山田祥平のRe:config.sys
何かをするために通信を使う時間はゼロに近づけば近づくほどいい
2023年2月25日 06:18
大都市の機能を維持しながら進む再開発。基本的には数十年の時間が必要だ。それはもう途方もなく長い時間だ。今、電気通信の世界ではそれと同じか、さらに大規模な再開発を10年程度で繰り返しやろうとしているようなものだ。やっているほうも、見ているほうも走りながら未来をめざしている。
通信に載せるためのデジタル化が世界を変える
先週(2月21日と22日の両日)、「KDDI SUMMIT 2023」が開催された。イベントはすでに終了しているが、当面は、アーカイブ動画が公開中で、登録すれば誰でも無償で視聴することができる。同社が今考えていることをアピールするオンラインイベントだ。前回は昨夏だったはずなのだが、通信設備障害の発生を重く受け止め、開催が見送られた。そして仕切り直し、『「つなぐチカラ」を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる。』 をテーマにさまざまなセッションが配信された。
高橋誠社長(同社代表取締役社長)の基調講演をはじめ、いくつかのセッションを視聴したが、大きく頷くことができたのは、同社のブランドスローガン「おもしろいほうの未来へ」は、決して、未来を予知するためのものではないということだ。同社は、未来に何が起こるかを完全に把握しているわけではないのだ。
でもこれは、とても大事なことだ。たとえば、モバイル通信の世界では5Gや、その先の6Gのサービス充実に、いろいろな面からの取り組みが行なわれている。もちろん、同社も賢明に努力している。ただ、5G通信の魅力の典型的なところを挙げると高速大容量/低遅延/多数接続というシンプルなメッセージになる。普通はそれがどうしたということにしかならない。
その結果、LTEで十分とか、5Gとか6Gなんて必要ないといった声が聞こえてきたりもする。実際、今、100Mbps程度のトラフィックが500Mbps出るようになったところで、普通の人にその世界がインパクトのあるものに変わるかといえば、インパクトどころか気がつかれることもないかもしれない。
高速大容量低遅延多接続がもたらすもの
でも、そんなものはいらないという前に、通信は、もっと速い必要があると、とりあえず仮定してみたらどうだろう。何に使うのか、何の意味があるのか、それは後付けでもかまわない。とにかく高速大容量低遅延多接続を極める。そのインフラが整ったときに、新しい、想像さえしなかったサービスやスタイル、コミュニケーションが生まれ、人々に欠かせないものとなる。それが新しい当たり前だ。
個人的に通信やネットワークはコトとモノをつなぐ糊(グルー)だと思ってきた。グルーはもともと伸び縮みするスペースのことを指し、ドナルド・クヌース(Donald Knuth)スタンフォード大学名誉教授によるTeXのような電子的な組み版で使われた概念だ。初めてコンピュータ通信を体験したときからそれに近いものを感じていたが、半世紀近くたった今、腑に落ちるかたちで同社が提示してくれたのはうれしい。
それはできる限りトランスペアレントであって、存在を意識しなくてもいい体験であってほしい。だから、何かをするために通信を使う時間はゼロに近づけば近づくほどいい。
今、1秒かかる通信が10分の1秒、いや100分の1秒で終わるようになれば、どう変わるかは別にしても、きっと世界は変わるはずだとぼくも思う。KDDIではこの糊のことを「すべてのものに溶け込む」という言い方をしている。そして、それが「つなぐ力」だ。2時間の映画コンテンツをダウロードするのに数十秒かかっていたものが、数秒で済むようになったとしても暮らしそのものはあまり変わらないだろう。5Gなどいらないという人々はその先のことを考えていないともいえる。そこに通信が介在することさえ意識しなくてすむ世界を想像してみたい。
KDDIのやろうとしていることと、Knuth氏がやろうとしたことをいっしょくたにするのもどうかと思うが、個人的には、両者は正体不明のまったく新しい領域に取り組もうとしている点で同じなんだと思う。
電気通信にモノ、コトを載せる
これから先の未来には通信が必要だ。だからこそいつでもどこでも通信が使えるようにすることが必要となる。どうして通信が必要になるのかというと、この先の未来は、あらゆるものを通信で運ぶことになるからだ。
通信ではモノも運べる。自動操縦のドローンが離島に物資を届ける様子を思い浮かべるかもしれないが、今、宅配便なども社会の物流を支える重要なインフラだ。
ただ、ここでいう通信は「電気通信」だ。しかも無線。そこにモノ、コトを載せるためには、それらをデジタル化する必要がある。いわゆるデジタルトランスフォーメーションだ。デジタル化することで、今までは物理的なヒトやモノの移動がなければ成立しなかったことに近いことができるようになる。だからこそ、なんでも電気通信で運べるようにしちゃえというわけだ。
KDDIは通信さえあれば、働き方が変わるとも考えているようだ。テクノロジーがサポートすることで、被災現場の超大型重機を、非力な女性でも足腰の弱い高齢者でも遠隔操作できる。それが世界を変えるということだ。
さらに、そのDXはライフスタイル領域をも変える。それがKDDIがいうところのLXだ。ライフトランスフォーメーションだ。都市体験の拡張に取り組む同社はリアルとバーチャルの融合が進むなかで、いつどこにいてもコミュニティでのつながりやエンタメを楽しむことができるようになる社会をめざす。
このご時世で、なかなか口にするのははばかられるのだが、個人的に、メタバースというのはどうも過去に見てきた失敗がトラウマになって諸手をあげてのめり込むことができないでいる。だからなんとか具体的なその未来を見せてほしいというのが本音だ。