IntelがYahoo!と提携し、TVウィジェットによるTV視聴環境としてのTVアプリケーション・フレームワーク「Widget Channel」を計画しているという。サンフランシスコで開催されているIDF での発表案件だが、その構想には今までIntelがTVに対して取ってきたアプローチとは、多少、異なる趣がある。 ●TV局には誰も勝てない Intel、デジタルホーム事業本部のエリック・キム上席副社長は、かつて、TVショーの司会者になりたいと考えていたころがあったと、IDFの基調講演のステージで白状した。キム氏はTVを電子の暖炉に例え、世界中がTVを大好きであるとアピールした。インターネットのリッチネスをTVで再現できるようになった今、これからTVはどうなるのかと問題提起する。そこでキム氏が出した1つの解答は、視聴者がほしがっているものを与えなければ意味がないということだった。 Intelは、一時、Viiv戦略を推進し、TVとインターネットの融合に熱心に取り組んでいた。当時のアプローチは、PCをTVを置き換える箱として考え、インターネットを介し、おもしろいコンテンツを提供することさえできれば、PCは電波を受信するTVを超えられるに違いないという発想が基にあった。そのViiv戦略が、そのまま立ち消えてしまったように見えるのは、結局、Intelを含むコンテンツプロバイダーが、TV局にはなれないことに気がついてしまったことを証明したといってもいい。 ●二世帯住宅としてのTV TVとはまったく関係ない話ではあるが、ぼくは、Windows Vistaのサイドバーをけっこう気に入って使っている。例えば、今は、サンフランシスコのホテルにいるので、この原稿を書いているノートPCのサイドバーには、「Presto's Sidebar Clock」 というフリーのガジェットを2個表示している。このガジェットは、シンプルなデジタル時計で、何の変哲もないのだが、複数のインスタンスを表示でき、それぞれの時計に別のタイムゾーンを設定できるので、日本時間と米・太平洋夏時間の両方を、日付や曜日とともに表示できるのが便利だ。また、iTunesで音楽を聴くときには、「Now Playing」というガジェットもお気に入りだ。iTunesのタスクバーボタンは邪魔なので表示しないように設定しておき、このガジェットに演奏中の曲目のアートワークを表示させるわけだ。アートワークにマウスポインタを重ねれば、演奏中の曲名やアーティスト名、アルバム名もすぐにわかる。その気になれば、歌詞もインターネットから探してきてくれる。 サイドバーが邪魔だという声も聞こえてきそうだが、ワイド画面においては、サイドバーを常に他のウィンドウより上に表示させておく使い方を気に入っている。というのも、ワイド画面のアスペクト比は、ワープロなどの一般的なアプリケーション、インターネットブラウザなどのウィンドウを最大化して使うときには、横幅が広すぎてかえって不便なこともあるからだ。横幅に合わせてドキュメントを表示した結果、縦方向に表示できる行数がスクエア画面よりもかえって少なくなるという結果になることがある。でも、サイドバーにある程度の領域を消費させておけば、その心配はない。 PCのモニタ画面という限られた「不動産」を、誰がどう使うかというのは、重要なテーマだ。これは、TVでも同様で、キム氏もTV画面のことを「real estate」と表現していた。そして、TV局は、その「領地」を独占し、他には譲ろうとしてこなっかったし、奪おうとしたさまざまなアプローチも主流にはなりえなかった。唯一の選択肢は、チャンネルを変えることであり、そこに「同居」という概念は希薄だった。 ●主役は誰だ 少なくとも、Windows Vistaのサイドバーは、「同居」を前提にしたものだし、同様に、今回発表された「Widget Channel」も、本来のメインテナントであるTV放送を、極端に邪魔することなく、控えめに、各種の情報へのポインタが表示されるようになっている。それらの情報は、基調講演でのデモンストレーションで紹介されたものは、放送中のTVとはいっさい関係のない、天気予報や株価といったものばかりだったが、実際には、放送中のTVと連動するような仕掛けもできるようになっているはずだ。 キム氏は、TVのエコシステムは、ハードとソフトだけでは成功しないと断言する。「TV Plus インターネット」を成功させるためには、業界全体のアプローチが必要で、それが新しいパラダイムを生むはずだと主張するのだ。 Viivのアプローチが、PCのモニタ画面という不動産を、そっくりそのままTV局とは異なるコンテンツプロバイダーに入れ替えさせるというものだったのに対して、「Widget Channel」は同居を提案している。だが、TV局は、これから見てもらわなければならないCMが、今まさに始まろうとしているときに、視聴者の興味がウィジェットに向いてしまうのを好ましく思わないかもしれない。だからこそ、そのローンチは謙虚で控えめでなければならないのだ。 そこには、あくまでも主役はTV局のコンテンツであるという、あきらめにも似た認識がある。でも、そのあきらめをガマンすることで、PCでしか提供することができなかったはずの各種のファンクションを、世の中に蔓延するTV受信機の画面にも拡張していけるわけだ。ある意味で、それは、似て非なるものを十把一絡げにしてしまう戦略であるともいえる。 ●競合から協調へ 個人的には、近い将来、市場で売られるTV受信機とPC用のモニタは、一部の業務用をのぞき、区別がなくなるんじゃないかと思っている。これは、放送のデジタル化がもたらした数少ない功績の1つで、消費者は、普通のTVを購入すれば、そこに手持ちのノートPCを接続でき、デスクトップという手持ちの不動産を拡張したり、あるいは、そのクローンを、より大きな画面で楽しめるようになる。TVとPCモニタは、見かけの上ではソックリなのに、別のものであるという事実は、これまで、ずいぶんわかりにくい印象を与えてきたように思うが、その事情はちょっと変わってしまいそうだ。 TV受信機がPC的なアーキテクチャを持つことで、何が変わるかというと、例えば、あるとき何気なしにスイッチを入れたTVで放送されているTVドラマが意外におもしろくて、シリーズの初回から見たいと思ったようなときに、ウィジェットを経由してTV局のオンデマンド配信に接続して、コンテンツを購入するというようなことができるようになるかもしれない。これはまた、ブラウザ主導時代の終焉をも示唆しているようにも思う。 Intelは、まだ、そうしたユーセージモデルを提案するようなところまではいっていないが、将来的に、そうしたモデルを想定しているのはまちがいない。 つまり、そこにあるのは、PCとTVの「競合」ではなく「協調」なのだ。「競合」によって勝ちを奪い取るのではなく、「協調」によって新しいパラダイムを生む戦略。それは、見かけの上では負けかもしれないが、大きな前進であるといえそうだ。 □関連記事
(2008年8月23日)
[Reported by 山田祥平]
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