山田祥平のRe:config.sys
MVNO、その超えられない壁
2016年10月28日 06:00
通信ネットワークとは言え、その調達を他のキャリアに頼る以上、その品質がかろうじて同じレベルになることはあっても、超えることは絶対にない。それがMVNOの宿命だ。そんな中で、新たなビジネスの可能性を探ろうとすると、どうしても、メガキャリアの後追いに近いものになってしまう。
格安イメージの払拭を目指して
10月29日にサービス開始から2周年を迎える楽天モバイルが『脱・格安スマホ』を宣言し、3年目に突入する。楽天株式会社副社長執行役員 通信&エナジーカンパニー プレジデントの平井康文氏によれば、格安が連想させる安かろう悪かろうのイメージを払拭し、かつて難解な通信用語の1つだったLTEという3文字略語が市民権を得たように、MVNOという略語を浸透させていくのが、次の1年の重要なテーマだという。そして、MVNO各社ともに、来年は正念場となるだろうと平井氏は言う。
「格安SIM」とか「格安スマホ」という言葉は個人的にはあまり好きではない。平井氏が言うように、やはり安かろう悪かろうのイメージがつきまとうからだ。理由なく格安になることはありえない。
それではなんと呼べばいいのか。MVNOを浸透させるというのにも無理があるような気がする。
1985年に電気通信事業法が改正され、翌年に、電電公社がNTTとして民営化され、通信が自由化された当時は、NTTの設備を借りて電話事業を提供する事業者をNCCと呼んでいた。New Common Carrierの頭文字をとったもので、日本語では新電電とも言っていた。事業者で言えば、現KDDIの前身であるKDDやDDI、ソフトバンクの前身でもある日本テレコムなどがそうだ。
今のMVNOはそれと似たようなものなので、30年間という時の流れがあって、有線が無線になったとしても、新キャリア、ニューキャリアといった呼び方の方がふさわしいと思う。ただ「キャリア」という言葉も難解すぎる。ぶっちゃけ、MVNOのほとんどはドコモから設備を調達しているのだから「新ドコモ」、KDDIなら「新au」といったものでもよかったかもしれない。
同じじゃないから安いという事実
格安が前面に出てしまって、それに誰もが納得してしまうようになったのは、MVNO事業の初動ミスでもある。通信料金が高すぎることを回避できるサービスを提供しようとしたのではなく、結果として通信料金が格安になったのだという流れにすべきだった。過ぎてしまったことを今から言っても仕方がないのだが、これはちょっと残念なことだ。
同じ品質のものなら安い方がいい。消費者としては当然だ。でも、同じじゃないから安いということも分かっていなければならない。どこかが違うから安いのだ。そして、それは超えられない壁でもある。
MVNO各社は、設備を頼るMNOを超えられないことを分かった上で、少なくとも同じになろうと努力する。ただ、同じになるにはコストもかかる。だから昼休みのデータ通信品質低下には目をつぶる。
そしてチャレンジするのは通信以外のビジネス領域の拡充だ。この部分ならメガキャリアを超えられる可能性もある。でも、結果的には後追いになっているというか、メガキャリアの相似縮小形になっているケースが多い。規模において小さいのだから仕方がない。
ちなみに楽天には今、1億1千万人の会員がいるそうだ。2015年の営業収益は7.1兆円で、ドコモの営業収益が4.5兆円だからそれよりも多い。楽天経済圏とも言えるこの規模を、他社との差別化に活かしていきたいと平井氏は言う。
これは、言わば囲い込みの論理だ。1億人を囲い込むよりも、別の2億人にも利用できるサービスの提供も1つの方法かもしれないと、その可能性を平井氏は否定しないが、インター・キャリア、オーバー・ザ・トップ的なビジネスの展開はあまり考えていないようにも見える。
ハイエンドスマホの復権
「格安」のイメージを払拭するには、例えば扱うハードウェアとしてのスマートフォンのラインアップにも手を加えなければならないだろう。ご存じのとおり、スマートフォンの価格は、通信費との相殺テクニックなどで、長い間、消費者に分かりにくいものとなっていた。本当は10万円するスマートフォンを「実質ゼロ円」で提供してきたことなどによるものだ。そこにはワンストップで全てが完結するメガキャリアの論理がある。
同じようなことをMVNOがやるのは難しい。もともと廉価な通信料金を、それ以上安くするのは得策ではない。だからこそ、揃える端末のラインアップをミドルレンジ以下の製品に偏らせた。当然ながらハイエンドスマートフォンよりもミドルレンジのスマートフォンは安い。だから、端末料金と通信料金を合わせてもまだ安いという図式をうまく演出できたわけだ。
ただ「MVNOが提供するスマートフォン=ミドルレンジ以下」という傾向は、ここのところ、多少、状況が変わってきている。ミドルレンジよりもハイエンドのスマートフォンの方が使っていて気持ちがいいのは当たり前で、通信費を抑えられるのなら、ハードウェアにコストをかけようという層が確実にいることがわかってきたからだ。
ボリュームレンジのハードウェアスペックが低いところに留まると、それが使うサービスの進化を抑制してしまう。結果として、これから将来にわたって、ぼくらがスマートフォンで利用するいろいろなサービスの可能性を潰してしまうことにもなりかねない。東京オリンピックに向けて、5G通信が加速することになっているが、4年後の通信シーンがオーバースペックになってしまうのでは本末転倒だ。そのためにも、一般的に使われるスマートフォンの処理能力の底上げは重要な課題だし、そのことにも注力すべきだろう。格安どころか高級スマートフォンをウリにする事業者があったっていいくらいだ。
重いけれども使いたいと思う、いわゆるキラーアプリ、キラーサービスの存在は大事だし、それがあってこそ、世の中は進化する。それに、多くのユーザーがスマートフォンに高い処理能力を求めるようになれば、数の論理で価格はリーズナブルなものに収束していくだろう。
MVNOにしかできない何かを求めて
楽天は新端末として「ケータイ」もラインアップした。AQUOSケータイ「SH-N01」がそれで、Androidベースでありながら、多くのケータイユーザーが慣れ親しんだ折りたたみ型端末となっている。どうにもメガキャリアがやることは、全部やらないと気が済まないようだ。
見かけはガラケー、中味は最新テクノロジーがギッシリという「新ケータイ」、「ガラホ」だが、長い目で見ると、こうした端末をアピールするのは、事業者が自分で自分の首を絞めることになりかねない。未だガラケーを使い続ける残り半分の層を、そこに留まりやすくすることが本当に正しいのかどうかということを考えるべきだろう。
今回の新サービス発表では、大容量プランの提供やシェアプランの仕組みの提供などがアナウンスされたのだが、「MVNOにしかできない何か」が訴求されていたかというと、ちょっと残念な結果に終わっている。同社は、各MVNOが続々と開始しているSNSや特定サービスのゼロ・レーティングにも興味がないという。真っ向からメガキャリアと勝負しようというのか、それとも、何か別の戦略があるのか。ブレがないことで知られる楽天モバイルの次の一手に期待したいと思う。今回は一回休みといったところかな。