山田祥平のRe:config.sys

電子書籍に必要なことはソニーだって教えてくれない




 電子書籍は書籍を電子化したものか、それとも書籍を読むスタイルの電子化なのか。デジタル化によって、不便になったこと、便利になったこと。そこには、過渡期にありがちの悲喜こもごもがある。

●視認性に優れることを実感できる電子ペーパー

 ソニーの「Reader」を購入した。やはり電子ペーパー独特の反射型ディスプレイはいい。先月から今月にかけて、短期間の間にさまざまなデバイスで電子書籍を読んでみたのだが、それぞれに一長一短があることが実感できた。ただ、従来の紙の本を読むのと同じ環境で読む限りは、電子ペーパーの視認性の優位性は揺るぎない。

 じっくりと本を読めるという点で、出張時の移動時間は有効に使いたい。これまでは、荷物になるのと、読み終わった本を、再び持って戻らなければならないという点で、読書は避け、録画済みTV番組をPC等で観るといったことをしてきたが、電子書籍なら荷物の心配はない。ただ、長時間フライトの機内は暗くなってしまう時間が長く、反射型液晶を読むには灯りが必要だ。だから読書灯をともすのだが、どうしても、隣の席で眠っている乗客の存在が気になってしまう。かといって、素の灯りではちょっと読むのが難しい。電子ペーパーは自発光しないので、あくまでも紙の本と同様に、読むには灯りが必要なのだ。極端な話、炎天下での視認性が一番高い。だから、暗い場所では、iPadやGALAPAGOSのように液晶ディスプレイを持つデバイスが有利だ。

 Readerは、予約しておいて、発売日の12月2日にPocket Editionを購入した。5型の電子ペーパーを持つモデルだ。1カ月ほどかかって最初に購入した電子書籍『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル著)を読み進めているのだが、思わぬ失敗に気がついた。きっと、小説のようにスイスイ読めるコンテンツならそんなことは感じなかったのだろうが、ちょっとした小難しい記述を読み進める場合、ぼくらは、文字を追うのではなく行そのものを目が追っているのだということに気がついた。そして、そのとき読んでいる行に注目しながらも、数行前までをリフレインするように視界にいれることで、初見のひっかかりを回避しているのだ。

 Readerで読む電子書籍は、文字サイズを変更することでリフローし、自分の読みやすい版面にすることができる。文字サイズは、XS、S、M、L、XL、XXLの6種類が用意されている。ぼくの場合はMサイズがちょうどいい。この場合、5型のPocket Editionでは17×10=170字分の文字を読むことができる。でも、これではちょっと少ないのだ。なんというか単行本でのページボリューム分の内容を把握するのが難しい。でも6型のTouch Editionなら、22×12=264字分が見渡せる。わずかなようだがこの違いは大きい。

 というわけで、Pocket Editionに加えてTouch Editionを追加購入した。予想通り、読み進めるのがずいぶんラクになった。Pocket Editionよりもさらに小さいiPod touchなどでも電子書籍を読んでいるのだが、やはり、一度に見渡せる情報量の多寡は読書の効率に大きな影響を与えるようだ。それに、Readerは電子ペーパーというデバイスの性質上、ページを送るごとに、ページ全体が黒く暗転する。これに結構なストレスを感じるため、ページをめくる操作は少なくできるにこしたことはない。

 ReaderではPDFも読める。自炊した単行本や新書、文庫本を転送して表示させてみたが、さすがにつらかった。大きい方のTouch Editionでさえ、ディスプレイのサイズは文庫本のページよりも小さいのだ。ただでさえ文庫本は文字が小さくて読むのがつらいのに、それよりさらに文字サイズが小さいとなるとお手上げだ。文庫本よりも判型の大きな単行本や新書はなおさらだ。

 また、Touch Editionは、オーディオ再生機能もある。コンテンツの転送は、eBook Transfer for Readerと呼ばれる専用アプリを使う。PDFやテキストファイルの場合は、Windowsのフォルダでファイルを選択し、アプリにドロップすれば転送される。音楽の場合は、iTunesで曲を選び、それをドロップしようとしてもできなかったが、いったん適当なフォルダにドロップしてコピーし、さらに、それをアプリにドロップすることで簡単に転送ができた。本を読みながら音楽を聴くことができるので、語学学習などには便利だろうし、最近購入したCDをヘビーローテーションさせながら新刊書を読むような用途にも使えそうだ。モノクロとはいえジャケットも表示される。意外に役に立ちそうだ。

●コンテンツはMy Sony IDに紐づけ

 Readerは、1つのMy Sony IDに対して5台までを紐づけることができる。機器認証と呼ばれる作業をWebを介して行なうことで、My Sony IDがReaderに書き込まれるようだ。専用アプリ自体は、単に購入した書籍を転送する役割を担うだけで認証には介在しない。また、Readerにある書籍をPCに転送することもできる。つまり、コンテンツのファイルそのものは、PCとReaderを自由にいったりきたりさせることもできるのだが、そのコンテンツを購入したMy Sony IDと関連づけられたReaderでしか読むことができないようになっている。

