■井上繁樹の最新通信機器事情■
IEEE 802.11acは伝送速度最大1Gbps以上を目指す次世代の無線LAN規格(現在はドラフト段階)だ。海の向こうでは対応製品が発売済みたが、この度日本でもバッファローがその技術を一部利用した製品を発売することになり、テスト機借りることができたので詳しく紹介したい。
●概要バッファロー「WZR-D1100H」はIEEE 802.11b/g/nに加え、IEEE 802.11acで採用予定の技術に一部対応した無線LANルーターだ。2.4GHz帯と5GHz帯が利用可能で、現在よく使われているIEEE 802.11nを使った場合の接続速度は最大450Mbps。目玉である11ac技術を使った場合の接続速度は最大600Mbpsだ。有線LANポートは1Gbps対応で4ポート搭載している。
11acの接続速度が最大1Gbpsにならないことを不思議に思った人もいるかもしれないが、これは法律上の制約により日本国内では機能に制限をかけられているためだ。11acは、(1)変調信号の多値化(小さくして一度に送れる量を増やす)、(2)帯域幅の拡大(送るのに使うパイプを太くする)、(3)MIMO方式の拡張(パイプの本数を増やして効率を上げる)、によって11n以上の高速化を実現するが、現在対応できるのは(1)だけで、その効果が150Mbpsアップの600Mbpsというわけだ。そのため、同社ではこの製品を正式なIEEE 802.11ac対応製品とは呼んでおらず、あくまでも11acで用いられる技術の一部を利用し高速化したことになる。
今年(2012年)の12月には法改正により日本国内でも(2)の帯域幅の拡大ができるようになる見込みで、その時には接続速度が最大1.3Gbpsになる。ファームウェアアップデートでの対応を期待したいところだが、バッファローによると規格化が完了するまで対応できるかどうかはわからないとのこと。また、対応できる場合でも製品の返送が必要な場合もあるとしている。なお、(3)のMIMO方式の拡張についてはアンテナの本数を増やす必要があるので、法改正後も対応できない。
ルーターとしての基本機能以外では、VPN(PPTP)サーバーを搭載しており、別途PCを1台割かなくてもVPN環境を構築できるほか、NASアダプタ機能を搭載しており、接続したUSBストレージのファイルをLAN内だけでなくインターネット経由で受け渡しできる。また、メディア(UPnP)サーバーを搭載しているので、USBストレージの動画/画像/音声ファイルをTVなどのいわゆるDLNA対応機器で視聴できる。
WZR-D1100Hは無線LANルーター、つまり無線LAN親機なので、対応する無線LAN子機が必要だ。WZR-D1100Hと11ac(600Mbps)での接続に対応している無線LAN子機は現在のところ同じくバッファローの「WLI-H4-D600」だけだ。「WLI-H4-D600」はいわゆるイーサネットコンバーターで、有線LAN機器を無線LAN化して親機につなぐことができる。1Gbpsの有線LANポートを4つ搭載しており、LANハブでポートの増設も可能だ。
●11nのベンチマーク結果
今回ベンチマークの測定には「CrystalDiskMark3.0.1」とWindowsのftpコマンドを使用した。CrystalDiskMarkを使う測定方法は、LAN内の別のPCの共有フォルダをネットワークドライブとして登録して、その速度を測定するもの。
測定に使用したPCはWindows 7が2台とUbuntu 12.04が1台。測定元(CrystalDiskMarkを実行する側)のPCがWindows 7(Pentium G620T+HDD)で、測定先(共有ドライブがある側)のPCが同じくWindows 7(Core i3+SSD)と、Ubuntu12.04(Atom 2700+HDD)。
測定に使用した無線LAN子機は、2.4GHz帯がバッファロー「WLI-UC-G450」で、5GHz帯がロジテック「LAN-W450AN/U2」で、測定元PCに接続して使用した。テスト環境は近隣にIEEE 802.11b/g/nユーザーの多いワンルームマンションの1室。通知領域で確認したところ2.4GHz帯ユーザーは5件以上、5Hz帯は0件だった。
WZR-D1100HとWLI-H4-D600を使った11n倍速モードのベンチマーク結果は以下の表の通り。PPPoEによるインターネット接続機能を使わない場合は、2.4GHz帯(450Mbps)が94~140Mbps、5GHz帯(450Mbps)が99~227Mbpsだった。なお、WZR-D1100Hの有線LANポートを使ったベンチマーク結果は551~860Mbpsだった。
