笠原一輝のユビキタス情報局

IFAで明らかになったWindows RTの失速



 現在ドイツのベルリン市にあるベルリンメッセにおいてヨーロッパ最大の家電展示会であるIFAが開催されている。それに先立つ8月29日、8月30日には各メーカーの記者会見が開催され、製品の先行公開が行なわれた。既報に基づき、ここではそうした各社の発表から見えてきたPC業界の新しいトレンドについて感じたことを述べていきたい。

 IFAで見えてきたのは、各PCベンダーがWindows 8の最大の特徴であるタッチ機能への対応を真剣に行なっていること、そしてARMアーキテクチャのSoCを搭載したWindows RT端末の思わぬ失速という事態だ。東芝はIFAにおいて、開発を続けてきたWindows RT端末の開発中止を明らかにするなど、以前ほど期待ができなくなっている。

●Windows 8の10月26日出荷開始に向けて準備中のPCベンダーがIFAに集結

 今年(2012年)のIFAは例年になくPC関連の発表がOEMメーカーから相次いだ。言うまでもなく、Windows 8の正式出荷が間もなくだからだ。すでにMicrosoftは、Winodws 8のRTM版を完成させ、OEMメーカーや開発者に向けた配布を開始した。また、10月26日には正式に出荷開始することをすでにアナウンスしている。各メーカーはそれに併せて自社製品向けのイメージの作成などを行なっており、おそらくほとんどのPCメーカーは製品の投入を10月末に設定しいる。

 今回IFAで記者会見を行なったPCベンダーは、ソニー、東芝、Samsung、Dell、Lenovoなどで、この記事を書いている時点ではまだ終わっていないのだが、Acerの記者会見もIFAの開催初日に予定されている。また、Intelも記者会見を行なっており、UltrabookやIAベースのスマートフォンなどを公開した。

●これからのPCの流行はタッチ対応とコンバーチブル型ノートPC

 今回のIFAで紹介されたPCの新製品は、いずれも共通した特徴を持っている。それは“タッチ”を搭載した製品ということと、コンバーチブルなUltrabookが流行になっていることだ。

 例えばソニーは、VAIOシリーズで新ラインナップを2機種、さらに既存製品の液晶ディスプレイをタッチ対応にしたノートPCを2機種発表。中でも注目の「VAIO Duo 11」は、スレートとクラムシェルの2通りで使えるコンバーチブル型のUltrabook。プロセッサに第3世代Coreプロセッサ、128/256GBのSSD、フルHD液晶といった強力なスペックなのに、重量が1.3kg/厚さ17.8mmを実現した。

 東芝は、ヒンジ部分がスライドすることでスレートにも、クラムシェルにもなる「Satellite U920t」を展示して注目を集めた。第3世代CoreプロセッサのUシリーズを搭載し、重さ1.4kgで厚さは20mm。Ultrabookの厚さ基準をクリアしているため、Ultrabookとして販売される予定だという。東芝の関係者によれば、Satellite U920tは日本でもdynabook R800系統として投入される予定だという。

 このほか、東芝は「Satellite P845t」という既存のノートPC、「LX830」という一体型PCのタッチ版も、Windows 8のタイミングで投入する計画であることを明らかにした。Dellも記者会見で、「XPS One 27」のタッチ版、「XPS Duo 12」というコンバーチブル型ノートPCを発表した

 こうしたことから見えてくるのは、10月26日以降にWindows 8向けに投入されるPCは、タッチ対応が増え、ハイエンドなモバイルノートPCはコンバーチブル型が1つの流行になりそうだということだ。

東芝が展示したSatellite U920t。厚さ20mm以下で、重量は1.4kg。プロセッサは第3世代Coreプロセッサ。詳しくは別記事で詳細にレポートする予定ソニーのVAIO Duo 11

●タッチ操作に最適化されたWindows 8の登場でタッチ実装が増えるのは自然な流れ

 Windows 8のリリースに伴いタッチ対応が増えることは、ある意味理にかなった流れだと言える。というのも、Windows 8ではスタートボタンやスタートメニューが廃止されており、デスクトップアプリケーションを起動する場合でも、常に新しいModern UIを呼び出す必要があるからだ。

 Modern UIの呼び出しはもちろんマウスでもできるのだが、マウスポインターを左下隅に持って行くと表示されるボタンをクリックする必要があり、画面の右端をスワイプして表示されるボタンを押すだけで戻れるタッチの場合に比べるとややまどろっこしい。従って、Windows 8をより快適に使いたいと考えるのであれば、クラムシェルであってもタッチを搭載するほうが理にかなっている。

 しかし、だからといってすべてのモデルにタッチ機能を搭載できるかと言えばそうではない。タッチ機能を搭載するには、数十ドルのコストが余計にかかり、299~499ドルなどに下がっているローエンドのノートPCに搭載するのは少し非現実的だ。

 従って、各社ともまずはハイエンドの製品、具体的には999ドル前後やそれを超えるようなノートPCや一体型PCなどにまず搭載し、その後価格が下がってきたところでミッドレンジやローエンドに落としていくという戦略をとるものと見られている。

