笠原一輝のユビキタス情報局
CPU、GPU性能が桁違いに向上したBay Trail
~ベンチマークでAtom Z3000の性能をチェック
(2013/9/12 01:00)
Inteは開発コードネーム「Bay Trail-T」(ベイトレイルティー)で開発を続けてきたタブレット向けSoC「Atom Z3000」シリーズを、現在米国カリフォルニア州サンフランシスコで開催中のIDFにおいて正式に発表した(発表の詳細に関しては別記事参照)。
本記事では、発表に先立ち、わずかな時間ではあるがAtom Z3000シリーズを搭載したリファレンスデザインのタブレットに触れる機会を得たので、ベンチマーク結果、そして利用感などについてお伝えしていきたい。
そこから見えてきたことは、Atom Z3000シリーズが競合他社のARMプロセッサを超える高いパフォーマンスを発揮することで、特に内蔵GPUの性能が従来製品に比べて大幅に引き上げられ、タブレット用SoCとして強力な製品に仕上がっているということだ。
CPUがSilvermontになり、アウトオブオーダー型4コアへと強化
Bay Trail-TことAtom Z3000シリーズは、22nmプロセスルールで製造されるAtomプロセッサの最新製品となり、昨年(2012年)IntelがWindows 8の発表に合わせて投入したAtom Z2760(開発コードネーム:Clover Trail)と、今年(2013年)2月にAndroid用として投入したAtom Z2500シリーズ(開発コードネーム:Clover Trail+)の後継となる製品だ。
SoCコードネーム | Clover Trail | Clover Trail+ | Bay Trail-T |
---|---|---|---|
製品名 | Atom Z2760 | Atom Z2500 | Atom Z3000 |
チップコードネーム | Cloverview | Cloverview+ | Valleyview2 |
構成 | SoC | SoC | SoC |
プロセッサコア | Saltwell | Saltwell | Silvermont |
プロセッサコア数(スレッド) | 2(4) | 2(4) | 4(4) |
Windows対応 | ○ | - | ○ |
Android対応 | - | ○ | ○ |
製造プロセスルール | 32nm | 32nm | 22nm |
内蔵GPU | PowerVR SGX545 | PowerVR SGX544MP | Intel HD Graphics(Gen7)4EU |
Direct3D | 9.3 | 9.3 | 11 |
メモリ | LPDDR2 | LPDDR2 | LPDDR3 |
TDP | 約2W | 約2W | 約2W |
Atom Z3000は、Atom Z2760やAtom Z2500から内部IPが完全に刷新された。Atom Z2760/Atom Z2500は、CPUコアのアーキテクチャにSaltwell(ソルトウェル、開発コードネーム)を採用。Saltwellは、2008年にIntelが初代AtomプロセッサのCPUコアデザインとして導入したBonnell(ボンネル)の32nm版で、基本的な設計は継承している。
Bonnell/Saltwellではインオーダー型命令実行方式を採用。インオーダー型は基本的に、CPUに対して命令が来た順番に実行ユニットに送るため、構造が単純で省電力化が容易となる。ただし、そのトレードオフとして、命令実行の順番を入れ替えて効率的に実行するアウトオブオーダー型プロセッサに比べて性能が低くなる。
これに対してAtom Z3000は、22nmプロセスで製造され、新規に開発したSilvermont(シルバーモント、開発コードネーム)マイクロアーキテクチャが採用されている。Silvermontの詳細に関しては別記事を参照頂きたいが、アウトオブオーダー型の命令実行をサポートしていながら、従来のBonnell/Saltwellよりも低消費電力を実現している。Atom Z3000ではこのSilvermontアーキテクチャのCPUを4コア搭載している。実際には、Silvermontは2コア+1MB L2キャッシュで1ユニットとなるので、それを2ユニット搭載しているというのがBay Trail-T(下位モデル除く)だ。SilvermontはSMT(仮想マルチスレッディング、いわゆるHyper Threadingテクノロジー)には対応していないので、CPUコア数と論理コア数が同数になる。
メインメモリもAtom Z3000の強化点の1つだ。Atom Z2760/2500シリーズでは、メモリはLPDDR2が利用されていた。LPDDR2は待機時の消費電力を抑えたモバイル向けのDRAMで、スマートフォンなどで一般的に利用されている。LPDDR2は確かに待機時の電力が低いが、DDR3に比べると価格がやや高く、それがシステム価格を押し上げる結果となっていた。
