■元麻布春男の週刊PCホットライン■
今回のIDFで、1つ変わったのは、ネットブック用Atomプロセッサの扱いだ。
これまでIDFだけでなく、複数のキーノートスピーチが設けられるような大きなイベントにおいては、ネットブックやエントリーデスクトップPC向けAtomプロセッサの話は、ノートPCやデスクトップPCと同じスピーカーが担当し、同じAtomでもスマートフォンやMID向けは組み込み向け製品を担当するスピーカーが行なうのが通例だった。
今回はAtom関連については、ネットブックやエントリーデスクトップPC向けも含めて、2日目のダグ・デイビス副社長(組み込み/通信事業部長)が担当している。単にパルムッター主席副社長の負担を考えてのことかもしれないが、この方が分かりやすい(話がつながりやすい)気がする。
さて、デイビス副社長のキーノートを含め、このIDFにおけるAtom関連の大きなニュースは、次の2つであると個人的には思っている。1つは、Atomの製品ラインナップが一応の完成をみたこと。もう1つはIntelがタブレットデバイスのプラットフォームの本命として、Oak Trailを念頭においている、ということだ。
図1はAtomの製品シリーズとして明らかにされたラインナップ。一番下のEシリーズ(Atom E600番台)が、今回正式に発表された汎用組み込み向けのAtomで、4月に開かれた北京のIDFではTunnel Creekという開発コード名で紹介されていたものである。
【図1】5ラインが用意されるAtomファミリー。将来はさらに多くの派生型が予定されている | 【図2】Atom E600シリーズの概要 | 【図3】Atom E600番台用に用意されるサードパーティ製チップセット |
Atom E600番台の最大の特徴は、チップセット(I/Oハブ)との接続に標準のPCI Expressを用いていることだ。ハードウェアの標準化されたPCと異なり、組み込み用途においては、最終製品により必要となるI/Oが大きく異なってくる。Intel自身が標準的なチップセットとして、PCH EG20Tを用意する一方で、最初からIntel公認でサードパーティ製のIOHが用意されるのは、従来はあまり見られなかったことだ(図3)。それどころか、顧客がAtom E600番台向けのチップセットを独自に開発することさえ認めるという。
IntelはAtomの組み込み用途を広げるため、TSMCと提携し、Intelの顧客がTSMCのIPライブラリと組み合わせて、SoCを開発できるようにするとの発表を2009年3月2日に行なった。しかし、1年半あまりが経過したにもかかわらず、TSMCで製造されたAtomベースのSoCの話を聞かない。おそらくは、プラットフォームの縛り(プラットフォームとしての互換性の維持)の条件が厳しいため、顧客の多くはメリットを見出せなかったのではないだろうか。
Atom E600番台を見て思うことは、プラットフォームとしての互換性の中核となる部分(グラフィックス、メモリコントローラ、オーディオ、各種I/Oバス)は、プロセッサに取り込んで互換性を確保した上で、その他のI/Oについては顧客が必要に応じて実装することを認める、という方針だ。
要するにIntelとして譲れない部分はプロセッサに入れたから、後は好きにして、というアプローチである。上のTSMCでSoCを独自に開発する場合に比べてチップ数は増えるが、いちいちIntelにお伺いをたてるより、顧客としてはやりやすいかもしれない。
●Oak Trailがタブレットデバイス用の本命さて、タブレットデバイスのプラットフォームだが、Intelの考えるタブレットデバイスは図4のような位置づけだ。すなわちネットブック(最新のプラットフォームはPine Trail)と、スマートフォン(同Moorestown)の中間であるという立ち位置となる。ただ、同時にタブレットの市場セグメンテーションとして、図5のようなことも述べており、たとえばCoreプロセッサベースのタブレットを否定しているわけではない。
【図4】Intelはネットブックとスマートフォンの中間にタブレットを位置づける | 【図5】一口にタブレットと言っても、さまざまなセグメントが考えられている。iPadに一番近いのは、左端のMultimediaということになる |
実際、上述したOak Trailは今回のIDFで初めて動作するシリコンが披露されたばかり。リリースの近いタブレットには間に合っていない。キーノートで紹介されたタブレットの多くは、Pine Trailベースのものであった。
【写真1】ドイツのWeTabによるPineviewベースのタブレット。OSとしてMeeGoを採用するが、Android用アプリケーションも実行可能という |
写真1はデイビス副社長に先立って行なわれた、リネイ・ジェームズ上席副社長のキーノートでも紹介されたドイツのWeTabのタブレットデバイスで、11.6型の液晶ディスプレイ(HD解像度)、Atom N450プロセッサ(Pineview-M)、そしてOSにMeeGoを採用する。1GBのメモリと16GB(Wi-Fiモデル)あるいは32GB(Wi-Fi+3Gモデル)のフラッシュメモリによるストレージを持ち、約6時間のバッテリ駆動が可能という。価格はWi-Fiモデルが449ユーロ(重量800g)、Wi-Fi+3Gモデルが569ユーロ(重量850g)とされる。キーノートの時点では来週にも発売になる、とされていたが、同社のWebサイトを見る限り、まだプリオーダー状態のようだ。ドイツ国内では流通チャネルでの販売が始まっている可能性はある。
写真2は、デイビス副社長のキーノートにゲストとして招き上げられたDellのデビッド・ザヴェルソン氏が披露した「Inspiron Duo」だ。この写真を見る限り普通のタブレットデバイスに見えるが、液晶部回転させることで通常のクラムシェル型ノートPCのように使えるコンバーチブルデバイスである(写真3)。この液晶を回転させるデモで、会場はどよめいたが、それは主に枠を残して液晶が回るというギミックに対するもので、製品としてはどうかと思う。
