山田祥平のRe:config.sys
スクリーンに絶えて指紋のなかりせば
(2013/2/8 00:00)
あらゆるデジタルガジェットのGUIがタッチに対応しつつある。もっとも遅れていたPCも、Windows 8の対応で、タッチ対応が進んでいる。今回は、タッチの現状について考えてみることにしよう。
タッチに対応した新しいOffice
MicrosoftがOfficeスイートを刷新、新しいOfficeとしてOffice 2013の一般向け販売を開始した。PCベンダー各社も、この新しいOfficeをプリインストールしたPCの春モデルの出荷を開始している。
今回のOfficeで注目したいのは、それぞれのOfficeアプリが積極的にタッチ対応を試みている点だ。Windows 8のタッチ機能は、新しいUIのアプリではともかく、従来のデスクトップアプリを使うときには、それらのアプリがタッチで使われることを想定していないために、お世辞にも使いやすいとはいえない。もちろん、ブラウザをフリックでスクロールしたり、ピンチでズームイン、ズームアウトしたりといった操作ができるだけでも、ずいぶん使い勝手はあがるのだが、いざ細かい作業をしようとするととたんに操作しにくくなる。
新しいOfficeは、デスクトップアプリではあるが、マウスモードとタッチモードが用意されている。タイトルバー左端のクイックアクセスツールバーにあるボタンで切り替えるのだが、タッチモードに切り替えると、コマンドタブの間隔が広がり、太い指でもタップしやすくなる。もともとリボンのGUIは、旧来のツールバーボタンよりもオブジェクトのサイズが大きいので、タッチに向いてはいるのだが、そのリボンコマンドもさらに大きくなって、よりタッチしやすくなる。
おもしろいのは、Wordなどで色を指定するときに使うカラーピッカーだ。色を変更するために使うパレットで任意の色を選ぶのだが、このコマンドをマウスでクリックした時と、指でタップした時では異なるGUIが表示され、異なる振る舞いをする。マウスでは各色が小さいのだが、指でタップしたときには各色が大きく表示され、太い指でも色を選びやすくなる。このように、新しいOfficeでは、操作されているのがマウスなのか指なのかをインテリジェントに判断する仕組みが実装されているわけだ。
Wordでは、閲覧モードがタッチ対応しているのも目新しい。これは、既存文書を開いて読み進める場合、編集が必要のない場合に使うことを想定している。通常、Wordの文書は印刷を想定したものなので、A4などの用紙が縦方向にスクロールする。いわばWYSIWYGなのだが、閲覧モードではこのWYSIWYGを無視して、コンテンツ内容を横方向スクロールで読み進めることができる。だから、フリックするだけで、順にコンテンツを閲覧できるのだ。図版などが挿入されている場合は、アンカーで関連文章と結びついて表示されるので、それなりにちゃんとレイアウトされているかのようだ。これは、単に文書を読むという情報の消費的な作業では便利に使えそうだ。
マウスの立場はどうなる
各種の環境がタッチに対応することで、これまで使われてきたポインティングデバイスとしてのマウスの立場はどうなるのだろうか。
個人的には、キーボードと同様に、生産的な作業をするには、マウスの方が効率がいいように思う。もっともマウスやキーボードは立ったままなど、モバイル環境では使えないので、いろいろな意味での併用が必要だ。
マウスとタッチの操作で、もっとも大きく異なるのは、「ポインティング」という作業だ。マウスではポインタを移動させてオブジェクトを指し示した上で、そのオブジェクトにアクションを与えるが、タッチではポインタを移動させるという作業が必要ない。なぜなら、指でオブジェクトを指し示すには、ソフトウェア、ハードウェア的なものが介在しないからだ。指はスクリーン表面の空中を移動し、ダイレクトにオブジェクトを指し示すことができる。
マウスとタッチの両方に対応している環境では、ソフトウェアがこのことを十分に考慮しなければならなくなるだろう。タップとクリックは特に問題ないのだ。ピンチもいい。だが、フリックは微妙な立場となる。
たとえば、ブラウザウィンドウにWebページが表示されているとしよう。そこに表示されている文字をマウスを使ってドラッグした場合、文字列などが選択されるのが正しいのか、スクロールするのが正しいのだろうか。実際、Windows 8のIEでやってみると、マウスでは文字が選択され、指でのフリックではスクロールが起こる。もし、指で文字列の選択をしたい場合には、選択したい文字列をタップし、画面に表示されるアンカーを伸ばしたり縮めたりしなければならない。
フリックとドラッグの整合性をとるのは難しい。ある種の実装としては、2本指ではフリック、1本指ではドラッグとみなすといった方法もある。これは、マウスのボタンは1つがいいのか、2つがいいのかという議論と同様に、混乱を招く可能性もありそうだ。2本指だけならまだしも、iOSのジェスチャーのように、3本指、4本指、5本指といったところまで規定してしまうと、かなり複雑なものになってしまう。
熟考してほしいタッチ操作の標準化
Microsoftに言わせれば、世の中のスクリーンのうち、指紋のついていないものを見つけるのは難しいくらいになってきているのだという。そのスクリーンがタッチに対応しているにせよ、いないにせよ、誰もがスクリーンに表示されたオブジェクトを指で指し示したがる。誰かにスクリーンを見せながら何かを説明するような場合はなおさらだ。
Windws 8が発売された時に、この新しいOSでPCをアップグレードすれば、タッチ対応になるといった都市伝説が生まれて話題になったが、テッキーには笑い話かもしれないが、きっと、普通の人は、そう思ったに違いない。そのくらいタッチが当たり前になってきているからだ。
多種多様のHIDで操作されることを想定しなければならないのはWindowsの宿命だ。マウスもあれば、外付けのタッチパッドもある。もちろんタッチスクリーンもある。それぞれのHIDで、矛盾することなく、さらに直感的に操作できるようにするには、どうすればいいのか。おそらくは、Microsoftもまだ結論を出し切れていないのだろう。だから、Windows 8のタッチ操作の定義は、必要最低限のものにとどまっているように感じられ、見切り発車に近い部分も散見される。
これからの10年、20年の将来にわたって使われるタッチのインターフェイスは、急がず慌てず、きちんとしたプロセスの中で十分に考慮して標準化してほしいと思う。マウスを発明したDouglas Engelbart博士も言うように、慣れ親しめるかどうかが重要であり、最初から自然なものなど存在しないのだから。