山田祥平のRe:config.sys

7notesの後から出た誠




 2月に発表されたばかりのMetaMoJiのiPadアプリ「7notes」が、早くもバージョンアップした。手書きによる日本語入力システム「mazec」に「後から変換」のサポートが加わり、その著しい進化に驚いている。

●バージョンアップで「後から変換」を実装

 MetaMoJiの浮川初子専務からメールが届いた。7notesは、震災のドタバタの中でも開発が続けられ、新たなバージョンができあがったので見て欲しいという。そこで、東京・港区のMetaMoJi本社を訪問し、浮川夫妻に話を聞いてきた。

 直近の同社の話題としては、当初から7notesの開発部隊として関わっていたジャストシステムから独立した徳島のチームも、単なる発注先ではなく、拠点を徳島においたままMetaMoJiに吸収、同社の体制は現在35名となっている。

 バージョンアップにあたり、7notesの価格も改正された。キャンペーン価格がそのまま新価格となり、900円で提供されることになったという。2月の発売から、1カ月は好調に推移したものの、1,500円になった瞬間にランキングから落ち、その相乗効果でセールスも落ちてきていたことに対応してのことだという。

 7notesに今回加えられた改善ポイントは多岐に渡る。例えば、編集時の範囲指定方法をiPad標準に合わせたり、その時点でのコンテキストメニューを選択できるメニューボタンを設けるといった工夫もある。だが、なんといっても今回の目玉機能はmazecに追加された「後から変換」機能だ。

 7notesは、クラウドに置いたライブラリと同期するiPad上のノートテイキングアプリだ。iPadで入力、編集した内容を、文書としてクラウドに置かれたサーバーに同期する。そして、その日本語入力の部分を担うのが手書き文字変換システム「mazec」だ。

 mazecにおける入力モードは3種類あった。書き流し入力モードと交ぜ書きモード、そして、一般的な仮想キーボードによる入力もモードとして用意されている。書き流しは手書きイメージをそのまま保持し、交ぜ書きは手書きイメージを逐次漢字仮名交じりに変換し、テキストデータとして入力する。

 書き流し入力モードでは、あくまでも手書きイメージが保存されるだけなので、人間が見れば内容はわかるが、デジタルデータとしての可用性は低かった。そのイメージを後からテキストに変換する機能が望まれたのは当然の成り行きだといえる。そして、今回、それが可能になった。

 MetaMoJiでは、「後から変換」のスタイルをどうするか迷いに迷ったという。文書はクラウドに同期されるので、サーバー側で処理してやってしまうことも考えたという。だが、紙に殴り書きしたメモを見ながら、きちんとキーボードでタイプして書き直すときには、表現を変更するようなケースはザラにある。それを先にサーバー側で勝手にやってしまっては、さらなる修正作業自体が煩わしい。だからこそ、この機能はローカルで完結させなければならないという結論に達したという。

●手描きは手で書き込んだ時点で実は完成している

 「後から変換」は、日本語入力における「変換」というプロセスをすっ飛ばして、とりあえず置いておくという考え方だ。浮川和宣社長は、かつてのATOK開発の頃を思い出し、当時、ローマ字のままで入力結果を置いておき、それをあとから漢字かな交じりに変換する機能を実装しようとしていたことを話してくれた。辞書引きのストレスを感じることなく、ほとんどリアルタイムで仮名漢字変換ができるようになった今では考えられないことだが、当時のコンピュータの能力では、タイプに変換が追いつかないなら、あとでできるようにしようというアイディアもありだったわけだ。

 問題は、ローマ字の羅列をあとで人間が見たときに、それを読み解くことがいかにたいへんかということだった。これがすべてひらがなだったとしても五十歩百歩だろう。だが、mazecの基本的な入力方法は手書きだ。紙への殴り書きに近いものがそこにはある。あとで見ても自分で書いた殴り書きは、それなりに判別できるし、書いたときのライブ感も思い出せるだろう。そういう意味では未変換でも手描きイメージは文字として完成しているのだ。ひらがなやローマ字のベタ書きとは、ここが大きく違う。

 思いつきをカタチにする場合、考えながら書くときには手で書いた方がいいというのがMetaMoJiの考え方であり、mazecは、それを具現化する。だからこそ、集中し、他を忘れて書けるようにすることを目指す。単なるテキストエディタでいいじゃないか。そう思って開発を続けていたら、今回の「後から変換」モードが実装されることはなかっただろうと浮川夫妻はいう。

●7notesは何を目指すのか

 そうはいっても、現行の7notesには、そのゴールが曖昧な部分もあり、輪郭がぼやけている印象も否めない。たとえば、右寄せや左寄せ、センタリング。文字色や色遣いのサポートなど、よりリッチな文書を作成する機能が搭載されている。新規文書作成時にはカラム数を指定しなければならなかったり、文書管理にはライブラリの概念が用意され、キャビネットでの文書整理も強いられる。開発側としては、今までのワープロとは違うまでも、人に見せる文書は作れるくらいにはしておきたかったというのだが、本当に必要なのかどうかは難しいところだ。

