大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
富士通初の“サバ折り”ノートPCに見る4つのこだわり
~企業や教育分野の声を製品化に反映
2017年8月9日 06:00
富士通クライアントコンピューティングが発売した「LIFEBOOK P727/P」は、法人市場や教育分野での利用を想定した12.5型コンバーチブルノートPCだ。
液晶画面が360度回転するサバ折ヒンジ構造の採用により、ノートブックモードやタブレットモードのほか、ペン操作時に画面の揺れがなく使えるテントモードや、映像視聴などに最適なスタンドモードでの利用も可能にしているのが特徴だ。さらに、USB Type-Cの拡張機能を活用したポートリプリケータとしての新たな利用提案も特徴の1つと言える。
一方、P727/P で実現している0.5mm以下という高いペン精度を実現するために、生産拠点である島根富士通において、タッチパネルのキャリブレーションを全数で実施するといったこだわりも見逃せない。
サバ折ヒンジ構造のノートPCとしては富士通クライアントコンピューティングは最後発となるが、なぜ今、この構造を採用したのか。島根富士通を訪れ、LIFEBOOK P727/Pの開発、生産へのこだわりについて聞いた。
LIFEBOOK P727/Pは、12.5型コンバーチブルとしては世界最小クラスを実現。サバ折ヒンジ構造を採用し、「さまざまなフォルムでの活用が可能なフォルダ型コンバーチブル」と位置づけている。
富士通クライアントコンピューティング 法人モバイル事業部第一技術部・小中陽介部長は、「LIFEBOOK P727/Pは、場所や時間にとらわれない自由な働き方を実現することにこだわって開発したものである。企業からの要望だけでなく、教育現場からの要求も反映して開発した製品」だと位置づける。
CPUには、第7世代Intel Core i5プロセッサーを搭載。12.5型フルHD液晶を搭載するとともに、3面をマグネシウム合金とすることで、堅牢性と軽量化を両立。ミニD-Sub15ピン、HDMI、有線LANインターフェイス、SDカードスロットなど、ビジネスシーンに必要とされる各種インターフェイスを装備。
指紋センサーの標準搭載や、Intel vProテクノロジへの標準対応によるセキュリティチップ(TPM2.0)の搭載など、各種セキュリティ機能を採用。リモートデータ消去ソリューション「CLEARSURE 3G/LTE」にも対応しているほか、手のひら静脈センサーやスマートカードスロットを、オーダーメイドサービスにより、オブションで搭載可能だ。
「ビジネスシーンに最適化した機能を搭載するとともに、国内外の教育分野や、製造、保守などの現場でも利用しやすい機能を搭載している。使う場所を選ばず、安心・安全に利用でき、さらに、導入、活用、保守においても、待たせない、手間をかけないといった点に工夫を施している」(同氏)と自信を見せる。
まず注目しておきたいのは、富士通クライアントコンピューティングが、2in1タイプのコンバーチブルPCとしては、初めて360度ディスプレイが回転するサバ折りヒンジ構造を採用した点だ。
これまでレノボ・ジャパンのYOGAシリーズをはじめ、東芝、パナソニックなどがこの構造を採用しているが、富士通クライアントコンピューティングが採用したのは今回が初めてだ。
むしろ、富士通クライアントコンピューティングの場合には、ディスプレイを横に回転させ、それからディスプレイを倒すことでタブレット形状に変形させる「スイーベル方式」を採用していることが特徴であり、これが代名詞にもなっていた。タブレットとして利用したときに、背面にキーボード部がこないため、操作しやすいといった特徴が評価されていた構造だ。
だが、中央一カ所に、堅牢性を持った大型のヒンジが必要になるため、どうしても重量が重くなるという課題があったのも確かだ。
