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LLMが普通のPCでも動く時代、ついに到来

Lenovo Tech World'23のローカルAI(Lenovo AI Nowという名前がつけられていた)デモ

 Lenovoは米テキサス州オースティンにて、10月24日と25日(現地時間)の2日間、グローバル向けのプライベートイベント「Lenovo Tech World'23」を開催している。

 登壇者はLenovoグループのシニアバイスプレジデント兼CTOのヨン・ルイ氏、Lenovo Infrastructure Solutions Group(ISG)のHPC担当バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのスコット・ティーズ氏、Lenovo Solutions and Services Group(SSG)のバイスプレジデント兼CMOのデビッド・ラビン氏、Lenovo Intelligent Devices Group(IDG)のバイスプレジデント兼PCS及びスマートデバイス担当最高技術責任者のダリル・クロマー氏の4名(登壇順)。

 本稿はTech World開催に先駆けて、記者向けに行なわれたオンライン事前説明会での様子を紹介していく。

ChatGPTと単なるディープラーニングの違い

 最初に登壇したヨン・ルイ氏は「Lenovo's Hubrid AI」と題した説明を行なった。AIの研究、開発は古くから行なわれてきたが、その歴史は山あり谷ありだった。そして現在のAIのモデルはまさに次の段階に移行している段階だと話す。

 その特徴は1つの基盤モデル(foundation model)で、広範なタスクに対応できることだという。たとえば10年前に登場して話題となったディープラーニングによる基盤モデルは、囲碁は強いがそれ以外のことは何もできない、1つのことに特化したモデルだった。

 現在「ChatGPT」などで使用されているAIの基盤モデルは、人間の価値体系に合わせて調整された大量のデータを使って訓練された大規模AIモデルのため、さまざまなタスクにも適応できる。ヨン・ルイ氏によるとそのパラメータ数は1,000~2,000億もあり、これは人間の脳に備えるニューロンの数とほぼ同じ大きさだという。

Lenovoグループのシニアバイスプレジデント兼CTOのヨン・ルイ氏(Dr.Yong Rui)
これまでのAI研究、開発の歴史を振り返る
現在の大規模言語モデルの特徴

 「ChatGPT」などのAIは公共のクラウドに展開されており、誰でもアクセスできるため、これを公共(パブリック)の基盤モデルとヨン・ルイ氏は定義づける。これに対して、今後はさらにプライベートな基盤モデルと、パーソナルな基盤モデルという異なる新たな基盤モデルが必要になるという。

 たとえば社内の機密事項などは、現在のパブリックの基盤モデルのAIに対してデータを送りたくないと考える企業は多い。一方で社内向けの情報のみを保持して活用したい。こうした要望に応えるのが、社内情報などは保持して外部とは共有せずに社内の人間のみがアクセスして、AIの能力を活用するプライベートな基盤モデルとなる。

 同様に私たちの個人的なタスクなどの個人情報をパブリックの基盤モデルには与えたくないと考える人も多くいる。そのため、個人的な好みや趣味などの情報については自身の持つデバイス上でのみ動作するような仕組みとしたい。こうした要望を叶えられるのがパーソナルな基盤モデルとなる。

 Lenovoでは、今後はこの3つの基盤モデルが重要になると考えて注力していくのだという。

 これらプライベート基盤モデルやパーソナル基盤モデルのトレーニング方法についても説明があった。これらのモデルは最初は何もない空の状態だが、そこにパブリックの基盤モデルのデータを使用して訓練を行なうことで、パブリックの基盤モデルと同等の動作をする基盤モデルが構築できる。

 ただし、これだけでは企業内のタスクや個人のタスクを完全に遂行するのには不十分であるため、ここで別のコンポーネントとしてベクトルデータベースが必要になるのだとヨン・ルイ氏は言う。このベクトルデータベースには、企業固有の情報が全て組み込まれているもので、これらを組み合わせ、さらには各社が利用している既存のサブシステムなどと接続することで、プライベート基盤モデルは完成し、社内などで利用が可能になるという。

