山田祥平のRe:config.sys
Surfaceがもくろむ次の一手
2016年11月11日 06:00
Surfaceは、Microsoftがパートナーがなかなか手を出しにくい領域に一歩踏み込むWindowsデバイスを提供することを担うブランドだ。コモディティとして捉えられがちなコンピュータデバイスに、Microsoftならではの付加価値を与え、所有感の高いデバイスとして提供する。今回発表されたSurface Strudioもそんな想いが込められた製品だ。
次のターゲットはクリエイター
Surfaceの伝道師ともいえるブライアン・ホール氏が来日した。本社VPとしてMicrosoftのデバイスマーケティングを担当している人物だ。
Surfaceが担う役割は、パーソナルコンピューティングにおける新しいカテゴリの開拓であり、コンピュータデバイスを使ってできることの幅を拡げること、そして、持っていて、使っていてプライドを感じるデバイスを提供することにあるとホール氏は言う。
確かに、Windowsがまともに動けばそれでよしとされるデバイスとは一味違うことはよく分かる。どんなベンダーも、そういうデバイスを作りたいと思っているし努力している。そして、作れるだけの実力を持っている。けれども、市場性やコストトレンドなどから、なかなかそれができない事情がある。ならば、Microsoftがそのカテゴリを開拓して市場を作り、参入しやすくしようというのがSurfaceの役割だ。ずるいと言えばずるいが、荒療治と考えることもできる。
ホール氏は、会議室を見回して言う。プロジェクタからPCのプレゼンデータを投影するスクリーン、そして、ホワイトボード、テーブルと、会議室はもう何十年も変わっていない。ほかの全てが変わったのに、会議室は何も変わっていない。だが、Surface Hubは、その変わらない会議室を新しい流れに対して開放するのだと。
Surface Hubは、55型または84型タッチディスプレイを持つ一体型PCだ。PCと呼ぶには大きすぎるかもしれないが、多人数であれやこれやと話をしながら試行錯誤を進めるにはこのくらいの大きさのディスプレイが必要だ。このデバイスがあれば、会議室は大きく変わり、そして、会議のやり方も変わるだろう。そのくらいにインパクトのある製品だ。
そんなことは誰でも分かっている。だが、小さい方でも100万円を軽く超え、大きい方は300万円近いといったコストをそのために支払えるかというと、なかなかそうはいかない。だから、ベンダー側も製品を出しにくい。だったらMicrosoftが出そうという流れだ。
一方、今回発表されたSurface Studioは、28型でアスペクト比3:2のタッチディスプレイを持つ一体型PCだ。同時に発表された新しいWindowsがCreators Updateと呼ばれることが決まったことからも分かるように、マーケティング的にはまさにクリエイターを狙った製品だ。
だが、この製品について、ホール氏は、ビジネスプロフェッショナルにもぜひ使って欲しいし、その期待に十二分に応えることができるはずだという。
確かに、ライブ中継で発表会を見ながら、A4サイズ縦置きの用紙を実物大で見開き表示できる3:2の大きな画面はうらやましいと思ったし、タッチ対応でチルトも自在というフォームファクタは実に便利そうだ。それでも4,000ドル超という価格を聞くとやはりたじろいでしまう。既存PCを接続できるタッチ対応ディスプレイとして出してくれればいいのにと淡い期待をしたりもしてしまう。
個人的に自宅での作業ではノートPCを使うことはほとんどないし、出張でも5泊を超えるようなときにはスーツケースに24型ディスプレイを忍ばせるくらいだから、大きなディスプレイがどれほど効率を与えてくれるのかは誰よりも知っているつもりだ。だから、Surface Studioの発表があった時にも、真っ先に重量9.6kgをチェックし、寸法を調べて、これならスーツケースに入るなと小躍りしたりもしてしまうわけだ。
モバイルファーストの罠
