笠原一輝のユビキタス情報局

ASUS Fonepadに搭載されているスマートフォン向けAtomの真実

ASUSが発表した「Fonepad ME371MG」

 ASUSTeK Computerの日本法人ASUS Japan(エイスースジャパン)株式会社(以下ASUS)は、4月19日に東京都内で記者会見を開催し、同社がMobile World Congress 2013で発表した7型液晶搭載タブレット「Fonepad」を日本市場で4月25日から販売開始する。その模様は、別記事に詳しいので、ここでは繰り返さないが、本記事はそのFonepadに搭載されているSoCに焦点を当てて紹介していきたい。

 Fonepadに搭載されているSoCは、Intelが製造販売するAtom Z2420 1.2GHzで、一般的なスマートフォンやタブレットに搭載されているARMアーキテクチャのSoCとは異なり、Intelアーキテクチャ(IA、いわゆるx86)となっているのが大きな違いだ。Windows PCでは一般的なIAだが、タブレットやスマートフォンではあまり馴染みがないだけに、どのようなSoCであるのかに興味を覚える読者も少なくないだろう。

 本記事では、そうしたFonepadに搭載されているSoCにスポットライトを当てて、ソフトウェア互換性や、バッテリ駆動時間などに関しての詳細についてお伝えしていきたい。

Fonepadに搭載されているAtom Z2420はMedfieldベースのSoC

 現在IntelがOEMメーカーに出荷しているAndroidスマートフォン/タブレット向けのSoCは2種類がある。1つは開発コードネームMedfield(メッドフィールド)の開発コードネームで知られる「Atom Z2400」シリーズ、もう1つが2月にスペインで行なわれたMWCで発表されたClover Trail+(クローバートレイルプラス)の開発コードネームで知られる「Atom Z2500」シリーズだ。いずれの製品も、Intelの32nmプロセスルールを利用して製造されている。両者の大きな違いは、CPUのコア数(Medfieldはシングルコア、Clover Trail+はデュアルコア)とGPU(MedfieldはPowerVR SGX 540、Clover Trail+はPowerVR SGX 544MP2)で、それ以外の部分に関してはほぼ同じスペックになっている。

Atom Z2400(Medfield)シリーズとAtom Z2500(Clover Trail+)シリーズの違い(IDF北京でIntelが公開した資料より抜粋)

 最大の特徴は、いずれの製品でもスタンバイ時の消費電力がmWレベルまで削減されていることだ。一般的なPC向けのプロセッサ(例えばIntel第3世代Coreプロセッサ)では、ディスプレイをオフにしてOS上のアプリケーションがほぼ停止している状態であってもプロセッサだけで数百mW前後の電力を消費している。これに対して、MedfieldではSoCが完全に停止した状態で数mWと、圧倒的に低くなっている。このため、同じ容量のバッテリでノートPCを駆動させた場合、ディスプレイをオフにしただけのスタンバイでは1~2時間しか駆動できないが、Medfieldベースのスマートフォンやタブレットでは同じディスプレイオフのスタンバイ状態で20~30日は持つ。

 こうしたスタンバイ時の低消費電力はARMアーキテクチャのSoCの強みとされてきたが、Medfield世代でIntelは同じレベルの低消費電力を実現しているのだ。もはやARMだから省電力というのは過去の時代の話。もっとも、よりフェアに言うのであれば、IAだから高性能というのも、すでに過去の話であり、今後はARMアーキテクチャで高性能というプロセッサが登場しても何の不思議もない。性能や消費電力という観点で考えれば、命令セットアーキテクチャ(ISA=Instruction Set Architecture)の違いというのは、今やもう論点ではないのだ。

Lexingtonは低価格向けのプラットフォーム

 今回ASUSが発表したFonepadに搭載されているのは、Medfieldで知られるAtom Z2400シリーズのうち、ローエンドに属するAtom Z2420となっている。Atom Z2400シリーズには以下のようなSKU(モデル)が用意されている。

【表1】Atom Z2400シリーズのSKU構成

プロセッサー・ナンバー周波数(最高)CPUコアL2キャッシュGPU
Z2460(2GHz)2GHz1コア/2スレッド512KBPowerVR SGX 540
Z2460(1.6GHz)1.6GHz
Z24201.2GHz
Z20001GHz

