後藤弘茂のWeekly海外ニュース

IntelのAtom戦略の鍵はSoCへの進化



●Atomの次のフェイズはSoC(System on a Chip)

 IntelのAtom戦略は第2ステップに入りつつある。と言っても、次のAtomである「Pineview(パインビュー)」、「Lincroft(リンクロフト)」のことではない。SoC(System on a Chip)戦略の始まりのことだ。AtomをCPUコアにしたSoC製品への展開が、今後1~2年で急速に進む。

 下の図でIntelのAtom系CPUコアを使った製品の展開を概観すると、それがよくわかる。今後のAtomコア製品は、大きく2つに分かれて行く。PC&サーバーと同じマルチチップ構成の製品群と、周辺機能を統合したワンチップ構成のSoC製品群だ。

Silverthorneの派生CPU

 Intelは、PCにより近い携帯コンピュータ機器であるMID(Mobile Internet Device)まではマルチチップ構成でカバーする。しかし、スマートフォンを含めた組み込み機器向けには、SoC製品を提供して行く。境界線は、インターネットアクセスデバイスであるMIDと、スマートフォンの間にある。MIDからPC寄りはマルチチップ構成、スマートフォンから組み込み寄りはSoC構成と、きれいに分かれる。

 図を見るとわかるように、今後のAtom系の展開の重点は、むしろ組み込み市場向けのSoCにある。その中には、PCに匹敵する巨大市場であるスマートフォンや高機能携帯電話と、そこに向けたAtomベースのSoC「Medfield(メドフィールド)」も含まれる。もう1つの数億台市場を切り開くためのSoC化だ。

 もし、Intelの目論見がうまく行き、Atomベースの製品がスマートフォンや高機能携帯電話、デジタル家電、組み込み機器に普及すれば、Atomブランドを冠した製品より、見えない部分に浸透したSoCの中のAtomコアのほうが圧倒的多数になるだろう。

●プロセス技術まで変革するAtomのSoC戦略

 PC市場から見ると、現在のAtomは、ネットブック/ネットトップによるローコストPC市場のためのディスクリートCPUのイメージが強い。PC市場のローエンドを、低い製造コストによる高い利益率で支えている。その結果としてCPU価格が下落した現在でも、IntelはCPUの平均利益率を一定に保っている。しかし、それは、Atomの派生した目的に過ぎない。

 そもそも、IntelがAtomの源となったLPIA(Low Power Intel Architecture)プロジェクトを開始した目的は、別にある。それは、x86アーキテクチャをどこにでも広げることだ。低コストかつ低消費電力のx86としてLPIAを作り、それによって、PC&サーバー向けCPUでは開拓できなかった、携帯電話やディジタル家電、組み込み機器の市場に入ることにある。

 そのために必要なことは2つあった。1つは、組み込みRISC(Reduced Instruction Set Computer)系CPUに匹敵する、低コストかつ低消費電力のCPUコアの開発。もう1つは、組み込みの世界では当たり前である、ワンチップに主要機能を統合するSoC化だ。Atomは、当初からSoC戦略とセットであり、SoCのコアとしてAtomのコア(Bonnellとも呼ばれる)は開発された。

 もっと大きな視野で見ると、Intelの目的は、コンピュータ向けディスクリートCPUメーカーから、全てのインテリジェントデジタル機器向けのSoC(System on a Chip)メーカーへと脱皮することにある。成長が鈍化したPC&サーバー市場だけでなく、デジタル機器への組み込み市場へとテリトリを広げると言い換えてもいい。

 それは、イコール、少品種大量生産から中品種中量生産への転換の始まりを意味する。また、ハイスピードロジックのプロセス技術だけでなく、SoC向けの低消費電力かつ多オプションのプロセス技術の開発も意味している。つまり、半導体メーカーとしての、Intelの構造も変革しようというのが、Atom戦略の本質だ。

Intelプロセスロードマップ

●PCライクな進化を続けるネットブック/ネットトップ系Atom

 Atomコア自体は、ローコストPCとして売られているネットブック/ネットトップも含む。そのため、Atomコアを使った製品の展開は、PC寄りと組み込み寄りで異なって行くように見える。

 ネットブック/ネットトップをターゲットとした製品群は、現在のところ、PC向けCPUと同じ2チップソリューションへと移行しつつある。Pine Trail(パイントレイル)プラットフォームのPineviewの後も、この構成は、しばらく続くと見られる。Pineviewの後継は、以前の計画通りだとすれば2チップ構成の「Mapleview(メイプルビュー)」になるからだ。

 コードネームはともかく、この市場向けの製品は、プラットフォームレベルでPC向けCPUとの共通性をできるだけ保ったまま、PC的な進化を続けると予想される。PCと似たパーティショニングで、柔軟性を維持できるマルチチップ構成。新しいチップがより高パフォーマンスで登場すると、それ以前の製品を置き換える。少なくともDiamondville→Pineview→Mapleviewという流れはそうなっている。

Pineviewプラットフォームの構成

●世代毎にターゲット市場をずらして行くウルトラモバイルAtom

 それに対して、ウルトラモバイル系の製品は異なる流れとなっている。新世代の製品が登場すると、そのたびに、より多くの機能が統合され、より電力消費が削減され、ターゲット市場がより携帯電話寄りになって行く。新製品は旧製品を完全に置き換えるのではなく、旧製品とは異なる市場へとターゲットをずらして併存して行く。まるで、ステップを踏みつつスマートフォン向けSoCへと寄って行くようだ。

