大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

日本マイクロソフト、樋口社長に緊急インタビュー
〜Windows 8発売に強い手応え。Surfaceはこのタイミングでは出さない



樋口泰行社長

 2012年10月26日、いよいよWindows 8が発売となった。Windows 95以来、17年ぶりのユーザーインターフェイス(UI)の改革であり、タッチ機能を活用したタブレットの領域にもMicrosoftが本格的に踏み出した、新世代のOSだといえる。発売初日を終えた日本マイクロソフトの樋口泰行社長は、「十分な手応えを感じている」と、Windows 8に対するユーザーの反響に自信をみせる。だが、競合する陣営もタブレット端末を相次ぎ発表。「本番はこれから」(樋口社長)というのも事実だ。そして、米国などで発売される自社ブランドのタブレット端末の「Surface」や、「Windows Phone 8」など日本で見送られた製品群の今後の取り組みも気になるところだ。発売を迎えたWindows 8への取り組み、今後の日本でのSurfaceやWindows Phone 8への姿勢などを含めて、樋口泰行社長に緊急インタビューを行なった。


●「これは行ける」と強い手応え

――2012年10月26日のWindows 8の発売を迎えて、今、どんな気持ちですか。

樋口 日本は、気候的にも、すがすがしい日にWindows 8の発売日を迎えることができましたね。実は、25日夕方から行なった前夜祭のタッチ&トライコーナーでも、ユーザーの方々の関心の高さに、むしろ社員から驚きの声が出ていました。「すぐに欲しい」というユーザーの声も多く、その反応の良さに社員が興奮していたほどです(笑)。また、26日深夜0時までに秋葉原には、延べ1万人以上の人が駆けつけてくれたのではないでしょうか。さらに、26日夕刻にも有楽町のビックカメラにお邪魔したのですが、仕事帰りのビジネスマンが数多く、金曜日の夕方にWindowsコーナーがこれだけ盛況なのは久しぶりだと言われるほどの賑わいぶりでした。みなさんからいただいている反響は非常にポジティブなもので、これは行けるぞという手応えを得ています。

 一方、企業ユーザーからも非常にいい反応をいただいています。これまでのタブレットは、情報システム部門主導の場合、セキュリティや管理性といった点で課題があり、Windowsの登場を待っていたという声を数多く聞きます。また、事業部門主導で、現場中心にペーパーレスを推進する、カタログをすべてデジタル化して営業ツールとして活用するといった場合にも、企業システムとの連動を視野に入れると、やはり理想的なOSはWindowsだということになる。そうした課題に応えられるのがWindows 8ということになります。

 これまでのWindowsの発売時に比べて、事前に発信する情報を絞り込んでいたこともあり、その点ではパートナー各社や我々の社員も戸惑っていた部分があるかもしれません。また、ユーザーに対しても、Windows 8とはどういうものかということを的確に示すことが出来ていなかった反省がある。中には、タッチ機能が利用できるのは、Surfaceだけだという誤解もあったほどです。これは、競合戦略上、グローバルで統一したマーケティング戦略を打ち出したためのものであり、裏を返せば、これから一気に情報を出すことになります。10月25日から26日にかけて、多くのユーザーに予想以上に高い関心を寄せていただいたのも、そうしたマーケティング施策の効果だと判断しています。いまは先進的な機能の部分を強調していますから、既存のアプリケーションはどうなるのかという点でも、まだ伝わり切れていない部分があります。こうしたことは店頭でもしっかり訴求をしないといけない。それはこれからの重点施策になってきます。

 ただ、前夜祭から発売といった2日間の動きを見る限り、出産前の不安はありましたが、生まれてみたらそれほど心配することはなかった。最初のモメンタムは非常に大切であり、その部分についてはうまくいったと自己評価しています。

――改めて、Windows 8は何が魅力であるのかを、樋口社長の言葉で示していただきたいのですが。

樋口 一言でいえば、タブレットに対応しながらも従来のソフトウェア資産を利用でき、さらにオン(ビジネス)とオフ(プライベート)の利用をカバーできる理想的なOSがWindows 8だといえます。タブレット利用という点でも非常に完成度が高く、しかも、マウスでも使えるようになっている。

 タッチによるインターフェイスは、Windows 95以来の大きな変化だといえます。これまでのWindowsの進化は、キーボードとマウスを軸にしてきましたが、Windows 8では、そうしたタイプライターの延長線上での進化だけではなく、タッチによる操作性と、タブレットという新たな形状にも対応した点で、連続性という意味でも変化したものになっている。

