料の抵抗変化メカニズムが完全には明確になっていない。8Gbitとは、80億個を超えるメモリセルの特性を一定の範囲内にそろえるという意味である。メカニズムが明確でない状況で、製造による特性のばらつきを抑えるのは難しい。例えば過去、強誘電体不揮発性メモリの製品化では、技術開発企業のRamtron Internationalがメカニズムの把握に手間取ったためにスケジュールに遅れが出たという歴史がある。

 それでも、エルピーダメモリを始めとする半導体メモリの大手ベンダーが抵抗変化メモリに取り組んでいることは、研究開発を強く押し進めることになる。2013年には無理でも、2015年までには何らかの開発成果を得られることはほぼ、間違いないと言えよう。

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(2012年 1月 26日)

[Text by 福田 昭]