山田祥平のRe:config.sys

パソコンがコモディティだなんて誰がいった




 PCの一般的な使われ方は、もしかしたら5年くらい前の時点で、止まってしまっているかもしれない。それが、PCがコモディティ扱いされる大きな理由にもなっている。ライフスタイルにおけるPCの位置づけは、もう、浮上することはないのだろうか。

●壊れたからPCを買い換える

 ある業界の方から聞いた話だが、PCの買い換えの理由として、以前は「より高性能なものを」とか「新製品の多機能さ」といった要素があったそうだが、2006年あたりから、「壊れたから」という理由が圧倒的な率になってきているらしい。つまり、冷蔵庫やエアコンといっしょである。そういう言い方をすると、冷蔵庫やエアコンの開発をしている方々におこられそうだが、要するに、なければ困るが、壊れでもしない限り、買い換えを検討することはないという存在になっているわけだ。

 もはや、PCは特別な存在でもなんでもなく、ごく当たり前に、人々の暮らしの中に取り込まれ、いろいろな場面で役立てられている。まさに家電だ。

 本当は、TVもそういう存在だった。でも、地デジへの移行で、多少、事情が変わってしまっている。これはTVにとってはラッキーだ。だから、TVを売る側は、より大きなサイズを、より美しい画質を、よりエコな省電力機能を訴え、少しでも高いコストをTVにかけてもらおうとし、買う側も、どうせならと、予定していたよりも、上位の製品に手を出す。

 その一方で、TVに映し出されるコンテンツを提供する側、つまり、放送局やBlu-ray等のコンテンツベンダーは、それが映し出されるTVを選ばない。古いTVだって、最新のTVだって同じように楽しめる。これは、5年前のPCでも、インターネットのコンテンツがそれなりに楽しめるというのと似ている。

 PCにゆだねられた役割のうち、その大きな割合をインターネットコンテンツの消費が占める以上、PCそのものの性能や差異化が、買い換えの大きな要因にならないのは、こうしたところにも理由がある。

●進化しても気がつかれなかったら意味がない

 もしかしたら、この5年間で、PCがどれだけ進化したのかを、ごく普通の市民は知らないのかもしれない。5年前といえば2004年。Windows XPの発売から3年目。アテネオリンピックがあり、ハウルの動く城が公開され、ニンテンドーDSやPSPが発売された年である。その頃からやっていることは変わらない、と言われれば確かにそうかもしれない。

 たとえば、あの当時、PCをTVにつなごうという発想はなかった。たとえつなげたしてもアナログで、PCのディスプレイの方が圧倒的に高精細だったから、そういう発想にはなかなか至らなかった。

 ところが今時のTVは、その多くがフルHDの解像度で、HDMI入力端子を持つ。当然大画面だ。PCにもHDMI端子を装備したものがポピュラーになり、PCをTVにつなぐというスタイルが現実味を帯びてきた。家族団らんのリビングルームはもちろん、一人暮らしのワンルームでも、TVとPCモニタを一元化したいというニーズはある。

 ぼくの自宅のリビングには50型ワイドのプラズマTVがあるが、ここにフルHDでPCの画面を出力し、デジカメで撮影した写真を鑑賞すると、さすがに綺麗だ。仕事部屋のディスプレイは24型ワイドなので、それに比べれば圧倒的に大きいから迫力もある。

 これはこれで楽しいので、Windows 7が出たら、スライドパッドを装備した小さなBluetoothキーボードなどを用意して、TVにつなぎっぱなしにしておこうかとも思っている。この環境でExcelやWordを使って作業したり、他人のブログをあれこれ読んだりはしないと思うが、TVにつなぎっぱなしのPCがあってもいいかもしれないと思うようになった。

 でも、インターネットコンテンツは、高精細なフルHD大画面に投影するには、まだまだリッチさが足りない。TV放送の画質と比べても見劣りする。だいたい、コンテンツプロバイダー側も、大画面TVに投影されることは想定していないし、PCのベンダーだって、そういう用途に向いたPCはまだ用意していない。こういう使い方なら、ディスプレイは別売りでいいし、コンパクトな筐体で目立たないものがほしいところだ。いわば完全なPCの機能を持ったセットトップボックスのような存在だ。たとえば、NASとして家庭内のPCのストレージをまとめてめんどうをみることができ、それ自体がPCとしても機能するような存在のマシンがあればよいのにと思う。

●PCを使うスタイルを多様化させよう

 PCに接続されるディスプレイが大画面化の流れを持ち、PCでTVを見よう、録画しようというトレンドが出てきたころ話題になったのが10フィートユーザーインターフェイスだ。比較的近距離で見るPC用のディスプレイとは異なり、3m近く離れてTVや映像コンテンツを楽しみ、リモコンで操作をするためには、従来のGUIでは使いにくいという発想だった。

 こうしたGUIが、PC用の一般的なアプリケーションにも用意されたら、コモディティ化したアプリケーションも生まれ変わることができるのではないか。たとえば、ビジネスプレゼンテーションソフトのPowerPointで作成された絵本を、母親がビューアを操作して、子どもに見せるといった使い方もあるかもしれない。

 インターネットコンテンツも同様だ。キッチンにPCのディスプレイを置き、レシピを参照するというのは、さすがにまだ無理があると思うけれど、キッチンからリビングの大画面TVに大きく映し出された専用10フィートGUIレシピをチラチラと見るというのなら現実味がある。理想的にはキッチンにリモコン状のコントローラがあって、ワイヤレスで画面を操作できればいい。

 TVにつないだPCとは別室に、さらに高性能なPCがあるなら、TVにつなぐPCは、シンクライアント的なものであってもいいかもしれない。リモートデスクトップで高性能PCを遠隔操作し、その画面をTVに映し出せればいいからだ。

 マイクロソフトの持つビジョンの前提として、「3スクリーン+クラウド」という考え方がある。3つのスクリーンは、それぞれTVとPCと携帯電話に相当する。もちろん、クラウドはインターネットだ。

 TVにつなぐなら、Xboxがあるじゃないかという議論もあるが、ここはひとつPCを使った魅力的なソリューションを提供してほしいと思う。PCはキラーアプリがその存在感を高めてきたが、今は、それが欠如している時代でもある。だったら、PCを使うスタイルを提案すればいい。1人1台を可能にする財布の味方としての低価格ネットブックや、CULVプロセッサを使った薄型PCの持ち歩きのリアル化は、こうしたスタイル提案を支える重要な要素でもある。まだまだできることはたくさんあるのだ。ごく普通の人々が「知っているようで知らなかった実はPCでできること」のレシピが今、必要なのではないか。