福田昭のセミコン業界最前線

10TBの大容量HDDを実現した「SMR技術」登場の背景

 今回はコラム名から外れた特別編“ストレージ業界最前線”をお送りする。HDDの高密度化技術「SMR(Shingled Magnetic Recording)」が商用化されたことと、その背景を解説しよう。

 HGSTが、HDDの高密度化技術「SMR」を導入した10TB(テラバイト)の大容量HDD「Ultrastar Archive Ha10」を出荷し始めたと発表したのは、今年(2015年)6月9日のことである。3.5インチHDDで世界最大の記憶容量を実現するために、HGSTでは初めてSMR技術を製品に採用した。

 それ以前には、Seagate TechnologyのSMR技術を採用した容量5TBの3.5インチHDD「ST5000AS0011」が日本で発売されたことが、2014年11月7日に姉妹誌の「AKIBA PC Hotline!」で報じられた。Seagate Technologyはその後、同じくSMR技術で容量を8TBに増加させた3.5インチHDD「ST8000AS0002」を製品化している。

HGSTとSeagate Technologyがそれぞれ製品化したSMR技術による大容量HDD製品

2010年代前半に鈍化したHDDの高密度化

 HDDの磁気記録密度の向上ペースは過去、非常に高いものがあった。2010年までの過去50年間における平均年率は40%強という、ものすごいペースである。ところがこの向上ペースは、2010年以降になって急速に鈍化してきた。具体的には、1平方インチ当たり700Gbit〜800Gbitで記録密度が頭打ちになった。

 9月21日〜24日に米国カリフォルニア州シリコンバレーで開催されたストレージ開発の技術講演会「ストレージ開発者会議(SDC 2015)」では、調査会社のCoughlin Associatesが過去20年間のHDD記録密度の推移をスライドで示した。このスライドによると、西暦2000年〜2010年頃は、垂直磁気記録(PMR:Perpendicular Magnetic Recording)技術とTMR(Tunnel Magneto-Resistance)磁気ヘッド技術の組み合わせによってHDD製品の磁気記録密度は年率平均40%という高い伸びを維持した。ところが、2010年以降は、磁気記録密度の伸びが急速に鈍化した。2010年〜2015年の平均年率は13%に低下した。特に2011年〜2013年は、HDDの磁気記録密度は全くと言って良いほど伸びなかった。

1995年〜2015年のHDD記録密度の推移。出典:Coughlin Associates
四半期ごとのHDD記録密度の推移(2000年〜2015年)。2011年〜2014年は記録密度がほとんど伸びていないことが分かる。出典:Coughlin Associates

 2010年代前半にHDDの記憶容量拡大を牽引したのは、磁気記録密度の向上ではない。容量拡大を牽引したのは、装置1台が内蔵するプラッタ枚数の増加である。同じ厚みで最大7枚のプラッタを格納できる技術を開発した。それまでは最大で5枚のプラッタを格納していた。磁気記録密度が同じプラッタでも、枚数が5枚から7枚に増えることで、HDD装置全体の記憶容量は最大で1.4倍に増やせる。例えばHGSTが2013年11月4日に発表した6TBの3.5インチHDD「Ultrastar He6」は、この技術(7枚プラッタ)を採用していた

 ただし、装置の厚みを変えずにプラッタ枚数を7枚からさらに増やすことは、極めて難しい。プラッタ枚数の増加は一時的な容量増大の手段とはなっても、中長期的な容量増大の手段とはならない。

限界に達していた垂直磁気記録の高密度化

 中長期的な手段ではないことを承知していながら、HDDメーカーがプラッタ枚数の増加に踏み切ったのはなぜか。粗く言ってしまうと、垂直磁気記録(PMR)とTMR磁気ヘッドの組み合わせによる高密度化(従来技術による高密度化)が限界に達していたからだ。

 HDDではプラッタと呼ぶ磁気ディスクの両面に微細な記録ビットを高密度に設けることで、データを記録している。記録ビットは円周方向に細かく連なっており、1本の細い円環を構成する。この円環を記録トラックと呼ぶ。この記録トラックが半径方向に微細な幅と間隔で並ぶことによって大量のデータを高い密度で磁気ディスク(プラッタ)の両面に記録する。

