山田祥平のRe:config.sys

HPのタッチテクノロジが生む新たなデバイスカテゴリ




 ダグラス・エンゲルバート博士は自分でマウスを発明しておきながら、その存在をとても不自然なものだという。自然なものなど存在せず、自然なものというのは単に慣れ親しんでいるものにすぎないというのが博士の持論だ。だが、本当にそうなのだろうか。今回は、コンピュータとの対話に重要な意味を持つタッチのテクノロジについて、米Hewlett-Packard、パーソナル・システムズ・グループのCTOフィリップ・マキニー氏に話を聞いた。

●50型のTVはポケットに入らない

 今回のグループインタビューは、東京・市ヶ谷の日本HPと米・クパチーノのオフィスを、同社のTV会議システム「Halo」で結んで行なわれた。双方が同じインテリアの造作にあつらえられ、正面に映る相手の映像との違和感がないように工夫されている。距離感を感じないという点で、このシステムは秀逸だ。欲をいえば、名刺を差し出せば、スキャンされて向こうにプリントアウトされるくらいのことをしてほしいと思ったくらいだ。

 それはさておき、HPは将来のコンピューティングにおいて、タッチのテクノロジが、非常に重要な要素であると考えている。マキニー氏は、まず、紙を取り出して図を書いて、我々に見せた。手元の紙にペンで書き込む様子は、別のカメラがとらえ、ディスプレイに映し出される。

 マキニー氏は、X軸にリーチ/モビリティを、Y軸にリッチネスをとり、左から右に向かって右下がりの線をひく。これは、従来のデバイスが、モビリティが高ければリッチネスは落ち、リッチネスが高ければモビリティが落ちることを意味する。

 このリニアな直線上で、さまざまなトレードオフが行なわれ、スマートフォンから高性能ワークステーションまで、数々のデバイスがこの世には存在する。業界としてのゴールは究極のリッチさとモビリティを兼ねるデバイスの実現だが、それを実現するには、超えなければならない技術的な課題が山積みだ。50型のTVをポケットに入れるわけにはいかないし、バッテリのテクノロジもまだ未熟だ。フレキシブルディスプレイ、ワイヤレスなど、1つずつを解決しながら、新しいデバイスカテゴリに到達するには、これから先、何年もかかるだろうとマキニー氏はいう。

 だが、その直線上には、空白の地帯がある。そのギャップに、HPは、まず、HP miniを投入した。いわゆるネットブックのカテゴリだ。このカテゴリがヒットしたのは周知の通りだが、マキニー氏らは、それをもうちょっと小さくしたらどうかと考えた。だが、そうすると拒否されてしまうことがわかってきたという。やはり、成功すると予測できるのは、特有のデザインを持ったデバイスで、無意味に小さなものではないということらしい。

●eBookリーダーからはちょっとはずれた路線を狙うHP

 マキニー氏は、eBookリーダーのようなデバイスを例にあげて、そのスクリーンサイズがユニークで、携帯電話とは一線を画していることに注目した。しかも、このカテゴリには業界全体として注目が集まっている。

 そういいながらも、HPは、そこから、ちょっとはずれたところで何かができないかと考えているのだそうだ。

 「これまで、我々は、デスクトップとノートブックでリッチ性を高めようとしてきました。そこで、フォーカスしてきたのがタッチのテクノロジです。HPとしては、ほぼ四半世紀にわたってタッチの機能に取り組んできました。最初は'80年代の初めのころでした。タッチのテクノロジは、PCを使いにくいと考えている人のために役立つことを信じて、タッチを使ったインターフェイスのテストに取り組んでいます」(マキニー氏)。

 これだけPCが普及していると、純粋な意味で、人間がPCと対話するときに、どのような方法が自然なのかを調べるのは、かなり難しい。というのも、ある程度の先入観を持って操作をしてしまうからだ。

 そこで、HPは、PCのほとんど普及していない振興市場の地域でテストを実施しているという。そして、識字率が低い国ではキーボードを持ち込んで使わせようとしても、なかなかうまくいかないこともわかっている。だが、タッチのインターフェイスなら、いろんなことができるようになる。

 「世界各地でタッチのやり方が違うんですよ。指一本でタッチしたり、二本の指を使ったり、親指でタッチする人もいます。これがタッチの方言です。タッチランゲージとでもいうんでしょうか。我々は、タッチの経験をよりスマートなものにするために、さまざまな研究開発を続けています。HPのPCがユーザーのタッチの方法に関わらず、そのとき望んでいる結果を出すように、将来的にはコンピュータがタッチジェスチャを学習するようなものにしていきたいと考えています」(マキニー氏)。

 HPは、それほど遠くない将来に、Ultra Thinのカテゴリに属するPCを用意するつもりでいるとマキニー氏。現在の薄型ノートブックはとても高価で、いつでもどこでも持ち運んでいくPCとしてはちょっとそぐわない。だから、気軽に入手できる価格帯での超薄型ノートを提供することで、自分のデバイスとして使ってもらおうと考えているらしい。

 タッチテクノロジの流れで出てきた話である。推測すれば、秋頃、Windows 7を搭載し、そのマルチタッチ機能を活用できる超薄型タブレットを出すということなのだろうか。社会的にいつもつながっていないと気が済まない傾向を追い風にしたいと、マキニー氏はいうので、WiMAXなども搭載しているかもしれない。将来の製品については、何も語れないとマキニー氏はいうが、そんなイメージではないだろうか。

 「Windows 7のタッチ機能はHPの技術がベースになっています。タッチのゴールは、ユーザーに学習させず、ソフトウェアが学習することです。でも、タッチはHPの試みの1つにすぎません。決してマウスなどを置き換えるものではなく、他のインターフェイスを補完するものとして考えています。でも、これからのコンテンツコンシューム型デバイスの普及を考えたときに、タッチのテクノロジは不可欠でしょう。ぜひ、新製品を楽しみにしていてください」。

●WindowsはWindowsであり続けなければならない

 WindowsのタブレットPCが、大きな成功を得られないのは、単に指先をマウスの代用に使わせているにすぎないからではないかと個人的には思っている。ツールボタンやスクロールバーといった一般的なWindowsのGUIコントロールは、指先で操るには小さすぎる。かろうじて、リボンのようなインターフェイスで、コントロールの大型化が試みられているし、Windows 7のAeroプレビューなどで、サムネールという大きなコントロールを操作できるようにして補おうともしているが、まだまだ発展途上の印象をまぬがれない。

 それでも、Windowsの魅力は、すべてがWindowsであるということであり、タッチ専用に別のGUIを持ち、タッチを想定して作られたアプリケーションしか使えなくなってしまったら、その魅力は半減してしまう。マイクロソフトのSurfaceは魅力的な環境だが、あれはWindowsではない。WindowsはWindowsである宿命を持っているのだ。

 マキニー氏のいうように、タッチはマウスやキーボードを代替するものではなく、補完し追加されるものである。その点で、どのような折り合いをつけるのか。マウスとキーボードがあれば快適に使え、タッチがあれば、より快適に、そして、タッチだけでも多くのことができる環境を考える必要がある。

 残念ながら、現時点でHPが提供しているTouchSmart PCは、まだ、そこまでの完成度を見せてはくれていない。マキニー氏らの目論みをかなえるには、OSからの歩み寄りも必要なのだろう。だからこそ、Windows 7以後の製品展開が楽しみだ。