Microsoft、スティーブン・シノフスキー氏インタビュー
〜Windows 7は何を目指したか



スティーブン・シノフスキー氏

 Microsoft WindowsおよびWindows Live部門のプレジデントで、Windows 7の開発を指揮したスティーブン・シノフスキー氏は、筆者がこれまでに接してきたMicrosoftのエグゼクティブの中でも、ひときわ好感度の高い人物だ。直接話したのは昨年秋、Windows 7のβ版が配布されたロサンゼルスでのプレスカンファレンスだったが、カンファレンス終了後のレセプションでも終始リラックスして、誰とでも気軽に接しながら会話をしていたのが印象的だった。実に自然体で、良い意味で真っ当な、当たり前のことを当然のように話す。

 なんてことを話したら「怒るととっても怖いんですよ」という声も一部から聞こえてきたが、それは当然のこと。力の抜けた自然体の雰囲気からは想像できないほどの芯の強さを持っていなければ、当然、今の立場にまでは上り詰めることができなかったろう。しかし、本当のところは、やっぱり気さくでコンピュータサイエンスに惚れたエンジニアなのである。

 昨今のMicrosoftのトップエグゼクティブは、すっかり新しい世代の人たちになってしまったが、シノフスキー氏は古き良きエンジニア出身のMicrosoftエグゼクティブの雰囲気を残す最後の一人かもしれない。

 かつてはExcel開発チームの名プログラマとして、その後、開発チームを率いるようになり、さらにはOffice全体の開発指揮を取るようになった。製品として行き詰まりかけていたOfficeを、コンセプトを再構成してより魅力的なシステム製品として再構築したり、さなざまな形でOfficeのプロダクトを成功させたのだが、何より興味深かったのは、部下のパフォーマンスを上手に引き出すことだった。

 Windows 7が、その技術的な基盤をVistaから引き継ぎながら、これだけ評判の良いOSに仕上がったのは、シノフスキー氏の開発チーム運営がうまくいったからだと思う。自らのことを「スティーブン・シノフスキー、プログラマです」と紹介する生粋のソフトウェアエンジニアは、どのようにしてWindows 7の開発チームをまとめ上げたのだろう。そして、これから先、どのような方向へとWindowsを導こうとしているのか。

●失敗と成功の分岐点

Q:Windows VistaはOSとしての基盤に大きくメスを入れた意欲的な製品が、ソフトウェア開発者からの評価は高かったものの、一般コンシューマユーザーや企業顧客からは受け入れられませんでした。一方、Windows 7はまだリリースされていないというのに、β版の段階から一般ユーザー、企業顧客、OEM先のPCメーカーなどからは熱狂的に受け入れられました。Vistaの何に問題があり、7の何が成功に導いたのでしょう。

A:VistaのリリースはWindowsにとって、セキュリティ面で大きな手が加わり、またグラフィックのアーキテクチャも大きく変わるなど大規模な改修でした。それに関しては、これまでにもいろいろと細かな説明が行われてきましたから、もうよくご存じでしょう。そうした大規模な改修という決断をしたことで、結果的にリリース初期には問題を抱えました。私がWindowsの開発を引き継いだのはWindows Vistaのリリース後だったのですが、その後、開発チームはSP1を提供することで、ほとんどの問題を解決することができたと思います。

 これに対し、Windows 7では初期の段階から、Vistaと同じ轍は踏まないよう、パートナーの協力も得ながら、信頼性の高いシステムとなるよう、1年も前から共同作業を行ってきました。ご存じのように1年前のコードは、すでにかなり高品質なものでしたから、パートナーのソフトウェアやハードウェアとの互換性や信頼性を高める十分な時間があったのです。

Q:Vistaは大幅に機能が増加したリリースでしたが、全体を俯瞰してみると、さまざまな個性がさまざまな目的でバラバラに共存し、混乱しやすく一貫性に欠けるイメージがありました。一方、Windows 7はシンプルで統一感があり、ユーザーの操作に対する許容度が広いため、ジワジワと効いてくるように使いやすさを感じます。このような、Windows 7に感じる“システムとしての一貫性”は何から来るものでしょう。開発のプロセスの変化があったのでしょうか?

A:Windows 7の開発チームは、中心となっているエンジニアだけでも1,000人です。1,000人のプログラマは、それぞれに担当のコードを書くのですが、開発を始める前から1,000人が同じ目標を持てるように、開発チーム全体を集め、私が開発プランを説明しました。たとえば、Windows 7はもっと“静か”なOSでなければならない。不要ダイアログやメッセージを数多く吐くようではダメですし、デバイスを使う際にそのデバイスがサポートするファイル形式を知らなければ使いこなせないというのも困った話です。それらの例を挙げながら、チーム全員で現状の解決手段や目指すべき頂を共有し、後から合流してきたプログラマにも、そうした目標や現在の状況がわかるようにさせました。Windows 7をいよいよ作り始めるぞというときに、全員が同じ場所に集め、同じ場を共有したのです。

