■福田昭のセミコン業界最前線■
新会社「ルネサス エレクトロニクス」のホームページに掲載された画像 |
日本を代表する半導体専業メーカーのNECエレクトロニクス(NECエレ)とルネサス テクノロジが合併し、新会社「ルネサス エレクトロニクス株式会社」が4月1日、正式に発足した。合併によって登記上はルネサス テクノロジ(旧ルネサス)が消滅し、NECエレが存続して会社の名称をルネサス エレクトロニクスに変更したことで新会社は誕生した。NECエレは東証1部上場企業だったので、新会社も東証1部の上場を継続する。
新会社「ルネサス エレクトロニクス」の本社事務所。東京都千代田区大手町の日本ビル内フロアを賃借している |
新会社の登記上の本店所在地はNECエレの本店所在地と同じ神奈川県川崎市中原区下沼部だ。JR東日本・南武線向河原駅のほぼ隣に位置する。ただし実際の本社事務所は旧ルネサスの本社だった、東京都千代田区大手町の日本ビルとなっている。
新会社の従業員数は連結ベースで47,000名を数える。新会社単体での従業員数は16,065名。グループ企業は日本国内だけで販売会社が1社、設計・応用技術会社が3社、製造会社が12社、エンジニアリングサービスが4社、事業会社が1社の合計21社に上る。製造会社が多いのは、NECエレが製造工場を子会社化していたことによる。
新会社「ルネサス エレクトロニクス」の組織図 |
NECエレと旧ルネサスの事業は重なる部分が多い。おおまかに分けるとカスタムのSoC(System on a Chip)事業、汎用のマイコン事業、そのほか(個別半導体やアナログICなど)になっていた。新会社の組織もこれらの事業組織を基本的に踏襲している。事業本部は4つあり、SoCの事業本部が2つあるほかは、マイコンの事業本部とそのほかの事業本部になっている。名称はそれぞれ「SoC第一事業本部」(産業用SoC)、「SoC第二事業本部」(民生用SoC)、「MCU事業本部」(マイコン)、「アナログ&パワー事業本部」(パワー、ミクスドシグナル、化合物半導体など)である。
整合を欠いているのは生産拠点の扱い。前述のように、NECエレは製造工場を子会社化していた。これに対して旧ルネサスは、製造工場が本社組織に組み込まれていた。この組織体系を新会社ではそのまま引き継いだため、NECエレグループの製造工場は新会社のグループ会社であるのに対し、旧ルネサスの製造工場は新会社の生産本部に属する形になっている。この点は製造拠点の再編成と合わせて今後、組織変更が必要となるだろう。
新会社の資本金は1,532億円。主要な株主であるNEC、日立製作所、三菱電機の持ち株比率はそれぞれ33.94%、30.62%、25.05%を占める。3社合計の比率は89.61%に達する。
年間売上高はおよそ1兆円である。日本の半導体メーカーとしては売り上げベースでは東芝の半導体部門と並んでトップクラスに位置する。世界の半導体メーカーとしては第5位に相当する(ハイテク市場調査会社iSuppliが2010年3月に発表した2009年半導体売上高ランキングを基に集計)。
発足時の業績はあまり芳しくない。ロイターの報道によると、2010年3月期の売上高は1兆520億円、営業赤字が1,135億円、最終赤字が1,420億円となっている。このコラムで以前に述べたように、新会社は発足初年度に営業黒字を目指す。かなり高いハードルである。
NECエレと旧ルネサスの合計売上高推移。2003年度~2008年度は両社の発表資料から。2009年度は筆者の推定 | NECエレと旧ルネサスの合計損益推移。2003年度~2008年度は両社の発表資料から。2009年度は筆者の推定 |
●経営:常勤取締役は6名、当初は「たすき掛け」人事
経営陣はNECエレと旧ルネサスの役員または執行役員がスライドした。新会社の代表取締役会長にはNECエレの代表取締役社長だった山口純史氏が就任し、新会社の代表取締役社長には旧ルネサスの代表取締役 取締役社長だった赤尾泰氏が就任した。そのほかの常勤取締役4名はNECエレ出身が2名、旧ルネサス出身が2名と半分ずつとなっている。見事なくらいの「たすき掛け」人事といえる。
