iPadのヒットはIntelにとっての危機なのか、チャンスなのか



 iPadのヒットはIntelにとっての危機なのか。中国・北京で開催されているIntel Developers Forum China 2010では、AtomのBonnelコアを活用したSoCの話題が豊富だが、iPadのヒットは情報端末へのAtomアーキテクチャ進出にマイナスの影響を与えるかもしれない。

 また、iPadが小型・軽量のモバイルノートPC(ノートPC市場全体からすれば5%前後にしか過ぎない)やネットブックから市場を奪うとしたら、Intelはすでに持っている市場を他のCPUアーキテクチャに奪われることになるだろう。

 しかし、結論から言えばiPadのヒットはIntelにとって、新たなチャンスをもたらすものになるだろう。“iPhone的”デバイスが広がることで、クラウドを活用したネットワークアプリケーションサービスの市場の拡大も促しているが、これがよりメディアリッチな“iPad的”デバイスにまで広がっていくなら、インターネットの中で必要とされるサーバーの処理容量はさらに増加していくと考えられるからだ。

●iPadがタブレット型コンピュータの道を拓く
国内販売は5月末に延期されたiPad

 Appleが米国外でのiPad発売を延期せざるを得なくなった。日本での発売を待ち望んでいた人たちにとっては、大変に残念な結果だが、あれだけ生産供給に自信を見せていたAppleが発売延期に追い込まれたのだから、発売当初だけでなく継続的に売れ続けたということなのだろう。なんでも中国発の貨物便でAppleが大量のコンテナを確保しているので、小さなアクセサリや周辺機器などのメーカーは新製品の空輸経路を確保しづらくなっているとか。

 もっとも、この大騒動のおかげで、10インチ前後のスクリーンサイズにピッタリフィットする新しい製品カテゴリとしてiPadが定着しようとしていることが、これでハッキリしたとも言える。

 スタイラス不要のマルチタッチタブレットを用い、使いやすいユーザーインターフェイスを搭載しただけでは、ここまでうまく行かなかっただろう。iPhoneを育て、磨き上げて、さらにアプリケーション開発のフレームワークと開発コミュニティを作り上げることに成功したことが、結果的にiPadに繋がったわけで、これは一朝一夕にまねできることではない。

 が、今年はMicrosoftによるSlate PCもHewlett-Packardから登場する予定だ。またAndroidをベースにタブレット型の端末を開発している会社も多い。ここでもGoogleがまとめ役になって、プラットフォームの構築に取り組むようになれば市場は広がっていくと考えられる。Appleが先導する形で、業界全体がタブレット型コンピュータの方向に向かっているわけだ。おそらく10インチ前後のタブレット型コンピュータ(日本市場に限れば、通勤時に使いやすい5〜7インチぐらいの方がウケはいいだろう)が、今年後半以降は雨後の竹の子のように出てくるのではないだろうか。

 しかし、その中でIntel製のプロセッサをベースに開発されると思われるのはSlate PCのみ。おそらくシェアをもっとも多く取るのはスマートフォンと同じくiPadではないか? と予想するなら、Intelプロセッサがこの分野で支配的立場になる可能性は低い。一度、ARM向けにアプリケーション市場が形成されてしまった以上、今後、どれほど高性能を訴求してもAppleのプラットフォームがx86プロセッサになる可能性はほとんどない。

 Intelは最新のFlashなど、インターネットを楽しむための最新プラグインを使うにはx86を用いるのが1番だと訴求してきた。x86プロセッサ向けのプラグインはWindows用に真っ先に開発されるからだ。

 しかしiPadが普及すれば、iPhoneによるWeb閲覧者の増加とともに、FlashやSilverlightなどを用いず、HTML5での開発を優先するようになるだろう。FlashやSilverlightとHTML5の位置付けは必ずしも同じではないが、WebのデザイナーはHTML5で可能な限りの対応をせざるを得なくなる。

 iPadに端を発するタブレット型端末の増加は、結果的にIntelが持っていた普及のテコの1つ(インターネットの最新プラグインを移植しやすい利点)を薄めていくことになる。

●1人あたりのインターネット利用量増加はIntelにとってのプラス要因

 IntelはPC市場に対して最新・最速のx86アーキテクチャを持つプロセッサを提供しつつ、Atomによってx86を各所に入り込ませ、1人が持つx86プロセッサの総数を増やそうとしている。PC市場が成熟してくれば、x86の市場拡大は限られてくるから、Atomのように組み込み型プロセッサとして、デジタル機器の隅々にまで入り込んでいくことでx86アーキテクチャを増加させようというわけだ。

 MeeGoなどで中国メーカーやソフトウェアベンダーと強く連携しようとしているように、IntelはAtomの戦略を粛々と続けている。いつARMを追い抜くことができるのか、あるいは追い抜くことはできないのか、結果を見るまでにはまだ時間がかかるだろう。スマートフォンを中心とした携帯端末の普及が予想より早く、Atomの展開が遅れたのはIntelにとって間が悪かった。

 長期的に見てiPadは、インターネット利用者が直接ローカルで利用するコンピューティングパワーを減らし、サーバー側のコンピューティングパワーを増大させるという効果を生み出す。クリエイティブな作業はPCで行なうが、コンテンツの利用はもっとシンプルな端末を使う機会が今より多くなる。

 iPadやiPhoneのアプリケーションは、どれもネットワーク接続を前提としたアプリケーションの作り方がされており、ローカルで搭載しているプロセッサには大きな処理負荷はかけない。グラフィックス処理はGPUに大きく依存しており、バッテリ持続時間にも好影響を与えている(たとえばiPadはWi-Fiを使いながら10時間近く使える)。

 言い換えると、サーバー側にコンピューティングパワーの中心のシフトが進んでいるということだ。サーバー分野でのIntelアーキテクチャの浸透率が年々上がり続けている事、サーバー分野が依然、Intelにとって大きな収入源になっていることを考えれば、これは決して悪くない話だ。もちろん、将来はAtomが携帯型端末のプロセッサを駆逐していくことが理想だが、そこまでは行かない段階でもIntelにとって十分に利があることになる。

●タブレット端末とモバイルPCは競合しない

 意外かもしれないが、7〜12インチの画面サイズを持つノートPC(日本では小型軽量機として比較的一般的なサイズ)は、市場全体の5%にしか過ぎない。

 ネットブックによって、このサイズが大きく成長すると考えられた時期もあったが、実際にはAtomプロセッサとチップセットの出荷は前四半期、前年に比べて19%減っており、その一方でモバイルプロセッサ(Intel Core)の売り上げは過去最高を記録した。これはもちろん、新アーキテクチャ登場による需要の集中効果もあっただろうが、一時期ほどネットブックの勢いがなくなってきた事の証でもあるだろう。

 さらにネットブックの市場がタブレット端末に奪われるようになれば、クリエイティビティを生まないタブレット端末に対して、一般的なノートPCは差異化が行ないやすくなる。少なくともネットブックとモバイルPCはどう違うの? といった、説明しづらい状況に比べれば、かなり状況は改善されるはずだ。

 このようにタブレット型端末が市場を形成することは、Intelにとってごく一部のモバイルPCユーザーを奪われる結果となるだろうが、その一方でプラス面も引き出せる。Intel関係者はiPadやそれに続く製品に対して、あまりネガティブな印象を持っていないようだが、その背景には自分たちにとってプラス要因であるとの判断が働いているのではないだろうか。

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(2010年 4月 15日)

[Text by 本田 雅一]