山田祥平のRe:config.sys
ヨガで開く悟り
2016年11月4日 06:00
コンピュータを持ち歩くというのはどういうことなのか。YOGA BOOKはそれを再確認させてくれるデバイスだ。自分がコンピュータに対して何を求めているのかを知り、悟りの境地に達するための鍛錬のための道具といってもいい。まさに試される、ヨガそのものだ。
掛け算で考えるモアPC
今年(2016年)登場したデバイスの中でも出色のでき映えのYOGA BOOK。10.1型タブレットと入力デバイスとしてのクリエイトパッドをクラムシェルのように合体させたスマートデバイスだ。“YOGA”の呼称から想像できるように、画面とパッドはYOGA機構で折り返せるようになっている。だから、ノートブックスタイル、テントスタイル、タブレットスタイルなど、その時の用途や気分に応じてさまざまな形態に変化させて使うことができる。
個人的には10.1型画面というのは大きすぎもせず、小さすぎもしない、もっともモバイルに適したサイズだと思っている。モバイルの定義が人それぞれなのでなんとも言えないのだが、立ったまま使う、テーブルに向かって使う、イスに座って膝の上で使うという使い方をパブリックな環境で、いろいろな意味で邪魔になりにくく、それでいて必要最低限の実用性を兼ね備えているサイズだ。もちろん、唯一のデバイスとして使うには無理があることは承知の上での「モアPCだ」。ここは1つ足し算ではなく掛け算で考えたい。
日常的に10.1型のレッツノートRZシリーズを常用していることもあって、同じ画面サイズを持つYOGA BOOKには、最初から好感を持って接した。IFAの時の発表会場でも、かなり長い時間占領して、こいつはトレーニングすれば大きな戦力になると確信して小躍りした。
ただ、実際に自分のものとして使ってみて、やはりそれは妄想だったということに気が付いた。
YOGA BOOKは、通常のノートPCにおけるキーボードが実装されている面がツルツルのパッドになっている。クリエイトパッドと呼び、スイッチ1つで自光式のキーボードとペンタブレットに切り替えることができる。
Lenovoが「Haloキーボード」と呼ぶこのキーボードを自在に打鍵できれば理想的なデバイスとして機能するはずだ。気持ちの上でもそうなって欲しかったから、本当に一生懸命トレーニングした。その一生懸命さたるや、30年以上前に初めてPCのキーボードを使ってタッチタイプを練習した時を思い出すくらいだ。まさに悪戦苦闘の修行である。
Haloキーボードはパッド表面に実装されたLEDが光ることでキーボードに見えるだけで、実際には目視しなければ、どのキーがどこにあるかを認知できない。それでも、相対的な位置を指に覚えさせればなんとかなるはずだ。ところがなかなかそうは問屋が卸さない。
物理的なキーボードであれば、キーの上にソッと指を置き、打鍵したい時だけ指を運べばいい。どのくらい指を伸ばせば目的のキートップに届いて打鍵できるかは感覚的に習得できる。一連の打鍵をすませたところでホームポジションに指を戻す。ほとんどの場合、ホームポジションの人差し指にあたるキーには突起が付いていて、そこにソッと指を置いた時に、戻ったぞという感覚が指を介して頭に伝わる。その繰り返しで文字を入力していく。
ところがこのキーボードには指とキートップとの相対位置を頭と指がキープするための手がかりがない。いろいろな方法でそれを見つけようともしてみた。例えば手首をパッドの下部やテーブルの上ならテーブル面にくっ付けて固定して動きにくいようにしてみたり、最初にFとJを繰り返して打鍵してから望みの打鍵をスタートするなどの方法を試してみた。
それはそれで結構うまくいくのだ。うまくいく時には、普通のキーボードと遜色のない速度で打鍵ができる。もちろんタッチタイプだ。人間の指というのはすごいものだと自分で自分に感心してしまう。
