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【インタビュー】“使う側”から見たTizenの良いところ、悪いところ

~「Tizen 2.0は自社端末でブートさせるのも苦労した」

 iOS、Androidに続く、“第3のOS”として注目されている「Tizen」や「Firefox OS」などのWeb OS。これらはオープンソースとして開発され、HTML5で記述されたアプリケーションを動作させるという共通点がある。直近のモバイル系イベントなどでは搭載端末が展示され、後者については欧州市場での提供が間近に迫っている。

 前者のTizenについては、日本のNTTドコモが韓国Samsungと提携して2013年後半にも対応端末を提供することをアナウンスしている。OSの開発はLinux Foundation、プラットフォームとしてのビジネス展開についてはTizen Associationが主導しており、後者のチェアマンはNTTドコモの杉村領一氏が務めるなど、国内ユーザーにも身近なものとなる可能性がある存在だ。

 海外のメディア関係者よりTizenプロジェクトの中止が伝わったことで動揺も走っているが、プロジェクト参加ベンダーからの正式なアナウンスはないほか、7月3日(米国時間)にはTizen 2.2 beta SDKもリリースされるなど、現時点でその真偽は何とも言えない状況といえる。

 そのTizenであるが、プロジェクトの中心的存在とは少し離れたところで、株式会社システナからTizen2.0を搭載した10.1型タブレットの開発が発表された。10月23日から開催される「スマートフォン&モバイルEXPO 秋」での展示を見据えて開発が進められている。

 このことは、Tizen普及の主導役ではなく応用側からの動きが出てきたという点でも注目される。同社のTizenタブレット製品開発の背景や、ビジネス展開などについてお話を伺った。

リファレンスハードウェアに特化されていたTizen 2.0

(右から)専務取締役の淵之上勝弘氏、プロダクトソリューション本部R&Dグループ部長の村田一弘氏、プロダクトソリューション本部R&Dグループの田中稔也氏

 システナは、ソフトウェア開発、IT機器販売、エンジニアの派遣を主な業務としている。Androidが世に出てきた際にも、2007年にはR&Dチームにより従来の携帯電話やスマートフォンへ移植するテスト、子会社のIDY(アイ・ディ・ワイ)よる開発キットの販売などの取り組みなどを行なったという。

 今回のTizen搭載タブレットについても、ハードウェアはIDYが担当。移植をR&Dチームで進めている。

 6月24日のニュースリリースにもあったとおり、現状ではTizen 2.0がインストールされている。このTizen 2.0の自社ハードウェアの移植に相当な困難があったそうで、「起動アニメーションで風車が回ってTizenのロゴが出るのですが、それを画面に描画させるのも非常に手間取りました。」(田中氏)、「ブート部分から始まって、デバイス初期化などでスクリプトが1~99番まで起動するのですが、そのたびにチューニングが必要になって……。結局、待ち受け画面に映るまでに1~2カ月もかかりました。」(村田氏)という状況であったという。

 その原因は、Tizen 2.0がリファレンスデザインに特化した作りになっていたからだ。TizenはSamsungのGALAXY S II/IIIをベースとした開発機が作られており、展示会などでも、これを使ったデモが行なわれている。システナの端末は自社開発であるため、各種デバイスはリファレンスデザインとまったく異なる。そのためにすんなりと動かなかったというわけだ。

 この問題は起動したあとでも目に見える。リファレンスデザインがスマートフォンである一方で、システナの端末は1,920×1,200ドット対応の10.1型液晶を搭載したタブレットである。リファレンス向けに設計されたUIが、“そのまま”タブレット上に表示されてしまうため、文字やメニュー画面などが非常に大きくなってしまうのだ。また、自動回転が動作しない、強制的に縦表示にしてもタッチした部分と実際の座標がズレるなどの問題も見られるため、現在は横画面でのみ動作させている状態だという。

丸いアイコンが特徴のTizenのメイン画面
インターフェイスはMicro USBを装備。タッチパネルドライバが動作するまでは、ここにマウスを繋いでいたそう。外に出ている基板はログ取得用のもの
背面にカメラを内蔵。上部に音量ボタンや電源スイッチを備える
現在はTizen 2.0がインストールされている。この画面でもUIの文字の大きさに不自然さが感じられる
日本語表示にも対応するが、フォントは違和感が大きい
Tizen 2.0で発生したUIの問題の典型的な例。電話ダイヤルのテンキー画面だが、文字サイズが明らかに変

 ただ、こうした状況に対しても、「これは推測ですが、開発を早めるために最初はリファレンスデザインに特化して作り込んで、品質を高めることを優先したのではないでしょうか。」(淵之上氏)、「組み込み屋の血が騒ぐ。」(村田氏)と、あまり否定的な反応はしていない。