●Windows 8がセパレート型で登場しない理由

 各OEMメーカーが、フルPCでセパレート型(ASUS Pad TFシリーズのようにキーボードドックとスレートに分離する)ではなく、コンバーチブル型(ヒンジなどの工夫によりスレートにもクラムシェルにもなるハイブリッドPC)を採用するのは、技術的な理由とマーケティング的な理由の2つの側面がある。

 技術的な側面としては、フルPCが採用しているIntelの第3世代CoreプロセッサやAMDのTrinityなどは、ARMアーキテクチャのSoCと比べてピーク時の消費電力が高く、大容量のバッテリを搭載し、かつ放熱機能もそれなりのモノが必要になるため、重量がかさみ、セパレート型にしにくい点である。

 また、セパレート型の場合にはすべてのシステムをスレート側に入れなければいけなくなるため、キーボードドックを意図的に重くしない限りクラムシェルとしては安定しない。コンバーチブル側であれば、キーボード側にシステムを入れられるので、こうした心配をする必要が無いのだ。

 マーケティング的な側面としては、Microsoftが計画しているWindows RTとの兼ね合いがある。というのも、現在各OEMメーカーが計画しているWindows RTのタブレットはセパレート型になっているからだ。IFAではSamsungやDellが記者会見でWindows RT搭載セパレート型PCを発表しているほか、6月のCOMPUTEXでもASUSはTegra 3を搭載したWindows RT搭載セパレート型PCを公開していた。そうした製品との区分けをはっきりする意味でもコンバーチブルにする必要がある。DellのWindows 8搭載「XPS Duo 12」はコンバーチブル型、Windows RT搭載「XPS 10」はセパレート型というのは、典型的な例と言えるだろう。

DellのXPS 10は10型液晶を搭載したセパレート型、Windows RT端末DellのXPS Duo 12、12型液晶を搭載したコンバーチブル型、Windows 8端末

●Windows RT端末を開発してきた東芝は開発中止を発表
東芝 デジタルプロダクツ&サービス社 営業統括責任者 檜山太郎氏

 だが、その一方で、OEMメーカーのWindows RTへの取り組みは若干当初の勢いが無くなりつつある。グローバルのシェアで日本のPCベンダーのトップを走る東芝は、COMPUTEXで公開したWindows RT端末の開発を中止したことを明らかにした。

 東芝 デジタルプロダクツ&サービス社 営業統括責任者 檜山太郎氏は「これまでWindows RT端末への準備をしてきたが、すでに中止している。基幹部品の納入の遅れが生じたため、かなり盛り上がると予想されるWindows 8/RTの初期需要のタイミングには間に合わない。泣く泣く今回は見送ることにした」と説明する。ただし、「RTの市場については注目しており、今後の市場の動き方、お客様の反応などを見極めた上で将来の反応を決めていきたい」とし、将来の可能性は否定しなかった。

COMPUTEX展示されたWindows RT端末

 檜山氏はその基幹部品が何であるかは明らかにしなかったのだが、元々パーツが少ないWindows RT端末で基幹部品と言えばSoCしかなく、そのSoCの入手が何らかの理由で難しくなり、新しいOS出荷直後の市場の“お祭り”に間に合わないために諦めたということだろう。なお、東芝は開発中だったWindows RT端末のSoCがNVIDIA、TI、Qualcommのいずれであったかは明らかにしていない。

 こうした動きは別に東芝だけではない。すでに海外の報道などでは、HPもWindows RT端末の開発を諦め、IntelのClover TrailベースのIAタブレットへ軸足を移していると言われているほか、日本のナショナルブランドPCメーカーのもう1つの雄であるソニーも、今回のIFAでWindows RT端末に関しては何も展示していなかった。ソニーに近い関係者によれば、決して開発していないわけではないということのようだが、少なくとも最初の“お祭り”には間に合わないこという。今回のIFAで、Windows RTに関しては何の発表もなかったというのはその情報を裏付けている。


●OEMメーカーからのプレッシャーを受けるMicrosoft、価格見直しなどは必至か
Microsoft「Surface」

 このように、正直に言って、Windows RTへの期待は、ここへ来て以前よりも急速にしぼんでいる。あるOEMメーカーの関係者によれば、その理由は2つあるという。1つはOS+Officeというライセンス価格が予想よりも高かったことだという。ある関係者によれば、Microsoftから提示された価格は199ドルだったという(もちろん条件はメーカーにより異なる、これはいわゆる“リストプライス”だ)。これにより、OEMメーカーは価格をAndroidタブレットよりもかなり高い値段に設定せざるをえない。

 もう1つは、やはりMicrosoftが「Surface」のブランドで自社製ハードウェアを発表したことに対するOEMメーカー側の反発だ。このあたりは以前の記事で解説した通りで、これまでパートナーだったMicrosoftが競合メーカーになるのだから、そのことに対するOEMメーカー側の反発は非常に大きいのだ。

 自ら招いた事態とはいえ、この状況はWindows RTの成功を目指すMicrosoftにとってはあまり好ましくないだろう。ある業界関係者は「近いうちにMicrosoftはWindows RTの価格設定を見直す必要に迫られるだろう」とも述べている。


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(2012年 8月 31日)

[Text by 笠原 一輝]