レビュー
高精度日本製Skylake-X殻割りツールを利用し、Core i7-7800X殻割りの効果を検証
2017年10月17日 06:00
PCパーツおよび高性能BTO PCを取り扱うショップ、オーバークロックワークスで、日本のプロオーバークロッカーNabe氏が制作したLGA2066 CPU用の殻割りツール「KARAWARI-X299」が受注開始となった。初回受注締切が10月31日で、11月中旬頃の発送を予定している。
ちなみに予価は2万円程度を予定しているが、受注が多ければ安くなるとのことだ。
今回、オーバークロックワークスのご厚意により、CPUとともに借りてテストする機会を得たので、ご紹介していきたい。
KARAWARI-X299についての詳細は、Nabe氏のFacebookページがもっとも詳しいので、そちらを参照されたいが、6月頃から設計や試作を重ね、7月後半にようやく小ロットの量産が開始したものだ。いわゆる万力法を応用した、ほかの殻割りツールと同じ構造だが、Skylake-Xはシール材付近にかなり小さい部品があり、高い精度が要求される。
先週ご紹介したRockit 99は、筐体が樹脂製パーツからのCNCマシンでの削り出しであったのに対し、KARAWARI-X299は高精度なアルミ削り出しだ。このため、精度、剛性や耐久性はそれらの比ではなく、“樹脂製では想像がつかないぐらい軽い力で割れる”、“高精度でアルミで作られているため歪みや逃げがなく、締めた力が正確に反映される”、“耐久性が抜群”とされている。このため、樹脂製とは異なり、割れたときに音が発生しないそうだ(Facebookより引用)。
もちろん、これはNabe氏本人がオーバークロッカーを知り尽くしていいるからこそであり、「オーバークロック競技では100個割る人もいるので耐久性が外せなかった(Facebookより引用)」のだという。ちなみに、Intel CPUのヒートスプレッダの位置や高さ、寸法に最大0.1mmの“公差”が存在するとしているが、例え公差が最大値であったとしても、KARAWARI-X299では0.01mm単位で設定しているため問題なく割れるという。
Rockit 99では、CPUの向きに対しての指定があるが、KARAWARI-X299ではその指定がなく、CPUがハマる向きであれば割れる。後述するが、今回割ったCore i7-7800Xでは、向きによってはシール材に非常に近いところに部品があり、ずらしたときにヒートスプレッダがあたってしまうと破損させてしまう可能性がある。KARAWARI-X299ではそういった問題を回避できるわけだ。
事前知識はこの程度にして、実際の製品を見ていこう。さすがアルミブロックの削り出しというべきか、手にしたときのずっしり感は他の製品の比ではない。表面はヘアライン、側面は削り出しによる加工痕があるのだが、見た目とは裏腹にツルッとしていて手触りが良い。そしてデザインとは無縁な、無骨なプロツール感がまた良い。
ヒートスプレッダを押すプッシャーは、ボルトの締め付けをダイレクトに伝える方式。カバーの左下に丸い覗き穴があるのだが、これはさきほど述べたとおり、本製品はヒートスプレッダがとれたときに音がしない仕様なので、目視で確認するためのものだ。
CPUを置くベース部も特徴的だ。CPUをはめる枠の横に、平行四辺形の浅い枠があるのだが、これはカッターの刃を置くためのもの。しかしこれは現時点ではCore i9-7900X以下のモデルでは使用せず、Core i9-7950XE用とのことだ。
使い方は簡単で、CPUをベースに載せてから、蝶ネジでカバーを締め付ける。そのあと六角レンチでプッシャーを押すボルトを締め付ければ、簡単にヒートスプレッダが除去できる。筆者もCore i7-7800Xで殻割りを試してみたが、あっけなく成功した。
殻割りは簡単だが、その後の作業に手間取る
いきなりツールの紹介から始まって、あっさりCPUを殻割りしてしまったのだが、その目的について説明していなかった。
すでに6月時点で明らかにされたとおり、これまでのBroadwell-Eでは、CPUのダイとヒートスプレッダの間は金属によるソルダリングで接合されていたのだが、Skylake-X/Kaby Lake-X世代でグリスに置き換えられた。
オーバークロック環境下では、このグリスがボトルネックになることが想像されるため、これをLiquid Proといった液体金属に置き換えボトルネックを解消するのが、Skylake-X/Kaby Lake-Xの殻割りの最大の目的となる。
今回筆者は、グリスの置き換えとなるLiquid Proを用意するとともに、マザーボードとしてGIGABYTEの「X299 AORUS GAMING 3」、CPUクーラーにCRYORIGの「A40 Ultimate」、を用意し、その効果のほどを検証することにした。そのほか、ビデオカードとしてPalit製の「GeForce GT 630」、メモリとしてCrucialの「Ballistix Sport DDR4-2400 16GB×2」、CPUとCPUクーラーの間のグリスにGELIDの「GC EXTREME」を採用した。
Liquid Proに置き換える作業は、これまでのCPUと大きくは変わらない。まずはシール材をきれいに除去してから、表面のコンデンサといった部品をテープや非伝導グリスで養生、ダイ表面にLiquid Proを塗布して、両面テープでヒートスプレッダを戻す、といった手順だ。
ただ、殻割りそのものははツールで簡単に行なえるのだが、そのほかの手順は一筋縄ではいかない。まずシール材の除去だが、Skylake-Xでは2層基板のパッケージとなっており、両方にシール材が入っている。下の層は比較的容易に除去できるが、上の層は非常に小さな部品がシール材のすぐ近くに実装されており、勢い余って突くと簡単に取れてしまうため、細心の注意を払う必要がある。とくに三角のマークを左上にしたときの上下の両辺の外周に、0.5mmにも満たない部品があるためより一層の注意が必要だ。ちなみにシール材の除去は、木製の割り箸などをカッターなどで鋭く削って使うと良いだろう。