ところが、タイプは必ず間違う。間違ったタイプは修正が必要だ。また、日本語入力では、変換確定の操作や改行が求められる。そのために使うのがBackSpaceキーとEnterキーなのだが、それを叩きに右手の小指を伸ばした途端、手の平の感覚が頭の中でリセットされてしまい、修正後の打鍵をミスして意図せぬ打鍵をしてしまう。その修正のためにBackSpaceキーに手を伸ばしてまた失敗……といった具合だ。
底面がツルツルしていて摩擦係数の低いテーブルではズレてしまうことや、キーボードにチルトがないから奥のキートップに指が届きにくいということもあるかもしれない。また、句読点を打鍵するためには、右手の中指と薬指を使うが、その時にも相対位置が崩れやすい。
だったら、少しでも指が動くエリアを狭くできないかと思い、ユーティリティを使ってCtrl+アルファベットでの操作を試してみた。
Android機なので、テキストエディタはJota+を使った。このエディタはCtrl+アルファベットにショートカットとして各種機能を割り当てることができる。このエディタで、Ctrl+MにEnter、Ctrl+HにBackSpaceを割り当てた。また、エディタの開発元であるAquamarine Networksが提供しているTweaked Keyboard Layoutを使い、CtrlキーとCapsLockキーを入れ替えた。
この環境で試してみたところ、Haloキーボードは、CapsLockキーを押しっぱなしで別のキーを押されることを想定していないことが分かった。BackSpaceキーを続けて押すと、順にカーソル位置の左側の文字が順に削除されていくが、Ctrl+Hでは、最初の一文字は削除されるが、次の文字からはCtrlキーが押されたままになっていることを検知せずに、Hのみが入力されたものとみなされる。だから連続しての文字削除ができないのだ。Enter代わりのCtrl+Mも同様で、改行や確定は最初の1回だけで、2回目の打鍵はただのMが入力されてしまう。
そんなわけで、キートップと指の相対位置関係をできるだけ崩さないようにするには、とにかく打鍵を間違えないことという結論に達した。昔から、打鍵を間違えないように努力するよりも、間違った瞬間にいかに素早く修正するかを追求した我流のタッチタイピングなので、これはつらい。相対位置をキープするのに加えてものすごいストレスだ。
それでも、物理的なキーボードには及ばないまでも、スマートフォンのフリック入力よりはずいぶん高速に入力できるようにはなった。だが、ストレスはなんともしがたい。極端に言うと、いいフレーズを思いついてキーを叩き初めても、誤入力を修正しているうちに、そのフレーズを忘れてしまうようなイメージだ。
ピュアタブレットに対する付加価値
YOGA BOOKは、ほぼ同じハードウェアでAndroid機とWindows機が用意されている。Android機を選んだのはメインメモリが4GB、内蔵ストレージが64GBでは、Windows 10の運用にずいぶん苦労することが予測されたことと、地図関連アプリのGPSハンドルの点でAndroidに一日の長があるからだ。アプリの多寡はあまり大きな問題ではない。Windowsならブラウザでなんとかなることも多い。それに、日常的に使っているレッツノートと想定用途がかぶってしまうということもあった。
レッツノートRZの重量は手元のものの実測で774gあった。それに対してYOGA BOOKは695gだ。その差は約80gとなる。また、NECパーソナルコンピュータのLAVIE Hybrid ZEROは11.6型だが798gだ。
一方、10型前後の画面を持つタブレット端末としては、iPad Air 2が約444g、富士通のarrows Tab F-04Hが439g、少し古いが世界最軽量のXperia Z4タブレットが393gとなっている。iPadは4:3、arrowsやXperiaは16:10のアスペクト比を持つ画面で、YOGA BOOKの16:10と同等の使い勝手の良さがある。
