大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ジャストシステム創業者が30年ぶりに挑戦した新たな日本語入力システム
〜MetaMoJi・浮川社長に7notes for iPadの狙いを聞く



●「これなら使える! 」を目指す

 株式会社MetaMoJiは、手書き入力が可能なiPadデジタルノートアプリケーション「7notes for iPad」を開発。MetaMoJiの100%子会社である7knowledgeを通じて、販売を開始する。

浮川和宣社長と浮川初子専務取締役

 「『これなら使える!』−−。そう言ってもらえる日本語入力環境を実現した自信作」と、MetaMoJiの浮川和宣社長は語れば、「パソコン黎明期に感じたワクワク感をこの製品に感じている」と、浮川初子専務取締役は語る。

 「約30年前にジャストシステムを創業し、スペースキーを変換キーに使い、さらにスペースキーを押し続ければ次候補が出るという方法は私が作った。これがいまの日本語入力の標準となっている。では、ネットワーク時代の端末の新たな入力方法は何か。それを提案するもののが今回の製品になる」と、浮川社長は意気込む。

 「7notes for iPad」では、iPadのタッチスクリーン機能を生かして、紙に書くような直感的な手書き入力を可能としているのが大きな特徴だ。

 手書き入力用のマス目は用意されず、ライン上に自由に書き込めばいい。それでも認識率、処理速度は、ストレスがないものになっている。「手で書いた途端に、すぐに認識して変換候補を出すことができる」(浮川社長)というレベルに仕上がっているからだ。

 仏ビジョン・オブジェクトの文字認識エンジンを採用。そこに、MetaMoJiが持つ日本語処理に関する周辺技術を追加して、日本語入力システム「MAZEC(マゼック)」として完成させた。

 入力方法は、手書きでカナや漢字を混ぜて入力し、そこから適切な漢字に変換し、テキスト化する「交ぜ書き変換入力」、手書き入力のまま保存する「書き流し入力」、そして、ソフトキーボードによる「キーボード入力」の3つから選択できる。

 MAZECの名称は、今回の製品の特徴である「交ぜ書き変換」から来た造語だ。

 入力した文字は、手書きのまま保存することができたり、テキスト文字に変換して保存することができる。また、手書き文字とテキスト文字とを混在させて表示することも可能だ。

 「交ぜ書き変換入力」では、手書きで認識した漢字から、テキストの漢字を変換するという、これまでの日本語インプットメソッドにはなかった変換方法にも対応。忘れてしまった漢字の部分をひらがなで手書きし、漢字とひらがなの混ざった文章でも、正確に漢字表記に変換することができる。

 「キーボードでの入力が増えたことで、手書きをする際に、漢字を思い出せなくなったという声をよく聞く。私も同じことがよく起こっている。こうした環境を作ってしまった一因は、一太郎を作った私にもある」と浮川社長は笑いながら、「多くの日本人が持つ、漢字が思い出せないという問題を、交ぜ書き変換機能で解決できる」とする。

 一方、「書き流し入力」では、書いた文字がそのままのイメージで保存するための独自技術を採用している。しかも、手書き文字も1文字単位で選択して、修正したり、装飾することができる。

7notesの入力画面。手書き文字も、テキスト文字も混在できる 手書き文字の認識精度も高い。文字は浮川社長の直筆 浮川社長が7notesを利用しているシーン。自ら手書きで文字を入力
手書きでは漢字がわからない場合もあるが、漢字とカナが混在していても、変換が可能 手書き文字で入力している際に、漢字がわからない場合にも別機能を利用して漢字を検索。それを見ながら手書き入力ができる 手書き入力した文字も、あとから拡大、色付け、アンダーラインを引くといった加工ができる。内容は、浮川社長が今回の製品で目指したコンセプト

 「テキストでは2byteの文字も、手書きのイメージをビットマップ形式でそのまま保存すれば、それだけで1KBになるケースもある。一般的にテキスト文字の100倍から500倍の容量が必要になる計算。1ページの文書も、そのままビットマップで保存すれば、500ページ分の文書を管理しているのと同じ容量が求められる。しかも、2ページになった途端に1,000ページ分の容量が必要になる。これでは使いものにならない。そこで、手書き文字の圧縮や、自分の文字として認識できるところまで間引くといった、独自の技術を開発して、iPad上でスムーズに利用できるようにした」(浮川社長)。

 浮川社長は自分が手書きした文字が、自分の手書き文字として認識できることにこだわったという。

 「これで社長の文字にみえるでしょう」と開発者がいえば、「いや、これは、私の手書き文字ではない」と浮川社長が答えるという会話は、社内で何度となく繰り返された。

 「もう妥協してください」という開発者の声にも、浮川社長は、首を縦に振らず、徹底して、自分の手書き文字が、自分の文字として表示されることにこだわった。

 改良に改良を加えてその努力は、実を結んだ。

 見せてもらって完成版では、浮川社長の手書き文字が、まさに紙に書いた文字と同じように表示されていた。

●95%完成していた開発を投げ出して着手

 浮川社長が、7notesおよびMAZECの開発に着手したきっかけは、2010年5月に国内発売されたiPadを、自身が使いはじめてからだ。

 「ネットワーク時代の端末がいよいよ登場したと感じる一方で、ジャストシステム時代から何度から取り組んできたペンコンピュータの世界、つまり、手書き入力の世界が、いよいよ実現できる端末が登場したと感じた」と浮川社長は振り返り、「私ならばこうしたい、というコンセプトが次々と沸き上がってきた」という。