一方Atom Z3000では、LPDDR2のDDR3版であるLPDDR3(データ転送レートは1,066MT/sec)に加え、一般的なDDR3L(1.35Vの低電圧版DDR3、データ転送レートは1,366MT/sec)のRS版(DDR3L-RSと呼ばれる待機時電力をDDR3よりもさらに削減したバージョン、LPDDR3よりは安価)もサポートしている。このことはOEMメーカーに自由度を与えることになる。バッテリ駆動時間が重視される製品ではLPDDR3を採用し、コストが重視される低価格製品向けではDDR3Lを選択するということが可能になるのだ。
なお、利用できるメモリはSKUによって異なっており、LPDDR3をデュアルチャネルないしはシングルチャネル構成でサポートし、DDR3L-RSはシングルチャネルのみのサポートとなっている。
Ivy Bridgeと同じIntel HD Graphicsを搭載、超高解像度対応も
そして、Atom Z3000のもう1つの大きな特徴は、内蔵GPUがAtom Z2760/Atom Z2500に採用されていたImagination Technologiesの「PowerVR SGX5」(Atom Z2760がSGX545、Atom Z2500がSGX544MP)から、自社設計のIntel HD Graphics(いわゆるIntel GMA)の第7世代へと変更されていることだ。
これまで、Intelはスマートフォンやタブレット向けのAtom SoCに、一貫してImagination TechnologiesのPowerVRシリーズを採用してきた。これは、PowerVRが電力効率にフォーカスしたデザインであり、電力あたりの性能が高いと評価されてきたからだ。PowerVRではTBRD(Tile Based Deferred Rendering)というレンダリング方式を採用しており、スクリーンをタイル状に分割してレンダリングする方式で、Zバッファを使わずに物体のレンダリングを行なうことができる。この仕組みは、メモリにZバッファを展開しないで済むため、メモリ帯域を圧迫しないというメリットがあり、メモリ帯域が十分ではないモバイル機器向けとしては性能と電力効率のバランスがいい。一方で、高解像度環境などにはあまり向いていないという弱点もあり、特にWindowsのようにGPUを利用して常に画面の描画が行なわれているようなOSでは、性能的に不利という課題を抱えてきた。
Atom Z3000ではそうした弱点を補うため、Coreプロセッサに採用しているIntel HD Graphicsの描画エンジンを搭載してきた。具体的には同社が第7世代と呼んでいる、第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)に内蔵されているGPUとある1点を除いて同等となっている。
そのある1点というのは、内蔵されている演算器(EU)の数で、Ivy Bridge世代が16ないしは6となっているのに対して、Atom Z3000は4つとなっている。なお、クロック周波数は最大で667MHzになる(SKUにより異なる)。
演算器は少ないが、それ以外の部分の機能に関しては第7世代Intel HD Graphicsと同等だ。Direct3D 11(いわゆるDirectX 11)とOpenGL ES 3.0に対応しており、GPGPUではOpenCL 1.1に対応、さらにはIntelの動画エンコーダ機能であるIntel Quick Sync Video (QSV)に対応し、MPEG-4 AVCの動画デコードなどの機能も同等だ。Coreプロセッサにはない特徴として、GPUとは別にイメージプロセッサが搭載されており、内蔵カメラを利用して静止画の処理などに対応している。サポートされるカメラは背面、前面共に最大で1,300万画素へと強化されている(Atom Z2760では800万画素まで)。
ディスプレイコントローラは2パイプ内蔵されており、出力としてはeDP1.3、HDMI 1.4、DisplayPort 1.2に対応。このうち、eDPないしはDPを利用した場合には、最大で2,560×1,440ドット/60フレームに対応できる。Atom Z2760を搭載したWindowsタブレットでは、ほとんどの製品が1,366×768ドットに留まっていたが、その理由の1つとして内蔵GPUの性能が非力という事情もあった。しかし、Atom Z3000シリーズでは、そうした心配もなくなる。実際、後述するIntelのリファレンスデザインのタブレットは2,560×1,440ドットの超高解像度液晶を搭載しており、今後OEMメーカーからもそうした製品が登場することが期待できる。