 面白いことにAtom Z2400シリーズには、トップグレードのAtom Z2460が2製品用意されている。それが2GHz版と、1.6GHz版になる。どちらも同じAtom Z2460なのだが、当初発表された製品は1.6GHzだったのだが、2012年9月にMotorolaの「Razr i」というスマートフォンに搭載されたAtom Z2460は2GHzに変更されており、同じ型番だがより高いクロック周波数で動くバージョンが追加された形だ。

 今回のFonepadに搭載されているAtom Z2420は、Intel製モデム(XMM-6265)とセットで追加されるローコスト版という扱いになっている。このセットは開発コードネームLexington(レキシントン)で開発された来た組み合わせで、成長市場など200ドルを切るようなスマートフォンを必要としている市場向けとして投入されたものだ。そのため、CPUのクロック周波数は1.2GHzと決して高くない。

 Fonepadは7型IPS液晶を搭載というスペックからして、どう考えても成長市場向けの低価格製品というコンセプトではないが、日本や米国のような成熟市場でも「Nexus 7」、「Kindle Fire」シリーズ、「iPad Mini」など7~8型の液晶を搭載した小型タブレットが人気を博しており、それならばそうした製品に低価格なSoCを搭載することで低価格を実現しようという逆転の発想で作られた製品がFonepadということになる。なお、Atom Z2420は、CPUのクロックこそ1.2GHzと低いが、GPUとなるPowerVR SGX 540のクロック周波数は上位SKUと同じ400MHzで、カメラの画像処理を行なうISP(Image Signal Processor)や動画再生のハードウェアデコーダは上位SKUと同等のモノが内蔵されているので、CPUの性能だけが上位のSKUに比べてやや低い製品となる。

 ちなみに、人気のNexus 7も理屈は同じで、やはりローコスト版のSoCを採用することで低価格を実現している。Nexus 7に採用されている「Tegra 3」は、NVIDIA内部の型番でT30L(クアッド時1.2GHz、シングル時1.3GHz)とよばれるローコスト版。これに対して一般的なTegra 3タブレットに採用されているのはNVIDIA内部の型番でT30(クアッド時1.4GHz、シングル時1.5GHz)でGPUのクロックもT30の方がやや高めに設定されているなどの違いがある。

 Lexingtonを構成するもう1つのパーツであるIntel XMM-6265だが、HSPA+にまで対応したベースバンドと無線チップの組み合わせとして提供される。最近各キャリアが相次いでサービスを開始したLTEには対応していない。XMM-6265は、XMM-6260をベースにしたローコスト向けで、スペック上は下り21Mbps、上り5.7Mbpsに対応している。ASUSが公表したスペックシートにはHSPA+とのみ書かれていて、上位の42Mbpsに対応しているのか、21Mbpsまでなのかはわからないのだが、XMM-6265のスペックから考えれば21Mbpsまでと考えるのが正しいだろう。

 Fonepadの3Gにおける無線部分の周波数は850/900/1,900/2,100MHzに対応しており、NTTドコモで言えば850MHzと2,100MHz、ソフトバンクモバイルで言えば2,100MHzが利用できる可能性がある。なお、FonepadはSIMロックフリーで提供されるため、NTTドコモのようにSIMロックフリーの端末を持ち込んで契約することができるキャリアや、NTTドコモの回線を利用しているMVNOが提供するSIMカードを契約することで、3G通信できるようになる。

 ASUSによれば、純正状態でWi-Fiでのテザリングに対応しているとのことだったので、ルーター替わりにFonepadを利用することも可能だろう。Fonepadのバッテリ容量は4,270mAhと、最新スマートフォン(2,000mAh前後)の倍近いバッテリを内蔵しているので、長時間ルーターとして利用することもできる。特に消費電力の大きな液晶ディスプレイを切って利用すれば、丸1日ルーターとして利用したりという使い方も十分に可能だろう。

Medfieldの上位SKUの性能はデュアルコアSnapdragon相当でより低消費電力

 さて、気になる性能についてだが、Fonepadの発売は冒頭でも書いた通り4月25日で、もちろん筆者も入手していないので、Atom Z2420そのものの性能については現時点ではまだ分からない。しかし、英国で販売されているAtom Z2460(2GHz版)を搭載したMotorola Razr i(XT890)を2012年秋に入手して国外で利用しているので、Razr iを使ってMedfieldの性能を紹介したい。なお、Razr iはあくまで英国向けに販売されており、日本国内向けの認証は取得されていない。このため、日本国内で利用する場合には、電波をオフにするか、日本国外のキャリアが提供しているSIMを契約して日本ではローミングで利用する必要がある。このため、今回のテストは、データ通信が必要な場合にはローミング可能な海外のキャリアのSIMを入れてインストールなどを行ない、それ以外はすべての電波をオフにして行なっている(日本の認定が通っている機器でも公平を期すため、電波はオフにしてテストしている)。