Q:かつて日本企業が今よりも強かった時、目標や状況を上司と部下、チーム全体が共有するという意味で、コンセンサス型の経営スタイルが注目されたことがありました。あまり欧米では見られないスタイルだと思いますが、Microsoftの中でもこれは珍しいケースなのではありませんか。

A:Windows 7の開発手法について話した時、何人かは同じように日本のコンセンサス経営と似ていると言いました。しかし、実際には少し違う、別のやり方です。全体のコンセプトはトップダウンで行ない、実装に関する問題や改善はボトムアップで行ないます。さまざまなアイディアが集まった中で、今度はミドルアウト…すなわち、ボトムアップやトップダウンで集まった情報やアイディア、開発成果を深く検討し、それを他の開発グループと共有しながら横へと水平展開していくというプロセスを採用しました。

 たとえば私はOfficeの開発をした時に、本田さんもよくご存じの横井さん(現マイクロソフト日本法人Office製品本部長)は、まさにMr.Officeと言える活躍をしてくれました。Officeのすべては彼がよく分かっている。でも、横井さんは私のことを“Mr.Office”と呼んでいました。私は日本の細かなところまではわかりませんが、横井さんが私のことを理解し、私が横井さんの意見についてよく理解することで、私からは直接手の届かない日本市場特有の問題解決にも取り組むことができます。Windowsという大きな製品を開発する上で、そうしたプロセスが大いに生きたと思います。

Q:個人の仕事、勉強のツールとしてPCを考えたとき、Windows 7はユーザーの仕事のスタイルにどのような影響を与えると考えますか。コンピューティングのトレンドに変化をもたらすでしょうか?

A:PCを取り巻く3つの重要なトレンドがあります。

 まず、家庭(ホーム)で複数のPCを使うようになってきました。家族はそれぞれ自分だけのPCを持っています。そこで“ホームグループ”という機能を付け加えたています。これで、複数のPCで同じデータやデバイスを簡単に共有することができるようになるでしょう。

 次にタッチスクリーンです。これまでもタッチスクリーンを持つPCがいくつか登場していましたが、大きな画面を持つデスクトップPCからノートPCまで、幅広いPCでマルチタッチをどのように実装すべきかを検討し、今回のOSの中に組み込んでいます。

 最後はTVへの接続です。以前に比べ、PCをTVへと接続する機会は増えました。あるいはPCをTVの代わりに使う使い方も増えています。Windows 7はISDB(日本で採用されているデジタル放送の規格)のサポートを標準機能として持っていますから、日本でのTVとPCの統合がより容易になっています。PCの性能を活かしてTVをより以上に活用できます。

Q:マルチタッチに関してはハードウェアの進歩への対応という意味が強いと思いますが、これからのPCハードウェアが変化、進化していくきっかけにWindows 7はなれるでしょうか。

A:Windows 7はより少ないメモリで効率よく動くコンパクトなコードにすることができました。これによって、特に小型のPC端末でWindowsを快適に使えるようになります。ちょうど開発中にネットブックというトレンドが生まれましたから、Netbookでも十分な力を引き出せるようコンパクトなメモリ設計にしたのです。

Q:少々昔のことになりますが、Windows XPの後継OSと言われたLonghornは、当初聞いていたものとは少し違うOSになり、それがVistaになりました。あの頃のLonghornとVistaが別のものとして、当初言われていた理想へはこれから進むのでしょうか。

A:私はあの頃、Officeの仕事をしていましたから……(笑)、いや、しかし細かなことはわかりませんが、確かに我々が開発の過程で何かを切り落とし、別の代替できる機能と交換したことはありました。うまくいかなかった時に、代替案として別の方法で実装を行なったのです。しかし、必ずしも萎縮した製品になったとは思いません。確かによりよい製品(Vista)を作ることはできなかったかもしれませんが、必須の機能がなくなったことはありません。

 1つ間違いなく言えるのは、きちんと計画を立てる前には、あまり大きなことを言わずに胸に納めておくべきということです。先に大きなことを言ってしまうと、そのプランを達成できなかったことの説明を、顧客やパートナーなどに繰り返し説明する必要に迫られ、開発計画のさらなる遅延をもたらします。我々は先に大きな計画をアナウンスし、あとから出来なかったということがないように、粛々と目標に向かって前へと進み続けました。

Q:今後のWindowsは、どのような形でのアップデートされるのでしょう。次のバージョンのことではなく、どのようなペース、大きさで継続的な改良を加えていくか? といった計画を進めていくのでしょう。

A:あなたはラッキーですね。今、この手元にあるファイルは将来のWindowsのことがばっちり書かれています。と、冗談はさておき、今日はWindows 7のリリースのために来日したタイミングですから、この先のことを話すのは、ちょっとタイミング的に早いですね。これから何百万の人がWindows 7を新しく体験するのですから、しばらく待ってください。

 アップデートのタイミングやペースですが、ある人は少しずつでも細かく堅実にアップデートしてほしいと言い、別の人はもっとまとめてアップデートしてほしいと話します。堅実な進歩を遂げると、“高性能にはなったが、あまり代わり映えはしない”と言われることがありますし、ドラスティックな改修を行なうと“クールだが互換性が心配”とか“機能は変わったがフォーカスが合っていない。従来ユーザーは混乱”などと言われます。これは実に難しい問題なのです。

