山田祥平のRe:config.sys

電卓アプリとExcel、どっちが便利!?

 大人のホビーのための道具としか見られていなかったパーソナルコンピュータに、ビジネスにも使える可能性が見い出されたのは、表計算ソフトの登場によると言われている。世界最初の表計算ソフト「VisiCalc」がApple II用にリリースされたのは、IBM PCが登場する2年前の1979年、今から35年前のことだ。

ワークシートは170億個の電卓

 個人的にはVisiCalcの世代ではなく、最初に使った表計算ソフトはMicrosoftの「Multiplan」だった。目から鱗が落ちるというと大げさだが、コンピュータが計算機的な仕事をするところを目の当たりにした印象を持った覚えがある。その後「Lotus 1-2-3」を経てExcelが新しい世代の表計算ソフトとして君臨し、現在に至っているのはご存じの通りだ。

 表計算ソフトは、かつてはスプレッドシート、今はワークシートと呼ばれる広大な格子状の空間を提供する。そのマス目の一つ一つは行と列によって番地が決まり特定される。マス目の数は、例えばWindowsデスクトップアプリのExcel 2013の場合、1,048,576行、16,384列が上限なので、17,179,869,184個のマス目を使えることになる。

 ワークシートのマス目は、その1つ1つがいわば電卓だ。マス目には数値、文字、数式などを入力することができるほか、他のセルを参照することもできる。参照先のセルの値に変更があれば、それを参照しているセルの数式は再計算されて正しい値に書き換わる。その様子を初めて見たときには、なんだか魔法みたいだと思ったものだ。

 Excelの場合、セルに数値を入れる場合は、数値のみを入れればいい。ただ、計算式や、関数を含む計算式を入れる場合には、先頭に、これから入れるのは文字列ではなく計算式であるということを宣言するために、+ や = といった記号を入力する必要がある。そうしなくては文字列と見なされるのだ。

 これが意外に面倒だ。日本語キーボードの場合、+ も = もシフト操作が必要で、片手でラクラクという訳にはいかないからだ。だが英語キーボードでは、シフトなしで = 、シフトありで + となる。この違いは日本語キーボードの大きな難点と言えるだろう。もっともテンキーがあれば、+ の入力はカンタンだ。だからこそ、テンキーの + キーはとてもサイズが大きい。

 170億個の電卓と言われてもピンと来ないが、痕跡を残さずに値を修正可能なスーパー電卓がこれだけある。便利でないわけがない。

電話のテンキーと電卓のテンキー

 MicrosoftとSamsungが、Samsung製のスマートデバイスにOfficeアプリをプリインストールすることで協業するそうだ。つまり、いよいよスマートフォンでもOfficeプリインストールの世界がやってくる。

 実際、4月8日に日本で発表されたGalaxy S6シリーズも、発売前のデモ機を見る限り、Microsoft Appsフォルダがホーム画面に用意されていて、そこにOneNoteとOneDriveがプリインストールされていた。残念ながらAndroidスマートフォンでは、まだ、ExcelやWord、PowerPointといった単体アプリがリリースされていないので、Officeアプリの本格的なプリインストールは少し先の話になりそうだが、時間の問題かもしれない。それまでは、Office Mobileで代用できそうなものだが、それが入っていないのはちょっと不思議な感じもする。

 ともあれ、スマートフォンでもOfficeが使えるというのは、これから当たり前になっていくわけだ。そんな状況の中で、スマートフォンですべてを済ませようとするスマホネイティブの世代は、日常の生活の中で計算が必要になったとき、電卓とExcel、どちらを選ぶのだろうか。

 実は、電話と電卓は相性が悪い。電話のテンキーと電卓のテンキーを比べてみるとわかるが、数値の並びが違う。電話は上から1、2、3……と並ぶが、電卓は 下から並んでいる。だからこそ、一般的な電卓アプリは、自分自身のソフトウェアテンキーを内包する。

 例えば、ぼくが日常的に使っているAndroid用のIMEはATOKだが、そのテンキー配列は電話と同じだ。どうしてこうなっているのか不思議なのだが、この配列となっている。そして、=や+の記号が入れにくい。電話ではこれらの記号を使うことがめったにないからなのだろう。でも、電話だって、国際電話の国番号の先頭には+を付ける。実際、スマートフォンのダイヤルアプリでは、0の長押しで+が入る。でも、IMEのソフトウェアテンキーはそうはなっていない。

 結局のところ、スマートフォンは電話のようであって電話でもなく、計算機であって計算機でもない中途半端な立場を強いられている。こうした事情もあって、ExcelをIMEのテンキーで使おうとすると、極めて使いにくい状況に陥る。数値だけならともかく、計算式のために+や=を入れるのが大変だからだ。だからこそ、単なる足し算程度なら電卓アプリを使った方が手っ取り早いということになってしまう。

計算機の計算

 このあたりの事情は、その気になれば明日にでも変えられる。IMEがPCのテンキーと同じ配列のキーボードを提供すれば済む話だからだ。実装に際する技術的な問題はなさそうだ。それだけで、スマホでの表計算ソフトの使い勝手はずいぶん高まるだろう。

 仮にそうなったとして、スマホネイティブな世代は、かつて、PC用のワークシートを初めて見たときのぼくのように、電卓より便利なスーパー電卓として表計算アプリを認識してくれるだろうか。

 Excelに限らず、Officeアプリは汎用アプリだ。Excelなら売り上げ集計に使われる場合もあれば、家計簿に使われることもある。ダイエットの記録かもしれない。その使い方は、ユーザーが、自分の創造力で決めなければならない。実は、そこに高いハードルがあるのではないか。

 ソフトウェアであれ、ハードウェアであれ、とかく汎用のものは理解されにくいという傾向がある。ハードウェアとしてのPCが、VisiCalcの登場で、ようやくビジネスにも使える機械だということが認識されるようになったように、アプリケーションソフトウェアががハードウェアの使い道をナビゲートしなければ、汎用機としての用途が分かりにくく、その能力を発揮するのが難しい。しかも、当時より表計算ソフトそのものまでが汎用的な位置付けとなり、そこで処理される事例そのものがアプリケーションという認識になっている。

 汎用ブラウザとやっていることは同じであっても、専用アプリにした方が分かりやすいと言われる時代だ。Officeアプリのような汎用アプリが何の役に立つのか想像しにくいと注目されないようになるのか、それとも、スマホで汎用アプリが使えることの恩恵がクローズアップされるのか。ちょっと先の未来が気になるところではある。

 計算機を使って計算をすることがめったにない、というのが今のPCの使われ方だ。裏では膨大な量の計算が行なわれていても、エンドユーザーにそれは見えない。スマートフォンではその傾向がさらに強い。コンピュータは計算機という感覚は失われつつあるのだろうか。

(山田 祥平)