非常勤取締役は5名。親会社であるNEC、日立製作所、三菱電機の役員クラスがそれぞれ1名ずつと、NECの部長職が1名となっており、それからハイテク業界に詳しい有識者として元マイクロソフト会長の古川亨氏が非常勤取締役に就任している。
ルネサス エレクトロニクスの取締役一覧。常勤取締役が6名、非常勤取締役が5名で構成される | 古川亨氏の略歴。1986年~2005年の約19年間、マイクロソフトの社長、会長、最高技術責任者、Microsoftのバイス・プレジデントなどをつとめた |
海外販売法人の経営トップは日本人と現地社員のツートップが多い。北米は米国法人のチェアマンが日本人(NECエレ)、米国とカナダ(米国法人の子会社)のプレジデントが現地社員(いずれも旧ルネサス)という体制である。欧州は英国法人のチェアマンが日本人(旧ルネサス)、英国とドイツ(英国法人の子会社)の社長が現地社員(NECエレ、同一人物)、中国北京と中国上海の販売法人はチェアマンが日本人(旧ルネサス、同一人物)、プレジデントが現地社員(NECエレ、同一人物)といった人事になっている。過去に比べると、現地化をかなり進めた人事にみえる。
ルネサス エレクトロニクスの主な海外販売子会社と経営陣。このほかマレーシアやシンガポールなどに販売子会社がある | ドイツの販売子会社「Renesas Electronics Europe GmbH」(デュッセルドルフ市)の社屋 |
●事業展開:3月31日に産活法の認定を受ける
登記上の存続会社であるNECエレは合併直前の3月26日に、産活法(産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法)に基づく経営資源再活用計画を経済産業省に申請した。合併前日の3月31日に認定を受けている。この認定により、増資(資本金および資本準備金)に伴う登録免許税の軽減措置を受けることとなった。
NECエレ、すなわち現在のルネサス エレクトロニクスが認定を受けた経営資源再活用計画は2010年4月~2012年3月を実施期間としており、その概要は生産性の向上、財務内容の健全化、事業の革新で構成される。
産活法(産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法)に基づく支援措置(登録免許税の軽減)の概念図 | 経営資源再活用計画の概要 |
この経営資源再活用計画で興味深いのは「2012年3月期に新商品の売上高比率を全売上高比率の1.1%以上とする」ことだ。2010年度(2011年3月期)の売上高は1兆1,000億円程度にはなる。計画の完了時点である2012年3月時点での年間売上高は、事業統合が上手くいけば、2010年度の売上高よりも増えているだろう。すると1兆1,000億円の1.1%、具体的には120億円以上を新会社が開発した新製品で売り上げることになる。
新製品の具体的な姿も、経営資源再活用計画には記されている。40nmの先端製造プロセスによる画像処理LSIと、32bitのデュアルCPUコアマイコンである。前者はデジタルカメラやデジタルTVなどの高度な要求に対応する画像処理LSIのほか、ネットワーク機能を備えたデジタルテレビ用LSIをローエンドのTV向けに供給する。後者はフラッシュメモリを内蔵したデュアルコアのフラッシュマイコンで、NECエレと旧ルネサスがそれぞれ統合前に開発中であるとする。統合によって開発を加速し、早期に商品を市場へ投入することを目論む。
従業員数の推移も興味深い。2010年3月末の従業員数(単独)が16,065名、2012年3月末の従業員数(単独)が15,774名となっている。差し引きすると291名、全体の1.8%しか減らないことになる。新規採用による増加分が813名、出向による減少分が330名なので、実際には696名がこの期間に退社することになるのだが、それでも全体の4.3%である。解雇予定はゼロなので、定年退職による自然減と早期退職制度で賄うことになるのだろう。