 動き出した浮川社長は止まらない。

 「社長は、すでに95%完成していたコンシューマ向けWebサービスの開発を途中で放り投げた」(浮川初子専務取締役)というように、浮川社長は全神経を手書き入力システムに集中させた。

 「やりたいことをやる」ということで自ら設立したMetaMoJiだからできた方針の大転換。上場企業のジャストシステム時代では、いくら社長の決断といっても許されないものだっただろう。

 その決意の強さは、当時、入手しにくい環境にあったiPadを、発売した5月中に、22人の全社員に手渡し、それを使った上で、社員全員から意見を吸い上げはじめたことからもわかる。

 年内発売を目指した開発体制が組まれ、さらにプロトタイプが完成した後も、何度も使い込んで改良を加えたり、研究成果を盛り込んだりした。

 研究成果としては、7notesに採用された多彩な「ユニット」の提供や、デジタルキャビネットでの文書管理、タグの絞り込み設定などの文書編集機能にも及んでいる。

 「一太郎やワードのように、入力画面を大きなファイルとして表示するのではなく、情報をユニット単位で捉えるなど、小さな単位で書けるようにした。これは、短い文章が中心となるソーシャルメディアへの対応というよりも、文章はどうやって構成されているか、また、どういった使われ方をしているかといった点を追求していった結果、文章をユニットごとに小さくまとめて書くという傾向が強く、さらに、それらを組み合わせて、1つのレポートや議事録のように構成するといった使い方ができるメリットがあると考えた。新たなネットワーク時代の端末では、ファイル単位での管理よりも、タグごと、情報ユニットごとに管理するといった使い方が適していると考えた」とする。

 画面を分割して、見出しと内容を組み合わせて表示するという文書管理方法もユニークだ。

 7notesには、5つのコアテクノロジーが採用されているという。そのコアテクノロジーは、MetaMoJiが特許として持つ技術ばかりだ。

 これらの技術を活用しながら、開発中に、何度も何度も使いやすさを追求し、改良したものが、7notesというわけだ。

●7notesの意味はなにか

 7notesの「7」には、「多くの」という意味を持たせたという。

 「7という数字にこだわったわけではない。5でも100でもよかった」と浮川社長は笑うが、「7つの海という言い方や、七大陸という表現があるように、すべてのものを網羅するという点で7を使う場合もある。また、7に対するイメージが良かったというのも、採用した理由の1つ」。

 開発者のさまざまな知恵を集め、さらに製品発売後は利用者の意見を反映して、製品を進化させていく。そうした多くの知恵が集まって、製品を作り上げていこうという意味が、この名前に込められているのだ。

●手書きの気持ちよさを体験してほしい
MetaMoJiの浮川和宣社長

 浮川社長は、2011年2月3日の記者発表を前に、実際に7notesを使いながら、7notesのコンセプトを手書きでまとめていた。

 そこには、「キーホードが苦手な人のために、手書きが気持ちいい人に」、「個性を表したい人に」、「手書きの温かさが欲しい人に」、「取材や会議、急ぎのメモを取るときに」といった文字が並んでいた。

 「私たちは、人間とコンピュータの溝を埋めたいと願ってきた。その手段として、いままではコンピュータが理解できるように、人が努力して、キーボード入力を行なってきた。だが、人間が気持ちよく文字を書けば、コンピュータが一気に人間に歩み寄って、その文字を理解することができるようになる。そうしたことを実現したいと考えてきた」と浮川初子専務取締役。

 浮川社長も「タブレット端末では、人間と端末の間の距離を縮めることができる。そして、手書きによって、さらにその距離を縮めることができる。人間が考えることをダイレクトにコンピュータに伝えることができるだろう」とし、「今までパソコンとはほど遠かった人たちのハードルを下げることが出来るのではないだろうか」と続ける。

 また、こんな言い方もする。

 「キーボードでの日本語入力方法を広げた私が言うのもおかしいが(笑)、『手書きって、気持ちがいいんだ』ということを再認識してもらいたい」。

 ここに、30年ぶりに新たな日本語入力に挑戦したという意味がある。

 試作品を、83歳になる母に試してもらったという。

 「いままでいろんなものを使ってもらったが、なかなか使い切れなかった。それが、これなら使える! といってくれた」と、浮川社長は語る。

 この製品の完成のゴールに置いた、「これなら使える! 」という言葉は、ここから出てきたものだ。


●進化を続ける7notesとMAZEC

 今回の製品は、第1弾として、iPad対応版を発売するが、今後、Android対応版を5〜6月にかけて発売。さらに、iPad対応版についても、インターナショナルバージョンとして、日本語だけでなく、英語やフランス語にも対応した製品を、4月にも投入する予定だ。

 また、1,500円の価格の中には、ネットワーク上に2GBの保存領域を無償で提供することも含まれている。保存領域を拡大して使いたいというユーザーには別途有料で提供したり、今後は、さまざまな追加機能を有料で提供するということも考えられるという。

 「情報ユニット単位に対応した録音機能の搭載や、一度入力した手書き文字をテキスト文字に再変換するといった新たな機能も、今後追加していきたい」(浮川初子専務取締役)という。

●最優先課題は7notesとMAZECの進化

 「どこかで、『これなら使える! 』という言葉が発せらている様子を考えると、ワクワクしてくる。そうしたことが実際に起こっていれば、私はこれを開発した意味がある」と浮川社長。「これを、もっと進化させていきたい。もうしばらくの間は、7notesおよびMAZECに関わりたい」とする。

 7notesおよびMAZECの進化は、浮川社長に最優先課題であり、その結果、着実に進化を遂げることになるだろう。だが、その一方で、95%まで完成したWebサービスの完成は、残念ながら、もう少し先ということになりそうだ。