接続先 | 2.4GHz(450Mbps) | 5GHz(450Mbps) | 1000BASE-T | |||
READ | WRITE | READ | WRITE | READ | WRITE | |
NTFS | 94.1 | 139.8 | 226.6 | 192.6 | 817.6 | 859.8 |
Ext4(samba) | 78.9 | 135.0 | 98.6 | 189.8 | 554.3 | 561.3 |
Ext4(ftp) | 103.8 | 121.1 | 141.7 | 178.5 | 566.0 | 550.7 |
5GHz帯の11n(450Mbps)のベンチマーク結果(非PPPoE接続) |
また、PPPoEによるインターネット接続機能を使った場合は、2.4GHz帯の倍速モード(450Mbps)が86~158Mbps、5GHz帯の倍速モード(450Mbps)が99~220Mbpsだった。なお、WZR-D1100Hの有線LANポートを使ったベンチマーク結果は537~854Mbpsだった。
接続先 | 2.4GHz(450Mbps) | 5GHz(450Mbps) | 1000BASE-T | |||
READ | WRITE | READ | WRITE | READ | WRITE | |
NTFS | 143.4 | 138.9 | 219.9 | 205.6 | 817.7 | 854.0 |
Ext4(samba) | 86.4 | 82.9 | 99.2 | 200.3 | 533.6 | 837.5 |
Ext4(ftp) | 158.0 | 154.6 | 142.7 | 199.7 | 805.5 | 816.9 |
5GHz帯の11n(450Mbps)のベンチマーク結果(PPPoE接続) |
●11acのベンチマーク結果
注目の11acのベンチマーク結果は以下の表の通り。PPPoEによるインターネット接続機能を使わない場合は80~227Mbps、PPPoEによるインターネット接続機能を使った場合は80~208Mbpsだった。残念なことに11nとあまり変わらないかむしろ結果が悪くなっている。
WZR-D1100H(親機、左)にWLI-H4-D600(子機、右)を無線LANで接続している様子 | WLI-H4-D600の管理画面にあるステータス表示。無線の項目にある、電波状態のところで現在の接続速度が確認できる。600Mbps表示であれば11acでつないでいることになる |
接続先 | 非PPPoEモード | PPPoEモード | ||
READ | WRITE | READ | WRITE | |
NTFS | 184.5 | 191.7 | 184.0 | 192.6 |
Ext4(samba) | 79.5 | 225.7 | 79.7 | 216.3 |
Ext4(ftp) | 115.8 | 227.0 | 160.7 | 208.2 |
そこで、測定先のPCをUbuntu 12.04(Core i3 + SSD)に変更してRAMDISK(測定元のWindows 7はDataram RAMDisk、測定先のUbuntu 12.04はOS組み込み)を使用してFTPの速度を計測した結果が以下の表だ。PPPoE使用時が128~323Mbps、PPPoEを使用しない場合が115~303Mbpsだった。
PPPoE | READ | 128.9 | 248.6 | 129.9 | 128.3 | 130.0 |
WRITE | 279.6 | 322.6 | 279.1 | 295.2 | 308.0 | |
非PPPoE | READ | 121.0 | 122.0 | 115.4 | 117.3 | 121.6 |
WRITE | 269.8 | 288.2 | 303.0 | 267.7 | 261.6 |
念のため同様のハードウェア環境で無線LANを5GHz帯の11n(450Mbps)に換えてFTPの速度を測定した結果が以下の表だ。PPPoE使用時が124~213Mbps、PPPoEを使用しない場合が126~232Mbpsだった。
PPPoE | READ | 129.0 | 123.8 | 130.6 | 133.5 | 131.0 |
WRITE | 197.2 | 210.5 | 212.7 | 207.8 | 200.5 | |