シール材を除去してから、Liquid Proが基板上にこぼれても部品をショートさせないよう、テープで養生する。先述のとおり部品は大変にデリケートで小さいため、セロハンテープなどであれば縦半分に切って使うと良いだろう。テープが万が一剥がれてもLiquid Proによるショートを防止するため、非伝導のグリスを塗っておくと良い。
Liquid Proの塗布だが、8コアまでのCore i9であれば1滴で十分だ。Liquid Pro付属の綿棒でダイ全体に広げてやれば、あとはヒートスプレッダを戻すだけである。細心の注意を払っても、ここまで20分程度の作業で終わる。
定格電圧では効果が限定的だが、電圧を盛ると効果てきめん
さていよいよ検証だが、今回は検証時間が限られていたため、おもにPrime95 Small FFTによる安定性テストを行なうことにした。Intel XTUによるオーバークロックを段階的にして、必要なコア電圧と温度経過を監視していく。
Prime95のSmall FFTは、AVX命令に対応しているため、CPUから最大限の熱を生み出すことができる。一般的な用途ではここまでの熱が発生することはまず考えられないため、このテストに24時間耐えられれば、安定性について問題になることはまずないだろうが、今回は1時間とした。室温は25℃で、PCはバラック状態にしてある。CPU温度の監視は、温度が安定するテスト開始15分後とした。
A40 UltimateはPWMによるファンの回転数制御に対応しているが、今回はマザーボードの標準設定の「Normal」のままにしてある。今回のテストでは負荷時概ね60℃を超えており、A40 Ultimateに付属するファンはほぼ全開に近い状態だった。
余談だが、A40 Ultimateに付属するファンはPWM 30%時で約1,080rpm、100%時で3,000rpmにも達する高性能なものだ。また、A40 Ultimateには水枕付近に70mm角のファンがあり、VRM部も冷やせる。X299環境ではVRM部もかなりの熱を発生するため、A40 UltimateのようにVRMも冷やせる簡易水冷CPUクーラーは重宝する。
【表】標準のCPUファン制御設定 | |
---|---|
20℃ | 28.00% |
30℃ | 40.00% |
40℃ | 55.00% |
50℃ | 70.00% |
65℃ | 100.00% |
まずは殻割りしない状態から。今回お借りしたCore i7-7800Xは、デフォルト電圧のまま4.4GHzまでオーバークロックできた。CPU-Z読みでの電圧は1.046Vである。ここまでは電圧が上がっていないので温度上昇は緩やかで、4GHz時に61℃、4.4GHz時でも66℃だった。
しかし4.5GHzで動作させるためには、1.115Vの電圧が必要だった。わずか0.06V程度の上昇だが、負荷時の温度は一気に85℃に上がった。そして4.6GHzで動作させるためには、一段と高い1.165Vを必要としたのだが、温度はなんと98℃にも達した(テストは完走した)。ここから先は危険域なので、殻割りしない状態でのテストはここで打ち切った。
気になる殻割り後はどうかというと、デフォルトの電圧設定では4GHzで58℃、4.4GHzで63℃という結果。Skylake-Xは比較的ダイサイズが大きく、熱密度が低いため、定格電圧での運用なら、殻割りの効果ははっきり言って薄い。
しかし4.5GHzでは74℃と11℃の温度低下、4.6GHzでは80℃と18℃もの温度低下が見られ、殻割りの効果がはっきり表れた。3,000rpmファンが2基で冷却が優秀なA40 Ultimateを持ってしてもこの温度なので、「電圧を盛ってオーバークロック」するのであれば殻割りは必至だと言えるだろう。
しかしこの先はどうかというと、1.225Vの設定により、4.7GHzで動作した。しかし温度は98℃にも達し、4.8GHzの動作は難しいだろうということで、テストを打ち切った。
クロック | 設定電圧 | CPU-Z読み電圧 | 殻割り前(℃) | 殻割り後(℃) |
---|---|---|---|---|
4GHz | デフォルト | 1.046V | 61 | 58 |
4.1GHz | デフォルト | 1.046V | 63 | 59 |
4.2GHz | デフォルト | 1.046V | 64 | 59 |
4.3GHz | デフォルト | 1.046V | 66 | 61 |
4.4GHz | デフォルト | 1.046V | 66 | 63 |
4.5GHz | 1.115V | 1.112V | 85 | 74 |
4.6GHz | 1.165V | 1.188V | 98 | 80 |
4.7GHz | 1.225V | 1.233V | 実施できず | 98 |
つまり、1.優秀なCPUクーラーを使って、2.お金を払って殻割りツールを買い、3.リスクや保証が切れることを覚悟の上で殻割りをしても、空冷/水冷環境下では、100MHzのクロックアップしか見込めなかった、ということになる。
もっともこれは、Prime95が発熱を多く生み出すAVX命令を使用するためであり、たとえばAVX命令を使用しないCINEBENCH R15のベンチマークなどでは、4.8GHzでもしっかりスコアが残せる。また、Skylake-XにはAVX命令実行時にクロックを下げる「AVX Offset」設定もできるので、これらを駆使すれば、5GHz常用も可能だろう。
Intelは通常で5℃、空冷/水冷で最大100MHzのオーバークロックマージンと引き換えに、よりコストが安いグリスを選んだとも言える。確かに、通常使用で5℃程度ならば、十分に許容範囲だろう。オーバークロックはもともとCPUの保証外行為だが、Intelがグリスを採用する理由は“さらに上を目指したくは、殻割りをして、保証を切らしたということを身をもって証明しろ”というメッセージなのかもしれない。