山田祥平のRe:config.sys

ソフトウェアの行き着く先




 PCにソフトウェアをインストールして実行するだけで、今まで経験したことのないような世界がそこに広がり、昨日までと同じはずのPCが、まったく別の機械に見えてくる。汎用機であるPCの醍醐味はそこにある。でも、いわゆるキラーアプリケーションと呼ばれる製品には、久しく出会っていない。もう、そんなソフトウェアは、ぼくらの前に姿を現すことはないのだろうか。

●Excelは悪くない、けれど

 前回のこのコラムの掲載後、かつてないほど多くのメールを読者の方々からいただいた。内容はほぼ同じで、Excelのワークシートは入れ子にできるんじゃないかというものがほとんどだった。

 ぼくの理解では、入れ子というのは、あるものの中に、それと同じものが入っている状態を指す。辞書などで調べると、ひとまわり小さくて同じ形のものということになっているが、ソフトウェア的な観点から見れば、サイズの点は無視してもいいだろう。

 同じものという点では、入れた器と同じように機能しなければならない。つまり、シート内に入れ子として別のシートを入れたら、それは、外側のシートと同じ機能を持たなければならないということだ。

 Excelには、「図のリンク貼り付け」と呼ばれる機能が用意されている。ちょっと振る舞いが異なるが「カメラ」を使っても同様のことができる。多くの方の指摘は、これらの機能を使えば入れ子ができるというものだった。

 たとえば、Excel 2007では、特定のセル範囲をコピーし、リボン上の貼り付けツールから、[図]-[図のリンク貼り付け]を実行すると、セル範囲が図形としてシート上に貼り付けられる。この図形は、コピー元のセル範囲とリンクされ、コピー元を編集すれば、値はもちろん書式などのプロパティ変更なども、コピー先の図に反映される。また、Excel 2003では、セル範囲をコピーするところまでは同じだが、Shiftキーを押しながらメニューバーの[編集]をクリックしないと、[図のリンク貼り付け]は表示されない。

 これらの操作で起こることは同じで、コピー元セル範囲の見かけを図にしたオブジェクトが埋め込まれ、その内容がコピー元にリンクされている。あくまでもシート上に埋め込まれるのは図であって、シート内のセル範囲ではない。だから、その内容を編集することはできない。リンクされているのだから、それを編集できてしまったのではリンクした意味がないのだが、これを入れ子というには、やはり無理があると思う。

 入れ子といった曖昧な言い方をせずに、いわゆるOLEオブジェクトとして、Excelワークシートをシート上に埋め込めるかどうかという書き方をすればよかったのだろう。言葉が足りなかったと思う。

 実際に手元にExcelがあれば確認してみてほしい。メニューバーの挿入をクリックし、オブジェクトの挿入ダイアログボックスを開くと、シートに埋め込めるオブジェクトの種類を参照できる。だが、この一覧の中にはExcelのワークシートが存在しないのだ。

 同じことをWordでやってみると、オブジェクトの種類として、Excelのワークシートはもちろん、Wordのドキュメントも一覧に表示され、それを選択すれば、Word文書の中にExcelのワークシートやWordの文書を埋め込める。これが入れ子だ。なぜか、Excelは、それができない。

●Numbersが提供する自由なテーブル

 前回紹介したMac用ビジネスアプリスィート「iWork」の「Numbers」では、オブジェクトを置くためのシートのことをインテリジェンステーブルと呼び、その上に、料理皿としてのオブジェクトを置いていく。数表は、そのオブジェクトの1つであり、その内部のデータや数式は料理そのものといったところだろうか。

 でも、このNumbersを表計算ソフトであると考えるからややこしいのであって、このソフトはテーブル作成ソフトなのだと考えれば、そのテーブルに自在にオブジェクトを配置できる点が素晴らしいことが理解できる。前回、このソフトの名前はSheetsであるべきだ的なことを書いたが、Appleに敬意を表すればTablesというべきだろうか。つまり、このソフトが画期的なのは、出力する紙などのメディアにとらわれない新たなコンテナとして、テーブルという新たなコンテナを提案しているという点なのだ。

 「Pages」はワープロソフトなので、A4サイズなどのページに区切られることを前提に文書を作成していく。プレゼンテーションソフトのKeynoteは、スライドという一画面を単位としてプレゼン内容をまとめていく。ここまでは、WordやPowerPointと同じだ。そして、Numbersは、実用上無限に広がるテーブルを用意し、任意の位置にさまざまなオブジェクトを配置していくレイアウトソフトであるといえば納得してもらえるだろうか。