 また、ニュースリリースで触れられていたとおり、次バージョンのTizen 2.1の移植作業も進められており、7月頭に動作の目処が立ってきた状況だという。「Tizen 2.1では画面解像度を取得してUIを最適なサイズに調整するなどの工夫がなされていました。」(田中氏)とのことで、マルチプラットフォームへの最適化が進められ、かなり挙動が良いバージョンになっている。そのため、現在はTizen 2.1の移植が優先して作業されており、例えば先述の画面回転の問題などはTizen 2.0で対応させることは不可能ではないそうだが、Tizen 2.0に特化したコードの改変が必要になるため、より挙動の良いTizen 2.1以降で対応していく予定になっている。

 マルチプラットフォームへの対応という観点では、「Tizen Associationのセミナーでも、チップセットベンダーさんへの協力を呼びかけていたのが印象的でした。各チップセットに対して1つ1つチューニングしなければならないとなると、初期端末の開発コストが上がってしまう。」(村田氏)という課題もある。Qualcommなどの主要なモバイルプロセッサ(チップセット)ベンダーは、Androidと組み合わせて簡単に開発できるようパッケージ化して提供している。Tizenもこうした状況を求めているのだろう。

 ちなみに、システナのタブレットに搭載されたプロセッサについては最終的な選定が終わっていないため、ARMアーキテクチャであること以外は現時点で非公表としている。

 なお、このタブレットの販売モデルであるが一般向けの販売は行なわれず、「デベロッパ向けにデバイスごとキット販売したり、コンテンツ会社さん向けにアプリやUIを変えて販売、サポートを行なうなどのビジネスモデルを考えています。」(淵之上氏)と、さまざまな展開を考えているそう。7月中にも提供スケジュールと価格リストを提示する予定としている。

 また、秋の展示会では、狭域SNSやIPフォン、MDM(Mobile Device Management)などのソリューションを動作させるなどのビジネス用途のデモや、プリンタやWebカメラ、TVなど家電との連携を行なうデモなどが検討されているという。

【動画】電源オンからブートスクリーン
【動画】メイン画面からフォトビューワを利用。フォトビューワ内のメニューもサイズがやはり不自然

Androidはブラックボックス、本当にそれでいいのか

 さて、同社がこのような苦労をしてまでTizen搭載タブレットを開発し、それをいち早くアナウンスしたことには、どのような背景があるのだろうか。

 「一言でいえば、Androidはブラックボックスが大きいというのが大きな理由です。」(淵之上氏)。個人情報を収集しているという報道も一部であったが、その真偽はともかく、目に見えないところでの動作に不安が残るのが問題ということだ。「自社製品に本当の意味で責任の持てる物作りをしようと思ったら、ブラックボックスが一切ないOSというのは魅力的な存在になります。」(淵之上氏)と述べる。“もののインターネット”という言葉もあるように、今後あらゆる機器が通信を行なう時代になると言われている。そこにブラックボックスのOSでは流したくないような、重要なデータが扱われることもあり得る。このような課題に対してTizenというオープンプラットフォームを提案できる体制を整えているわけだ。

 また、Android端末が増える中で、物作りの領域が狭くなっているという面もある。「製品の差別化という観点でもキャリア/端末特有の世界を作れます。独自の物作りができる聖域のないプラットフォームという点で、第3のOSという存在が注目されているのだと思います。」(村田氏)と話すように、以前の携帯電話のようなキャリア/端末メーカーの独自色が強い製品を作ろうとしたときに、やろうと思えば自由にカスタマイズできるところにオープンOSの良さが出る。

 一方で「スマートフォンなどの数万円レベルではなく、車載端末のような価格感のものでないと、AndroidやiOSと勝負できないかも知れません。ただ、キャリアさんという括りで考えれば年間1,000万の単位の台数が販売されているので、キャリアさんが手を入れたプラットフォームというのはあり得ると思います。」(淵之上氏)という話もある。自分たちの要求を全て盛り込んでシステムを開発したらコストは青天井になる。価格競争の観点で見ると、いかにTizenのようなオープンOSでも、できることは限られるだろう。ただ、冒頭でも述べたように、日本ではキャリアメーカーであるNTTドコモがTizen開発に参加をしており、Tizenを使ったNTTドコモ独自のプラットフォームというものが形成される見込みだ。ここがスマートフォンなどのデバイス用としては現実的な落としどころなのかも知れない。

