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「挑戦は楽しむもの」将棋の藤井聡太七冠と自動運転のTuring山本一成CEOが対談
2023年6月19日 11:02
将棋棋士の藤井聡太氏と、Turing(チューリング)株式会社 代表取締役CEOの山本一成氏が、第8期叡王戦記念イベントとして千葉県柏市の「KOIL TERRACE」で6月17日、「未来への挑戦 AIが人生に与えた影響」をテーマに対談した。将棋の魅力や、挑戦すること自体を楽しむことの重要さが分かるトークショーとなった。
藤井氏は、第8期叡王戦のタイトル防衛に成功、6月1日には史上最年少で「名人」を獲得し、七冠を達成。一方の山本氏は、2017年に当時の佐藤天彦名人を破ったコンピュータ将棋プログラム「Ponanza(ポナンザ)」を開発し、現在は千葉県柏市に本社を構えるTuringでLLM(大規模言語モデル)を使った完全自動運転EV開発を目指している。
Ponanzaが明らかにした「将棋の深い海」
将棋AI「Ponanza」を開発した山本氏は、東大将棋部OBの1人。将棋はアマチュア五段の腕前だ。ゲームや将棋にのめりこんでいるうちに留年してしまい、反省。「AIやプログラミングにも取り組んでみよう」と思って始めたことが将棋AI開発のきっかけだったとのこと。
一方、藤井氏がAIを活用し始めたのは7年前の2016年頃から。当時は奨励会だったが、AIは局面を評価値で判断してくることから「それを参考にすることで自分自身の形成判断の力を伸ばすことができたかなと思っている」と語った。そして山本氏からの質問に答えるかたちで、2014年から2015年ごろ、奨励会会員時代にネット将棋の「将棋倶楽部24」で、Ponanzaと「学びたいからひそかに対戦していた」と噂の真相を明かした。山本氏は「いろいろな人が使ってくれてうれしかった」という。
Ponanzaはプロ棋士の棋譜だけをマシンラーニングさせたのではなく、Ponanza同士で、しかも何億、何十億と対局し、そのフィードバックを得て自分で賢くなっていった。山本氏はPonanzaの棋譜を見ていて「人が指さなかった手筋や戦法を見つけていった。将棋には人の知らなかった指し回しがたくさんあるんだ、こんなにバリエーションがあるんだなと思って1人の将棋指しとしてもうれしかった」と当時を振り返った。「将棋は深い海だったんだなと思った」という。
2017年、Ponanzaは名人に勝利した。当時、藤井氏は14歳。「どう感じたか、びっくりしたんじゃないですか」と司会に質問された藤井氏は、「いやいや、実力は十分知っていたので、『ついにその時が来たんだな』と受け止めていた」と当時を語った。
将棋AIと自動運転は「そんなに変わらない」
山本氏はPonanza開発の後、CTOの青木俊介氏とともに、完全自動運転EV量産を目指すスタートアップのTuringを2021年に共同創業し、今日に至っている。Turingは「We Overtake Tesla(テスラを追い越す)」をミッションに掲げて、AIを使った完全自動運転を目標としている。
司会から「ガラッと生き方を変えたように思える。大転換をされた理由は? 」と問われた山本氏は「いや、そんなに変わってないですよ」と笑って答えた。「限定された将棋盤よりも、広くて複雑な世界で正しくプレイするAIの開発に移っただけ。問題としては変わってない」と述べ、動画を交えてTuringの開発状況を紹介。同社では2030年までにハンドルのない完全自動運転車の量産を目指している。
藤井氏は「免許を持っていないので自動運転を心待ちにしている」と答えると、山本氏はすかさず「将来、1台買ってくれますか? 」と畳み掛けた。将棋棋士には運転しない人が多いのだという。運転しているときにも、ついつい将棋のことを考えてしまい、運転が疎かになってしまうのだそうだ。
藤井氏は師匠(杉本昌隆八段)の車に時々乗せてもらうそうだが「たまに乗ってみると、すごく運転が下手で(笑)。それを見ているので、自分でも運転するのはやめておこうと思っています」と語った。
山本氏は「みんなが自信を持って運転できているわけじゃない。年齢的に運転免許を取れない人もいるし、今後は免許返納者も増える。でも移動から遠ざかることは本意ではない。だから人類の視点で考えると『自動運転はやるべき仕事だ』と思ってTuringを立ち上げた」と語った。
未来に対して余白のある街・柏の葉スマートシティ
藤井氏は今でも拠点を愛知県の実家に置いている。特にこだわりがあったからというよりは「自然とそうなった」というほうが近いそうだが、「普段から家族にはサポートしてもらっているし、昔から応援してくださっている方も多いので、励みになっている」という。
一方山本氏のTuringの拠点は、今回の対談の会場となった柏の葉キャンパス駅近くの「KOIL TERRACE」の2Fにある。なお「KOIL」とは「柏の葉オープンイノベーションラボ」の略称。三井不動産を中心に産学医連携を進めている。柏の葉について山本氏は「未来に対して余白があるつくりになっている。その大きくなっていく機運に乗っかりたいと思って、ここを拠点に選んだ」と述べた。
柏の葉は以前は何もない場所だったが、今の駅前は商業施設やホテルなどがコンパクトに集積したエリアとなっている。ハードだけではなく街全体がプラットフォームとなるべく実証実験の受け入れを行ない、多様なプレイヤーが共創する文化が育っているという。山本氏は「街に勢いがある。東大も近くにあるので、優秀な学生さんも採用できている」とコメントした。
なお藤井氏は2022年にも柏の葉キャンパスに来たことがあるそうで「昨年の叡王戦のときに東大キャンパスに行って、自動運転バスにも乗車した。イノベーションが身近にある街だなと感じた」と述べた。
