実録! 俺のバックアップ術

むしろ手間とコストを減らす。ぐうたらバックアップ

~小寺信良編

変わるバックアップの概念

 筆者がバックアップの重要性を最初に痛感したのは、1984年頃のことだ。当時TV番組を編集する編集機はCMX Editing Systems製の「CMX-340X」というUNIXで動くCUIの編集プログラムで、編集履歴のタイムコードをテキストリスト(EDL)として記録していた。

 当時の業務用編集機はHDDを搭載しておらず、OSとプログラムを8インチFDでRAM内にロードする。EDLデータもRAM内にしか記録しないのだが、途中でエラーが出て操作不能になると、再起動せざるを得ない。当然ながらRAM内の編集データも吹っ飛んでいた。FDへも逐次バックアップする機能も備えていたが、ディスクの書き込み速度が致命的なほどに遅いため、誰も使っていなかった。

 ところが編集室を増設した際に、新型の編集機「CMX-3400X」が導入された。この新型機では、FDへ記録しても、速度的に耐えられるぐらいになった。喜んで使っていたのだが、ある日再起動してディスクからEDLをロードしようとしたら、書き込みエラーで何も記録されておらず、愕然としたことがある。

 当時の編集システムは3,000万円ぐらいしたはずだが、ディスクのベリファイもしないようなお粗末な仕様だったのだ。バックアップもさほど重要視されていなかったのだろう。

 その時代から時は流れて30余年。自分で使うPCのバックアップもずいぶんあれこれやってきたが、基本的にはローカルのHDDやNASにコピーを残すというものだった。だが最近、そうしたやり方を変えていいんじゃないかと思っている。ここでは筆者が実践している「クラウド依存型ぐうたらバックアップ」をご紹介したい。

写真のバックアップ

 筆者はモノカキであると同時に、動画コンテンツ制作者でもある。しかもWeb媒体専門だ。従ってバックアップの質や量といった点では、一般的な使い方からはかなり特殊かもしれない。

 バックアップすべきものは、それぞれに重要性やバックアップ周期、方法論などが異なる。筆者の仕事では、大きく4つに分類される。

  • (1)取材時のイメージファイル
  • (2)動画素材およびその完成品
  • (3)テキスト原稿とそれに必要なファイル
  • (4)OSおよび全体の環境

 現在使用しているコンピュータは、Macが3台である。以前はWindows PCを使っていたが、Windows 8時代に嫌気がさしてMacへ全面移行した。仕事場である自宅ではMac mini(Late 2014)がメイン、持ち出し用としてMacBook Pro(Late 2016)、予備のMacBook Air(Mid 2013)がある。

自宅でのメイン環境。Mac miniに4K TVを接続している
持ち出し用のMacBook Pro(右)、予備のMacBook Air

 一番バックアップに注力しているのは、(1)の取材時のイメージファイルである。この中には写真だけでなく、インタビューを記録した動画や音声ファイルも含まれる。記事中で使う写真もさることながら、資料やメモとして撮影したものもあり、時間が経ってから参照することが頻繁にある。

 これらは取材が終わったら、Dropbox内にあるpictureフォルダに日付分けして取り込む。取り込んだ写真は、3台のMacに同期されることになる。これだけでもバックアップになるのだが、別途バックアップソフトのスケジュール機能を使って、週に1度自動的に2台のNASにどんどん蓄積される。

取材写真をDropboxに取り込むと、同時に上記3台が同期する
バックアップソフトを使って週一でNASに自動バックアップ

 DropboxはProプランを契約しているので、1TBの容量がある。ただローカルのMacにそれほどの容量がないため、3カ月以上経過した写真は、Macから削除している。過去の経験からすれば、大体それぐらいの保存期間で困ることはない。削除も3台が同期するので、どれか1台で作業すれば全てシンクロする。それ以前の写真が必要になったら、NASから探せば良い。

 そのほか写真に関しては、Google PhotoとAmazon Driveにも自動的にアップロードされる。これらはバックアップとして当てにしているわけではなく、NASにアクセスできない外出先で、過去の写真が必要になった時の用心だ。ただ現在まで、そういった事態には遭遇していない。