なお、デバイスドライバに関しては基本的には第3世代Coreプロセッサと同じだが、第3世代/第4世代Coreプロセッサではサポートされていない32bit OSでのConnected Standbyに対応しているため、少なくとも32bit版に関してはAtom Z3000シリーズ専用ということになる。2014年第1四半期に64bit版OSでのConnected Standbyに対応することを明らかにしており、それ以降は共通化される可能性もあるが、現時点では明確ではない。
GPU性能は、Haswell-GT2の数分の一レベルに向上、CPUは大幅に向上
前述の通り、今回は発表に先駆けて実機に触る機会を得た。Atom Z3770(4コア、L2キャッシュ2MB、最大2.4GHz、LPDDR3-1066デュアルチャネル)を搭載したWindowsタブレットとAndroidタブレットだ。OSのバージョンは、それぞれWindows 8.1 Previewと、Android 4.2.2となる。液晶ディスプレイは10型で、解像度は2,560×1,440ドット。
なお、今回のテストは、非常に短い時間で行なわなければならなかったため、厳密に同じ環境を作ることができていない。通常、Windows環境で3Dベンチマークなどを行なう場合には、ノートPCである場合には解像度の不一致を避けるために、外付けのディスプレイを接続して解像度を合わせてテストを行なう必要があるが、今回はそういうことはできていない。さらに、比較対象として用意したのは筆者が私物として持ち歩いているデバイスで、リカバリするなどしてまっさらな環境に戻してテストするなどもできていない。この意味で、あくまで参考的な数値であるということもお断りしておきたい。
Intelリファレンスデザイン | Intelリファレンスデザイン | 富士通 ARROWS Tab QH55 | ソニー VAIO Pro 13 |
---|---|---|---|
Atom Z3770(Windows) | Atom Z3770(Android) | Atom Z2760 | Core i5-4200U |
Silvermont | Silvermont | Saltwell | Haswell |
4コア | 4コア | 2(4スレッド) | 2(4スレッド) |
2.4GHz | 2.4GHz | 1.8GHz | 1.6GHz |
2GB | 2GB | 2GB | 8GB |
eMMC | eMMC | eMMC | PCIe SSD |
Intel HD Graphics(Gen7) | Intel HD Graphics(Gen7) | PowerVR SGX545 | Intel HD Graphics(Gen7.5) |
Windows 8.1 | Android 4.2.2 | Windows 8 | Windows 8 |
Motorola Razr i | ASUS Fonepad | ソニー Xperia Z1(C6903) | ソニー Xperia A(SO-04E) |
---|---|---|---|
Atom Z2480 | Atom Z2420 | Snapdragon 800(MSM8974) | Snapdragon S4Pro(APQ8064) |
Saltwell | Saltwell | Krait | Krait |
1(2スレッド) | 1(2スレッド) | 4 | 4 |
2GHz | 1.2GHz | 2.1GHz | 1.5GHz |
1GB | 1GB | 2GB | 2GB |
eMMC | eMMC | eMMC | eMMC |
PowerVR SGX540 | PowerVR SGX540 | Adreno 330 | Adreno 320 |
Android 4.1.2 | Android 4.1.2 | Android 4.2.2 | Android 4.1.2 |
Windows環境では、デスクトップ版3DMark1を実行した。比較したのは、Atom Z2760を搭載した富士通の「ARROWS Tab Wi-Fi(QH55/J)」と、Core i5-4200Uを搭載したソニーの「VAIO Pro 13」。テスト結果はグラフ1~3の通りだ。
3DMarkには、Direct3D 9レベルのIce Stormと、Direct3D 10レベルのCloud Gate、Direct3D 11レベルのFire Strikeの3つのテストがあるが、このうちIce Storm(Extreme版ではない方)、Fire Strikeの2つをテストした。