 最初から、そんなソフトウェア思想を提案しても、なかなか受け入れてもらえるはずもなく、表計算ソフトと名乗っておけば、気軽に使ってもらえるという想いがあったのかもしれない。ポータブルオーディオプレーヤーをMP3プレーヤーと呼ぶようなもんだといったらAppleに失礼だろうか。そして、何でも放り込んで、適当に並べておける広大なテーブルのようなソフトは、意外にも、身の回りにはなかったのである。

●表計算ソフトに驚いたあの頃

 ぼくが初めて使った表計算ソフトは、Microsoftの「Multiplan」だった。表計算ソフトというカテゴリのソフトを初めて見たときのぼくの理解は、次のようなものだった。

・シートはマス目に区切られている。
・マス目のことをセルと呼ぶ。
・セルは1つ1つが電卓に相当する。
・セルの中には文字、数値、数式、他のセル番地を入れられる。
・他のセル番地を参照している場合、参照元が変更されれば、即座に参照先に反映される

 これだけのことを理解するだけで表計算ソフトはすぐに使えるようになった。なんといっても、数百万個のマス目が、すべて電卓として機能するという点が、ぼくには、驚きだった。通常の電卓にはM+とかM-、MRといった機能があって、計算結果を別の場所に置いておき、別の計算でその結果を使うことができる。いわばクリップボードだ。でも、1個しか電卓がないから、こんなややこしいことをしなければならないのであって、実用上無限大の電卓があれば、もっと贅沢に電卓を使うことができる。

 1~10までの数値の合計は55で、その結果を得るために表計算ソフトを使う場合、

=1+2+3+4+5+6+7+8+9+10

とセル内に入れる方法。これがもっともシンプルだ。

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10

と、各数値を異なるセルに入れて、次の行に、

=A1+A2+A3+A4+A5+A6+A7+A8+A9+A10

などと各セル番地の内容を参照する計算式を入れる方法。訂正しやすいかもしれない。

もっとわかってくれば、

=SUM(A1:A10)

とセル範囲をSUM関数の引数に指定する方法などがある。こうして、使いこなせば使いこなすほど、スマートに数表を操れるようになり、検算の必要もなく、入れた値が正しいかどうかを目でチェックするだけで、正しい数表が完成するということに、奇妙な感動を覚えたことを思い出す。

 紙の上にペンと定規で表を作り、データを書き込み、しかるべきマス目に電卓でたたき出した計算結果を入れていく。そんな従来の手作業による数表作りにイノベーションを起こすのも当たり前だと思った。しかも、数式だけを入れた白紙の表を作っておけば、データ値を入れるだけで計算が完了し、数表ができあがるのだ。数表を頻繁に使う現場では、使わない理由がない。

 ハイパーリンクを初めて見たときにも驚いた。リンクをクリックするだけで、そのリンク先が開くのだ。しかも、そのリンク先は、別のファイルどころか、別のコンピュータ上のファイルであってもいいという。これもまた、それまでの、単一のファイルに完結した文書作りとは、まったく異なるスタイルを提案するものだった。

 こうした驚きを、ここのところ体験できていないのは、やはり寂しいと思う。おまえが画期的なソフトを考えて作ればいいだろうといわれそうだが、できるんだったら、こんなところに文句を書いていないで、こっそりと大きなビジネスを目論んでいると思う。だから、これからコンピュータに関わっていくであろう若い世代に期待したいのだ。

●感性のイネーブラ

 先日ソウルで行なわれた学生のための技術コンテスト「ImagineCup 2007」では、学生たちの考えたイノベーティブなソフトウェアデザインが世界一を争ったが、会場でMicrosoft本社デベロッパー部門のコーポレート バイス プレジデントであるS.Somasegar氏に少し話を聞くことができた。

 Somasegar氏は、学生は最新のテクノロジーを真っ先に取り入れるのが得意だという。というのも、コマーシャルベースのソフトウェアには、開発にさまざまな制限があり、互換性などを考慮して開発していく中で、本来はできるはずのこと、やりたかったことが、できなくなってしまう面がある。だが、学生は、その時点でもっともよいソリューションを使って、もっともいいものを作るという立場でいられるからというのがその理由らしい。若い才能に、一番最初のテクノロジーにアクセスしてもらい、それを次の世代に繋げることは、Microsoftの社是であるとも(Somasegar氏)。

 さらに、Somasegar氏は最後にこういった。

 「デジタルはイネーブラだ」

 デジタルは従来の方法にとって代わるものではなく、いろんなスキルを身につける可能性を提供するツールなのだというのだ。10年、20年と、コンピュータを使っていると、つい忘れてしまいがちなことだ。メタファを語り続けているうちはイノベーションは起こらないのだろうなと、ちょっと反省した。

□関連記事
【8月17日】【山田】Excelはいつも仲間はずれ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0817/config172.htm
【8月10日】【山田】大人は何もわかっちゃいない
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0810/config171.htm

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(2007年8月24日)

[Reported by 山田祥平]


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