Windows 8カウントダウン

Office 365 CPで想像するWindows 8のコンセプト



 Microsoftが次期OfficeスイートのCustomer Preview(CP)を公開した。Windows 8はRTM(製品版)が8月第1週で、発売も10月26日に決定した。さまざまな準備が着々と進んでいる。今回は、OfficeのCPを見ながら、Windows 8のもたらす新しい世界を考えていくことにしよう。

●共存できる新旧のOffice

 少なくともCPを見る限り、次期OfficeがWindows 8とほぼ同時期のリリースとなってもおかしくはない。それなりの完成度はあると考える。

 今回のCPに関しては、Windows 7またはWindows 8が必須となってる。ついにXPはもちろん、Vistaまでもが捨てられる時がきたわけだが、それはさておき、今回のOfficeはOffice 2010と共存が可能となっている。Office 2010に重ねてインストールすると、設定などがすべて引き継がれた上で、両方を使えるようになる。

 今回公開されたのは、クラシックデスクトップバージョンであり、そのスイートとは別に、OneNoteだけがMetroスタイル対応版のOneNote MXとしてWindowsストアで公開された。この2つのOneNoteを見ると、Microsoftが今のWindows 8をどのようにとらえているのかが見え隠れしている。

 OneNoteは、デジタルノートブックを称するアプリケーションで、ファイルとしてのノートブックに、セクションを置き、それぞれのセクションにページを追加し、各ページにさまざまなコンテンツを書き込めるというものだ。セクションは、ちょうどブラウザでいうところのタブのようなものと考えればいい。

OneNoteのMetroスタイルアプリ。右上に小さな円形アイコンが見える。これをタップすることで、さまざまな機能を実行できる

 少なくとも、今、入手できる2つのOneNoteを見る限り、Microsoftは、Windows 8のクラシックデスクトップと、Metroスタイルの環境を、そこに与える役割で明確に分けているように見える。クラシックデスクトップ環境はコンテンツの生産のためのもの、Metroスタイル環境はコンテンツを消費するためのものというイメージだ。Metroスタイルがクラシックデスクトップを置き換えるような一足飛びの変化は起こりえない。

 ちなみに、現時点では、Metroスタイルアプリでは自分の好きなIMEを使うことができない。クラシックデスクトップ環境に、ATOKなどのIMEをインストールして使えていても、Metroスタイル環境に行くと標準のMicrosoft IMEでの入力を強制されてしまう。ちょうどiOSで、各社のIMEが入力方法として使えないのと同様の状況だ。このこともまた、Metroスタイル環境の生産性を下げる要因になるかもしれない。

●2つのOneNoteを使い分ける

 OneNote MXの完成度は高いとはいえず、この段階で、これがMetroスタイルアプリのリファレンスになるようなものでは決してない。それにしたところで、クラシックデスクトップ版のOneNoteに比べてできることが少なすぎる。

 たとえば、スクリーンを指先でなぞってスラスラと手書きでイラストを描いたり、既存の文書にフリーハンドでマーキングをしたいと思う。タッチスクリーンなのだから当たり前だ。でもそれができない。描画機能がないのだ。テーブルや箇条書き、カメラによる撮影画像や既存の図、そして文字の挿入や修飾はできても、その場で描画することができない。既存のOneNoteを気に入っているユーザーが、OneNoteに期待することのほとんどができないというのが正直な感想だ。これでは、iPadやAndroidタブレットでOneNoteアプリを使っているのに対して大きなアドバンテージがあるとは思えない。

 ただし、多少の入力もできるビューワーとして考えると、これはかなりいい。ノートブック、セクション、ページの切り替えもタッチ操作で直感的にできる。過去に作ったノートブックを参照する用途には実に快適だ。新たなGUIとして提案されているラジアルメニューも悪くない。これは、選択されたオブジェクトのコンテキストに応じて変化する円形のメニューGUIで、ダイヤルを回すような感覚で機能を選び、その位置から円の外にスワイプアウトして機能を決定、円の内側にスワイプインして詳細を指示するというものだ。

タップすると大きな円が表示されメニューとして機能することがわかる。クルクルと指で操作ができる
たとえばフォントの色の変更はこのように色のサンプルを選択することで自在にできる
こちらはデスクトップ版のOneNote。新しいOfficeでも、従来のOfficeでお馴染みのリボンUIは健在だ

 Microsoftが、Metroスタイルは情報の消費環境という割り切りをしたのかどうかは断言することはできない。WordやExcelのMetroスタイル版が提供され、その仕上がりを見た時点で、改めて考えなければなるまい。