非PPPoE | READ | 126.2 | 134.1 | 138.4 | 138.5 | 232.2 |
WRITE | 209.4 | 210.3 | 203.0 | 212.2 | 212.3 |
後半の2つの測定結果を比べると、5GHz帯11nの最高速が約213Mbpsなのに対して、11ac側の最高速は約323Mbpsで100Mbps以上速くなっている。5回の計測ではっきりしたことは言えないが、まだ本気を出せていない11acでも11nよりも速くなることは確かなようだ。
●NAS系機能とベンチマーク結果WZR-D1100HはUSBストレージを接続するとNASとして使うことができる。インターネット経由でアクセスできるようにする機能もあるので、メールに添付できないサイズのファイルの受け渡しや、出先から自宅ファイルの取り出し用途に使える。アクセス権限はユーザー単位で設定できる。
UPnPサーバーを搭載しているので、画像、動画、音楽ファイルを、TVなどのいわゆるDLNA対応機器で視聴できる。WindowsのWMP12や、PlayStation 3などのゲーム機からもアクセスできる。
NAS機能のベンチマーク結果は以下の表の通り(USB接続のHDDを使用)。2.4GHz帯の11n(450Mbps)は60Mbps前後、5GHz帯の11n(450Mbps)は81Mbps前後。11ac(600Mbps)は78Mbps前後が上限でややふるわなかった。なお、1Gbpsの有線LANは71Mbpsが上限だった。
接続先 | 2.4GHz(450Mbps) | 5GHz(450Mbps) | 5GHz(600Mbps) | 1000BASE-T | ||||
READ | WRITE | READ | WRITE | READ | WRITE | READ | WRITE | |
FAT | 59.3 | 26.6 | 80.9 | 26.9 | 77.9 | 26.8 | 71.0 | 32.4 |
XFS | 62.5 | 26.7 | 81.9 | 27.4 | 69.0 | 27.6 | 71.0 | 32.4 |
NAS機能のベンチマーク結果(5GHz帯11n(450Mbps)使用時) |
●AOSS2対応、節電、PPTPサーバーについて
これまで紹介してきた機能以外で特に紹介しておきたいのが「AOSS2」と節電機能と「PPTP」(VPNサーバー)だ。AOSS2は前回のバッファロー「WZR-450HP」の記事でも紹介したが、無線LANの接続設定を簡単にする機能だ。従来のAOSSやWPSでも十分簡単だったが、アプリのインストールが要らず、対応ハードが増えた分より手軽になっている。AOSS2キーと呼ばれる3桁の数字の入力が必須になったが、それよりも長く複雑な暗号化キーを入力する必要は無くなった。もちろん、従来通りAOSSも使えるし、WPSにも対応している。
エコ(節電機能)は、週間スケジュールで使わない時に使わない機能をオフにして消費電力を減らそうというもの。ちなみに、親機のWZR-D1100Hの消費電力は通常時9.2W前後(以下サンワサプライ「ワットモニター」で測定)で、有線LANのみ低速モード(100Mbps)で動作させた場合3W減の6.0W前後になり、無線LANのみ動作させた場合2W減の7.8W前後になる。
PPTP(VPN)サーバーはバッファローのルーター製品には以前から搭載されてきた機能で、インターネット経由で自宅LANにつなげるようになるもの。通常は専用のサーバーが1台必要だが、ルーターがその機能を肩代わりしてくれる。通信内容が暗号化されるので安全性が高められる。
●まとめと感想IEEE 802.11ac部分については事情によりまだ本気を出せていない状態のため、規格値のような速度アップが得られないのは残念なところだが、5GHz帯の11nと比べても速くなっていることは確認できた。さらに、早ければ12月以降には使える帯域幅が倍になり、接続速度が1Gbpsを越える予定だ(前述の通り、本製品の対応予定は不明)。少しでも速い無線LAN環境が欲しいというのであれば購入して損は無い。
それにしてもこうしてGbpsクラスの無線LAN規格対応製品が登場したことは感慨深い。10/100Mbpsの有線LANを使っていた頃は、その後1Gbpsが当たり前になるとは思ってもいなかったし、その後有線LANが無線LANに速度でキャッチアップされるとは思いもしなかった。対応機器が出揃うのが待ち遠しい限りだ。
(2012年 7月 10日)