福田昭のセミコン業界最前線

独自マイコンを維持するルネサス エレクトロニクス



 国内の半導体大手メーカーであるNECエレクトロニクス(NECエレ)とルネサス テクノロジ(旧ルネサス)が合併した新会社「ルネサス エレクトロニクス株式会社」は5月11日に決算発表会、5月13日にマイコン事業説明会をそれぞれ報道関係者向けに開催した。5月11日の決算発表会は、4月1日に新会社が発足してから初めての報道関係者向け説明会である。

 5月11日の決算発表会では、NECエレと旧ルネサスの2009年度(2009年4月~2010年3月:2010年3月期)の業績が公表された。NECエレの2009年度業績は、売上高が4,710億円、営業損益が492億円の赤字、当期損益が564億円の赤字だった。売上高は前年度(2008年度)に比べて796億円減少したものの、経費削減の努力が効いて営業赤字は前年度に比べて172億円ほど減少した。

 旧ルネサスの2009年度業績は、売上高が5,998億円、営業損益が640億円の赤字、当期損益が813億円の赤字だった。売上高は前年度に比べて1,029億円減少したものの、経費削減の努力によって営業赤字は前年度に比べて326億円ほど減少した。

 両社の単純合計による業績は売上高が1兆624億円、その中で半導体の売上高が9,409億円、営業損益が1,133億円の赤字、当期損益が1,378億円の赤字である。ここから新会社「ルネサス エレクトロニクス」(新ルネサス)が始まったことになる。なお、国内の半導体トップを争う東芝の半導体売上高は2009年度に1兆700億円だったので、新ルネサスは国内の半導体メーカーとしては、第2位の売上高でスタートする。

NECエレクトロニクスの2009年度(2009年4月~2010年3月)業績ルネサス テクノロジの2009年度(2009年4月~2010年3月)業績
NECエレと旧ルネサスの単純合計による2009年度(2009年4月~2010年3月)の業績。2008年度(2008年4月~2009年3月)に比べると売上高は約1,500億円減少し、営業赤字は約500憶円改善した東芝の2009年度(2009年4月~2010年3月)半導体業績

 2010年度(2010年4月~2011年3月:2011年3月期)の売上高見通しは前年比10.1%増の1兆1,700億円、その中で半導体の売上高は前年比13.7%増の1兆700億円である。新ルネサスは半導体事業の製品分野を、「マイコン」、「システムLSI(SoC:System on a Chip)」、「アナログ&パワー」の3分野に分けている。2010年度の製品分野別売上高は、マイコンが10%台後半(15~19%)で成長し、アナログ&パワーが10%台半ば(15%前後)で拡大する。システムLSIは1桁台後半(5~9%)の成長にとどまるとする。それぞれの製品群が半導体売上高に占める比率は、2009年度でマイコンとシステムLSIがともに約35%ずつ、アナログ&パワーが約30%だとしていた。

2010年度(2010年4月~2011年3月:2011年3月期)の売上高見通し

 2010年度の売上高の目標は、「半導体市場全体の伸び率よりも高い成長率を確保する」ことにある。2010年度の世界半導体市場は11.2%の伸びを見込んでいる。そして13.7%という新ルネサスの成長率は、半導体市場の伸びを上回るというシナリオだ。

 現在のところ、営業損益や当期純損益などの収支の見通しを新ルネサスは明らかにしていない。収支の見通しが明らかになるのは、2010年度第1四半期(2010年4~6月期)の業績発表時点になる。決算発表時点では、2009年12月15日の合併契約締結直後に発表されたものと同じ、2010年度の営業黒字化、2011年度の当期黒字化と、中期的には売上高営業利益率を2桁に高めるとともに海外売上高比率を60%に向上するという目標が繰り返し述べられていた。

 収支の見通しを公表しないのは、旧ルネサスの資産と負債の時価評価額が未確定であるためと、「100日プロジェクト」がまだ完了していないためだとしている。「100日プロジェクト」とは4月1日の新ルネサス発足後、「100日間以内」(2009年12月15日発表時点の説明)に同社の方針を具体化するという最優先のプロジェクトである。言い換えると、100日プロジェクトが完了しない限り、新会社の具体的な方針には踏み込んで回答できないというのが、5月11日時点での経営陣のスタンスに見えた。たとえば海外売上高比率60%を何年度に達成するかといった質問に対しても、新会社の経営陣は明言を避けていた。

 その「100日プロジェクト」だが、4月1日に新会社が発足して100日後というと、7月10日ころになる。2010年度第1四半期(2010年4~6月期)の業績は7月下旬に発表されるとみられるので、この時点で100日プロジェクトの結論も明らかになるということなのだろう。

「100日プロジェクト」の概要。「最初の100日間の最優先プロジェクト」と位置付けた。2009年12月15日時点の発表資料から「100日プロジェクト」の概要。売り上げの拡大と経費の削減を両立させるために複数のプロジェクトチームを社長直轄で編成する。2010年5月11日時点の発表資料から海外売上高比率の推移。2008年度(2009年3月期)におけるNECエレと旧ルネサスの単純合計では44%。これを将来は60%に高める。中国などの高い成長率が見込める海外市場での販売を強化していく。2009年12月15日時点の発表資料から

