■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
新たに開発されたPXシリーズ |
エプソンが9月15日から順次発売する「カラリオ」シリーズの中で、SOHOおよび個人企業向けプリンタとして位置づけているのが、複合機の「PX-503A」と、単能機の「PX-203」だ。「SOHOユーザーが使用するためのプリンタとして、ゼロから作り直した製品」(セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP・LP企画設計部プロダクトマネージャーの胡桃澤孝氏)と言うように、新たなエンジン、新たなデザイン、そして新たなコンセプトのもとに開発した製品だ。エプソンは「PX-503A」および「PX-203」にどんな想いを込めたのか。セイコーエプソンのPXシリーズ開発チームに話を聞いた。
●ユーザーの現場の利用シーンを徹底的に調査PX-503AおよびPX-203は、9月15日から発売されるカラリオシリーズ新製品の中で、最も大きな変化をみせた製品だ。
PX-203 | PX-503A |
水に強く、にじみにくい特性からビジネス用途で重宝されている顔料インクを採用。新たに前面給紙方式と、スクエアな新デザインの筐体を採用。さらに両面印刷機能を搭載したのが特徴だ。
「PXシリーズで最も追求しているのは使いやすさ。SOHOや小規模企業における利用シーンを想定した進化を遂げたのが今回の製品。これからもその姿勢は変わらないだろう」と、セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP・LP企画設計部主任の西伸幸氏は語る。
セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP・LP企画設計部プロダクトマネージャーの胡桃澤孝氏 | セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP・LP企画設計部主任の西伸幸氏 |
エプソンは、新たなPXシリーズの投入にあわせて入念な準備を進めてきた。
それは、エンジニア自らが実際のユーザーのもとを訪れ、利用シーンを知ることから始まった。それが新PXシリーズの開発コンセプトの根幹に流れる「使いやすさ」を実現することにつながっている。
「国内外の個人ユーザー、SOHOユーザーなど、数十件のユーザーのもとを直接訪問しました。これまでにも企画部門がユーザーの利用シーンを調査することはありましたが、エンジニアが出向くのは今回が初めてのことです」とセイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP企画設計部主事の白川政信氏は語る。
現場を訪れて知ったのはエプソンが想定した利用方法以外の使われ方がされていたことだ。
メーカーの発想であれば、当然のことながら、プリンタは正面を向いて使われることが前提となっている。だが、利用されている現場を見ると、正面を横に向けて設置していたり、設置スペースから少しはみ出すような形で置かれていることも見受けられたのだ。
「SOHOユーザーや個人ユーザーの多くは、限られたスペースにどう設置するかということに苦労をしており、その結果、我々が想定しなかったような設置をしていることがわかった」(白川氏)。
横向きに設置するのは、設置スペースの問題だけではなく、後方給紙の紙が挿入しにくいという課題もあったようだ。海外の調査事例では、従来製品で採用していた後方給紙では、大柄な人のお腹が当たり、紙を補充しにくいといった例が報告されていたという。
「すべての操作、機能を前面に集中配置し、さらに設置性を高めるためにスクエアなデザインを採用した。後方給紙から前面給紙へと変更したのも操作性を高めるとともに、設置面積を最低限にする狙いがあった」(セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP・LP企画設計部プロダクトマネージャーの胡桃澤孝氏)とする。
また、「プリンタの背面を、壁にぴったりとくっつけても利用できるデザインとした。さらに、使っていない時にも、すっきりとした形に見えるデザインを採用した。PX-503Aでは排紙カバートレイを収納できるようにしているほか、給紙ボックスはすべて筐体内に収まるようにした。PX-203では、給紙カセットは使用時は若干出っ張るが、未使用時には収納できるように工夫している」(胡桃澤氏)。
USBコネクタの位置もデザインに工夫を凝らし、挿したUSBメモリがスクエアデザインの筐体の範囲からはみ出さないようにしたり、電源コードの接続も出っ張らないように横方向にケーブルが伸びる形にしたが、これも省スペース化の実現に寄与している。
スクエア型のボックスデザインと、設置サイズは、開発当初にまず決まった要素だったという。そのデザインを崩さないための工夫があちこちに埋め込まれているわけだ。
セイコーエプソン情報画像事業本部情報画像企画設計第一統括部IJP企画設計部主事の白川政信氏 | 同社が調査した実ユーザーの利用環境 |
●自動両面印刷を実現する新エンジンを開発
PX-503AおよびPX-203では、新たに自動両面ユニットを標準搭載した小型エンジンを採用したのも大きな特徴だ。
従来のPX-502Aと同じ筐体サイズのなかで、自動両面印刷機能を搭載するというのが、新エンジンの開発チームに課せられたテーマだった。
