山田祥平のRe:config.sys

SIMロックだ、フリーだなんて、そんなことはどうでもいい

 スペイン・バルセロナで開催されているMWC。5GモバイルネットワークやIoT、Windows Phoneなど話題は多いが、イベント全体のムードとして現実的な踊り場感は否めない。だが、これからのモバイルがぼんやりと見えてきているという点では岐路となる年だろう。特に、今年はMWCに合わせて欧州委員会が5Gに向けたビジョンを示すなど、来たるべき将来に向けた準備が少しずつ進んでいることが分かる。

デジタル・シングル・マーケットが生む新たな市場

 通信に対するEUの姿勢はアグレッシブだと思う。MWCに合わせて5Gネットワークに向けたビジョンを語り、5G Public-Private Partnership(5G PPP)と共同で声明を出すといったことはその典型だ。

 EUの狙いは「Digital Single Market」(デジタル・シングル・マーケット)の成立にある。

 ご存じのように、EUの通貨はユーロだ。EU圏内であれば、どの国でも同じようにユーロを使うことができる。また、EU圏における旅行は、通関や入国も、最初にEUに入るときにチェックされれば、その後はまるで同国内であるかのように各国を往来でき、最後にEU圏を出る国で出国の審査が行なわれる。

 当たり前のように各国を行き来するヨーロッパだ。通貨でさえ、今いる国のことを何も考えなくてもいい。ユーロができたのは2002年のことなのでまだ13年しか経っていないのだが、その政治的な背景の是非は別として、今や誰も疑問をもたずに使われている。

 その一方で、通信はどうか。こちらは鎖国状態だ。各国には各国のキャリアがあって独自の料金体系で加入者を囲い込んでいる。だから消費者は、国を移動するごとに、移動先の国のキャリアのSIMを調達し、端末のSIMを差し替える。ローミングではリーズナブルな料金で通信ができないからだ。

 通貨が同じなのに、通信は別なのだ。でもそこはそこ、背に腹は替えられないからこその生活の知恵だ。言ってみれば、東京から大阪に出張するのに、サイフの中味は同じで大丈夫なのに、携帯端末だけは中味の入れ替えが必要というイメージだ。

 それをなんとかして、通信も自由な往来を可能にしようというのが、デジタル・シングル・マーケットのビジョンだ。

上乗せ料金不要のローミング

 2014年7月に欧州委員会が発表した声明によって、もうすぐEU圏内ではローミングに際して特別な課金をすることが許されなくなる。消費者はいつものキャリアのSIMを自分の端末に装着したままで、各国を移動し、移動先のキャリアに接続して自由な通信ができる。そして、いつものキャリアにいつものように料金を支払うだけだ。国を移動したからといって、特別な上乗せがないのは安心だ。

 これによって新たに2,500億ユーロ(日本円にして約3.5兆円)の新たな市場が生まれるともいう。

 そりゃそうだ。通信料金が高くつくとか、SIMを調達するのがめんどうだとかいった理由で行なわれなかった通信が、いつもと同じように行なわれることで、新たな消費を生むのは想像に難くない。スマートフォンを使って気軽にレストランやショップを探せるし、電話で予約するだろう。電子マネーも使うだろう。それによって消費は拡大する。今まで使わなかったカネを使うようになるわけだ。ローミング課金が生み出した消費額よりも、格段に大きな額になるのは当たり前だ。

 キャリアにとっては大変な面もある。今、EU加盟国は28カ国ある。それぞれの国に大きなキャリアが3つあるとしよう。これまでは2社と競争していれば良かったのに、これからは100社近くとの競争になってしまう。ドイツ在住でイタリアのキャリアと契約しても、なんの不便もないからだ。旅行どころか、日常生活のモバイルについての考え方が大きく変わることになるだろう。消費者にとってはモバイル天国だが、キャリアにとってはモバイル地獄と紙一重だともいえる。だが、この施策によって競争は激化し、消費者は恩恵を受けると同時に、キャリアは2,500億ユーロの新たな市場で別の富を得ることになるのだろう。

スペインのSIMを買うのは今回が最後か?