 個人的には、現状のMetroスタイルのOneNoteで、ゼロからメモを起こそうとは思わないだろう。また、既存のコンテンツを見ていて、修正などを加えたい部分を見つけたら、その場でクラシックデスクトップに行き、OneNoteを起動するだろう。ここはよくできていると思うのだが、クラウドを介して双方のOneNoteは同期しているため、さっきまでMetroスタイルで見ていた部分が、デスクトップ版のOneNoteを起動すれば、すぐに表示されるので、往来に伴う煩雑さは最小限に抑えられている。

●その手があったか全画面表示モード

 Word、Excel、OneNoteなど、今回のOfficeにおける各アプリには、全画面表示モードと呼ばれる表示機能が用意された。従来のクラシックデスクトップアプリは、フルスクリーンとウィンドウという状態を遷移したが、それぞれの状態に対して全画面表示モードを指定することができる。ウィンドウ状態でも全画面表示と呼ばれるのはちょっと違和感がある。

 このモードではメニューバーやリボンが消え、最大化、つまりフルスクリーンにすれば、まるでMetroスタイル環境にいるかのごとく、没頭型のインターフェイスでアプリ内のコンテンツをブラウズできる。また、タイトルバー相当部分をタップ、またはマウスでダブルクリックすることで、通常のメニューバーやリボンが表示され、細かい機能を実行できるようになる。

新たに用意された全画面表示モード。フルスクリーンで表示すればリボンやメニューバーが非表示となりコンテンツ消費に向いたUIになる。ただし、タスクバーは表示されたままのようだ
タイトルバー部分をタップまたはクリックすると、メニューバーやリボンがプルダウンして操作することができる

 タッチに特化しているわけではなく、従来通り、マウスとキーボードによるコンテンツの生産作業を経て、文書の推敲や仕上げの段階では全画面表示モードで没頭型の環境を用意し、他ウィンドウとのデータのやりとりが必要なら、そのGUIのままウィンドウを元のサイズに戻して連携作業ができるというわけだ。

 こうした点を見ると、Microsoftは、Windowsという環境に、2つの異なる面を実装したがっているように見える。Windowsを変えたいと思っているのではなく、Windowsに新たな面を追加したいと考えているということだ。

 これまでは、コンテンツを生産するためにはWindows PCが必要で、コンテンツを消費するためには、PCとは別にタブレット等の別デバイスが必要だった。ちょっとコンテンツを見たいというのなら、PCほどの高機能なデバイスは必要ない。その結果、なぜだか2種類のデバイスを携帯することになり、かえって荷物が増えてしまうという結果を生んでいた。これでは本末転倒だ。

 だが、1つのデバイスに生産と消費、双方の特性を持たせることができれば話は違ってくる。「PCのようなもの」を1台だけ持てば、両方の用途に使えるからだ。だからこそ、Microsoftは、スリープからの復帰を少しでも素早くすることに熱心だ。

 これまでのスレートPCは、Windowsデスクトップをタッチ操作で使えることを前面に押し出してきたが、Windows 8は、あまりそこにフォーカスしていない。デスクトップ上の各種GUIは、大きく変わったとは言いがたいし、タッチ操作専用のジェスチャが提供されるわけでもない。マウスとキーボードで使った方が圧倒的に使いやすいのがクラシックデスクトップだ。なんといっても、各種オブジェクトがこれまで通り小さいままでは指での操作は効率が悪すぎる。でも、Windows 8 RP(Release Preview)を見る限りは、そこの部分にMicrosoftがこれからでも変更を加えようとしているとは考えにくいが、RTM時に予定されているAero Glassの廃止と共に手を入れてくる可能性もあるので目は離せない。

●もうiPadはいらないという世界観

 Microsoftとしては、Windows 8がタッチ操作に特化した新OSであるとは決して言わない。従来のマウスやキーボード操作で快適に使えるのは当たり前で、それにタッチ操作が加わることで、もっと使いやすくなるというアピールの仕方をしている。

 その背景には、GUIにおけるタッチ操作だけでは、副作用的な面もあり、かえって煩雑になることも多いことを、Microsoftは分かっているんじゃないだろうか。だからこそ、2つの環境をオールインワンにして、それぞれの環境に個別の明確な役割を持たせようとしているのだ。そういう意味ではARMにおけるWindows RTは、IAにおけるWindows 8のサブセットだといってもよさそうだ。

 当分の間、全WindowsアプリがMetroスタイルに置き換わってしまうことはありえないんじゃないか。それがOffice 365のCPを見ての正直な感想だ。1台のハードウェアが2つの側面を持つことこそが、Windows 8のアドバンテージに違いない。Windows PCがあれば、もうそれ以上スクリーンはいらない。つまり、もう、iPadを別にカバンの中に忍ばせる必要はないという世界観がそこにある。