 Lenovoでは、こうしたプライベート基盤モデルとベクトルデータベースをうまく接続するための独自技術を開発しており、よりスムーズにプライベート基盤モデルやパーソナル基盤モデルが構築できるのだとしている。

Lenovoでは基盤モデルを公開されているパブリック、企業向けのプライベート、個人利用のパーソナルの3種類を定義づける
プライベート基盤モデルのトレーニング手順
企業固有のベクトルデータベースや各社独自のシステムなどと統合することでプライベート定義モデルは完成する。これらデータ統合の技術をlenovoが開発したという。プライベート基盤モデルも基本的な仕組みは同様だ

PCやスマホでもAIを展開する手法の開発

 ここでヨン・ルイ氏は1点の疑問を投げかける。「もし私がPCやスマートフォンにこうしたAIの巨大な基盤モデルを展開したいと考えても、それは不可能だ。ではどのようにこれを実現するのか」。ここでLenovoでは、基盤モデルを圧縮するための、共同モデル剪定と量子化の技術を開発したのだという。

 方法としては、まず基盤モデルの全ての結合構造を識別すること。それが完了したら次は結合構造の重要性を評価していく。もし特定の構造グループが非常に重要なら、その構造の量子化にはより多くのビットを割く。逆に重要ではない構造グループは少ないビットで量子化を行なう。また不要な構造グループは取り除いてしまう。

 このような処理を行なうことで、大規模な基盤モデルを保持しつつ、良好なパフォーマンスを保持したままで、はるかに小さなサイズに圧縮することが可能になる。この処理が完了すると基盤モデルのサイズはかなり小さくなり、PCやスマートフォンにも組み込むことが可能となる。パーソナルな基盤モデルはこのような形でPCやスマートフォンに組み込める。

 そして、このような過程を経て生まれた複数のプライベート基盤モデル、パーソナル基盤モデル、そして既存のパブリック基盤モデルなど、さまざまな種類の基盤モデルを統合して、ハイブリッドなAIフレームワークを構築していくのがLenovoの「Lenovo Hybrid AI Service」だ。

 当然のことながら、企業固有のデータや個人のデータはパブリックの基盤モデルには共有されないように、保護される仕組みを用意しつつ、共有可能な情報を統合する。これにより、プライバシーを懸念しながら学習データを統合する事で、AIの精度をさらに高めていけるサービスになるとしている。

 そして、「Lenovo Hybrid AI Service」の先には「Enterprise AI Twin」と「Personal AI Twin」の2つがあるという。これについては用語のみの説明だったが、現在開催中のTech World'23では詳細についての説明などがあるようだ。

巨大なパブリック基盤モデルをコンパクトに圧縮する技術についても言及
全ての基盤モデルを統合するフレームワークも用意
これら3種類の基盤モデルを統合するのが「Lenovo Hybrid AI」だ

養殖業やエンターテインメント会場などAI活用事例を紹介。NVIDIAとの協業プログラムも来春から

 続いて登壇したスコット・ティーズ氏からは、AIを使って具体的にどのようなビジネスのシーンが変化するのかの説明があった。同氏は、AIを使う人たちは飛躍的に増えているが、一方でAIの変化に取り残されている顧客もより多くいると語る。そのため、同社が持つ80以上のAI対応製品を使うことで、こうした顧客にもAIの技術を活用してほしいとした。

Lenovo Infrastructure Solutions Group(ISG)のHPC担当バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのスコット・ティーズ氏(Scott Tease)
「Lenovo Hybrid AI」に関するスケールの規模感などを数字で説明

 最初のAI活用事例として、海の映像が流され、Oceanbox.ioというサービスの説明があった。同社は沿岸部の海流や気温、塩分などの海の情報を共有し、養殖に必要な海の状態の予測情報などの提供をしているが、こうした予測情報のリアルタイム処理にAI技術が活用されているという。