 Windows 8で実現したピクチャーパスワードも、歩きながらパスワード入力ができる手軽さですし、すばらしいアイデアだと思います。また、タブレットの両端を持って操作する際にも、親指でチャームを出したり、アプリケーションを呼び出したりといったことがすぐにできる。アプリケーション同士の連携もよくできている。考え抜かれたOSだといえます。

 タブレットによるマン・マシン・インターフェイスに関しては、これまでにも多額の研究投資を行なっており、これはますます進化していくことになるでしょう。

 そして、Windows 8では、クラウドを前提とした作り方になっていることも大きな進化です。安価で、信頼性が高く、太い回線に接続している状態で、どんな使われ方をするのかということを前提に開発したOSであり、デバイスに採用されているインテリジェンス技術、センサー技術、認識技術なども、クラウドによって広がりをみせることになる。

 また、マイクロソフトが今後提供するOfficeやブラウザ、Skypeにしても、Windows 8をベースに展開しており、それによって新たな利用提案ができます。

 もう1つ、今回のWindows 8において重要な点は、Disruptive Technology(破壊的技術)が登場した際に、新たな手法を提案したということも大きな要素だと思っています。

――それはどういう点ですか。

樋口 Disruptive Technologyというような、新たな革新的技術が登場すると、古い技術は駄目になるというのが、一般的な考え方です。CDが登場したことによって、レコードが駆逐されたり、さらにCDはダウンロードの広がりによって、音楽の購買方法が大きく変化したというのがその一例です。しかし、コンピュータの世界は、過去の投資資産を保証しながら、まったく新たなものを投入する必要がある。Windows 8は、それを実現したOSだと言えます。レガシーに引っ張られて、イノベーションが起こらないのではないか、イノベーションを起こせば、従来の資産が使えなくなるのではないかという、これまでの常識を打ち破り、新たな体験を提供しながら、既存資産も利用できるOSを完成させました。

 だからこそ、企業ユーザーにも、個人ユーザーにも安心して新たなOSを購入してほしいというメッセージが打ち出せます。これはWindows 8の強みだといえます。Windows 8では、「Reimagined(再創造)」に取り組んできた。非連続ポイントにおける再創造であり、Quantum Leap(飛躍的進歩)ともいえる変化です。もう一度、創造しなおしたOSならではの魅力をぜひ体感していただきたいですね。


●2年半の遅れを巻き返することができるのか?

――Windows 8は、タブレット対応が大きな特徴ですが、先行したiPadは発売から2年半を経過し、すでにiPadは1億台の累計出荷を達成しています。2年半遅れで大丈夫なのか、あるいはMicrosoftにタブレット用のOSが開発できるのか、という指摘もあったほどです。発売を迎えた今、その点をどう捉えていますか。

樋口 Windowsは、操作性を少し変えただけで、使いにくいとか、わかりにくい、あるいは、なぜ変えたんだ、ということを言われ、お叱りも受けます。既存のユーザーをサポートし続けなくてはならない使命があるために、先進的なものにブレイクできないのではないかと言われてきたのも事実です。しかし、Windows 8では、先進的なものに対応し、かつこれまでの資産を踏襲するという回答を理想的な形で提案できたのでないでしょうか。我々は個人市場だけでなく、法人市場もきっちりと対応していく必要がある。新たな技術が出たから、安易にそれに乗ってしまうのではなく、しっかりと企業ユースを捉え、検証していくというアプローチを取らなくてはいけない立場にあります。

 また、エンタープライズアグリーメントや各種ライセンス契約もあり、OSのリリースのサイクルは3年としています。Windows 8は、この周期の中で、新たなタブレットのニーズをしっかりと捉え、タブレットとPC、あるいはオンとオフの使い方を具現化する提案ができたのではないでしょうか。そして、この2年の間に、マルチタッチの技術などが整い、コンシューマライゼーションやBYODといった動きも出てきた。この点でも絶妙なタイミングだったと言えます。

 そして、そうした技術の進化や市場の変化を捉えながら、デバイスメーカーが価値をつけ、多様化した端末を、次々と製品化してくれた。とくに日本では、250機種以上の端末が発表されています。全世界では1,000機種のWindows 8の端末が発表されていますから、その4分の1が日本の市場で発表されていることになります。日本のユーザーに多くの選択肢を提供することができたのではないでしょうか。