「小型化のハードルはかなり高い。途中、挫折しそうになったことは何度もあったが、試作を繰り返し、改良を加えた結果、完成させたもの」と、西氏は自信をみせる。
挫折しそうになった際に西氏が思い出したのは、自らの目で見たユーザー現場の状況だった。
「限られた設置スペースの中で、ユーザーは苦労をしながらプリンタを設置している。小型化した新エンジンを開発しない限り、ユーザーが持つこうした苦労を解消はできない」。
小型エンジンの開発こそが、新PXシリーズが目指すSOHOユーザー、小規模企業ユーザーが使いやすいプリンタを製品化することにつながるのだった。
その西氏が小型化において念頭に置いてきたのは「シンプルな構造にする」ということだった。
従来の自動両面ユニットは、外にせり出した形で紙を裏返しにする機構を取り付けるという考え方のもとに開発されたものだったが、新たに開発したメカニズムでは紙経路を共通化。その経路上に大型のローラーを採用することで結果として小型化を図った。
「大型ローラーを用いることでコストが上昇するという課題もあったが、紙経路の共通化とともに、紙の流れにおける合流部の部品点数を減らすことができたことで、大型ローラーを使ってもむしろ小型化ができた」(西氏)。
PX-503Aの設置面積は367×445mm。昨年発売した両面印刷機能を持たないPX-502Aは342×450mm。ほぼ同等面積ながら、自動両面印刷機能を搭載したのは、開発チームの大きな努力の成果だといっていいだろう。
大型のローラーを採用している | 大型ローラーは中央に配置されており、用紙もセンターにセットされる | 大型ローラーを逆側からみたところ |
USBコネクタ。デザインを工夫してケーブルやUSBメモリを取り付けてもはみ出さないようにしている | 電源ケーブルも形状を工夫しているのも背面を壁つけるための工夫 | 排紙トレイ。使わないときは収納ができる |
●高速印字、大量印刷といったニーズにも対応
PXシリーズは、中小企業/SOHOユーザーが利用する低価格レーザープリンタとの競合も想定される製品だといえる。
胡桃澤氏は、「低価格レーザープリンタを意識した開発は行なっていない」と否定はするが、市場での競合は避けられないだろう。
無論、エプソンもその点は承知している。
同社では、マーケティングデータの1つとして、レーザープリンタとインクジェットプリンタとの競合点について調査しており、レーザープリンタの優位性が発揮されている部分において、今回の新製品が、インクジェットプリンタでありながらも課題が解消されていることを明かす。
「レーザープリンタの特徴といわれているのが、印刷速度が速い、大量印刷に適している、給紙容量が多い、テキスト印刷の画質がよい、消耗品の交換頻度が少ないといった点。だが、PX-503AおよびPX-203では、こうした課題が十分解決されている」と胡桃澤氏は胸を張る。
印刷速度という点では、「レーザープリンタに比べても遜色がない」(胡桃澤氏)といえる毎分38枚を実現。大量印刷という点では、PX-503Aで150枚、PX-203で250枚の給紙カセットを採用。さらに大容量ブラックインクカートリッジにより、大量の連続印字にも対応した。
「1分間に何百枚というような印字ではレーザープリンタの良さがある。だが、初期導入費用が抑えられる、消耗品が入手しやすいといったインクジェットプリンタの良さをそのままに、ビジネス利用で求められる機能を強化した。その点では十分といえる性能を実現しているはず」(胡桃澤氏)というのも頷ける。
レーザープリンタに比べてテキストの印字が劣るという点でも、「普通紙くっきり顔料インク」によって課題を解決しているという。
また、静音性に配慮しているのも新PXシリーズの特徴だ。
前面給紙としたことで紙を押さえるためのホッパーが不要になり、それによって出ていた衝撃音がなくなったほか、部品の材料や構造の見直しにより、速度を犠牲にせずに印刷時の音も静音化した。
さらに、PC上からの操作で静音動作モードを選択すると、印刷速度は落ちるが音はかなり静かになる。深夜でも印刷しなければならないSOHOや小規模企業に配慮した機能だといえよう。
静音動作モードを設定することで、深夜でもプリントアウトのしやすくなる | レーザープリンタとインクジェットプリンタのそれぞれの優位点 |
【動画】新エンジンにおける自動両面印刷機構における紙の動き |
●15周年を迎えたカラリオで最大の進化を見せたのはPXシリーズか
市場想定価格は、PX-503Aが2万円台前半、10月から出荷されるPX-203は、1万円台中盤だ。
「まず購入してもらえる価格を設定し、それに向けて開発を行なった。不要と思われる機能はすべて削ぎ落とし、必要な機能だけを厳選して残した。その結果、この価格帯を実現するとこができた。この機能を欲しているSOHOユーザー、小規模企業ユーザーには最適な製品になったという自信がある」(胡桃澤氏)。
カラリオシリーズという個人向けプリンタのブランドを身につけながらも、企業向けに開発された製品であることは、写真や年賀状印刷を中心としたEPシリーズとは全く異なるエンジンを搭載している点からも明らかだ。
そして、今回の製品が「ゼロから作り上げた」というように、これまでの後方給紙を維持した製品展開では、省スペース化や機能強化の観点からも進化が留まると判断して、不退転の決意で新製品開発に取り組んできた、大きな転換点を迎えた製品であることも見逃せない。
今年15周年を迎えたカラリオシリーズのなかで、節目に最もふさわしい大きな進化を遂げたのは、実は、SOHOユーザー、小規模ユーザーを対象にしたこのPXシリーズなのかもしれない。