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ChatGPTのプロンプトエンジニアリングはとても「変なもの」。PKSHAと東大・松尾教授が語る

 AIソリューション、AI SaaSの開発・提供を行なっている株式会社PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)は2023年4月4日、「歴史転換期におけるChatGPT/LLMのビジネス活用の展望」と題したメディア向け勉強会を行なった。

 勉強会は、東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授でPKSHA Technology技術顧問でもある松尾豊氏と、株式会社PKSHA Technology 代表取締役の上野山勝也氏の対談形式で行なわれた。大規模言語モデル(LLM)やOpenAIの「ChatGPT」は一時的トレンドか技術的転換か、今後事業成長に繋げるには、日本企業の勝機はどこにあるのかといったテーマで議論が行なわれた。

ChatGPTは技術的転換点

株式会社PKSHA Technology 代表取締役 上野山勝也氏

 最初のテーマは「『ChatGPT』は一時的トレンドか技術的転換か」。松尾氏は「一時的トレンドではない」と断言。「ChatGPTは次の単語を予測するnext-token-predictionを行なっているだけだが、使ってみれば分かるように、相当複雑な概念も学習していて、それをプロンプトで引き出すと良い答えが出てくる。これが世の中に広まっていくことは間違いない」と語った。

 PKSHAの上野山氏は「新しい知を産んでいるのかどうか。どう解釈するといいか」と質問。松尾氏は「生み出していると思う」と答えた。「プロンプト・エンジニアリングで、つまり人間とのコンビネーションで生み出している。確かに学習データはインターネット上のデータだが、もともとだいたいの創造性は類型化+混ぜ合わせ。ChatGPTがやっていることもかなり創造的だと言えると思う」と述べた。

 一方「逆に人間にしかできないことは何か」という問いに対しては「目的を考えること」と答えた。「人間の場合、大脳基底核の報酬系の機能で楽しいこと、嬉しいことをやるためにはと考える。さらにそこから世の中の役に立つことはと考える」と述べ、そこは人間独自だと述べた。

今後もオープンに研究を進めることが重要

東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授、PKSHA Technology技術顧問 松尾豊氏

 次のテーマ、AI研究者がみる「ChatGPT」の本質的な価値について松尾氏は「研究界隈も騒然としている」と答えた。「だいぶ変わり目。3月の言語処理学会でも「ChatGPTで自然言語処理は終わるのか?」という緊急パネルが行なわれた。これまでは深層学習の研究はかなりオープンに行なわれてきたが、今後はかなりクローズドになるのではないかという流れがある。産業化する時はだいたいそうなる。アカデミアでできる研究はこれから限られてくるかもしれない。だからもっとオープンにという流れも必要」と考えているという。

コミュニケーション問題をチャットAIが解決する時代へ

 「日常生活をどう変えるか」というテーマについては「相当変えると思う」と答えた。PKSHAの上野山氏は以前から「世の中のほとんどの問題はコミュニケーションの問題だ」と言っていたとのことで「その多くが解決する可能性がある」と述べた。

 「コミュニケーションの不具合が多くの問題の根底にある」ということについてはPKSHAの上野山氏が補足した。上野山氏は「例えば、ある事業部が『こういうことをやったら良いんじゃないか』と考えても、事前のコミュニケーション不足が原因でできなかったりすることは多い。社内にチャットエージェントを解き放つと、まずAIエージェントに話しておくと、AIが他の人に話しておいてくれるかもしれない。人間のコミュニケーション構造を変えるかもしれない」と述べた。

 今回はメディア向け勉強会だったこともあり、松尾氏は「ほとんどの人は情報加工業を営んでいる。情報加工業をAIが担うようになると、一番最初と最後しか価値がなくなるという説明の仕方もある」と語った。

 また、学習や教育への変化についてもよく質問されるという。だがこれについては松尾氏は「分からない」と苦笑しながら答えた。「3カ月前から世の中激変したけれど教育は10年単位。どんな影響が起こるのかはわからない。でもうまく使うと学びにとっても良いツールになるはず。少なくとも個別の学びを提供できるようになったりするはず」と述べた。PKSHA 上野山氏は「問を立ててもらうこと」や、環境が変わっても適用できる能力の学習に興味を持っているという。

 また、ARグラスと組み合わせることで、喋るべきことや質問候補などを自動でAIが提示してくれるようになるのではないかといった未来も想定できるとし、将来は生身で喋るのは怖いことになるかもしれないと語った。PKSHA 上野山氏によれば、実際、既にそのようなプロトタイプは作られているという。

プロンプトエンジニアリングはとても「変なもの」

 では事業成長に繋げるためにはどうすればいいのか。PKSHA 上野山氏は「伝統的な企業、ソフトウェア企業、スタートアップはそれぞれゲームルールが違う。トラディショナルなところはAI、DXをどう使うのかという話。

 ただし今まではソフトウェアがバックエンドで動いていたが、今回は貫通してフロントエンドにまで出てきている。ソフトウェアで対話しながらアプリケーションが作れる。こういう動的システムを社内でどうデザインするのかは大会社の人事制度をどうするのかみたいなものと似ている」と語り、組織全体の仕組みに関わる本質的な課題に直面すると述べた。

 一方、「スタートアップやソフトウェアは使えばいい」と述べた。「我々は主にコミュニケーション領域でAIを使っている。人とソフトウェアを最も対話させている。これをうまく組み込むことで、今までできなかった雑談もできるようになる。スタートアップはうまく使えばいいし、ゼロイチの立ち上げをやってる人には面白いタイミングでもある」と語った。