レッツノートより80g軽くて、ピュアタブレットよりも約300g重い。この差をどのようにとらえるかは難しいところだ。
400gのピュアタブレットに自律させるためのスタンドと、それなりのキーボードを一緒に持ち運べばYOGA BOOKと同等の重量になってしまうだろう。合体のメカニズムがないから膝の上で使う場合などには不安定でもある。
やはり、しっかりと本体とキーボードが繋がっているというのが良い。ただ、YOGA BOOKでメモを文字入力しながら、時折、本体で写真を撮りたいといった時にはちょっと困る。というのも、背面カメラがパッド面にあるため、キーボードを使っている時に写真を撮ろうとすると、ノートPC状態のYOGA BOOKをわざわざ折り返して畳まなければならないからだ。パッドの裏面にカメラを装備すれば済む話だが、そうするとピュアタブレットとして使う時に写真が撮れない。ここは、開発側も大きく悩んだに違いない。
試される使い手のスタンス
最終的にはさらなる80gを我慢して、これまでのようにレッツノートRZを持ち出す生活に戻ってしまった。逆にRZの凄さを再確認したかたちとなった。出先の取材現場で確実な戦力になるかどうかというと、今のところ、レッツノートRZにYOGA BOOKはかなわない。80gを我慢すれば、その即戦力が手に入るのだ。Windows機を選んでいたら、余計にそう思っただろう。
だが、Android機だから棲み分けができる。例えば、旅行先で持ち歩くなら間違いなくYOGA BOOKだろう。地図アプリの使い勝手は旅先の楽しさを大きく左右する。スマートフォンだけではちょっと心細いという時の強力な助っ人となってくれるはずだ。
それに、なんと言っても価格が違う。レッツノートRZを手に入れるには、YOGA BOOK約4台分の予算が必要だ。人それぞれ価値感は違うと思うが、10.1型機で775gという群を抜いた機動性がどんなに重宝するかを十二分に理解していても、ちょっとためらってしまうかもしれない金額だ。
レッツノートはその価値を分かっている人だけが買ってくれればいいというムードに満ちているが、YOGA BOOKは、とにかく体験して新しい世界観を自分のものにして欲しいという提案要素に溢れた製品だと言える。
いっぱい文句はある。なぜ、USBをType-Cにして拡張性を確保しなかったのかとか、ヒンジが固くて開閉しにくいとか、標準サイズのSDメモリカードスロットが欲しかったとか、キーボードをプログラマブルにして、さまざまカスタマイズができるようにしておけば、バーチカル市場でも使えただろうにとか……。
たぶん、Lenovoはこうした声が出てくることは十分承知の上だったのだろう。こうしたことは実機を1分間眺めればすぐに分かる。カタログを見るだけでも把握できる。それでも、出荷された瞬間、Lenovoの予測を大幅に上回る注文と、部材の供給の遅延から今後の出荷時期が未定となっているという。その一方では、世の中の期待に応えられる初代機の後継となる製品企画も着々と進んでいるだろうし、野心的な要素を取り入れやすい状況もできあがっているに違いない。とにかくこの時代にこうしたとんがったことができるLenovoというベンダーの勢いのようなものが強く感じられる製品だ。
ある意味で、ぼくらは今、試されているのだ。こうしたデバイスがいつも手元にあれば暮らしがどう変わるのかを自分なりのセンスで確かめよう。スマートフォンがあればそれで十分、いや、PCも必要だという議論の先にある、3台目のデバイスが受け入れられた時に何が起こるのかを今、LenovoはLenovoなりの方法論で問いかけている。
スマートフォンが手の平の中に入るコンピュータとして、これだけ世界を変えたのだ。日常的に携行して苦にならないモバイルPCがどのように世界を変えるのかは知っておくべきだ。誰もが知っていそうで、多くの人々には未知の領域だ。この製品の長所も短所も理解した上で、パーソナルコンピューティングの新たな世界観を手に入れて欲しい。いろんな意味で、今年のデバイスの中では抜きん出た存在だ。