【写真2】Dellでウルトラモバイルデバイスのプロダクトマーケティング担当上級マネージャーのデビッド・ザヴェルソン氏が手にするInspiron Duo | 【写真3】Inspiron Duoは、液晶部のみを回転させることで形態を変化させるコンバーチブル型 |
詳細なスペックは明らかにされていないが、デュアルコアのAtom N550ベースで、Windows 7 Home Premiumとなると、重量的にそれほど軽量とは思えない。Atomベースの安価なタブレットPCとしての需要はつかめるのかもしれないが、iPadに対抗する製品かと言われると、ちょっと違う気がする。
ただ、さきほどの図5にもあるように、IntelはこうしたAtomベースのコンバーチブルもタブレットデバイスの1種と考えているようだ。まぁ、どれでもIntelの半導体が売れる分には構わないというのが本音であるにせよ、タブレット向けプラットフォームの本命を想定していないわけではない。それがOak Trailだ。
デイビス副社長のキーノートでは、「OAK TRAIL FOR TABLETS」と書かれたスライドが示された(図6)し、「How To Build an Intel Atom Proceswsor Based Tablet or Innovative Netbook」(Intel Atomプロセッサベースのタブレットあるいは革新的ネットブックの作り方)と題されたセッションの大半を占めたのは、Oak Trailの話題であった。
【図6】タブレットにはOak Trailを | 【図7】Oak Trailの概要 | 【図8】Oak Tail採用企業には、東芝の名前も見える |
Oak Trailは、Moorestownと同じAtom Zシリーズのプロセッサ(Lincroft SoC)に、Windowsサポートを追加したWhiteney Pointチップセットを組み合わせたプラットフォームだ。ネットブック向けのプラットフォームであるPine Trailと異なり、プロセッサはシングルコアのみだが、TDPが低く、ファンレス設計が可能とされる。
●リスクを負わずに新しい世界は開けない以前にも記したように、筆者はタブレットデバイス向けOSとしてのWindows 7の適性に疑問を持っているが、OEMはWindows 7が動いてくれた方がつぶしが利くと思っているのだろう。
しかし、このつぶしが利くというのがくせ者で、そうであるがゆえに、Tablet PCは専用アプリケーションを集積できず、通常のWindowsアプリケーションの利用に適したコンバーチブル型が主流となり、アイデンティティを失っていった。
一方iPadは、Mac用のアプリケーションと一切の互換性を持たず、逆にiPad用アプリケーションをMacやWindowsで実行することもできない。ことアプリケーションに関しては、完全に独立した別の世界となっている。だからこそ、タッチに最適化されたソフトウェアが集積されているわけだ。そしてiPad用のアプリケーションをMacやWindows上で利用できないことが、iPadの価値にもなっている。
もちろん、Windows 7をベースに、一般のWindows 7とは互換性のないタブレット専用OSを開発することは可能だ。が、それはもはやWinodwsではないし、互換性を持たないのであれば、MeeGoやAndroidと何が違うのか、という話にもなるだろう。Windowsと互換性のないWindowsというのは、x86非互換のIntelプロセッサ以上にあり得ないことではないかと思う。
【写真4】「Oak Trail」のシリコンウェハを紹介するダグ・デイビス副社長。Oak Trailはプラットフォームの開発コード名であることを考えれば、そのウェハは存在しないハズなのだが | 【写真5】実際に動作するOak Trail機として紹介された2つのデバイス。手前は5インチ液晶を採用した、Windowsベースのゲーム機だという |
おそらくIntelはタブレットデバイスを、キーボードのないネットブックと考えている。だからこそ、OSとしてWindowsが必要だし、それを可能にするOak Trailプラットフォームを用意する必要があった。
エンドユーザー向けにWindowsやMeeGoのアプリケーションを配布するAppUpセンターも、プレスリリースの表記は「ネットブック向け」となっている。つまりタブレットやタッチに特化してアプリケーションを配布することは考えていない。Atomプロセッサあるいはネットブック向けのアプリケーションを配布する中に、タブレット向けのものもある、という位置づけだろう。実際、AppUpセンターで販売されるアプリケーションのうち、Windows対応のものは、CoreプロセッサベースのノートPCでも動作するという(互換性を考えれば当然だが)。
それはiOSデバイス向けに、タッチに特化したアプリだけを販売するAppleのAppStoreとは異なるアプローチだ。Appleは、可能であるにもかかわらず、AppStoreでMac用アプリケーションを頑なに販売しない。オンラインのAppleストアで購入することは可能だが、購入したアプリケーションは宅配便でパッケージが送られてくる仕組みだ。
Appleのタッチに特化したアプローチと、IntelやMicrosoftによる何でもありのアプローチのどちらが最終的に成功を収めるのかは分からない。何でもありだからこそ、致命的に失敗することはないのかもしれない。しかし、何でもありのアプローチで、新しい市場を創出したり、何か革新的なことが始まったりするのだろうか。筆者にはその点に疑問が残るのである。