 松尾氏は「すごく変なものが生まれた。この『変なもの感』をうまく伝えたい」と述べた。プロンプトエンジニアリングはとても「変なもの」なのだという。

ChatGPT

 例えばChatGPTと顧客DBを連動させる場合を考える。顧客とChatGPTが対話する時には「あなたはスポーツジムの申し込みを担当するアシスタントです。プランはこういう種類のものがあります」と書く。顧客DBと連動させる場合は、顧客の名前を聞くと社内DBにクエリを出してDBから情報を取り出して、例えば過去に来たことがある人かどうかを参照する。つまりChatGPTは顧客と既存のDB両方と話す。それも全部プロンプトに書く。

 「あなたにはこういうツールがあります。DBにアクセスしてID、購入履歴を参照できます。ツールを使うかどうかもYes/Noで選択してください」といったことを書くわけだ。DBを引き、帰ってきた返事をプロンプトにまた入れることもできる。こういうことを全部プロンプトで書く。松尾氏は「こんな変なプログラミングありますか」と会場に投げかけた。

 自然言語で手順を全て指示書として書く。また変数だけ定義すると、その変数が勝手に計算されたりもする。「そういう、なんだか今までにない変なものが生まれている感がある。すごく不思議な現象が起こっている」と松尾氏は語った。

 PKSHA 上野山氏は「文字ドキュメントを大量に学習することで『社会の縮図』みたいなものが表現されているということか」と質問を投げた。松尾氏は同意し、「人間の法律や社内基準、手順書などを元に人間がちゃんと動けるのも、人間というLLMを備えるものが、それのとおりに動いているから。むしろ今までのプログラミングのほうが変わったものだったのかもしれない。今はむしろLLMをどう使うかというほうに揺れ動いているというか、新しいものができつつある」と答えた。

 今まで「世界モデル」と言っていたものは、もっと連続的なものだったが、離散的な言語空間のなかに世界モデルが存在しているし、そのなかで行動や概念も学習してしまっているようだという。

 創造性については「今までは外挿的なものはクリエーションと言われていた。でもChatGPTが出てきたので、それをクリエーションに入れないように定義が変えられつつある」と述べた。

コミュニケーションテクノロジーの未来

 今後はどうなるのか。PKSHA 上野山氏は同社のビジネスについて「顧客接点と社内コミュニケーションの2つにAIエージェントを5,000体くらいばらまいていて、会話したりソフトウェアを動かしたりしている」と紹介。「これがさらに拡張する。ベテランのスポーツコーチがやるように、AIによってコミュニケーションがエンパワーされたり、不具合問題が減っていく。今の会社の部下と上司のコミュニケーションは、ほぼ壊れている。それをちゃんとサポートする。企業と顧客のコミュニケーションもソフトウェアによって滑らかになる」と述べた。

 松尾氏は「顧客が欲しいものや嫌なものをちゃんと認識できるようにする。今は社内で色んなことが分かってもらえない、新技術が使えない、事業側と営業側に伝わってない。政治家も同じ。社会全体を個人がこうしたいということを1人ずつ聞き取っているけど、もっとやり方がある」とコメントした。

 PKSHA 上野山氏は、そもそも認知されていないジョブがどんどん変わっていく可能性があると述べ、AIエージェントがクレームを言ってる人をいなしたりすることができるだろうと語った。

ChatGPTの画面

AIの新時代における日本の勝機

 一部の国ではChatGPTが禁止されたりする動きも始まっている。その中で日本の勝機に繋げるにはどうすればいいのだろうか。松尾氏はまず「LLMを作ったほうがいい」と語った。PKSHA 上野山氏も「いろんなレイヤーがあり、レベルがあるが、何も作らないのはありえない」と同意した。どんなものを作るにしても少なくともLLMを作る人材サイクルが日本にないのは致命的であり、「新しい時代だからこそ基盤技術は自分たちでもやるということだ」と述べた。

 ではグローバルに勝ち目があるのか。日本くらいの規模の国ですらLLMを作ることに足踏みしている。PKSHA 上野山氏は「アジア全体の競争戦略として、アジアのバーティカルを横断するようなものとして作ることはあり得る。例えば医療特化モデルをデータ共有しながらつくる、それを日本がリードする」といったかたちはどうかと提案した。

 松尾氏は「新時代なので何をやってもいい。何に関してもチャンスがある。ぜひ大きな構想をやっていきたい」と同意した。

 今は新しいフロンティアが開けた瞬間だ。松尾氏は「今回はOpenAIからしても予想外のクリーンヒットなので、期せずして『用意ドン』になってしまった。LLMの価値自体はジワッと広がってきていた。ところがそれが『ChatGPT』により史上最速の速さで一気に多くの人が理解して、みんなが話題するようになり、お金も人もそっちに流れている」と現状認識を紹介した。

 インターネットの時は一部の人たちが世間から馬鹿にされている間に発展していったが、「今回は全員が価値を認識した。ほとんどの人がヤバいと思っている。だから『用意ドン』になるとビッグテックは速い。だからイーロン・マスクのように『半年止まろうよ』と言い出す人たちも出てくる。『強さは速さなんだ』と再認識した。今までは巡航速度だったのが今は戦闘モードだ」と述べた。

 以前から松尾氏は、顧客ニーズを吸い上げて修正するフィードバックがハイサイクルであることが強い会社の共通特徴だと述べており、「スピードが大事と言っていたけれど、自分は遅かった。この2カ月くらい、『自分はなんて遅いんだろう』と再認識して絶望的な気分になっている」と語った。

 なお、質疑応答では、汎用人工知能(AGI)はLLMの延長線上にあるのかといった質問もあがった。松尾氏は「汎用人工知能には距離がある。LLMからはまだ複数の課題がある。まだまだだと思っている。でもLLMが世の中にインパクトを与えるのは間違いない」と答えた。また、日々、ChatGPTの新しい活用法を見出して開示している人がたくさんいる文化は日本の強みだと2人は語った。