 今回は主に2つのベンチマークテストを行なった。1つは性能、もう1つはバッテリベンチマークだ。性能をチェックするベンチマークテストには、「Quadrant Professional 2.0」を、バッテリベンチマークにはAndroid OSで一般的に利用されている動画プレイヤーである「MX動画プレイヤー」を利用して1080pのMP4ファイルをバッテリが無くなるまで再生し続けた。結果はグラフ1、グラフ2の通りだ。比較対象として用意したのは、NTTドコモが販売するサムスン電子「GALAXY S III SC-06D」で、QualcommのSnapdragon S4(MSM8960、1.5GHz/デュアルコア)と比較した。なお、Quadrant Professional 2.0に関してはその他にも手持ちのAndroid端末に関してもテスト結果を掲載しておくので参考にして欲しい。

【グラフ1】Quadrant Professional 2.0総合結果
【グラフ2】Quadrant Professional 2.0詳細
【グラフ3】MX動画プレイヤーでの動画再生によるバッテリ駆動時間
テストに利用したMotorola Razr i(XT890)、起動時にIntelのロゴが出る

 Quadrant Professional 2.0の結果を見る限り、Atom Z2460(2GHz)を搭載するRazr iの性能は、QualcommのデュアルコアのSnapdragon S4(MSM8960 1.5GHz)を搭載するGALAXY S III SC-06Dとほぼ同じスコアになった。また、Tegra 3のT30を搭載したASUS TF201ともトータルではほぼ同じ結果になっている。ただ、このQuadrantのCPUスコアはCPUコアが多ければ多いほど有利なテストなので、クアッドコアのTegra 3が最も有利な結果になっており、シングルコアで論理的にデュアルコア(HTテクノロジによりソフトウェアからはデュアルコアに見えるという意味)であるAtom Z2460に関してはやや分が悪い結果になっていることが見て取れる。

 モバイル機器として最も重要な数値とも言えるバッテリベンチマークだが、Atom Z2460を搭載したRazr iは非常に優秀な結果を残している。内蔵バッテリでMP4ファイルを8時間再生でき、6.8時間しか再生できなかったMSM8960を搭載したGALAXY S III SC-06Dに大きな差をつけた。もちろんそれぞれバッテリ容量が違うので、紹介しておくとRazr iは2,000mAh、SC-06Dは2,100mAhとなる。従って、少ないバッテリで長時間駆動できているRazr iは優秀だと言えるだろう。なお、この結果によってすぐにAtomがSnapdragon S4より省電力ということにはならない。なぜなら、ディスプレイのサイズや解像度(Razr iは4.3型/540×960ドット、GALAXY S IIIは4.8型/720×1,280ドット)も違うので、結果にはディスプレイの消費電力の分の影響が入るからだ(言うまでもなく解像度やサイズが大きい方が消費電力は大きくなる)。そうしたことを考慮すると、少なくともSnapdragon S4のデュアルコアには負けない程度には低消費電力であるということは言えるだろう。

一部を除けばARM版と同じアプリが使える

 そしてユーザーにとって、最も気になるのは、ソフトウェアの互換性ではないだろうか。言うまでもなく、Android OSを搭載しているデバイスで大多数を占めているのはARM SoCを搭載した製品だ。ASUS自身が“日本初のIntelプロセッサ搭載Androidデバイス”と言っている通り、多くのユーザーはARMベースのAndroidデバイスしか使ったことがないため、IAのAndroidデバイスでこれまで使ってきたアプリケーションなどが使えるかどうか心配するユーザーも少なくないだろう。

 確かにIAのAndroidも出た当初には、若干の互換性の問題などを抱えていた。具体的に言えば、AndroidアプリケーションでIA Androidに対応していないものが若干あったのだ。Google Playなどのアプリストア経由で配布されているAndroidアプリケーションには大きく言って2つの種類がある。1つがDalvik(ダルビック)とよばれるアプリケーションの仮想レイヤー上で動作するアプリケーションで、もう1つがNDKとよばれる開発キットを利用して開発されたハードウェアを直接叩くアプリケーションだ。

