山田祥平のWindows 7カウントダウン

カウントダウンWindows 8



 Windows 7の一般向け発売が始まった。発売日である10月22日の前夜、東京・秋葉原の電気街の裏通りは、人でごった返していた。もちろん、Windows 7を購入することを楽しみにしてきたパワーユーザーたちだ。製品版の発売は翌朝を待つ必要があったが、DSP版は午前零時に発売された。

 その瞬間を迎える寸前に、お忍びで視察にきていたマイクロソフト株式会社の樋口社長に会った。製品の深夜発売に立ち会うのは初めての経験だそうだが、おそらくは、Windows XPのときの7倍はいそうな人出に対する感想を聞いたところ、「いけるとは思っていましたが、想像以上です。これはもうマイクロソフトとしてもアクセルを踏み直さないといけないですね」という言葉を聞けた。

●Windows 7が誘う個人型モデル

翌朝の製品版発売もくす玉割りで祝われた

 現時点では、順風満帆に船出したかに見えるWindows 7。個人的には、このOSは、コンピュータをよりパーソナルなものにするだろうという感触を持っている。というのも、このOSは、昨日の続きがやりやすいようにできているからだ。それが、なぜ、パーソナル化に貢献するのか。

 何かの本で「仕事はキリのいいところでやめるな」という話を読んだことがある。たいていの人は、キリのいいところまで仕事を進めて中断し、ランチにでかけたり、残りを翌日に持ち越すなりするわけだが、それでは、次のスタート時に、ステップを白紙から始めなければならないため、エンジンがかかってノリが得られるまでに時間がかかるからだという。もし、中途半端なところで終わっておけば、そのテンポを体と頭が覚えていて、すぐに元の調子が取り戻せ、その間に、次のステップへのエネルギーも充填されるだろうという考え方だったように記憶している。この論法を読んだのが、雑誌だったのか、新書だったのか、新聞だったのかさえ覚えていないので、著者の方にはたいへん失礼なことだが、実に、リーズナブルな論理展開だと感じた。

 Windows 7は、作業をキリのいいところでやめたにしろ、中途半端なところでやめたにしろ、とにかく、中断したところの続きがとてもやりやすくなっている。そのために、Windows 7は、ユーザーがこなした作業を履歴として記憶する。そして、その履歴は、タスクバーに並ぶアプリケーションボタンのジャンプリストに「最近使ったもの」として表示される。ジャンプリストはボタンの右クリックで表示されるので、その一覧から、続きをやりたい項目をクリックするだけでファイルが開く。作業していたフォルダを思い出し、それを探して開き、ファイルを見つけて、また開くという手順よりも、かなり簡単だ。また、スタートメニュー内には最近使ったプログラムが表示され、そのサブメニューとしても履歴が表示される。

スタートボタンのプロパティのスタートメニュータブでは、プライバシー項目として、最近開いた項目を保存して表示するかどうかを設定できるスタートメニューには、アプリケーションごとに分類せずに、最近使った項目を一覧できるように設定できる

 どのアプリケーションで作業していたのか覚えていないというケースもあるかもしれない。そういう場合はお手上げだが、逃げ道もちゃんと用意されている。デフォルトでは表示されないが、スタートメニューのプロパティを開き「最近使った項目」を表示するようにカスタマイズすればいい。

 Vistaまででも履歴という概念はあったが、OSとして、ここまで履歴を前面に押し出し、積極的に利用するようになったのは特筆すべき点だ。マイクロソフトとしては、履歴はプライバシーであると認識している。だから、タスクバーのプロパティでは、デフォルトでは履歴の表示がオンになっているが、それをしない選択もありだ。

 他にプライバシーが漏れる心配をしなくてもいいのなら、過去の行動を覚えておいてくれた方がうれしい。無防備なデスクトップを見れば、そのユーザーの過去の行動を把握し、いろいろなことを推理できるが、デスクトップ環境がパスワードで保護されていれば、そのようなことはできない。

 多くの人々が、携帯電話の発着信履歴や送受信メールを人に見られたくないと思っているように、個人が使うPCも、今後は、家族などによる共有型モデルから、個人型モデルへと急速に移行が進んでいくのだろう。PCの低価格化はそれに拍車をかけるし、薄型軽量のモバイルPCの普及もそれに貢献するだろう。固定電話が家族1人1人の個人が持つ携帯電話へと推移していったのと同じことが起こるはずだ。

●閉じ魔と開きっぱ魔

 ユーザーの作業履歴を覚えるWindowsは、ウィンドウ操作にも影響を与えるだろう。1つのセッションで複数のウィンドウを操作することが一般的になってはいるが、フルHD液晶ならともかく、ノートPC等のWXGA(1,280×800ドット)程度のディスプレイでは、複数のウィンドウを並べて表示して作業するのが難しい。いきおい、最大化したウィンドウを切り替えて使うことになる。いってみれば、Windows Mobile的な使い方だが、多くのユーザーは、そうしている。

