SIMロック議論の行き着く先



iPad

 週末に米国でiPadの販売が始まった事で、インターネットのコミュニティはiPadの話題一色に染まった。思えば1月28日に「インテルの悩み、Appleの結論」という記事を書いた頃は、まだネット上のコミュニティでは次のような疑念の声があった。

・今さらタブレット型? そんなのでPCの代わりになるの?
・遅いプロセッサで複雑なソフトなんか動かないじゃん
・電子書籍の読めるiPod touchの親玉でしょ?

 だから、多少はiPadに抵抗感を感じる人もいるのだろうか? と思っていたら、Appleファンならず、多くの人が自然にiPadへと注目している。地上波TVがこぞってiPadを取り上げるというのも、単なるネタ不足が理由ではないだろう。筆者宅にも日曜日の昼間にiPadの情報とコメントを求めて電話があったほどだ。

 とはいえ、iPadに関して今のところ言いたいことは、以前の数回に渡るコラムでほぼ言い尽くしている。新たに追加したいことがあるとすれば、iPad向けの雑誌配信でHTML5をガンガン使った斬新な誌面構成が見られる事だろうか。Safariのコンポーネントを電子ブックリーダアプレットで使う事は予想できていたので、HTML5が動くこと自体に驚いている人は少ないかもしれない。

 しかし、ePub準拠とはいえ、ここまでダイナミックな要素を電子ブックの範疇に入るコンテンツに入れ込んだものが実際に動き始めると、やはり時代の変化を感じるという人が多いのではないだろうか。

 ユーザーインターフェイスもiPhoneですっかりお馴染みだが、サイズが大きくなったことで、より自然にコンテンツに直接触れるように扱う操作性は“入力デバイス”というものを透明化させてしまうだろう。大げさに言えばコンピュータの歴史が変わると思う。

 と出だしはiPadの話題だったが、本題は先週末にあった総務省によるSIMロックフリーに関する公聴会を受けての記事を書きたい。

●SIMロックフリー議論とは

 先週末の総務省による公聴会の目的は、携帯電話のネットワークオペレータを呼んで、SIMロックフリー化をお願いしますねと確認することだったようだ。“各社の意見を聞く”場ではあるが、結論は決まっている。SIMロック解除を携帯電話会社に求めていくというものだ。

 実はこの件、2007年に総務省主導で行なわれたモバイルビジネス研究会で討議されていたものだ。ここでは販売奨励金の原則禁止など、さまざまなことが決まっていたが、SIMロック解除の法制化に関しては3.9G、4Gの道筋が見えてくる2010年まで先送りとなっていた。

 つまり、今回の公聴会は先送りした結論を“確認”するための手順だったと言える。ちなみにモバイルビジネス研究会の最終報告によると、

「3.9Gの無線方式の運用状況等の前提条件を見極めることが必要」 (NTTドコモ)、「利用期間付契約の導入等の問題が解決されれば導入可能」(KDDI)、「周波数帯や 通信方式の相違にかかわらず、すべての移動体通信事業者が時期や方法を含め、同一の条件で実施し、利用者利便や公正競争が確保されることを前提としてSIMロックの解除に賛同」(ソフトバンクモバイル)、「SIMロック解除の法制化を行なうことは適切」(イー・モバイル)などの意見が寄せられた。

とある。

 ただ、このところの報道にもあるように、各社はSIMロックを外す事に反対している。NTTドコモは比較的柔軟な姿勢だが、ソフトバンクは絶対に許容できないとの意見だ。

 その理由をザックリと言えば、“SIMロックを外しても互換性がなく意味がない”というものだ。ここで言う互換性とは多岐に渡っている。使用している電波の帯域違いもあれば、そもそもの通信方式の違い、それにサービスプラットフォーム(i-mode、EZweb、Yahooモバイルなど)の違いなどもある。

 日本の携帯電話は携帯電話会社が用意したサービスプラットフォームとハードウェアの機能が密接にリンクしているので、切り離すことは容易ではない。よって3G、3.5Gの世代ではSIMロックフリー化は利点がないだけでなく、非互換で混乱を引き起こす元でしかない。しかも端末の表面価格が上昇して端末も売れなくなるので正しい施策ではないというわけだ。

 SIMロックフリーの結論を3.9GのLTE以降に先送りとなったのも、3.5Gまでの世代では弊害が大きく、LTE以降で再検討ということだと筆者は理解していた。ところが公聴会後の総務省のコメントによると、3.5G世代からのSIMロックフリー化に関して「各社に理解をいただいた」としている。

 これはいったいどういう事なのだろう。

●サービスプラットフォームとハードウェアの切り離しが狙い?

 3.5G世代の端末に関しても、各携帯電話会社が独自に機能を作り込んでいる携帯電話に関してはSIMロックについて黙認するつもりだという。これらの携帯電話は携帯電話会社とメーカーの共同開発になっており、開発費を携帯電話会社も負担しているためだ。

iPhone 3GS

 言い換えるとiPhoneやAndroid携帯、BrackberryといったIPベースのアプリケーションが載った端末は、すべてSIMロックフリーにしなさいということだろう(ただし今回、法制化は行なわないとの事)。

 3.5GからSIMロックフリーを求める総務省の本意がどこにあるのかはわからない(もちろん、お題目として国際競争力のある端末メーカーを育成する環境を整えるというものはある)。

 総務省の狙いがLTE以降にあるのは明白だと思うが、その前段階から携帯電話会社独自のサービスプラットフォームとハードウェアが一体化されていない端末に関してSIMロックフリー化を先行して行なっていき、LTE時代に向けての道筋を作っておきたいのかもしれない。ビジネスの慣習は一朝一夕では変える事が難しいからだ。