 結果として、専用アプリさえインストールすれば、どのPCでも書籍を購入することができ、購入したコンテンツをすぐにReaderに転送することができる。専用アプリはサイトから自由にダウンロードできる。また、Readerは、単なるマスストレージデバイスで、PCにUSB接続すると2つのストレージデバイスとして認識される。1つはコンテンツ格納用ストレージでコピーしたコンテンツと関連ファイルが入っている。もう1つはSettingというボリュームラベルを持つストレージで、ここにSetup eBook Transferというアプリがあるので、これを使って接続したPCに専用アプリをインストールすることができる。

 デバイスそのものが通信機能を持たないため、書籍の購入にはPCが必須となることを問題にする向きもあるようだが、その不便はあまり感じない。出張先で上巻を読み終えてしまっても、手持ちのPCで自由に下巻を購入できるのだから、それでいい。遠距離の出張や旅行にPCを持参しないことはありえないからだ。でも、そういう人ばかりではないことも十分にわかっているつもりだ。

 これが、iTunesだと、iPodなどのデバイスはiTunesアプリと関連づけられるので、出張中に購入したCDをリッピングして手持ちのiPodに入れるというのが難しい。プライベートの旅行で異国を訪ねると、つい、その国のポップスCDを買いあさってしまうのだが、それを簡単に手持ちのiPodに転送できないのではおもしろくない。でも、Readerなら、PCを問わずにコンテンツを購入し、それをReaderに転送することができる。

 もちろん、iPodやiPhoneもコンテンツを手動管理している場合は似たようなことができる。でも手動管理では同期の操作が煩雑になってしまう。

 このコラムを書くために、2台のReaderをとっかえひっかえさわっていたのだが、片方で読んでいるコンテンツの続きを、もう片方で読みたい場合、どこまで読んだかを受け渡すのがやっかいだ。というのも、コンテンツに付随するさまざまな情報は接続しただけではPCに転送されない。いったんReaderからPCへコンテンツを転送し、そのコンテンツを別のデバイスに転送する必要がある。この作業によって、挟んだブックマークやメモなどをコンテンツと一緒に持ち運び、デバイス間で同期させることができる。このあたりは、iTunesのように同期を自動的にしてくれればと思うのだが、アプリとReaderが紐づけられていない以上は仕方がないことなのだろう。

 仮に、Readerからも、PCからも購入済み書籍がなくなってしまったとしても心配はない。サイトからもう一度ダウンロードするだけだ。ここはMy Sony IDとの紐付けによるメリットだといえる。

●声を大にしてこうなって欲しいを叫ぼう

 結局のところ、今の電子書籍の状況は特定著作者の書籍が特定ベンダーのデバイスでしか読めないのに近い。キングレコードから発売されているAKB48のCDがソニーやビクターのプレーヤーでは聴けないというような状況だ。

 電子書籍を読むためのデバイスはいろいろなタイプがある。もちろん適材適所がある。複数台のデバイスを持って、TPOで使い分けることができてこその電子化だ。満員電車の中では立ったままReaderで読み、暗い飛行機内では液晶タブレットで読む。自宅に戻ったら、PCに接続したそれなりに大きなディスプレイで見開き表示で読みたい。荷物を少しでも抑えたいときには、iPod touchだけですませたいというときもあるだろう。どのデバイスでも読むことができて、どこまで読んだかはクラウドを介して同期されてほしいと思う。こういう環境に近いのは、今のところAmazonのKindleくらいのものだ。

 それに、現状では、読んで有意義だった書籍を家人等に薦める場合にも、デバイスごと貸し出す必要がある。これもやっかいだが、Kindleは、それさえも解決しようとしている。

 確かに紙の書籍より便利になったことは多い。今感じている不便も、紙の書籍では当たり前のことばかりだ。紙の書籍は、書籍1冊1冊が1つのデバイスに相当する。文庫本は文庫本にすぎず、満員電車でも新幹線のグリーン車でも、飛行機のビジネスクラスシートでも文庫本は文庫本として読み進めなければならない。でも、電子書籍はそうであってほしくない。

 理想的にはリアル書店に行って立ち読みし、買いたい本を手にとってバーコードをスキャンするなり、デバイスでタッチすれば、コンテンツがクラウドから落ちてくるくらいのことをしてほしい。もちろん、リアル書店は、その売り上げを自店のものにできる。デジタル化というのは、そのくらいのドラスティックな変化を伴わなければ進まないと思う。

 いずれにしても、「こうなって欲しい」を言えるのは今のうちだけだ。とにかく今は、消費者としてワガママを限界まで叫び続けよう。ぼくらは何が欲しいのか。それはソニーも教えてくれないし、アップルだって同じだ。それが書籍の未来を変えるはずだからだ。地デジみたいに、デジタル化でかえって不便なるのはカンベンだ。