 HDDの記録密度(bit/平方インチ)を高める基本的な考え方は、記録ビットの密度(BPI:bit per inch)と記録トラックの密度(TPI:track per inch)を高めることだ。言い換えると、記録密度はBPIとTPIの掛け算で表現される。

 記録ビットでは、磁化の方向がプラッタ表面に対して上向き、あるいは下向きのどちらかに揃っている。実は、磁化の方向は常に揺らいでおり、揺らぎが大きくなると磁化の方向が反転することがある。つまり、記録ビットに不良が発生する。HDDでは揺らぎの原因は主に熱エネルギー、すなわち周囲の温度である。

 繰り返しになるが、磁気ディスクは極めて微小な粒子(磁性微粒子)の内部に存在する磁気モーメントの向きを一定方向に揃える(磁化する)ことで、データ(ビット)を記録している。磁化の強さ(磁気エネルギー)は、材料の磁化異方性の大きさ(Ku)と微粒子の体積(V)に比例する。磁化異方性の大きさとは、磁気モーメントの動きにくさを表す。保持力とも呼ぶ。Kuが大きいと、磁化の揺らぎが小さい。安定にデータを維持できる。

 温度による熱エネルギーと磁気記録による記録ビットの磁気エネルギーを比較すると、従来は熱エネルギー(室温である25℃付近の熱エネルギー)よりも、磁気エネルギーがずっと大きかった。従って安定な磁気記録を実現できていた。

 ここで問題となるのが、記録密度を高めるとは、磁化の揃った領域(V)を小さくすることに等しい(BPIを高める)ということだ。単純にVを小さくするとKuとVの掛け算(積)で決まる磁気エネルギーが小さくなり、熱エネルギーによる揺らぎが無視できなくなる。これを防ぐ方法はまずはKuを大きくすることである。具体的には、磁化異方性(Ku)の大きな磁性材料を使うことだ。

 ただし、Kuの大きな材料を採用すると、磁気モーメントを動かしにくくなる。つまり、書き込みヘッドによるデータの書き込みが難しくなる。対策としては書き込みヘッドが発生する磁界を強くする。同時にVが小さくなることに合わせて書き込みヘッドを小さくする。書き込みヘッドを小さくすることと、発生磁界を強くすることは両立しにくい。さらに問題となるのが、書き込み磁界が強くなることによる、磁界の漏れである。このため、Kuを一定の水準から大きくすることは、極めて難しい。

 Kuを上げずにVを小さくすると、記録密度は上がるものの磁気エネルギーが低下する。熱エネルギーとの差が小さくなる。そしてついには、室温の熱エネルギーによって磁性微粒子の磁気モーメントが揺らぎ、磁化が反転し、書き込んだデータを維持できなくなってしまう。これを「超常磁性限界(Superparamagnetic Limit)」と呼ぶ。従来技術のままだと、超常磁性限界が起こる記録密度は、おおよそ1平方インチ当たり1Tbit(1,024Gbit)付近だとされていた。この超常磁性限界による行き詰まりが実際に起こったのが、SMRが実用化される直前のHDD業界だったと言える。

磁気記録密度の向上トレンドと超常磁性限界(Superparamagnetic Limit)。2010年7月に開催されたHDD業界のイベント「DISKCON JAPAN 2010」で日立製作所が示した講演スライド。この時点で、2010年代前半には垂直磁気記録だけでは超常磁性限界に達すると予測されていた。そしてその通りになったと言える

重ね書きで記録密度を1.3倍〜1.4倍に向上

 もちろん、超常磁性限界の到来をHDDメーカー各社は何もせずに見ていたわけではない。限界を打破する技術の開発に取り組んでおり、その最有力候補がSMR技術だった。遅くとも2009年10月には、HDDメーカー各社はSMR技術の開発に取り組んでいた。

 SMR(シングル磁気記録)、あるいは瓦記録と呼ばれるこの記録方式は、原理的には極めて単純である。垂直磁気記録を含めた従来の磁気記録(SMRと区別するために「CMR(Conventional Magnetic Recording)」と呼ぶことが多い)では、記録トラックの間に信号干渉を防ぐための間げき(隙間)が存在していた。ある記録トラックにデータを書き込んだ後は、隙間を空けた別の記録トラックにデータを書き込んでいた。言い換えると、BPIに比べてTPIが低かった。