また、富士通クライアントコンピューティングでは、着脱式の2in1タイプのノートPCもラインナップしている。この形状のPCについても、富士通クライアントコンピューティングは早い段階から製品化しており、軽量化できるメリットを活かして、スイーベル方式の重量増を補完する製品に位置づけていた。
だが、着脱式の場合は、どうしてもディスプレイ部が重くなるため、ノートPCとして利用するさいには、背面側にそれを補強するための構造が必要になり、使用時のフットプリントが大きくなるという点が課題だった。
また、本体部とキーボード部が分離するため、「キーボード部を持たずに外出してしまい、外出先での入力に苦労したというケースがたびたび報告されるようになってきた」(富士通クライアントコンピューティングの小中部長)という課題も出てきた。「昨今では、タブレットからノートPCに回帰する動きもあり、必ずキーボードが使えるように、キーボード部が分離しない製品に対する需要が高まっている」(同氏)という動きも見逃せない。
富士通クライアントコンピューティングのノートPC開発における基本コンセプトは、モバイル環境においても、オフィスと同じ環境を実現するといったものだ。ノートPCとして利用するケースが増えるなかで、外出先で使用するさいに、キーボード部を持ってこなかったということがないようにするためには、スイーベル方式か、サバ折り構造が最適だったというわけだ。
「利用環境の変化などを捉えると、フットプリントを小さくでき、軽量化も実現し、さらにさまざまな形状でも利用できるサバ折り構造を、新たに採用するタイミングに入ってきたという判断に至った」(同氏)というのが、LIFEBOOK P727/Pの製品化につながっている。
LIFEBOOK P727/Pでは、298mm×208.5mmというフットプリントを実現。「これは、企業内での利用や持ち運びだけでなく、教室の机の上においても効率よくスペースを活用できるサイズ」だとする。
360度のサバ折りを実現するLIFEBOOK P727/Pのヒンジには、富士通が新たに開発した独自の構造を用いている。
ディスプレイ部を開くとまずはヒンジそのものが動き出し、135度のところまで開くと、今度はヒンジを軸にしてディスプレイ部が180度まで動き出し、さらにそこからヒンジが再度動きだして回転するという構造だ。回転がスムーズで、これによって、ノートブックモードやタブレットモードのほか、ペン操作時に画面の揺れがなく使えるテントモードや、タッチ操作時にキーボードが邪魔にならないスタンドモードでの利用も可能にしている。
そして、タブレットモードにしたさいには、ディスプレイ部とキーボード部がぴったりと重ならず、段差をつけてくっつく形にしたのも同社のこだわりだ。「シフトヒンジ」と呼ぶ構造により、タブレット時に段差をつけることで、元の形に戻すときに動かしやすいという点に加えて、タブレット形状のままで持ち歩くさいに、手にひっかかりができ、落としにくい形状を実現した。
ちなみにLIFEBOOK P727/Pでは、76cmの高さからの落下試験をクリアしているが、これは机の上から落としたさいを目安にしたものであると同時に、移動中に手に持ったさいに、落とした場合の高さにも近いと言える。
「新たなヒンジの開発には多くの苦労が伴った。とくに耐久性を高めるという点で工夫を凝らし、5種類のヒンジを試作品として作り、改良を加えていった。ヒンジ位置の工夫ととともに、その横にWi-Fiアンテナをレイアウトしながら、安定した通信環境を実現。
さらに、ディスプレイを閉じるところで、手を離しても“吸い込む”ような機構を採用。何度もトルクを調整して、スムーズに閉じるようにしたことで、高い質感を生み出すことができた」(富士通クライアントコンピューティング 事業本部法人モバイル事業部第三技術部の石川雅紀マネージャー)とする。
新たなヒンジは、新たな使い方を提案するだけでなく、開発陣の細かなこだわりによって、質感を生み出すことにも成功しているというわけだ。
2つめの特徴は、バッテリの着脱を可能にした点だ。
これは、法人ユーザーからの要望が多かった機能の1つで、予備バッテリを持ち運べば、モバイル環境においても長時間利用が可能になる。連続駆動時間はJEITA Ver.2の測定で約8.5時間。予備バッテリを持ち歩けば、約17時間の連続駆動が可能であり、1日中持ち歩いても心配はない。