 実は家族の写真なども特に仕事と分けておらず、一緒に撮影日ごとにフォルダに分けている。以前はGoogleがPicasaという写真管理アプリを提供していて、顔認識により写真をグループ化することができた。従って特に家族写真をどこかに集めなくても、困らなかったのである。

 しかし2016年5月でGoogleがPicasaのサポートを停止してしまったため、ハシゴを外された格好になった。ただ、顔認識はもはや廃れることのない技術だし、そのうち何かいい手段が出てくることだろう。

動画のバックアップ

 動画はコンテンツの素材として撮影するほか、カメラレビューのためのテスト撮影ファイルもある。これまでこうした動画素材は、1TBの外付けHDDに取り込んで編集作業を行なった後、3カ月を目処にBD-Rに保存していた。だが最近は撮影が4K化したため、1度のテスト撮影動画が1枚のBD-Rに入らないということも起こるようになった。

 このあたりでふと考えた。BD-Rを湯水のごとく使って、動画素材をバックアップする必要が本当にあるのか。筆者は僚誌AV Watchにて動画カメラのレビューを16年間続けているが、これまで過去の動画素材が必要になって、光ディスクから引っ張り出してきたことは、過去2回ぐらいしかない。

 ゼロではないのがせめてもの救いではあるのだが、これぐらいの頻度なら、3カ月程度HDDの中で寝かしておいて、古いものから順次削除しても困らないのではないかという結論に至った。一方完成した動画コンテンツはネットに上がるわけだが、それのオリジナルファイルが欲しいという話になったことは、過去一度もない。これも3カ月ぐらいとっておけば、問題ないだろう。

 そもそもオリジナルがなくて困るのは、筆者ではない。それが欲しい誰かだ。その時は、「もうないよ」と言えば済む話である。

 ただ、先日のCES取材で困ったことがあった。持ち出し用のMacBook Proの内部SSDはまだ120GBぐらい空いていたので、取材した動画を取り込んで作業しても十分間に合うと思っていた。ところが実際に現場で編集してみると、撮影動画が編集用の中間素材にどんどん変換されるため、あっという間にSSDがいっぱいになってしまった。

 仕方ないので、編集が終わったファイルはどんどん予備のSDカードに待避させるという無駄な作業をする羽目になった。これではダメだということで、次回の出張に備えて240GBの外付けSSDを購入した。これにOSのバックアップも入れておけば、出張先でも安心だろう。

先日購入したUSB 3.1対応SSDドライブ。2.5インチHDDに比べて小型軽量で、持ち歩いても苦にならない

生原稿のバックアップ

 Web記事や書籍の執筆は、筆者の収入のおよそ80%に相当する、重要な仕事だ。当然、テキストファイルや掲載写真といった納品ファイルの保全は最優先ではある。しかしこれも、どの期間が一番重要かという時間軸で考えると、バックアップに対するアプローチも自ずと変わってくる。

 ファイルを失って一番困るのはいつか。それは原稿に着手してから納品前までだ。つまり書きかけの原稿を失うのが、一番ダメージが大きい。何しろモチベーションが下がるため、二度目の執筆は初回のクオリティに届かないのだ。

 執筆中は、テキストは書き足されるし写真は増えるしで、フォルダ内の状況が刻々と変わる。こうした「生きている」期間のバックアップこそ、Dropboxが最適だ。少なくとも3台のMacとクラウドに存在し、同期も逐次行なわれるので、もし失ったとしても数行分の原稿である。今のところこれを超えるバックアップ手段はない。

 一方で納品してしまった原稿はどうするか。実はWeb媒体に掲載してしまった原稿は、それほど重要ではない。テキストも写真も、必要になったらWebから探せばいいからだ。ローカルのディスク内を検索するより、ネット検索した方が全然早いのである。

 従って入稿して3カ月程度を過ぎた原稿は、Dropboxの同期のチェックを外す。そうすると3台のMacのストレージからは消えるが、クラウド上には残り続ける。こうしてクラウド上にのみ存在する原稿は、毎年正月休みの時にまとめてダウンロードし、BD-Rに待避させる。