 具体的には、現在のAtom Z(Silverthorne:シルバーソーン)は、PCと同じパーティショニングで、CPU側には何も統合されていなかった。次のLincroftではGMCH(Graphics Memory Controller Hub)に当たる機能をCPUに統合、3ステップ目では完全にSoC化したワンチップソリューションのMedfieldに至る。段階的にSoC化を進めながら、PC的なI/O構成から、携帯機器向けのI/O構成へと変えて行く。

Atomプラットフォームの進化

 統合化によって、より緻密な省電力制御を可能にして、電力を減らして行く。LincroftのMoorestown(ムーアズタウン)プラットフォームでは、SilverthorneのMenlow(メンロー)に対して、待機時の電力を20mWと1/50に大きく削減した。メインチップ自体は徹底した「パワーゲーティング(Power Gating)」でアイドル時のリーク電流(Leakage)をカット。また、より長時間アイドル状態に入れるように、「Platform Power Management(PPM)」によって割り込みなどを制御する。また、統合化で周辺チップ数自体も減らす。それによって、平均消費電力を下げる。SoCのMedfieldでは、さらに電力を下げるという。

Lincroftのダイ

 ウルトラモバイル向けAtomは、世代が進む毎に性格を変えて行き、その結果ターゲット市場もずれて行く。Silverthorneは、PCとスマートフォンの中間地点にあるMIDと、MIDよりPCに近く最近までUMPC(Ultra Mobile PC)と呼ばれていたデバイス、それにネットブックをターゲットとした。これらのデバイスの境界はあいまい(Intel独自の定義はあるが一般的ではない)だが、スマートフォン系より大型の系列だ。次のLincroftではMIDだけでなく、ハイエンドスマートフォンも視野に入れる。そして、Medfieldではスマートフォンと高機能携帯電話市場全体をターゲットとする。

低消費電力プラットフォームのロードマップ
ウルトラモバイルへの進出

 こうして見ると、ウルトラモバイルでは、世代毎に統合する度合いと統合する機能を変え、それによって市場を広げる戦略が見て取れる。

●SoCを投入する組み込み系Atom

 Atomコアのもう1つの市場であるデジタル家電とネットワーク系組み込み機器では、上の2分野とは異なるアプローチを取る。最初から市場毎に異なるSoC製品を作り、それを投入して行く。

 Intelは、従来は一種類のダイ(半導体本体)でできるだけ多くの市場をカバーする戦略を取ってきた。しかし、今回は違う。各市場向けのSoCは、それぞれ異なる。IntelのDavid(Dadi) Perlmutter(ダディ・パルムッター)氏(Executive Vice President, General Manager, Mobility Group)氏は次のように説明している。

 「我々は単一のスーパーセット(チップ)を作ることはしない。なぜなら、ハンドヘルドで必要とされる機能は、家電のそれとは異なり、組み込みのそれとも異なっているからだ。だから、それぞれの分野に対して、個別の製品を作る。各製品で、CPUコアと一部のIPブロックは似ているだろう。しかし、全体としては、異なる製品となる」。

 実際には、デジタル家電と通信機器の市場には、これまでは90nm版Pentium M(Dothan:ドタン)コアのSoCを投入して来た。ディジタル家電向けの「CE3100(Canmore:キャンモア)」とネットワーク系機器向けの「EP80579(Tolapai:トラパイ)」だ。90nmのこれら製品を、Atomベースの45nmのSoCで置き換えて行く。

 家電向けでは、Intelは2008年秋に「Sodaville(ソーダヴィル)」、「Groveland(グローブランド)」、「Elk Rock(エルクロック)」の3種類のSoCを投入すると説明した。Sodavilleがリテール市場のDVR(デジタルビデオレコーダ)やSTB(セットトップボックス)向け、GrovelandがデジタルSTB向け、Elk RockがデジタルTV向けだと推測される。ただし、Intelは、今春の「Investor Meeting 2009」では、Sodavilleについてしか言及していないため、この3種はSodavilleに統合された可能性もある。いずれにせよ、順番としては、リテールが先行し、オペレータが供給するSTBが続き、TVへの統合が最後になると見られる。実際の製品的にも分かれる可能性は高い。

家電向けのプラットフォーム

 最後の組み込みについては、Intelは複数のSoCを開発していることを明らかにしている。この市場は実際には広くて多様性が大きいため、どんな製品展開になるのか予想がつきにくい。45nm世代でSoCが投入されることは確実だが、Tolapai後継以外のSoCも登場して来るかもしれない。

 こうして概観すると、全体の流れが見えてくる。Intelは、PCの流れを引くネットブック/ネットトップ分野では、PC的なアプローチでAtomを進化させる。一方、サブPC的な領域からスマートフォンまでのウルトラモバイル分野では、PC寄りから携帯機器寄りのSoCへと段階的にAtomを変化させて行く。家電やネットワーク機器向けには、その市場に適合したSoCを最初から持ってくる。3様の態勢でAtomを個別に進化させて行く。これがIntelの、現在のAtom SoC戦略だ。