 SMRでは、記録トラック間の隙間が存在しない。それどころか、記録トラックの一部が重なるように(あるいは、記録トラックの位置を一部だけずらして)、新しいデータを書き込んでいく。この振る舞いが屋根瓦を重ねていく様子に似ていることが、「瓦記録」とも呼ばれる理由である。

 先ほど、記録密度はBPIとTPIの積であると説明した。SMRは、CMRに比べるとBPIは同じで、TPIを大幅に高めることで記録密度を向上させる技術だと言える。この結果、記録密度が上昇する。SMRはCMRに比べると原理的には最大で2倍、製品では1.3倍〜1.4倍くらいの記録密度を達成できるとする。

 SMRで非常に重要な点は、書き込みヘッドを小さくせずに済むことだ。書き込みトラックの幅は従来と同じである。読み出しヘッドは小さくなるものの、現在のTMR磁気ヘッド技術にはまだ余裕があり、書き込みヘッドを小さくすることに比べると、技術的な障壁は低い。書き込みヘッドが同じ大きさであることは、CMRからSMRへの移行を容易にする大きな要因である。

従来記録(CMR)とシングル記録(SMR)の違い。上はCMR。書き込みトラックと読み出しトラックの幅がほぼ同じで、トラック間に隙間がある。下はSMR。書き込みトラックの幅は従来と同じだが、隣接するトラックの一部が重なる。そして読み出しトラックの幅が細くなる。2014年のSDCにおける講演資料から
SMRにおける書き込み動作。書き込みヘッド先端の1角(コーナー)が発生する磁界を利用し、書き込みヘッドをトラック方向に移動させながら、データを書き込んでいく。2014年のSDCにおける講演資料から

SMRの特徴と弱点

 ただし、SMRには特有の課題が存在する。HDDの読み書き動作を物理レベルで見たときに、CMRとSMRで大きく違うのは書き込み動作である。CMRはデータをランダムに書き込むのに対し、SMRの書き込みは原則としてシーケンシャルな書き込みとなる。

 SMRでは何本かのトラックをまとめて「ブロック」として扱い、ブロックとブロックの間には物理的な隙間を設ける。特定のブロックの最初のトラックで書き込みを始めたら、後はずっと、同じトラックにデータを書き込んでいく。最初のトラックがデータで満たされると、次のトラックを始めから、前のトラックに一部を重ねて書き込んでいく。

 このため、SMRにおける書き込みのイメージは、シーケンシャルな書き込みを前提とする記録メディアに近い。磁気テープ記録やNANDフラッシュメモリなどと類似のデータ書き込みである。

さまざまな記録メディアの書き込みプロファイル。上から、従来方式の磁気記録(CMR)、磁気テープ記録、NANDフラッシュメモリ、SMRである。2015年のSDCにおける講演資料から

 従ってSMRのデータ書き換えは、かなり複雑でしかも、無駄が少なくないものになる。最初に、書き換え対象ブロックのデータを全て読み出し、データバッファ(通常はDRAMあるいはNANDフラッシュメモリ)に転送する。それからデータバッファの一部を、新しいデータで書き換える。それからデータバッファのデータを全て、SMRのブロックに書き戻す。

SMRのデータ書き換え動作(始め)。ブロックのデータ(旧データ)を全て読み出し、データバッファに転送する。2014年のSDCにおける講演資料から
SMRのデータ書き換え動作(続き)。データバッファのデータを一部、新しいデータによって書き換える。2014年のSDCにおける講演資料から
SMRのデータ書き換え動作(完了)。データバッファのデータを全てのブロックに書き戻す。2014年のSDCにおける講演資料から

 SMRの課題はこれだけではない。ランダム書き込みを取り扱う方法の違いで、互換性や性能などが異なってくる。現在は、3種類のディスクモデルが想定されており、それぞれに一長一短がある。その内容は近く、解説しよう。

(福田 昭)