福田昭のセミコン業界最前線

エルピーダの事業戦略から見える、DRAM市場の主役交代



 国内唯一のDRAM専業ベンダーであるエルピーダメモリの2010年度(2011年3月期)通年業績と2010年度第4四半期(2011年1~3月期)が公表された。

 2010年度(2011年3月期)通年の売上高は前年比10.1%増の5,143億円、営業利益は同33.6%増の358億円である。2009年度(2010年3月期)に続いて2年連続で黒字決算となり、しかも営業利益を大きく伸ばした。

エルピーダメモリの年度別業績(4月~3月決算)エルピーダメモリの2010年度(2011年3月期)業績。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した決算資料から

●2007年以降の円高が業績に大きく影響

 とはいうものの、外国為替交換比率の変化、すなわち具体的には円高により、多大な損失を被っているとの思いがエルピーダメモリには強く存在する。5月12日に開催された業績発表会見の席で同社は、2007年と2010年末を比べるとドルに対する円の交換比率は26%上昇したが、ドルに対する韓国ウオンの交換比率は21%下降したと説明していた。さらに、韓国ウオンとの為替交換比率の差がなかったものと仮定して計算した2010年度(2011年3月期)業績の数値を示してみせた。

 この仮定の下だと、売り上げは約3,300億円、利益は約2,000億円も増える。エルピーダメモリに限らず、韓国企業と海外市場で競争している日本企業は、巨大な利益を円高によって失っていることが分かる。

ドルと円の交換比率推移。2003年~2007年は変化が小さい。2007年以降は円高に大きく振れている。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した決算資料からエルピーダメモリの2010年度(2011年3月期)業績(左)と、韓国ウオンとの為替交換比率の変動を補償して計算した業績(右)。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した数値を基に作成

●直近の四半期業績は2期連続の営業赤字

 また年度ベースの数字ではエルピーダメモリは好調にみえるのだが、四半期(3カ月)ごとの業績をみていくと、様相は大きく異なる。2009年度(2010年3月期)は前半が赤字で、後半に業績が急回復して黒字転換を果たした。しかし2010年度(2011年3月期)は、前半に700億円近い巨額の営業黒字を計上し、後半に300億円を超える営業赤字を計上して前半の黒字を食いとった。新しい年度を迎えた時点での勢いが、かなり違う。

 2010年度(2011年3月期)の後半に勢いが急激に弱まった理由は、前回にご報告したように、PC用DRAMの価格が急速に低下したからだ。第3四半期(2010年10~12月期)にエルピーダメモリは、269億円もの営業赤字を計上せざるを得なかった。

 直近の第4四半期(2011年1~3月期)はどうだったか。第3四半期(2010年10~12月期)と比べると、売上高は50億円減少し、営業赤字は216億円減少した。売上高は減少したものの、収支は大きく改善されている。PC用DRAMの価格が低水準とはいえ、安定したことが大きな理由だ。エルピーダメモリは継続的にDRAM製造コストを低下させているので、価格が一定水準にとどまれば、それだけ赤字が減少する(あるいは黒字が増える)。

エルピーダメモリの四半期業績推移(売上高と営業損益)エルピーダメモリの2010年度第4四半期(2011年1~3月期)業績。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した決算資料から

 PC用DRAMの価格は、2010年の後半に急速に低下した後、2011年に入ってからはほぼ一定の水準で推移してきた。DDR3-1333タイプのPC用DRAMは1Gbit品が約1ドル、2Gbit品が約2ドルである。DRAMモジュールだと、2GB品が17ドル~18ドル、4GB品が35ドル~36ドルが最近の価格だ。DRAMモジュール価格は2月にはそれぞれ16ドル、31ドルといったところまで下がったことがあるので、むしろ5月~6月は値上がりしているといえなくもない。

DRAM価格の推移(DDR3-1333タイプ)。エルピーダメモリが2011年5月12日に発表した決算資料から2010年7月以降のDRAMチップとDRAMモジュールの価格推移。市場調査会社DRAMeXchangeの公表データを元にまとめた

●DRAMビット成長のけん引役はスマートフォン/スレートPCに
2011年のPC出荷台数予測。Gartnerの予測値をまとめた

 ただし、PC用DRAMの価格が今後、安定に推移したとしても、別の懸念要因が存在する。PCの出荷台数の伸びが鈍ってきているのだ。IT業界ではよく知られている調査会社Gartnerは、2011年のPC出荷台数の予測値(世界市場)を下方修正してきた。予測値の修正は一度ではない。少なくとも3回修正しており、そのいずれもが下方修正だった。当初の予測は2010年に公表されており、成長率は18.1%である。最新の予測は2011年6月8日に発表されたもので、成長率は9.3%にまで下がっている。

 PCに換わってDRAM市場をけん引すると期待されているのが、スマートフォンとスレートPC(メディアタブレット)だ。スマートフォン/スレートPCはバッテリ駆動が前提となるので、DRAMでもPC用のDDR3タイプではなく、低消費電力仕様のLPDDR/LPDDR2タイプ(モバイルDRAM)を搭載することが多い。エルピーダメモリはDRAMをコンピューティングDRAMとプレミアDRAMに分類しており、PC用DRAMはコンピューティングDRAM、モバイルDRAMはプレミアDRAMに含めていた。そして前回にすでにご報告したように、エルピーダメモリはモバイルDRAMの比率を高めることで、収支の改善を進めている。

エルピーダメモリが予想するDRAM市況。同社が2011年5月12日に発表した決算資料からエルピーダメモリの売上高に占めるコンピューティングDRAMとプレミアDRAMの比率推移。エルピーダメモリが2011年2月2日に発表した決算資料から。なお同社は、2011年5月決算発表では両者の売り上げ比率の公表を見合わせた
PC、携帯電話機(スマートフォンを含む)、スマートフォンの出荷台数成長率推移。市場調査会社Gartnerの公表数値をまとめたもの

 実際に、2010年から2011年にかけてのスマートフォンの成長率は凄まじいものがある。四半期ごとの出荷台数は前年同期に比べて50%~90%も伸びたのだ(Gartnerの調べによる)。ところがPCの出荷台数はこの間、前年同期に比べて伸び率が下がり続けてきた。2010年第1四半期(2010年1~3月)には前年同期に比べると27.4%増えたのに対し、同年の第4四半期(2010年10~12月)にはわずか3.1%増にまで下がり、2011年第1四半期(2011年1~3月)に至っては1.1%減のマイナス成長となってしまった。

 わずか1年でPCの出荷台数は27.4%成長からマイナス成長にまで低下した。一方、スマートフォンの成長率は2011年第1四半期(2011年1~3月)に85%である。スレートPC(メディアタブレット)は製品化されてまだ日が浅いものの、Gartnerは2010年の出荷台数を1,761万台と推定しており、2011年の出荷台数を6,978万台と予測した(2011年4月11日時点の発表数値)。今年は、昨年の4倍ものメディアタブレットが出荷されるとの見通しである。

 2010年のPC出荷台数は約3.5億台、スマートフォンの出荷台数は約3億台である。2011年は、スマートフォンとメディアタブレットの出荷台数の合計が、PCの出荷台数を抜く可能性が大きい。そして来年(2012年)には、DRAM需要のけん引役はPCからスマートフォン/メディアタブレットに変わる。エルピーダメモリはそこまで見通した上で、モバイルDRAMの比率を高めようとしているのだろう。

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(2011年 6月 16日)

[Text by 福田 昭]