 Windows 7もVistaの小改良版と言われましたが、実は機能改善のポートフォリオは大がかりなものです。大きな変化でも目新しくないこともある。しかし、一方ではトップダウンで大きな変化をさせた部分もあります。

Q:Windows 7では標準添付のアプリケーションを整理し、Liveサービスとの統合はWindows Live Essentialsという別ダウンロードの無償ソフトウェアにしました。その意図は何でしょう。

A:ユーザーからのフィードバックを元に、最適な仕様のバランスを取っているのです。たとえば、Winodws Live Mailが標準で付いていたとしても、PCに慣れたユーザーにとっては邪魔な存在かもしれません。特にゲームユーザーなどは、1Byteの無駄なコードを入れたくないと言います。しかし、一方でWindows Live Mailが必要という人もいるのです。顧客からの、さまざまな要望に対するバランスを取っているのです。そこで両方のタイプのユーザーが満足できるように、現在のようなスタイルにしました。

●Windowsの進むべき道

Q:クラウドを用いて、さまざまなアプリケーションがブラウザで提供されるようになってきました。MicrosoftもSilverlightテクノロジやIE8など、Webアプリケーションをよりよい形で動かすための技術開発を行っていますが、このままIEをアプリケーションコンテナとしてWebアプリケーションの実行環境を整備していくのでしょうか?

A:将来の話はさておき、Windows 7の話をさせてもらいます。

 ある会社はブラウザだけでアプリケーションを提供すると話し、別のある会社はクライアントだけでソリューションを作る。比較的極端な論じられ方をしますが、その中でMicrosoftはIE、Silverlight、SQL、Azure、.NETなどのソフトウェア動作プラットフォームを用意し、Live Essentialsのようなオンラインサービスと対になって動作するソフトウェアを提供しています。開発者はその中から最適なものを選んで、好きな構造のアプリケーションを自由に作れます。

 最高のソフトウェアを作るためのベストな手段を探せるように、どんなタイプのアプリケーション開発にも耐えられるようにするのが、Microsoftの考え方です。

 すべてのアプリケーションをブラウザで動かそうとすれば、どこかで機能不足を感じる部分が出てくるでしょう。するとブラウザ側の機能、プラグインがどんどん増えていきます。これはブラウザの中に、リッチクライアントのプログラムコードを組み込んでいくようなもので、リッチクライアントと同じようなソフトウェアを作ろうとするなら、ブラウザがどんどん肥大化していきます。

 言葉の定義はともかく、アプリケーションを動かすコンテナが何かが問題ではなく、実際にOSを使った時のユーザー体験の積み重ねの方がずっと重要です。

Q:Intelはx86アーキテクチャをPCからMID、MIDからSmartPhoneへと、徐々に小さなデバイスへと向いています。Windows 7はそれらの上でもパフォーマンスよく動きますが、ユーザーインターフェイスは小型デバイス向きではありません

A:小型デバイス向けのユーザーインターフェイスやシステムアーキテクチャを、現在のWindows 7は持っていません。小型モバイルデバイスに適したユーザーインターフェイスは、Windows Mobileがカバーします。SmartPhoneでは、必ずしもフルスペックのWindows APIが必要ではありません。しかし、それも用途次第です。

 たとえば、私は富士通のLOOX Uを持っていて、とても気に入ってます。しかし、キーがタイプしにくいので、仕事やブログのポストには使いません。しかし、プライベートで旅行する場合などならば、LOOX Uは大変に良いデバイスです。電子メールとWebのブラウズ程度なら十分でしょう。これの中に電話機能が入っている必要はありませんから、PCユーザー向けのユーザーインターフェイスに集中すべきでしょう。

Q:ユーザーはアップルのMac OS X搭載機を以前よりも抵抗感なく使うようになりました。背景にはネットワークサービス、アプリケーションの充実があります。また、シスコシステムズは今後、ユーザーが自由にMac OSとWindowsから好きなものを選べるようにしたようです。これだけビジネスの環境が変化すると、APIの互換性による優位性は徐々に失われていくのでは。

A:APIはある一面的なものです。Winodwsの良さは、Windowsを取り巻くエコシステムの大きさにあります。プリンタやグラフィックスのサポートはユーザーの多いWindowsが有利です。価格の面でもWindowsの方が扱い量が多く、また製品の選択肢が広いのも利点です。

 実際、Windows 7はAmazonがこれまでに扱ってきた商材の中で、最も多く予約販売が行なわれた製品になりました。ハリーポッターシリーズのDVDよりも、Windows 7の予約数の方が多かったのです。

Q:今回のリリースで64bit化は進むでしょうか?

A:これまでも64bit OSの採用は進んでいましたが、今後はプリインストールモデルのOSが64bit版になっていきます。発表されているWindows 7搭載PCは、すべて64bitモードでOSが動作しています。Atomは32bitモードになりますが、それ以外の組み合わせであれえば、64bit化はスムーズに進むでしょう。

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(2009年 10月 23日)

[Text by 本田 雅一]

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