しかも、ブリッジバッテリの搭載により、スリープ状態でバッテリ交換が可能になっている点が、LIFEBOOK P727/Pの大きなこだわりだ。
「ブリッジバッテリには、一般的なニッケル水素電池を6個使用し、枝豆のような形状で構成。これを制御する技術に工夫を凝らした。これまでのセオリーどおりの制御方式では、ブリッジバッテリが再充電されるまで約10時間かかったが、小さなニッケル水素電池を組み合わせて、さらに充電方法を3段階で制御し、2時間で充電できるようにするとともに、バッテリ寿命を伸ばすことに成功した」(富士通クライアントコンピューティング 法人モバイル事業部第一技術部・日置健二マネージャー)という。
もともとは4時間以内にブリッジバッテリの再充電を行なうことで、4時間ごとにバッテリを交換できる環境の実現を目指したが、同社技術陣の工夫によって、これを2時間にまで短縮したことで、より安心して連続駆動ができる環境が整ったと言える。
また、バッテリ交換時には、スリープ状態になったことをナビゲーションLEDの色が変わることで知らせ、バッテリ交換が可能なことを示すようになっている。色が変わるまでは着脱できないようになっており、誤ってバッテリを取り外してしまうというミスが起こることもない。
交換するバッテリも、ボタンを押すだけで充電がされているかどうかをすぐに確認ができるようになっている。こうした細かい部分への配慮も、富士通ならではのこだわりだと言えるだろう。
さらに、LIFEBOOK P727/Pでは、急速充電機能を搭載しており、1時間で80%までの充電が可能だ。移動中であっても、カフェなどで途中充電すれば、安心して1日利用できる環境を実現しており、急速充電機能は、バッテリ交換機能とともに、モバイラーにとっては助かる機能の1つになりそうだ。
3つめの特徴が、ペン入力における書き心地へのこだわりだ。そのこだわりを実現したのが、LIFEBOOK P727/Pでは、0.5mm以下という高いペン精度を達成している点だ。
「教育分野や、製造、保守などの現場では、ペンの利用が増加する一方で、ペンの書き味に対する要求が厳しくなっている。たとえば、教育分野で回答欄にチェックするときに、なかなかうまくチェックを入れることができないといった声や、日本語や英語の文章に修正を入れるときにも正確な場所に文字を入れられない、あるいは日本語ではルビが入れにくい、画面の端の方では認識精度が落ちるといった声がある。0.5mm以下という精度を実現することで、こうした課題を解決することができる」(富士通クライアントコンピューティングの小中部長)とする。
同社では、高い精度を実現するために、LIFEBOOK P727/Pの生産を行なっている島根富士通において、全数を対象に、タッチパネルのキャリブレーションを実施。検査工程の最終ラインで、キャリブレーションを行なう専用装置を新たに導入して、高い精度を実現しているという。
島根富士通では、液晶とタッチパネルを正確に貼り合わせるために、専用の機械を生産ラインに新たに導入。カメラによる認識によって、高い精度での貼り合わせを実現している。
「タッチパネル部が液晶よりも大きいため、正確に貼り合わせることが難しい。そこで、専用の機械を開発して、自動で貼り合わせる仕組みを導入した。製品開発と同時に、機械や治具の開発を進め、短期間での生産立ち上げにもつなげることができた」(島根富士通 生産技術部の北村達也氏)という。
国内で開発し、国内で生産を行なう体制を持つ富士通クライアントコンピューティングだからこそ、こうした高い精度での貼り合わせと、ペン精度を実現。さらに、短期間での量産化につなげているというわけだ。
ちなみに、島根富士通では、LIFEBOOK P727/Pの生産において、いくつかのユニークな取り組みを行なっている。
たとえば、液晶部分とベース部分との接続においては、寝かせた液晶部分に対して、上方向からベース部を取りつける手法を採用。これによって、360度回転する新たなヒンジの接続も行ないやすくしているという。