 Windows 8では、これまでのWindowsの開発姿勢とは大きく異なる点があります。これまでのWindowsは、部分最適を優先して、この機能が欲しい、あの機能が欲しいということを集約して作る傾向にありました。結果として、それが「重たくなる」ことにつながっていた。Windows 8では、開発を統括するスティーブン・シノフスキーのトップダウンによる全体最適の考え方によって、開発が進められました。何が必要であるのかということをトップダウンで進め、世の中の流れにきっちりとあうものを作り上げることができました。各国からのフィードバックや、多くのユーザーからのフィードバックを集めたものではなく、中央集権的な手法によって開発されたものです。だからこそ、大きなイノベーションに成功したとも言えます。


●Surfaceは日本で出したとしても1機種に過ぎない

――米国では、スティーブ・バルマーCEOが、Windows 8の発表とともに、SurfaceとWindows Phone 8を持ち、3つのデバイスの訴求を行ないました。それに対して、日本ではWindows 8だけの提案でした。3つが揃うことで、競合に対するスタンスを、明確なメッセージとして伝えることができると思うのですが、日本ではそうはいかなかった。その点はどう考えていますか。

樋口 米国で発表されたSurfaceは、Windows RTベースのものです。Windows RTの観点からいえば、デバイスメーカーも、日本での状況が米国とは異なるという判断があったのではないでしょうか。日本では、Wintelに対する関心が高いという市場背景があります。Wintel系のソリューションが中心であり、これまでのソリューションを踏襲したいというニーズに対して、ラインアップをまとめあげようという動きがあった。しかも、タブレット分野における競合の浸透率が欧米ほど高くはないということもあり、ピュアタブレットとして、Windows RTを日本市場に導入する必要性が低いという点もあげられます。また、異なるプラットフォームですから、日本のメーカーがエンジニアリングリソースを2つの領域に割けないということもあったでしょう。

 Surfaceに関しては、日本はタイミングの問題であり、このタイミングでは出さない。まずはデバイスメーカー各社と協力して、タブレットに力を注いでいくというスタンスから踏み出したというわけです。仮に、Surefaceを日本で出したとしても1機種に過ぎないでしょう。1機種で市場を席巻するのは、一時的には可能であっても、それが継続することはありません。むしろ、市場全体が活性化すると捉えているデバイスメーカーもあります。

――一方で、日本での発売が見送られたWindows Phone 8ですが、これまでの樋口社長の発言からすると、少なくとも今年(2012年)8月までは、Windows Phone 8の国内投入には意欲をみせていました。その後、日本市場への製品投入に関して、一気に方針が変わったという印象を受けますが。

樋口 そうですね。ただ、これは我々だけの話ではなく、日本のキャリアやスマートフォンメーカーの意向も強く働いています。世界で展開するメーカーは年間何億台というスマートフォンを生産しており、日本のスマートフォンメーカーとは2桁も生産台数に違いがあります。今後、日本のキャリアは、グローバルのプレーヤーとの連携も視野に入れていく必要もあるのではないかということも感じます。日本人としては、日本のスマートフォンメーカーに盛り返してほしいとは感じていますが、Windows Phone 8は、日本だからやらないということは考えてはいません。

――Windows 8のメモンタムを活用して、Windows Phone 8も加速させたいという発言もありました。その目論見が崩れたのではないですか。

樋口 確かにそれはあります。しかし、もともとWindows 8とWindows Phone 8とは製品マーケティング部門が異なりますから、それぞれに独立した形で展開しています。Windows 8のマーケティングプランに影響したということは一切ありません。

――樋口社長は、国内PCメーカー各社のWindows 8搭載PCの新製品発表記者会見へのゲスト出演での発言や、発売当日の秋葉原でのコメントでは、「MADE IN JAPAN」という言葉を何度も使っていましたね。

樋口 PCの領域では、日本のメーカーが盛り返す余地が大きいと思っています。そこの部分を、日本マイクロソフトと一緒に加速できればうれしいですね。先ほど触れたように、全世界で発売されるWindows 8搭載PCのうち、4分の1は日本の市場から出ることになります。世界の市場でも十分通用する工夫や、特色があると思っています。日本の技術者は非常に優秀です。内需の停滞や為替の問題もあり、今は縮小していますが、技術力があれば、営業力、マーケティング力でも、世界で戦えるようになれる。日本マイクロソフトの社長としての私のミッションは、日本での売上高をいかにあげるかということに尽きるのですが、Microsoftが持つグローバルの足場を利用して、日本のデバイスメーカーが世界で活躍できるお手伝いをできれば、日本に貢献ができますし、日本をより元気にできると考えています。