 SIMロックフリー化が進んでいくと、ユーザーは特定携帯電話会社に依存したサービスプラットフォームの製品を徐々に敬遠するようになるだろう。モバイルナンバーポータビリティが実現されているが、これに加えてサービスプラットフォームとハードウェアが分断され、さらにSIMロックフリーになれば、ユーザーは携帯電話間を自由に移動できるようになり、海外のネットワークでもそのまま力を発揮できるハードウェアの登場が望める。

 ただ一時的には弊害も出るだろう。IPベースのアプリケーションで構成されている端末(いわゆるスマートフォン)であったとしても、現在発売されているものをSIMフリー化するのはリスキーだ。日本の3Gネットワークは電波の割り当て周波数が他地域とかなり異なるため、すべての周波数をサポートするマルチバンド端末がなく、結局、完全な相互互換をきちんと取れない可能性があるからだ(もちろん、ドコモとソフトバンクの2GHz網同士ならば互換は取れるし、海外で現地のSIMカードが使えるなどの利点もあるのだが)。

 将来はさまざまな問題も徐々に解決するだろうが、一時的には混乱する可能性もありそうだ。特にiPhoneで攻勢をかけているソフトバンクにとってみれば、自分たちが専売しているキラー端末がライバルのネットワークでも利用可能になるのは避けたいに違いない。

●少し問題を整理

 ルールを急に変えようというのだから、さまざまな部分で歪みが出てくることは確かだ。新しい環境になって時間が経過すれば、その歪みも修正され、新しい環境に馴染んだ業界構造が形成されていく。だから本当にSIMロックフリーが必要なのであれば、途中の痛みは多少あったとしても(最終的な利益が大きいのであれば)大きな問題ではない。

 例えばソフトバンクモバイルの孫正義氏はTwitterの公式アカウントで、端末価格が4万円上がって売れなくなる。ゼロ円のiPhone 16Gが海外に転売されて大損害になる。といった苦言をつぶやいていた。

 この話題は以前からよく出ているのだが、実はSIMロックとの関連性は大きくない。ユーザーがSIMを入れ替えて他社ネットワークを使ったとしても、その端末と同時に契約した回線の解約条件で縛りを入れておくことができるからだ。

 もちろん、通話をしてもらえないと、せっかく販売した端末で利益を出せない。しかし、端末販売にかかるコストと基本料金から得られる利益の関係が明瞭なものなら、本来は問題がないはずだ。実際には問題はあるのかもしれないが、事は問題の本質ではない。

 これは終身保険などにも言えることだが、ある価値に対して消費者がどれだけの金額を支払うか。その総額は同じになるのが原理原則だ。つまり、端末に対するコストの総支払額はどこをどう経由して支払うとしても、トータルの価値は変わらないはずである。

 もちろん、表面価格は変化する。ゼロ円と見せてライフタイムサイクルで総額のコストを回収できればいい。表面の価格だけを安くしたいのならば、支払いを平準化して見かけの価格を安くする手法はたくさんある。SIMロックだけが唯一無二の手段ではない。

 個人的にはLTE部分だけをSIMロックフリー化し、(スマートフォンも含め)3.5Gまでの機能はロック可能にするのが現実的だと考えている。LTEは当初データ通信専用に使われ、音声は3.5Gで行なわれる(将来は音声もLTE上でVoIP化される)ハイブリッド端末が、そうとう長い間主流になると思われるため、緩やかにSIMロックフリーへと移行していくこともできるはずだ。

●何社の端末メーカーが生き残れるか?

 ただしSIMロックフリー化、というよりもサービスプラットフォームとハードウェアの切り離しを意図した環境整備が進むと、日本の携帯電話メーカーの多くは事業撤退に追い込まれるのではないだろうか。

 今の日本独自の携帯電話は、ハードウェアの機能とサービスがタイトに結合されているため、ハードウェアメーカーの独自性も比較的出しやすい。日本のメーカーはソフトウェアよりもハードウェアの製造技術に強みを持つメーカーが多いので、これはこれである意味使いやすい端末となる。新しい機能を閉じたネットワークの中で実現できるが故の利点もある。おサイフケータイの機能などは、ガラパゴスと言われる日本の環境だからこそ生まれたものだろう。

 しかしiPhoneやAndroidのように、サービスプラットフォームをIPベースにしてしまうということは、ハードウェアはシンプル化するということだ。これは両スマートフォンを見ればわかるだろう(同じスマートフォンでもBlackberryはハードウェア寄りだが)。

 これらのハードウェアはプラットフォームであり、機能はその上で動くソフトウェアが決めている。カメラやGPS、コンパス、タッチパネルやGセンサー、液晶パネルなどのハードウェア要素をどう扱うかは自由。ソフトウェア次第でさまざまな性格を持ち、ソフトウェアの更新でハードウェアが進化したかのような錯覚を覚える。

 実際、iPhoneのハードウェアはかなり安いはずだ。構造がシンプルで部品点数も少ない。何よりハードウェアの寿命が長い。iPhone 3Gが発売されて2年が経過したが、ではiPhone 3Gは現在、機能的に劣る製品だろうか? 発売されてからもコンスタントにアップデートされ、今でも充分に魅力的だ。

 アップルはハードウェアをシンプル化、長寿命化し、ソフトウェアとネットサービスによる差異化へとモバイル端末のルールを変えたのだ。このルールチェンジについていけるハードウェアメーカーは多くはないだろう。

 総務省の意図は、そうした新しいルールの下で国際競争力を得るメーカーをあぶり出すことにあるのかもしれない。


バックナンバー

(2010年 4月 5日)

[Text by 本田 雅一]