 海洋や養殖など一見AIとは関係なさそうな業界だが、AIとスマートインフラをうまく運用することにより、業界を変革する力があることを示しているとした。

 また、スコット・ティーズ氏がお気に入りのシンプルな例として、旅行客向けの小売ビジネスの例も提示された。店舗を通じて顧客の動きと行動を分析したり、人々が並んでいる状況を理解してチェックアウト自動化をスムーズに行なうなどの処理にAI技術を活用できるという。

 ほかにもイベント会場に関する例も提示された。エンターテインメント会場での交通制御や駐車場の改善、会場に訪れたファンの安全確保、VIPやコンシェルジュサービスの有効化、シームレスなチェックアウト管理、さらには最も行列が短いトイレがどこかを見つけるための管理機能など、AI技術を活かす事で、さまざまなサポートが行なえるという。

 さらに銀行の窓口などに、ビデオ合成技術とAIを使うことで人工的な人間の窓口を用意する例なども示された。こうして運用される人工的な人間は、実際の人間と同じようにコミュニケーションが取れ、銀行特有の情報も全てデータとして保持しているため、こちらの疑問に簡潔に回答をくれる。また、24時間稼働可能なほか、多言語を話せるようにプログラムすることも可能なため、どの国の銀行でも自国語で対応してもらえるメリットが生まれる。

 さらにこの銀行の例は、銀行だけでなく、ホテルや病院、小売店など業界を横断する事が可能な仕組みとなっている点が特に素晴らしいと強調した。

海の映像とともに、沿岸部の海水情報のほか、3~5日後の予測情報なども提供可能なocean box.ioのサービスについて紹介があった
小売店のAI活用によるサンプル
エンターテインメントなどのイベント会場におけるAI活用のサンプル
銀行の窓口に活用するサンプル

 こうした数々の例を実現する技術について、Lenovoが行なった取り組みについても説明があった。スコット・ティーズ氏は、夏の間に10億ドルの追加投資を発表したという。これにより、ポートフォリオを作成、または強化するほか、サービスの機能全体を強化し、さらにはAIエコシステムの構築などに使用されるという。

 また、昨年(2022年)から開始した「AIイノベーターズ」ののプログラムでは、165の機能を作成した約50のAIイノベーターが加わり、今後もさらに増えると予想されるとした。

 そしてTech World'23では、NVIDIAと協力して「Lenovo and NVIDIA Hybrid AI Initiative」と呼ばれる取り組みを発表するという。こちらのプログラムは現在もNVIDIAが提供するエンタープライズ向けの認定システム「NVIDIA Omniverse certified systems」の次世代の物に向けて提供されるという。

 これらのプログラムについてLenovo側では来年(2024年)の半ばまでに市場に投入する想定だという。また来春にはNVIDIA側からイベントにて発表がされると予測している。

エンタープライズ向けAIにおけるLenovoの取り組みについて
NVIDIAと協業で行なう新たなプログラム「Lenovo and NVIDIA Hybrid AI Initiative」が発表

自動サポートサービスが強化された「Care of One」

 続くデビッド・ラビン氏は、同社がこれまで提供してきたサービスについて言及。元々ハードがメインだったLenovoはハードウェアビジネスを強化することから開始した。だが、ハードウェアの知識が深くても、実際にその価値が発揮されるのはサービスだとラビン氏は語る。

Lenovo Solutions and Services Group(SSG)のバイスプレジデント兼CMOのデビッド・ラビン氏(David Rabin)

 現在は数多くのサービスも提供しており、その成長率は高く、Lenovo SSGグループ全体では前年同期比で20ポイントもの成長が見られ、過去最高のレベルに達しているという。その理由の1つが、主要トレンドと課題に向き合って解決する能力に反映しているとしている。

 ここでは、Tech World'23にて公開予定の新たな発表内容について公開された。1つは「AIプロフェッショナルサービス」。ここではHill's Pet Nutritionと呼ばれるペットフード会社の事例が紹介された。同社では犬のグループの行動を24時間観察、その全てのデータをAIにより評価することで、それぞれの犬にとって最適なドッグフードの設計に活用しているという。