 確かにiPadのようなパーソナルデバイスのみで、すべてを完結しようとするのなら、こうした機能が求められるのは当然だ。もちろん、それは確固としたトレンドであり、PCのような高い処理性能を持ったデバイスの存在感は希薄になりつつある。もはや家庭においてはPCなどいらないという論調もある。

 その一方で、古くからのPCユーザーの1人としては、やはり、PCやスマートフォン、iPadのようなパーソナルデバイスを適材適所で使い分けたいという気持ちも強い。見栄えのする文書やプレゼンテーション資料を作るならPCが便利で使いやすいし、リビングではiPadがお手軽、電車の中では、もう一回り小さいタブレットと、そしてポケットの中にはスマートフォンと、異なる性格を持った複数のデバイスを使い分けたいと思う。そして、それらのデバイスをつないでくれるのがクラウドだ。

 mazecは、7notesアプリ組み込みの日本語入力システムとして機能する。iOSの制約上、mazecが、アプリから独立した入力システムにはなり得ない。もしそれができるのなら、7notesのコンセプトは大きく変わっていただろう。実際、今、iPnone向けやAndroid向けの7notesやmazecの開発が進められていると聞くが、それぞれのデバイスに応じた性格付けがされていくことになりそうだという。

 例えば、iPhoneが、PCで動くアプリケーションのIMEとして機能し、そこでmazecの手書き入力が使えるようになるといった展開もおもしろそうだ。

 個人的に7notesを使っていて感じる違和感は、手書き入力のためのエリアと、実際に文字やイメージが挿入されるエリアが遠く離れていることだ。かつての日本語入力は、画面下部のシステムラインで変換し、その結果を入力位置に持っているのが普通だったが、今では、インラインで変換でき、入力カーソル位置で変換過程を確認できるようになっている。その上、スマートフォンやタブレットでは、いわゆるタッチタイプが難しいので、入力部分にも視線を置く必要がある。結果として、タイプする部分、変換する部分、変換結果が入力される部分という3カ所を視線が行ったり来たりすることになる。これでは、自然な入力にはほど遠い。

 ここで、漢字仮名交じりのテキストデータを入力するためのプロセスを確認してみよう。

  1. 仮想キーボードから押したいキーを探す
  2. 見つかったキーをタッチする
  3. 確かにタッチしたキーの内容が読みとして入力されたどうか確認する
  4. 必要に応じて読みを漢字仮名交じりに変換する
  5. 変換結果を入力位置に送る
  6. 1に戻る

 少なくとも、mazecの手書き認識なら、1~3を束ねることができる。キーを探す必要もない。指の軌跡がそのままその位置に見えるからだ。そして今回の「後から変換」機能は4の過程を後回しにすることができるようにした。でも、5が残ったままだ。そして、それは通常の紙への手書きでは存在しない概念だ。

 日本語入力は、その透明感が重要だ。できるだけ意識しないですむにこしたことはない。ぼくはたまたまコンピュータ的な日本語入力を「ローマ字→かな→かな漢字交じり」というプロセスで習得した。慣れというのはおそろしいもので、この複雑なプロセスを、今では違和感なく繰り返せている。すでに「場」という漢字を入力するために「ば」は「ビー、エー」だから「B、A」とキーを叩きといったプロセスは意識の中にない。自分としてはローマ字を入力している意識はなく、指が勝手に動いてしまう。

 ところが、スマートフォンやiPadの仮想キーボードで同じようにローマ字入力をしてみると、キー位置を目視しなければならないというだけで、忘れていたはずのローマ字綴りを意識せざるを得なくなってしまうのだ。そこに煩わしさを感じる。その煩わしさ解消への糸口をmazecは持っているんじゃないか。

 個人的には7notesのスピンアウトアプリを望みたい。イメージとしては、mazecの手書き認識エリアだけでできた最小限のエディット機能を持つインライン日本語手書きエディタだ。画面全部が手書き入力エリアになっているとうれしい。普通のノートのように、罫線に沿って文字を手書きしていくだけでよい。ワープロソフトのフリーカーソルモードのように、書き始めた位置に応じて、適当に改行が挿入されるのもいいかもしれない。

 また、透明なレイヤーがノートに重ねられていて、どこかのボタンを押している間だけ、そのレイヤーにフリードローイングができて、透けて見える下の文字を強調するために○や□で囲んだり、簡単な図を手描きすることができればもっといい。もちろん、位置関係は手書きがテキストデータに変換されたあとも保たれる…。

 などなど、7notesの進化を見ていると、次々に妄想が膨らんでいく。ある意味で、7notesは、日本語入力システム進化の先にあるものではなく「さあもういっぺん」だ。そこに挑むMetaMoJiの勢いに期待しよう。きっと何かが変わる。