藤井氏の強さの源泉は日々の勝負を1つずつこなすこと
ここで話題は再び「挑戦」について。山本氏は「EVや自動運転は世界にたくさんのプレイヤーがいるが日本には数が少ない。誰かがやらないかなと思っていたが、将棋AIで有名になった自分がチャレンジしないのはアンフェアかなと思って起業した」と述べた。不可能に思えた話も現在の技術を使えば辿り着けるなと考えたという。
挑戦を楽しんでいる山本氏に対して、藤井氏はどんな感覚で日々将棋に向き合っているのだろうか。藤井氏は「私はあまり目標を立てない。目標は掲げてしまうと、それが上手くいかないことも出てきてしまう。少しずつ棋力を伸ばしていければと思っている」と述べた。
そこに山本氏がすかさず「藤井さん、でもみんなが聞きたい答えはそうじゃないと思うんですよ」とツッコミ。「いま7冠。あと1個、取りたい気持ちはあるんですか? 」と話を振った。藤井氏は苦笑しながら「まったくないということはないです(笑)。そのチャンスは限られていると思うので、できることならば生かしたい気持ちはもちろんあります。一方で『目指す』と思ってしまったら可能性が閉ざされてしまうのでちょっと、どうなのかという気持ちもあるので……」と返した。山本氏は「では私は勝手に期待しています」とエールを送った。
強さの源泉、挑戦を楽しむこと
最後に、この対談を行なってお互いをどう思ったのか。山本氏は奨励会時代から藤井氏のことは噂を耳にしていたが、なかなか直に接する機会がなかったという。今回対面して「ついに会えた。本当に画面で見ている印象のまま。日々の勝負を1個ずつやってる方なんだなと思った。それが強さの源泉なんだなと実感した」と述べた。
藤井氏は、電王戦を見ていたことと、同じ愛知県の出身であることから山本氏に対して親近感を覚えていたという。「今回初めてお会いして、改めて将棋AIから自動運転を目指すメーカーへというのは、すごく大きなチャレンジだと思う。それに対して楽しんでやっておられるのかなという印象が強い。自分自身も『挑戦を楽しむ』ことを大事にしていきたい」と語って対談を締め括った。
使用PCのCPUはやはりAMD
この後、簡単な質疑応答も行なわれた。AIの評価値と藤井氏の読みが一致しないことも少なからずある。その場合、AIの読み筋を見ていくと、違いの部分にヒントがあり、そこを見ていくことで「こういった理由でこういった評価になっているんだな」と納得できれば、その考えを取り入れていくようにしているという。
だがAIは読み筋の理由を直接教えてくれるわけではないので、はっきり分かることはむしろ少なく、「ここまでは分かるが、やっぱり分からないなと思うことも多い」という。
また、愛知県在住であることもあり、練習に主にAIとの対局を活用している藤井氏は、2020年頃、Ryzen Threadripper 3990Xを搭載した高性能なPCを自作していたことでも話題になった。今はAMDから提供された「Ryzen Threadripper PRO 5995WX」が搭載されたPCを活用しているとのこと。
AIとの対局を通して「将棋にはいろいろな局面があるんだなと感じている。多くの局面に対して判断する力を伸ばしていけているのかなと思っている」という。また、AI登場によって以前の手が再評価されるようになったこともあったり、AIの評価が低くても実際には手強い手もあると述べた。
AIを超えた判断の物差しは
山本氏は、「電王戦」以前には将棋AIによる評価値が観戦画面に出てくることはなかったと指摘。局面の評価値が示されることで今は将棋に詳しくない人でもどちらが優勢なのかが分かるようになった。結果的に、いわゆる「観る将(みるしょう)」のような、自分では指さないが将棋観戦を見て楽しむ人たちも増えた。
藤井氏も「将棋ファンの層が広がった」と同意。山本氏は、ハードルを下げることで、プロ棋士の戦いを楽しみやすくなったことは「AIの正しい使い方かな」と述べた。
「自動運転に乗れるのは何年後だと思うか」という質問も出た。藤井氏は「一般道だと判断する要素が飛躍的に増えるので難しいところが多いかなと思う。でも自分の感覚では5年後に実現できてもおかしくないのかな」と予想。Turing山本氏は、Turingでは2030年に完全自動運転車を量産すると言っているので「だから7年後」と述べた。
複雑な状況や交差点、私有地の駐車場などへの対応については「まだまだ考えることはたくさんあるが、将棋AIが名人を超えたように、AIは着々と進歩している」ことから、「人並みに運転できる未来も遠くないと考えて、それに賭けている」と語った。
藤井氏の指す手は、時に将棋AIを超えると言われている。なぜそのような手が指せるのかについては、山本氏は「時として間違いなく藤井さんのほうがより素早く、AIよりも良い手を発見することがある。これがあるんですよね。なかなかないと思っていたんですけど、間違いなくありますね。何で読めてないかというと、AIがその先の未来を予想できなかったということ。きっかけを見つける能力が時として藤井さんのほうが上回っている。これは難しい話ではない。単純に藤井さんがめちゃめちゃ強いということ」と語った。
では、藤井氏は何を「物差し」にして、AIの形成判断を超えて「自分の読みのほうが正しい」と判断しているのか。藤井氏はAI活用以前は詰将棋への取り組みをメインにして、読みのトレーニングに重点を置いていたと振り返った。「その後にAIを活用して形成判断トレーニングをした。なので、ベースとしては自分は読みが得意だと思っている。特に終盤だと、自分の読みを重視して、可能な限り深く読んでいくアプローチをすることが多いかなと思う」と述べた。