●残された課題:次世代製造技術の提携関係発足後100日以内に新会社の方針を具体化していくことを2009年12月15日に公表した |
これまで述べてきたように営業赤字の解消や固定資産の有効活用など、業績に関連した課題は山積している。すでに2009年12月時点で、新会社発足後100日以内に新会社の方針を具体化していくことを表明済みだ。開発プラットフォームの共通化による効率化、生産拠点の相互活用による稼働率向上と設備投資抑制、購買窓口の共通化による調達コスト削減などが具体的な方策として挙がっている。
そのほかに残されている課題が、技術開発の態勢をどのようにしていくのか、だ。NECエレと旧ルネサスはこれまで、製造技術の提携関係では違った路線を歩んできた。
NECエレはIBMを中心とする製造技術の共同開発チーム(テクノロジー・アライアンス)に2008年9月から参加してきた。2009年6月には、28nmのプロセス技術をIBMのテクノロジー・アライアンスの下で共同開発することを公表した。IBMのテクノロジー・アライアンスには東芝、米国のGLOBALFOUNDRIES(および同社が買収したシンガポールのChartered Semiconductor Manufacturing)、ドイツのInfineon Technologies、スイスのSTMicroelectronics、韓国のSamsung Electronicsが参画しており、米国IBMの研究開発拠点に各社のエンジニアが集まって共同開発を継続してきた。
これに対して旧ルネサスは、パナソニックと製造技術の共同開発で提携してきた。旧ルネサスが発足する以前の1998年に、三菱電機の半導体部門がパナソニックとシステムLSI製造技術の共同開発で提携したのが始まりだ。90nm世代、65nm世代、45nm世代と継続して共同開発を続けており、2009年10月には32nm/28nmプロセスのシステムLSI開発ラインを旧ルネサスの那珂工場に集約した。
最先端プロセスの開発には巨額の投資を必要としており、半導体メーカー1社で開発投資と量産投資をすべて賄えそうなのは米国のIntelと台湾のTSMCくらい。そのほかの半導体メーカーは、開発リソースを低減するために共同開発で提携する、TSMCに最先端プロセスでの量産を委託するといった選択を迫られている。新会社のルネサス エレクトロニクスがこれまでの提携関係をすべて解消し、最先端プロセスを単独で開発する道を選ぶとは考えにくい。
すると今後の選択肢としては、現状維持(2本立ての提携をこのまま継続する)、あるいは、どちらか1本の共同開発に集約して残りの提携関係を解消する、といったことが考えられる。現状維持は当面の選択手段としてはもっとも簡単だが、開発効率を高めるという観点からは問題が残る。どちらか1本に絞るとなると、どちらを残すか(どちらを解消するか)、という決断を迫られることになる。
独自の製造技術に対するこだわり方でみると、旧ルネサス、特に旧日立製作所の半導体部門は独自技術にこだわる傾向が強い。最近ではマイコン用フラッシュメモリ技術、古くは日立製作所時代のMOSイメージセンサー技術(当時はCCDイメージセンサー技術が主流)やMONOS型EEPROM技術(当時はフロトックス型EEPROM技術が主流)などの例がある。パナソニックとの提携は日立ではなく、三菱が始めたものだ。これに対してNECエレは旧ルネサスに比べると独自の製造技術に対するこだわりが弱いようにみえる。例えばマイコン用フラッシュメモリ技術では、米国のフラッシュメモリ技術開発企業SSTの技術を導入している。
パナソニックとルネサス エレクトロニクスがまとめてIBMのテクノロジー・アライアンスに参画するという選択肢もある。研究開発の長期的な継続性からは、この選択肢が望ましいようにみえるが、どうなるかはまだ分からない。
いずれにしても、新会社には多くの課題と、それに伴う決断が待ち受けている。新会社の航路が多難であることは間違いない。
(2010年 4月 6日)