 多くのAndroidアプリケーションはDalvik上で動くように設計されている。このDalvikはCPUのISAから独立した仮想レイヤーになっており、ARM版Androidも、IA版Androidでも同じように動作する。従って、Androidで大多数を占めているDalvik上で動くアプリケーションは基本的に互換性の心配をする必要が無い。

 問題はNDKとよばれる開発キットでサポートされるアプリケーションがDalvikを通さずにCPUやGPUにアクセスする仕組みを利用している場合で、この場合ARM用に作られたアプリケーションはARM版Androidでは動作するが、IA版Androidでは動作せず、プログラマーがIA版のアプリケーションを別途用意する必要がある。以前は、IA版Androidの知名度が非常に低かったのでそうしたアプリケーションもあった。しかし、IntelとGoogleが包括的なパートナーシップを結んでGoogle側の対応も進み、Googleから提供されるNDKの開発キットでARMだけでなくIA版もすぐに作れるようにした。これにより多くの開発者がIA版のアプリケーションも提供するようになり、互換性の問題は以前に比べれば圧倒的に減っているのだ。

 ただ、ARMやIAといったISAのレベルではなく、直接ハードウェアを利用するタイプのアプリケーションは別の話になる。具体的には動画のハードウェアデコーダで、動画再生ソフトウェアがMedfieldやClover Trail+のハードウェアデコーダをサポートしている必要がある。前出のベンチマークで利用したMXプレイヤーは、ソフトウェア本体とは別に動画コーデックを配布しているが、Intel向けの動画コーデックが用意されているので、これをダウンロードしてインストールすれば同じように利用できている。一方、自分が普段利用している動画プレイヤーがIntel SoCに対応していない場合には、ソフトウェア再生となってしまい、フルHDの動画再生などは不可能になるので、この点は注意したい。

 逆に言えば注意したいのはそれぐらいで、筆者が普段利用しているスマートフォンで利用しているアプリケーションはすべてIA版Androidにインストールして利用することができている。従って、よっぽど特殊なハードウェアを必要とするようなアプリケーションを利用しているのでもなければ、特に互換性を心配する必要は無いだろう。

ようやく日本市場に登場したIntelのスマートフォンSoC、性能向上に期待

 以上のように、スマートフォン向けのAtomプロセッサは十分な性能を持っており、消費電力もARMアーキテクチャのSoCに匹敵する低消費電力を実現している。また、アプリケーションの互換性もすでに多くが改善されており、もはやほとんど心配する必要が無いということが分かって頂けたと思う。もちろん今回のテストでは2GHzのSKUを利用しているため、1.2GHzのAtom Z2420を搭載するFonepadではCPU性能はこれよりは下がることになるが、グラフィックス周りの性能は変わらず、消費電力ではむしろ有利だと考えられるだけに、特にARMではないから不利ということは無いはずだ。

 もちろんフェアにいって、この現在の32nm世代のAtomが、ARM勢にパフォーマンスで追いついているかと言えば、そうではないだろう。最新のAndroidスマートフォンにはQualcommのSnapdragon S4のクアッドコア版(Snapdragon S4/APQ8064)が採用されており、そちらはデュアルコアのMSM8960よりも高い性能を発揮する。そうした意味では、Intelもまだ性能面で追いついたというところまではいっていない。

 ただ、冒頭でも述べた通り、IntelはMedfieldの後継として、Atom Z2500シリーズ(Clover Trail+)を発表しており、性能面ではそちらが主力製品になっていくと考えられる。さらに、2014年第1四半期には、Clover Trail+の後継となるMerryfieldを出荷する予定で、他社が28nmプロセスルールで製造を続けている時期にいち早く22nmプロセスルールへと移行し、性能面ではリーダーになる可能性がある。

 現時点ではモデムなどを含めた総合的な観点からQualcommがこの業界のリーダーで、IntelやNVIDIAなどの他のメーカーは追いかける立場だ。ユーザーの視点で見れば、選択肢が多ければ多いほど競争が激しくなり、よりよい製品がいち早く入手できるようになるだけに、今後ともスマートフォンやタブレット向けのSoC市場の動向にも注意を払っていきたいところだ。

(笠原 一輝)