●若年層をターゲットとした施策に注力

――ところで、Windows 8は、市場にどんな影響を与えると考えていますか。

樋口 17年前にWindows 95が出荷された年のPCの出荷台数は前年比70%増となりました。また、その翌年も50%増の出荷台数となりました。今は、当時のように、PC市場の黎明期ではないですから、それほど伸びることはありません。しかし、変化の度合いでは、それ上回るものがあります。私自身、そうした20年に1回というほどの大きな変化の時に、日本マイクロソフトの社長という立場で、立ち会うことができたことは大変幸せです。それを、前向きな社員たちとともに、興奮し、喜びを共有できたことが純粋にうれしいですね。今は、Windows 7のときよりも、すごく興奮していますし、変化の度合いも大きいと思います。そして、会社をあげて自信を持ってお勧めできるOSです。

 日本マイクロソフトは、メーカーと一緒にオープンな形で可能性を追求できる関係にあります。10月26日時点でもあれだけの多くのデバイスが出てきているわけですから、今後3年間という流れを予想すると、さらに面白いものが出てくることは容易に想像がつきます。

 私が初めてWindows 8といえるものを見たのは、2011年2月のことです。毎年、Executive Retreatという、世界中から幹部が集まり、離れた場所で合宿形式で行なわれるミーティングがあるのですが、そこで初めてプロトタイプを見ました。第一印象は、これによって世の中が大きく変わるだろうな、そして、クールなインターフェイスであることや、独自性がたくさん盛り込まれていることも感じました。情報システム部門のお客様からは、きちんと管理ができ、セキュリティがしっかりしているものを早く出してほしいということを言われていましたし、従来のWindowsアプリケーションも動作するものが欲しいとも言われていました。ですから、これが登場するだけで、「行ける」と感じました。

――2012年10月26日の発売以降、Windows 8にどんな形で取り組んでいきますか。

樋口 私は、むしろ、これからが本番だと思っています。これだけすばらしいものが出来たわけですから、これをいかに日本の多くのユーザーに使っていだたけるのかが、日本マイクロソフトの仕事になります。過去最大規模のマーケティング予算を投入し、国内におけるTV CMも今後半年間に渡って展開していきます。少し買い控えもありましたので、年末から春商戦まで、市場を活性化するということに留まらず、市場を爆発させるべく施策を講じていきます。また、多くの企業ユーザーにも、発売をお待ちいただいていました。それにも応えていきたい。

 とくに新たな領域として力を注ぎたいのが、10代から20代前半の若い世代です。ここは、Windowsが弱い世代でもあり、従来からのアプリケーションが走るとか、走らないとかは関係がない層ともいえます。そして、キーボードもいらない世代です。就職するというタイミングになってくると、誰もがキーボードが欲しくなるでしょうが(笑)、その前までの世代をWindows 8によって捉えていきたい。そのために、カラフルなWindows 8のUIにあわせた向けたポップなイメージ、あるいはクールなイメージをもっと打ちだしたい。実は、当初のプロモーション展開では、単なる日本語化に終始してしまい、ポップなイメージが崩れたり、クールな雰囲気が削がれてしまっていた。その点を大きく見直し、日本語でも同じイメージを出すことにこだわりました。

――9月1日付けで、セントラルマーケティング本部長に、前日本コカ・コーラのバイスプレジデントである江端浩人氏が就任しましたね。すでにWindows 8のマーケティングになんらかの影響が出ていますか。

樋口 ロンドンオリンピックが終わるまでは参加できないということだったので(笑)、日本マイクロソフトに入社してもらうタイミングが、Windows 8の発売前になりました。マーケティングに長けた人物であり、コカ・コーラで手腕を発揮したSNSを使った展開にもこれから期待しています。実は、入社直後から、Windows 8のプランニングに参画してもらっており、今回のマーケティング施策の中でもそのノウハウを反映しています。これから日本マイクロソフトのマーケティングも変化していくのではないでしょうか。Windows 8がReimaginedに取り組んだように、日本マイクロソフトの社員も、戦術も、これからReimaginedしていくことになりますよ。