「量産環境において、どの角度で組み込めば、新たなヒンジでの組み立てがしやすいかを試行を繰り返した結果、この方式を採用した」という。
さらに、治具を使ったネジ締めや、自動キーボード検査装置での動作チェック、独自のVST(Visual & Sound Tester)による画質やスピーカーの動作の確認およびラベル貼付位置の確認などのほか、目視による外観検査、ソフトウェアを活用した最終検査など、島根富士通ならではの品質を実現する工夫が生産ラインに数多く導入されている。
なお、LIFEBOOK P727/Pのペンは、充電機構付のペンガレージに収納できるようにしており、収納するだけで自動的に充電を開始。15秒間の充電で約90分のペン使用が可能になる。ペン電池の交換を不要にしているのも現場での利用者にうれしい機能だ。
そして、4つめの特徴が、LIFEBOOK P727/Pのために新たに開発したポートリプリケータである。
富士通では、クレードル方式を採用する例も多かったが、今回のLIFEBOOK P727/Pでは、早い段階からポートリプリケータの採用を決定していたという。
「クレードル方式にしてしまうと、机の上の設置場所が固定されてしまい、使いやすい場所に動かしなから利用することが難しくなる。そこで、1本のケーブルで接続し、設置場所の自由度が高まるポートリプリケータとすることで、机の上での使い勝手を高めた」という。
LIFEBOOK P727/Pでは、ノートブックモードとしての利用だけでなく、タブレットモードやテントモード、スタンドモードなどでの利用が想定されるため、それらのモードで利用するさいにも、移動しやすいポートリプリケータのほうが便利だと判断したという。
そして、このポートリプリケータには、USB Type-Cの拡張機能を活用。USBケーブル1本で、さまざまな機能を持たせている点が見逃せない。
ポートリプリケータには、ミニD-Sub15ピン、DisplayPort、HDMI、有線LANインターフェイス、USBポートを搭載。これによって、自由度と拡張性を実現している。もちろん、USB Type-Cで接続したこのポートリプリケータでは、本体の充電も可能だ。そして、拡張機能により、ポートリプリケータに搭載した電源ボタンから、本体を閉じたままでも起動させることができる。
「今後、USB Type-Cをより有効に活用していきたいと考えており、そこに富士通クライアントコンピューティングならではの新たな提案を加えていきたい」と小中部長は語る。今回の拡張機能を含めたUSB Type-Cの活用は、その第1歩となりそうだ。
LIFEBOOK P727/Pでは、自らキーボードを取り替えることができるようにしているのも特徴だ。
これは、企業において、持ち回りで社員が利用するさいに、消耗が激しいキーボード部分を取り替えるサービスを行なったり、米国の学校では、学生自身が自分たちでキーボードを取り替えて利用するという例が多く、こうした声を反映して製品化したものだという。
また、海外滞在中に故障した場合、滞在先の国でもハードウェアの修理サービスを受けることが可能な海外修理対応も実現している。
「ビジネスシーンや教育分野での利用を考えると、保守性を盛り込むことが重要である。LIFEBOOK P727/Pでは、そうした点でもユーザーの声を反映した」とする。
昨今、富士通クライアントコンピューティングのPCは、世界最軽量の761gを達成した「LIFEBOOK UH75/B1」ばかりが注目を集めている感があるのも確かだ。
だが、LIFEBOOK P727/Pは、それに比べると地味ながらも、富士通クライアントコンピューティングの開発へのこだわりと、モノづくりがぎっしりと詰まったPCだと言えるだろう。そこには、同社が重視する企業や教育現場の声を聞いて製品化するという基本姿勢がある。
富士通本体からPC事業が独立し、富士通クライアントコンピューティングとなってから、こうしたこだわりの製品が増えていることは評価したい。