 Windows 7は、こうして開いたウィンドウを把握しやすくするために、エアロプレビューと呼ばれる機能を用意し、すでに開いているウィンドウのサムネールと、それぞれの実ウィンドウの様子を確認するための機能を搭載した。

 ウィンドウでの作業にあたり、「閉じ魔」と「開きっぱ魔」の2通りがいると思うが、自分はどちらかといえば「閉じ魔」だ。つまり、用のなくなったウィンドウは目障りなので、どんどん閉じてしまう。作業が終わったら、関連ウィンドウはすべて閉じるというのが自分的なWindowsの使い方だった。

 人によっては、タスクバーがボタンで埋め尽くされるくらいにウィンドウを開き、自分が開いているウィンドウを把握しきれていない場合もある。これが「開きっぱ魔」。こうしたユーザーをエアロプレビューは救う。

 それに、Windows 7は、「閉じ魔」も救うのだ。誰だって、必要なウィンドウをつい閉じてしまい、アッと思った経験はあるだろう。いくつかの未読タブを開いていたブラウザをウィンドウごと閉じてしまい、二度と、そのコンテンツにアクセスできなくなってしまう失敗もある。

 IE8のジャンプリストには、新しいタブを開くという項目がある。これを使ってタブを開き、コマンドリンクとして用意された「最後に閲覧したセッションを再度開く」をクリックすれば、閉じてしまったウィンドウ内容がよみがえる。厳密にはブラウザの機能であって、Windows 7とは関係ないが、作業環境の傾向としては同じ方向を向いている。

 このように、Windows 7は「閉じ魔」にも「開きっぱ魔」にも優しいOSだといえる。個人的には「閉じ魔」だった自分が、Windows 7を使うようになって、少しだけ横着になり、「開きっぱ魔」の傾向が出てきたようにも思う。

●チックタックWindows

 Intelのチックタック戦略はご存じだと思う。プロセッサのプロセスルールとアーキテクチャを交代で進化させていく戦略だ。高密度化がチック、アーキテクチャをタックとし、それを8四半期サイクルで繰り返していくというものだ。一般的には、18カ月ごとに集積度が倍になるとされているムーアの法則だが、実際には、ゴードン・ムーアは2年ごとに半導体の集積密度が倍になると予測しているという話もあり、チックタックがほぼ2年ごとに繰り返されるというのは妥当なところだ。

 Windowsも、結果としては、このチックタックモデルに似た路線をたどってきたように思う。マイクロソフト的にはバージョン×.1でチック、×.0でタックだ。×.0でアーキテクチャを刷新し、×.1ではアーキテクチャを大きくは変えず、それをより洗練されたものとして磨き上げる。いうまでもなく、Windows 7はチックでVistaのタックを引き継ぐものだ(6.0→6.1)。これは、2000のタックを引き継いだXPのチックと同じだ(5.0→5.1)。

 XPは長く使われすぎてしまったが、次のタックであるWindows 8(仮)は、真のバージョン7.0として、どうしても3年後には登場してほしいし、さらにその3年後には7.1が出てほしい。順調にいけば、2011年の秋頃にはWindows 8のテクニカルプレビューが発表され、2012年前半のベータテストを経て、その年の秋に発売されるといったスケジュールが理想だ。冗談ではなく、マイクロソフトにはなんとかこれを死守してほしいと思う。きっと、すでに開発もスタートしているはずだ。

 Windows 7が世に出たことによって、XP、Vista、7と、期せずして3世代のOSが同じアーキテクチャのハードウェアで同時代に使われる結果になってしまったことは、やはり残念だ。われわれとしては、今、コンピュータを使っている自分自身のことだけではなく、これから初めてコンピュータに触れる世代の存在も気にしていかなければならないのではないか。彼らにコンピュータを手ほどきする経験者が、いつまでも、古い世代のOSにこだわっていては、コンピュータの使い方のモデルの進化にも影響が出てくる可能性がある。そのことが、何らかの弊害を生むかもしれないのだ。

 ぼくらはWindows XPのすべてを、それほど知り尽くしているのだろうか。そして、それを、本当に愛しているのだろうか。前回、ここで書いた「撲滅」という言葉は、ちょっと言い過ぎだったかもしれないが、本音のところにおける、その気持ちは変わらないと白状してこの連載を終わりにしたい。

 というわけで、ほぼ半年、25回にわたってお送りしたカウントダウン連載だが、発売開始を機に、いったんここでスリープに入ることになった。お楽しみいただけたかどうか、ちょっと心配ではあるが、ご愛読ありがとうございました。気が向いたら、最初からもう一度読み直していただき、Windows 7ライフの参考にしてもらえるとうれしい。ぜひ、また、別の企画でお会いできますように。