特集
Haswellオーバークロックガイド【前編】
(2013/7/25 00:00)
Intelの第4世代Coreプロセッサー・ファミリーこと、Haswellが6月より発売となった。すでに深夜販売などで購入され、利用している読者も多いことだろう。また、夏休みを利用して新規に購入してPCを組む自作ユーザーも多いはずだ。PCを自作する醍醐味は、自分の好きなパーツが選べるだけでなく、オーバークロックも要素の1つである。メーカー製PCでは味わえない、オーバークロックによって得られるさらなる性能向上、そしてチューニングすること自体の楽しみは、自作ならではである。
本記事では、IDFで公開された資料を元に、オーバークロックをする上で知っておきたいHaswellの仕組みと、従来のIvy Bridgeからの変更点を紹介する。後編では、ASRockのオーバークロック向けマザーボード「Z87 OC Formula」とドライアイスによる冷却を実践し、得られたオーバークロック結果について紹介する。
なお、当然のことながらCPUは倍率アンロックの「K」シリーズ、チップセットはオーバークロック向けとされる「Z」シリーズを中心とし、話を進めていく。また、本記事で紹介するオーバークロック行為はメーカーの保証外となるため、本記事を読んでオーバークロックをし、CPUやマザーボード、メモリなどが壊れてもPC Watchでは責任を負えないため、その点あらかじめご了承頂きたい。
Ivy Bridgeから大きく変更された電源周り
定格で動作させる分には特に意識をする必要がない電圧だが、一般的にオーバークロックをする際、より高い動作クロックを目指すためにはより高い電圧が必要となる。そのため、まず押さえておきたいのが電圧の知識である。
既報の通り、HaswellはIvy Brdigeから電源周りが大きく変更された。それは電圧レギュレータをCPUに内蔵することで、各ブロックへの電力をCPUが最適化できるようになったとともに、マザーボードから供給する電源ラインを大幅に減らした点である。
Ivy Bridge世代では、CPUコアに供給する「VCORE」、グラフィックスコアに供給する「VGFX」、I/Oに供給する「VIO」、PLLに供給する「VPLL」、そしてシステムエージェントに供給する「VSA」の5系統の電圧を、マザーボードから供給する必要があった。マザーボードの電源周りの実装が煩雑となるほか、CPUで制御を行ないにくいといったデメリットもあった。
一方でHaswellでは、マザーボードから供給する電圧は、内蔵電圧レギュレータに供給する「VCCIN」、そしてメモリコントローラに供給する「VDDQ」の2系統だけとなった。電圧レギュレータの内蔵で効率を高めるとともに、ブロックごとへの供給をCPUが直接制御するようになったわけだ。
ただし、内蔵電圧レギュレータから各ブロックへの供給電圧を、ユーザーから制御できるようになっているため、自由度は変わっていない。CPUコア「VCORE」、グラフィックスコア「VGT」に供給する電圧だけでなく、リングバス「VRING」、アナログI/O「VIOA」、デジタルI/O「VIOD」、システムエージェントに供給する電圧「VSA」も、UEFI BIOSやWindowsユーティリティ上などから設定できるようになっている。
新たに追加されたAdaptive電圧モード
Haswellでは新たな電圧動作モードが追加され、常用のオーバークロックに向いた設計となっている。それが「Adaptive」モードである。
従来のCPU電圧は、動作クロックに合わせて変化する、あらかじめCPUにプログラミングされた値「VID」に則って動作する。SpeedStepが効いた低クロックではそれほど電圧が必要ではないので消費電力を抑え、高クロックでは高い電圧が必要となるので上げるというインテリジェントな仕組みである。
これまでオーバークロックする際は、UEFI/BIOS側でそのVIDからのオフセット値を指定して動作する「Offset」モード、そしてどのクロック帯においても同一の電圧を維持する「Override」モードの2種類が用意されていた。
Offsetモードは、VIDに設定した値の分だけ電圧を上げる/下げる仕組みで、SpeedStepの効果が維持されやすい。しかし例えば+0.05V設定した場合、オーバークロックする領域で+0.05Vになるのならともかく、低クロック時でも+0.05Vされてしまう。つまりSpeedStepで非オーバークロック時と同じ800MHzに低下したとしても、+0.05V分無駄になってしまう課題があった。
Overrideは、SpeedStepでクロックが下がっても電圧が一定のままのため、電力削減のメリットが少ないことになる。とは言えベンチマークスコアの不安定要素になるSpeedStepをオフにしてしまうことの多いオーバークロックの世界では、こちらが主流である。
一方、Haswellで新たに追加された「Adaptive」モードは、SpeedStepの低クロックからTurbo Boost時のVID電圧そのままに、それ以上のクロック域での電圧だけを変更するのである。このため空冷や簡易水冷を利用した常用環境で、低消費電力も高性能も両立させたいというニーズに応えられるようになった。
CPUの「個体差」も知っておこう