 過去の仕事の保全がクラウドだのみでは危ういだろうと、多くの人は考える。だが本当にそうだろうか? 筆者がDropboxを使い始めたのは、日本語対応して間もなくだから2011年である。ここまでおよそ5年間、ファイルを喪失したことはないのだ。仮にクラウド上で失ったとしても、近々3カ月のファイルは3台のMacに存在するので、過去ファイルを失ってもたいした被害はない。

 何よりも、ファイルを失うかもしれないとビクビクしながらローカルにバックアップするという、時間的+金銭的コストおよび精神的消耗が無駄だ。

 ほかのジャンルのライターさんと違って、筆者の場合はWeb連載を集めて書籍化するようなことがほとんどない。従って原稿というアウトプットも、わりと刹那的な扱いで困らないのである。

OSのバックアップ

 Macを使っている人ならお分かりだろうが、OSのバックアップは標準機能であるTime Machine一択であろう。わざわざコストをかけて別のバックアップ方法を使用するメリットはない。

Macの場合、OSのバックアップはTime Machineが完璧

 自宅でのメインマシンであるMac miniは、外付けUSB HDDにバックアップを保存している。出先でのメインマシンであるMacBook Proと予備機のMacBook Airのバックアップディスクは、NAS上に設定している。

 これらのバックアップはほっといても自動的に行なわれるので、特に頑張ってバックアップしているという意識はない。むしろ過去に遡ってレストアしなければならないようなケースもないので、そんなにマメにバックアップを取らなくても、とすら思っている。

 MacOSの面白いところは、何か調子が悪くなってOSを再インストールしても、そのまま元使っていた状態にまで戻ることだ。アプリケーションは全て元のままだし、ブラウザの履歴すらもクラウドに残っているので、すぐに作業を再開できる。別にAppleのエバンジェリストのつもりはないが、突然のトラブルに強い環境になっている。もちろんOSを再インストールすれば、それなりに時間もかかるわけだが、その間は別のマシンを使えばいいので、時間的に穴が空くことはない。

 そもそも、コンピュータで映像を扱う使う仕事の質も、近年劇的に変化している。以前はハードウェアとしてボードを装着したり、怪しげなフリーウェアをテストしなければならなかったりしたので、コンピュータのコンディションも悪くなりがちだった。

 だが今はほぼノーマルの環境で動画が扱えるようになっているし、今後は映像編集も全てクラウド上で完結するようになるだろう。特にカスタマイズの必要もなく、クリーンインストールとさして変わらない環境で即仕事に移れるようになったのは大きな変化である。

バックアップのコストバランス

 従来のコンピューティングにおいて、クラッシュするという意味は、具体的には物理的にHDDが壊れることであった。ほかのパーツは交換が効くが、中身のデータだけは替えが効かないものだ。

 しかしPCのストレージがSSDとなり、作業ファイルはクラウドに自動で同期される現在、どこまでローカルによるバックアップを頑張るべきか。環境作りの手間と金銭的な面でのコストバランスについて、もう一度よく考えてみるべき時にさしかかっている。

 データが消えて一番困るのは仕事のファイルではなく、家族の写真とか、そういうプライベートなものだろう。筆者が保存している一番古いデジタルデータをNASから探してみたところ、1999年に子供を撮影した画像データだった。この年に初めてデジカメを買い、それ以降写真データは一度も損失することなく、18年が経とうとする現在までずっと積み重なっている。

 これまで光ディスクにバックアップしてきた仕事のデータは、メディア枚数にして200枚を超える。だがそれらのデータをもう一度引っ張り出して利用するチャンスは、たぶんもうないのだ。これまでのバックアップは無駄だったとは思いたくないが、実際あと5年10年経てば最初の頃のデータは読めなくなるだろうし、引っ越しでもしようものならその機会に捨てたって構わないのだ。

 何をどこまでどのように保存しておくべきか、それを見極めるのが21世紀のバックアップ術と言えるのではないだろうか。