山田祥平のRe:config.sys

劣化するならOutlookと呼ばないで




 Microsoftが新しい電子メールサービス「Outlook.com」のプレビューを開始した。これまでのWindows LiveメールやHotmailに加え、新しいドメインとしてoutlook.comを用意し、従来のものと同様にMicrosoft IDとして機能、Windows 8以降のマルチデバイス戦略にも緻密に連携していく。

●クラウドとメール

 Outlook.comは、新しいサービスの開始を謳ってはいるが、基本的には従来のHotmailやWindows Liveメールに新しいシェルをかぶせただけのもので、そのインフラはHotmailそのままだ。もちろんSNSとの連携や広告の扱いの違い、また、Metroスタイル風のUIなど、新味的な部分も用意されてはいる。ただ、詳細はニュースをご覧いただきたいが、電子メールの世界がひっくりかえるようなイノベーションは何もない。

 かつてのWebメールサービスは、その信用度という点で、かつてはかなり信用度の低いステータスしかなかった。無料でメールアドレスを取得でき、それも、ちょっと工夫すれば個人がいくつでもアドレスを取得できることから、懸賞などの応募に利用し、SPAMが増えるようなことがあれば、いつでも捨てられるテンポラリのメールアドレスとして使われることも多かった。だから、無料のWebメールサービスのアドレスを教えられても、また、そのアドレスからメールが来ても、今ひとつ信用されている気がしなかった時期も長く続いてきた。

 でも、ユーザーがスマートフォンを含む複数のデバイスを使うのが当たり前になるにつれて、その状況は少しずつ変わってきた。どのデバイスを手にしたときでも同じように自分のメールを読み書きするにはクラウドとの連携は欠かせないからだ。そんなわけで、すべてのメールを預かってくれて、どんなデバイスからも同一のメールボックスを扱えるクラウドメールサービスは、好感度が急上昇した。

 日本では移動体通信事業者が加入者に発行するキャリアメールアドレスが、極めて信用度の高いものとして扱われている。その背景には、携帯電話は普通1人1台しか持っていないこと、それゆえに電話番号も1つだから、その電話番号と紐付けられたメールアドレスは、その本人にリーチするための唯一無二の存在であり絶対であるという考え方がある。

 でも、ユーザーが持つデバイスが増えるにしたがって、電話番号のないデバイスでメールを読み書きすることも多くなった。PCはその代表だし、携帯電話にしても、スマホとガラケーなど複数台を所有し、場合によっては1人が複数の電話番号を持つことも珍しくなくなった。そういうユーザーにとっては、1つの電話番号と紐付けられたメールアドレスは不便極まりない。そのメールアドレスに宛てられたメールは、auなど一部のキャリアを除き、別のアドレスに転送できるわけでもなく、そもそもそのメールアドレスをFromとしたメールは、SIMなどによって電話番号を与えられたデバイスからしか送信できない。だからこそ信用度が高いとされているのだが、裏を返せば不便極まりない。

●クラウドメールサービスの好感度向上戦略

 今回のOutlook.comは、Microsoftによるクラウドメールサービスのリブランディングだとぼく自身は考えている。Outlookは、Exchange Serverという企業内のメールサービスにおいて、圧倒的なシェアを持つサーバーシステムのクライアントとして、Officeスイートを構成する1アプリの名称でもある。Officeはさまざまなエディションがあるが、Outlookは個人用のPCにプリインストールされる最小セットに近いOfficeにも含まれ、メッセージングはもとより、スケジュール管理やタスク管理、メモの運用などに使われてきた。もちろん、Exchangeサービスのみならず、一般のISPの提供するメールサービスにも接続できるし、近年ではHotmailなどへの接続もできるようになっている。そのOutlookをブランドとして使うことで、Microsoftは、自社のメールサービスの好感度を、もう一段階、かさ上げしようとしているのではないか。

 それにしても薄幸なのはOutlookだ。Windows標準のメールソフトがOutlook Expressなどと名付けられたことで、その多機能性が誤解されてしまっていた時期も長かった。Hotmailとの接続では、特別なアドオンが必要な上、同期の対象はメールとカレンダーだけで、連携するときわめて便利なタスクやメモは捨て置かれてしまった。

 機能自体も、Office 2000のころから、そう大きく変わったとは思えない。最新のOffice 2013 CPでも、UIこそMetroスタイルに近いものになったが、基本的なモジュールはそのまんまじゃないかと思えるほど何も変わっていない。メモがマウスホイールの回転でスクロールするようになっていてびっくりしたくらいだ。それさえできなかったこれまでのOutlookって、一体何だったんだろうとも思う。それに企業内のインフラとして、SharePointが使われるようになってからは、本来はOutlookが担おうとしてきた分野の多くが、そちらに移行してしまい、いわばお株を奪われたカタチにもなっている。

 そのくらい軽視されてきたOutlookに、今、Microsoftのメールシステムの顔として、急にスポットライトが当たろうとしている。でも名前だけなのだ。Windows 3.1のMicrosoft Schedule+はOutlookの前身だが、その時代から20年近く愛用しているユーザーの1人としては、ちょっとした不憫ささえ感じるのだが、果たしてOutlookの地位向上は進むことになるのだろうか。

●素晴らしいのに薄幸なOutlook

 新サービスのOutlook.comは、新しいUIをかぶったHotmailにすぎないと書いた。実際、その実装には、少なくとも現時点ではタスク管理もなければメモも含まれない。これらのOutlookアイテムは、今まで通り蚊帳の外で、ローカルに孤立したパーソナルデータとしてデバイスごとに管理する必要がある。これらのデータはOneNoteで管理せよといわんばかりで、やっぱり薄幸感が漂っているのだ。

 Outlookは、本当にMicrosoftのメールサービスの顔となれるのか。今、ぼくらの目の前に登場した新しいOutlook.comは、ブラウザで運用するウェブサービスにすぎない。だが、実装されているActiveSyncなどを介してさまざまなデバイスから利用することも想定されているのだから、その位置づけに見合ったエレガントなクライアントを、各プラットフォームに用意してほしいものだ。

 サービス開始にあたって開催された説明会では、今回の新サービス発表は、あくまでもサービスとしてのOutlook.comであり、各種クライアントアプリについての言及はなかった。それどころか、たとえばWindows 8には、メールアプリやカレンダーアプリがあり、基本的にはそちらを使ってOutlook.comを使ってほしいというのが現時点でのMicrosoftの方針のようだ。ここでもやっぱりOutlookは継子のままであるようだ。

 Outlookの便利さは、メール、予定、タスク、メモといった多種多様なパーソナルデータを一元管理し、コミュニケーション、コラボレーションを含んだ環境を、これらのデータアイテムを連携させながら運用していけることにある。それは素晴らしいし、慣れ親しんだユーザーには手放せない環境でもある。それができないのなら、それをOutlookと呼んではほしくない。