 今回のMWCにこの施策は間に合っていない。東京からバルセロナに向かうにあたって、去年のMWCで使ったスペインのSIMをチェックしたところ、有効期限が切れていたので、まず、手持ちのドイツテレコム(T-Mobile)のSIMに追加のチャージをした。このキャリアのSIMは、ウェブページのドイツ語を解読さえすれば、日本のクレジットカードを使って、日本からカンタンにチャージができるので重宝している。IFAの取材で毎年ベルリンに行くこと、そして、EU圏内各国で2.99ユーロで40MB/24時間のローミングができる。EU圏内以外の国でのローミングも、けっこうリーズナブルな料金で提供されているので、そのためだけにも維持しておくと何かと便利なのだ。

 今回の出張も、ドイツ・デュッセルドルフの空港に着陸した直後に端末の機内モードを解除してすぐに通信ができたし、そのままバルセロナに移動したあとも、ローミングで通信が可能だった。

 バルセロナには夜の到着だったので、翌日の午前中、有効にしたローミング40MB/24時間を使い切らないうちにキャリアショップを訪れSIMを調達した。今回は、スペインのドコモ的存在、MovistarのSIMを17.42ユーロで購入、これには400MBのデータ通信が含まれ、通話は10セント/1分だ。残念ながらLTE通信はプリペイドではサポートされないが、いつでもどこでも必ずつながる最大手キャリアの信頼性をとった。

 同時期に訪れている日本のジャーナリスト諸氏はLTEをサポートするVodafoneを選んだ方が多かったようで、ぼくも予備に購入はしたものの、今のところはMovistarで事が足りている。

 データ容量は、10日近い滞在で400MBではとても足りないが、0.75ユーロで50MBを追加できる。10ユーロの残高がチャージされた状態なので、これを12回分計600MB追加して、合計1GBが使える状態にした。ホテルやイベント会場にはWiFiがあるし、それで足りなければさらにチャージすればいい。データの追加は1200にダイヤルして自動音声サービスによりプッシュトーンで行う。皆目見当がつかないスペイン語で往生したが、何度も繰り返して聞いているうちになんとかなった。

SIMを買いたいのではなく通信がしたいだけ

 EU圏については、9月にはIFA取材でドイツに行くことになると思う。そこでは、いつものドイツテレコムを使うことになるだろう。そして、来年のMWCでバルセロナにやってくるころにはきっと、ローミングチャージなしの通信サービスが開始されているにちがいない。ドイツテレコムはスペイン国内ではMobistarのネットワークを使ってローミングされているので、今回と同じ環境が得られることになるはずだ。

 これでいろいろな仕組みが落ち着いたところで、EU圏については、ぼくら旅行者にとって、もっともリーズナブルなサービスがあるキャリアを探し、何らかの方法でそのSIMを入手して維持し続ければ、訪欧については、通信のことを心配しなくてすむようになるはずだ。

 ぼくらはSIMを買いたいわけではない。どこにいても、いつもの端末でいつものように通信がしたいだけだ。リーズナブルな料金でサービスが提供されるのであれば、SIMロックされていたとしてもいっこうにかまわないのだ。

 今、日本国内では、SIMロック解除の話題がホットで、大手3キャリアとMVNOを含めて、サービスの選択肢が増えることが期待されている。ただ、ハードウェア的にどのキャリアでも使える端末といえばiPhoneくらいで、サービスの選択肢は増えても端末の選択肢は限られる。今のところ、ほとんどのMVNOはドコモのネットワークなので、auの端末のSIMロックが解除されてもあまり嬉しくないというのが現実だ。

 iPhoneのように、全方式、全周波数対応の端末が、各キャリア経由および、各メーカーダイレクトで販売され、どのキャリアのSIMを入れても通信ができるというのが理想的なのだが、コスト的にかなり高くつくことと、今は、CAやVoLTEなどの導入で、キャリアごとの周波数運用がまちまちで、全部入りというのはなかなか難しい。でも、SIMロック解除を義務化するなら、端末も全キャリア対応を義務化するくらいでなければ消費者メリットは限定的なものとなる。総務省も、どうせやるなら、そのくらいのカツを入れて欲しいものだ。

(山田 祥平)