 ちなみに、ニュースリリースでも触れられていたように、Tizenの車載版となる「Tizen IVI」への取り組みも進められている。現在はハードウェアの選定を行なっている段階で、ハードウェアの開発と並行してアプリケーション開発も進められる予定だ。秋の展示会ではデモも予定しており、「車載システムは自社商材でもありますので、安全/安心、外部からのデータ入出力、複数ディスプレイの連携など、いろんなことを絡めたデモを行ないたいと思っています。」(村田氏)という。例えば、車での走行中のO2Oサービスとの連携、O2Oとナビゲーションの連携などが考えられているそうだ。

全てのWebアプリエンジニアがHTML5のアプリ開発者になる

 ところで、オープンなOS、第3のOSとして知られるものには「Firefox OS」もある。同社はこちらについても取り組む予定だ。「Tizenに特化してビジネスを考えているわけではなく、我々が知り得た情報ではFirefox OSの方が移植が簡単そうだったので、まずは難しい方のTizenから取り組みました。秋の展示会では、今回発表したタブレットの上でFirefox OSを動かすデモも予定しています」(淵之上氏)とのこと。

 もっとも、Tizenに先に取り組み、開発の告知まで行なったのは、技術的な理由もある。両OSには、Webプラットフォーム上でHTML5で書かれたアプリを実行するという共通点があるが、Tizenの場合はLinuxベースのカーネルの上にWebフレームワークとネイティブフレームワークという2つのアプリケーションフレームワークを実装しており、HTML5アプリ以外にネイティブアプリを実行することもできる。このネイティブアプリを動かせる点を優位性と見ているのだ。

Tizenのアーキテクチャ(出典:Tizen Dev Guide)

 そこには、HTML5のパフォーマンスに対する危惧がある。「Firefox OSは簡単に移植できてシンプルな端末でも動作しますが、リッチなハードウェアでないと性能が出ない可能性がある。」(淵之上氏)。実際、ネイティブレベルのアプリと比較して十数倍は遅いと言われ、「コンテンツを扱うレベルであれば我慢できても、例えば車載システムで安心/安全につなげるような機能など、ネイティブが残らざるを得ない領域があるかも知れません。」(淵之上氏)という考えを持っている。

 「TizenならオールHTML5も、オールネイティブもできる。内部だけ高速化のための作り込みをしたいならハイブリッドもできる。HTML5が過渡期にあるタイミングのOSとしては最適ではないでしょうか。」(田中氏)と、少なくともHTML5の動作が高速化されるまでは、アプリケーション開発の自由度の高さが優位点になるとしている。

 もちろんHTML5への取り組みは同社でも行なっており、「メーカーさんやキャリアさんなどに話を伺うとHTML5に対する期待が非常に大きいと感じます。自社商材をWeb化するなど、将来に渡って使えるHTML5アプリへのシフトは考えています。」(村田氏)と、実際に若手社員やJavaScript経験者などを中心にHTML5のエンジニアを育成しているという。

 これまでのフレームワークとHTML5の大きな違いとして、エンジニア参入の技術的な障壁がないことを挙げている。例えばAndroidであればJava、iOSであればObject-Cといった言語の習得が必要になる。言うまでもなく、現在のWebアプリケーションの延長線上にあるHTML5はそれらに比べて容易だ。「SDKもいりませんし、新しいAPIを覚える程度で、JavaScriptもそのまま使えます。つまり、世界で800万人とも言われるHTML系の技術者全員が対象になり得るんですね。」(田中氏)と、ほかのプラットフォームに比べて圧倒的な数の開発者が集まり、アプリ開発が活発化することに期待が寄せられているわけだ。

 また、現在はOSごとにデバイスAPIなどに差異があるため互換性に課題が残るが、標準化に向けた動きもある。そうなればHTML5アプリであればTizenもFirefox OSも関係なく動作させられるようになる。

 他方、同社では、Firefox 22以降でも採用されているJavaScript高速化エンジン「asm.js」のような、パフォーマンスチューニングをTizen上で実施できないかも検討に上がっている。「ブラウザエンジンの分析は得意とするところでもあり、OSごとのブラウザに最適化したチューニングを行なうなど、第3極のOSに対して端末やアプリの高速化を図っていくというのはビジネスチャンスだと思っています。」(村田氏)と同社の強味をソフトウェア側でも活かす考えだ。

 互換性にせよ、パフォーマンスにせよ、OSレベルで実装されるブラウザが高速化されれば、こうした議論も不要になる。しかし、事実過渡期にある現在、応用する側では、さまざまな方向性が模索されていることが伝わってくる。第3のOSが地位を築けるのか、という根本的なことも含めて、この先の動向には注目を要するだろう。

(多和田 新也)