結論から言えば、Windowsデスクトップ環境での3D性能に関しては、Atom Z2760に比べて飛躍的に向上している。Ice Stormテストでは、Atom Z2760に比べて4.7倍の性能向上を実現している。GPUの演算ユニット数が20基のGT2を内蔵しているCore i5-4200Uに比べると63%程度でしかないが、それでもAtom Z2760のスコアのように桁が1つ違うということはない。
また、グラフ2のIce Stormの詳細を見ると、さらに面白いことが見えてくる。GPUの描画性能を示すグラフィックスコアこそCore i5-4200Uに負けているが、物理演算(Physics Score)に関してはほぼ同等となっている。
Intel GPUは物理演算機能をハードウェアで持っていないと考えられるので、この結果はCPUの性能に依存する。これを見る限り、Atom Z2760の3倍近い物理演算性能を叩き出している。残念ながら今回はWindows環境でCPUだけを見るテストを行なうことができなかったので、大まかなことしか言えないが、CPU性能も大きく向上していそうだとは言えるだろう。
なお、グラフ3のFire Strikeテストに関しては最後のコンバインテストでエラーで終了しなかったので総合結果は出ていないが、グラフィックステストではやはり20ユニットを内蔵しているCore i5-4200Uとの差は小さくないが、少なくとも半分程度の結果はでている。とは言え、本格的なDirect3D 11ゲームをプレイするという用途にはかなり厳しそうだ。
QualcommのSnapdragon 800(MSM8974)を上回る性能を発揮
Androidのベンチマークには、総合ベンチマークスイートとなる「Mobile XPRT 2013」、「AnTuTu Benchmark」、Android版の3DMark」という3つのテストを行なった。
注目したいのは、スマートフォン、タブレット市場のリーダーであるQualcommのSnapdragonシリーズとの比較だろう。今回は先日のIFAでソニーが発表したばかりのXperia Z1のグローバル版に搭載されているSnapdragon 800(MSM8974)と、日本ではXperia A(ドコモのツートップSO-04Eとして販売さているモデル)に搭載されているSnapdragon S4 Pro(APQ8064)との比較を行なった。
さまざまな処理を行ない、その反応時間を計測するMobile XPRT 2013で、Atom Z3770はSnapdragon 800(MSM8974)を上回った。詳細を見ても、いずれの処理でも短い時間で終わっているの。AnTuTuに関しても基本的には同じ傾向だが、差は縮まっている。注目したのは詳細データで、GPUの3D性能に関しては、Snapdragon 800(MSM8974)が上回っていることだ。この点は3DMarkのIceStorm Unlimitedの結果でも確認することができる。その意味で、Snapdragon 800(MSM8974)に内蔵されているAdreno 330の性能の高さは注目していいだろう。
全体としては、Atom Z3770がSnapdragon 800(MSM8974)を上回っている。現在スマートフォンやタブレットで多数採用され、今後も採用例が増えると考えられるQualcommのハイエンド製品をAtom Z3770が上回っていることがはっきりした。
高性能タブレットの新しい時代を切り開くことになるAtom Z3000
このように、GPUの3D性能に関しては一部Snapdragon 800(MSM8974)に劣る部分はあるが、総合性能では上回っている。また、Windows環境でも、Coreプロセッサ並みとまでは行かないが、従来のように段違いというレベルから改善が図られたことも注目に値する。3DMarkの物理演算の結果から、CPUに関してもCoreプロセッサのデュアルコアに近いレベルが期待できる。
今回は、消費電力のテストはできていない。そこは機会があれば追って検証したいところだが、Intelの主張によれば、少なくともAtom Z2760に近いバッテリ駆動時間は実現可能だと言うことなので、その通りであれば、タブレット用のSoCとしてかなり期待できるものになると言っていいだろう。
最後に、Atom Z3000シリーズは、同じハードウェアで、ファームウェアなどを変更する程度でWindowsとAndroidの両方を走らせることができる。このことは、OSメーカーにとってデザイン上の自由度を得るという意味で大きく、ある市場にはAndroid版を出し、別の市場ではWindows版を出すということも可能だ。そうした意味で、タブレットの処理能力を1段上に引き上げ、さらに多くの選択肢を市場にもたらす存在として、エンドユーザーにとっても歓迎してよい製品なのではないだろうか。