 もう1つがAIによって駆動する新たな「sustainability engine」、そしてより具体的なサービスとして「Care of One」と呼ばれる自動のユーザーサポートソリューションを発表した。3つのAIエンジンで強化された自動のユーザーサポートが提供可能で、顧客のタイプをペルソナで識別して対応したり、顧客ごとにカスタマイズされた設定も用意されるソリューションとなっている。異なる3種類の実務分野が用意されており、現在開催中のTech World'23会場では具体的な例も提示されているという。

3種類の新たなサービスを提供開始する
「AIプロフェッショナルサービス」の概要
AIで強化した新たな「sustainability engine」

3D表示対応の新型ディスプレイ「ThinkVision 27 3D」が会場で公開予定

 ダリル・クロマー氏からは、これまでの登壇内容から、ハードウェア、デバイスが今後もさらに重要になると強調。そしてPC、パーソナルコンピュータはこれまで所有者の個人的なデバイス、ハードウェアという意味では「パーソナル」だったが、AIが登場することで、パーソナルの意味が変化し、PC自身が所有者の知識や経験に関連する物になっていき、機械自身が所有者の延長になって理解してくれるようになる。そのため、所有する意味での「パーソナル」とは異なる、「パーソナル」の再定義という大きな変革になるという。

Lenovo Intelligent Devices Group(IDG)のバイスプレジデント兼PCS及びスマートデバイス担当最高技術責任者のダリル・クロマー氏(Daryl Cromer)

 最初にヨン・ルイ氏が説明したように、Lenovoでは、AIの基盤モデルを個人向けデバイスにも導入する仕組みを検討している。そのため、AIが導入されたPCやスマートフォンはより高速で性能が向上し、より使いやすく、ユーザー体験が大幅に向上するという。こうしたPCをクロマー氏は「AIPC」と命名した。

 具体的な話として、今後のPCにはAIを活用するためのGPUや多くのNPU(ニューラルプロセッシングユニット)などのAI専用ハードウェアが搭載されることになるという。ただし、現段階では具体的な製品情報については言及はなかった。

 また、AIと3Dの関係性として、これらの相性が非常によく、AIは3Dイメージを簡単に作成できる能力を提供する点を強調。ここで新たなディスプレイの新製品として「ThinkVision 27 3D」についてTech World'23にて発表する予定である旨を明かした。2Dとも互換性のあるディスプレイとなっており、アイトラッキング技術も搭載されているという。具体的なその他の仕様については明らかにならなかったが、Tech World'23にて詳報が確認できるだろう。

具体的な製品画像や情報はあまりなかったが、「ThinkVision 27 3D」という新たな3Dディスプレイの新製品の情報が公開された

LLMは既存モデルを流用

 質疑応答では、AIの言語モデルについて、独自のLLM(大規模言語モデル)を構築するのか、それともほかの組織と提携して行なうのかについて聞かれると、ヨン・ルイ氏は、プライベート基盤モデルとパーソナル基盤モデルのポイントは、基盤モデルとナレッジベクトルデータベースの接続や圧縮技術が重要であり、これらについては同社独自の取り組みを行なうとした一方で、パブリックの基盤モデルはパートナーに依存する予定である点が明らかになった。言語モデルを独自開発するという意向ではなさそうだ。

 また、ゲーミングノートPCにおけるAIの将来への影響についてどのように考えているかという質問には、対話能力やゲーム能力に関して、ゲーム分野で非常に期待している部分の1つは、Stable Diffusionなどの画像生成AIを使用して、プロデューサーが簡単にイメージデータの2Dから3Dへの変換やアニメーションを作成できるため、開発者側はより速く、より豊かなゲーム体験を開発する機会が提供されるとした。またユーザー側にとっても、メガネなどなしでよりリアリティのある3D映像が楽しめる点を強調していた。

質疑応答の様子