●マイコン事業は独自アーキテクチャを貫く
マイコンの海外売上高比率

 ただし5月13日のマイコン事業説明会では、マイコン製品群の海外売上高比率に関する目標と期限が公表された。2009年(暦年)におけるNECエレと旧ルネサスを合計したマイコン販売は、国内売り上げが51%、海外売り上げが49%という比率だった。これを2012年度(2012年4月~2013年3月:2013年3月期)には国内40%、海外60%の比率に変えていく。

 そのために海外市場では、先進国市場に対抗したマイコン製品と新興国市場に対応したマイコン製品を作り分けていくとした。先進国市場向けには質の向上を掲げてインテリジェントなマイコン製品を提供する。新興国市場向けには数の拡大を掲げて現地化による開発期間短縮とコスト低減を図る。例えば中国市場向けには中国で製品の企画と開発を手掛け、中国の工場で非常に小さなシリコンダイのフラッシュマイコンを製造する。

新興国市場への対応。現地市場による企画、開発、製造を進める

 海外対応以外では、エコロジー(グリーン)対応のマイコン製品に注力していくとの方針を示した。エネルギーを創る太陽電池や燃料電池などのシステムに向けたソリューション、消費エネルギーを減らすインバータ家電やLED照明などのシステムに向けたソリューション、エネルギーを蓄積する電気自動車用バッテリや家庭用バッテリなどのシステムに向けたソリューションを提供していく。


マイコン事業のビジョン。「Global & Green」(海外展開とエコロジー展開)と表現していた

 また世界のマイコン業界の中で、新ルネサスは断然トップのシェアを占めていると記者会見では説明していた。マイコンの大手ベンダーであるNECエレと旧ルネサスが合併したのだから、当然と言えば当然のことだが、市場調査会社Gartnerのまとめによるマイコン市場のベンダー別シェアでは、2009年における新ルネサスのシェアは30%で、2位のFreescale Semiconductorのシェア10%を大きく引き離している。

 32bit、16bit、8bitのアーキテクチャ別のカテゴリでも、新ルネサスは全カテゴリでトップを占める。32bitのシェアは38%、16bitのシェアは35%、8bitのシェアは20%である。

 もう少し詳しくみると、マイコン全体に占めるNECエレのシェアは12%、旧ルネサスのシェアは18%である。アーキテクチャ別では、32bitでNECエレが強く、16bitで旧ルネサスが圧倒的に強い。32bitマイコンでのNECエレのシェアは21%、旧ルネサスのシェアは17%である。これが16bitマイコンになると、旧ルネサスのシェアが34%と大きく、NECエレのシェアがわずか2%と大きく違ってくる。旧ルネサスが16bitマイコンで豊富な製品ファミリを有しているのに対し、NECエレは16bitマイコンの製品系列をわずかしか持っておらず、主力製品は32bitマイコンと8bitマイコンになっていたからだ。


マイコンの市場シェア。2009年3月に市場調査会社Gartnerが発表したデータを新ルネサスがまとめたもの

 興味深いのは8bitマイコンのシェアである。NECエレが12%、旧ルネサスが9%であり、両社が合併する前のトップベンダーはシェア15%のMicrochip Technologyであることが分かる。Microchip Technologyの代表的な8bitマイコン「PICマイコン」の知名度と普及度は米国では非常に高く、日本でも「PICマイコン」の根強いファン層が存在する。

 マイコン製品のCPUアーキテクチャに踏み込むと、NECエレは32bitで「V850」シリーズ、8bitで「78K」シリーズを量産している。78Kには16bitの派生品があり、NECエレにとっては数少ない16bitアーキテクチャのマイコン製品だ。旧ルネサスは32bitで「SuperH」と「RX」、16bitで「RX」、8bitで「R8C」を主力品種として提供していくことを表明済みである。合計すると5本の独自アーキテクチャによるCPUコアファミリが存在することになる。このほかにも旧ルネサスには、既存製品として「M16C」、「H8SX」、「H8S」、「740」といったCPUコアのマイコンが存在する。これらのマイコンはRXとR8Cに統合していく予定である。

 新ルネサス以外のマイコンベンダーを見渡すと、最近はARMアーキテクチャ、特にCortexシリーズのCPUコアを32bitのマイコン製品に採用するベンダーが増えてきた。国内のマイコンベンダーでも東芝とロームが、マイコン製品にARMアーキテクチャのCPUコアを採用している。ARMアーキテクチャのマイコンを望むユーザーが増加していることと、独自アーキテクチャによるマイコン事業の将来性が行き詰まりつつあることが背景にある。

RXコアの位置付け。7本あったCPUコアの系列を3本にまとめていく。2009年3月25日に旧ルネサスが発表した資料から引用

 NECエレと旧ルネサスは、システムLSIではARMコアを採用してきた実績を数多く有する。しかし汎用のマイコン製品にはARMコアを採用しておらず、今後も採用する意思はないとしている。その決意表明は、32bit/16bitのCISC CPUコア「RX」を旧ルネサスが開発し、2009年3月から製品化していることにも現れていると言える。

 膨大なリソースを必要とするCPUコアの開発に取り組むことは、大手マイコンベンダーでも極めて難しくなりつつある。RXコアは、マイコンベンダーが独自に開発する最後のCPUコアとなる可能性が少なくない。

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(2010年 5月 24日)

[Text by 福田 昭]