そもそもこの業界は、モバイルにフォーカスしすぎてきたようにも思う。モバイルを意識しすぎるあまり、オフィスという限定された場所で快適に作業するためのデバイスが欠如しているのではないか。
多くのオフィスワーカーは、本当ならブラウン管式のディスプレイが置けるような奥行きを持ったデスクで、12~13型程度のディスプレイを持つノートPCを使わされている。セキュリティ上の理由から、PCを持ち出せないような企業でも似たようなものだ。
先日、内田洋行のオフィスリニューアルを機に開催された見学会を覗いてきたが、これほどオフィス環境に注力している企業でも、個人が持ち運びのできないPCを社内で使うといったことはあまり想定していない印象を受けた。かろうじて、フリースペースの一部に、カウンター形式で据置ディスプレイが並んでいるエリアがあって、これはさすがだと感じた。ちゃんと分かっている。
ノートPCであることには目をつぶるとしても、それにある程度のサイズのディスプレイを繋ぐだけで、作業効率は飛躍的に高まり、生産性も向上するはずだが、なかなかそうはさせてもらえない。2台、3台のマルチディスプレイ環境とは言わないまでも、本当は、オフィスワーカーはもっと大事にされるべきだと思う。
Surface Studioのような製品は、こうしたオフィスプロフェッショナルにも重宝されるデバイスで、その登場は大歓迎だが、Microsoftとしてのマーケティング的な今回のターゲットはクリエイターだ。その訴求が過ぎて、かえってニーズを狭める結果にならないかが心配だ。ホール氏にそう言うと、そのためのプレスラウンドテーブル、そちらの訴求はおまかせしたいと言われてしまった。
ただ、仮に、日常的に使うPCとして、Surface Studioがオフィスワーカーに与えられたとしても、それでは会議室に持って行けないとか、出張のときにどうするのかといった議論になるのだろう。いったい、何十年、PCは1人1台という時代が続くのか。
ホール氏は、そうは言っても、誰もが複数台のデバイスを自由に使えるような状況になるのは、まだずっと先のことだろうと言う。コストの点でも難しいとも。「世の中の選択肢として、1つのデバイスで全てをまかなう方法論と、多くのデバイスを併用する方法論の2種類がある。Microsoftとしては、その両方を推進していきたい」というのがホール氏の考えだ。
唯一のデバイスで全てをまかなおうとしたときに、オフィスでよし、持ち運んでよしと、点と線のモバイルをかなえるデバイスが選ばれる。おかげでそのバリエーションは実に多彩になった。これはこれで嬉しい。モバイルデバイスはやはりオールマイティだからだ。PCがオールマイティな汎用機であるように、フォームファクタとしてもオールマイティなものを求めるのは自然な成り行きだ。
だが、この傾向が強くなりすぎると、最終的に、スマートフォンだけで不便はないというトレンドを生みかねない。それはそれで選択肢の1つだとホール氏は言うし、今やスマートフォンだけでも、相当なことができることを考えるとそれも正しそうに感じてしまうかもしれない。
リモートデスクトップなどで既存PCのデスクトップが使えて、それを大きなディスプレイで操作できるならともかく、スマートフォン単体でできることは限られている。そのことを理解した上で活用するリテラシーがあればいいが、それがコンピュータ的なデバイスでできる全てだと勘違いしてしまうと、将来の生産性にも影響を与えかねない。
とは言え、Microsoftのことである。Windows 10 Mobileには、Azure上に仮想マシンがもれなく1台ついてくるとか、次のSurfaceはクラウド利用前提のシンクライアントであるとか、開発中のSurface Phoneは、実は、IAベースでフルWindowsが稼働するといったことがないとは限らない。
Surfaceには、そのくらいの掟破りを期待したいし、それでこそ、新たなカテゴリや次の時代のパーソナルコンピューティングを開拓できるのではないか。パートナーベンダーには絶対にできないことを涼しい顔で当たり前にして、その追随を受け止めて欲しい。