Haswellでは、各ブロックが必要とする電圧が、出荷時に「VID」としてプログラミングされる。プロセスルールが22nmまで微細化されるとCPUを製造する際、製品の品質にどうしてもバラツキが生じるわけだが、Intelではこれを動作クロックや機能別(SKU)で切り分けているだけでなく、まったく同一のSKUでも、動作電圧に幅を持たせることで歩留まりを上げている。
値の範囲は明らかにされていないが、これがいわゆる個体差で、多くのオーバークロッカーを悩ませている。例えばだが「コア電圧1.5V以上が危険だとわかっているので、1.5Vまでしか上げない」とあらかじめ決めてオーバークロックする場合、1Vの個体では0.5Vの余裕があるが、1.2Vの個体ではわずか0.3Vの余裕しかないわけで、これがクロックの伸びの差にも影響してくる。
とは言え、液体窒素などで世界記録を狙うような場合でもない限り、空冷におけるオーバークロックではそこまでシビアに“引き”を気にする必要がないだろう。
電圧はどのぐらいまで安全圏か
HaswellのVCCINの最大電圧は3.04V。CPUコア(VCORE)/リングバス(VRING)/グラフィックスコア(VGT)ともに最大電圧は2Vとなっている。システムエージェント(VSA)、アナログI/O(VIOA)、デジタルI/O(VIOD)部は、0.5Vのオフセット値だけが許されており、メモリに関してはDDR3Lで1.35V、DDR3で1.5V、XMPメモリなどオーバークロックメモリ利用時で1.65V以上の電圧が設定可能だ。
ここまで設定できるとは言え、空冷環境で最大値を設定してしまうと速攻で壊れてしまうだろう。クロックとともに少しずつ上げていき、「Prime 95」などのツールで負荷をかけても「CPU Temp」などの温度監視ユーティリティで80℃を超えなければ安全圏と言えるが、それでは検証にかなり時間がかかるので、Core i5-655Kを壊してしまった筆者の経験からすれば、空冷でCPUコアのオーバークロックをする分には、VCCINは2V、VCOREは1.45V以下に抑えたほうが良い。また、空冷環境はVRINGなどを大きくいじらないほうが良さそうである。
もちろんVCCIN 2V/VCORE 1.45Vをいきなりかけてしまうと、壊れてしまうかもしれないため、やはり定格から徐々に上げていく方法が良いと思う。しかし定格から0.01Vずつ動かしても、最終目標もなしに突き詰めて行くと、いざ壊れた時の心理ダメージは大きい。「コア電圧が1.45Vに近づいて来たから、壊れるリスクが高まってきた。そろそろ潮時か」といった心構えをしておくためにも、この目標値を設けておいたほうがといいだろう。そして再度繰り返しになるが、温度は負荷時で80℃以下をキープすることを心がけたい。
なお、「Z87 OC Formula」を設計したASRockのNick Shih氏によれば、VCCINはほかのブロックへの電力も供給している関係上、その電圧は常にコア電圧より高くなければならないが、余裕を持たせたほうが動作が安定するという。Z87 OC Formulaはコア電圧に応じてVCCINも変化させているが、その値の差は0.4V以上あることが望ましい。コア電圧を上げても思うようにクロックが伸びない場合、VCCINを引き上げたほうが良い。
LGA2011プラットフォームの思想を取り入れたHaswellのベースクロック設計
さて、続いては動作クロックについて見ていく。CPUの演算速度を決定づける動作クロックは、マザーボードから供給されるベースクロック×倍率設定で設定される。例えばベースクロックが100MHzで、CPUが35倍動作ならば、3.5GHz駆動となる。この点はHaswellでも何ら変わらないのだが、ベースクロックに関して強化が図られた。
かつてのLGA1156世代(Lynnfield)までは、ベースクロック(FSB/BCLKとも言う)をオーバークロックすることで、非KシリーズのCPUでもオーバークロックをすることができた。しかしLGA1155世代(Sandy Bridge/Ivy Bridge)では、クロックジェネレータがPCH(チップセット)に内蔵され、基本的に100MHzの出力しかできなくなった。マザーボードによっては±5~7%、値にして117MHz程度まで上げられるものも存在したが、基本的なオーバークロック手法はクロック倍率を変更するものとなった。
一方ハイエンド向けのLGA2011プラットフォームでは、外部クロックジェネレータを採用していた。LGA1155にはない特徴として、CPUに入力するベースクロックを100/125/167MHzの3種類から選べ、それに合わせてCPUのPEG(PCI Express)/DMIクロックの倍率を5:5/5:4/5:3に変更できた。このため、ベースクロックを引き上げてもPEG/DMIのクロックを100MHzに固定でき、システム全体の安定性を高められる。外部クロックジェネレータの性能にもよるが、ベースクロックを168MHz程度まで引き上げられるものも存在した。
今回のHaswellではこのLGA2011の設計思想を取り入れた。クロックジェネレータ自体がPCHに内蔵されている点はLGA1155から変わらないが、PEG/DMIのクロック倍率を5:5/5:4/5:3に設定できるようになったため、供給できるクロックを100/125/167MHzから選べるようになった。それぞれのポイントで±5~7%のマージンがあり、167MHzを超えるベースクロックも実現可能となっている。
調節可能なクロックは5つ
HaswellのKシリーズで調節可能な倍率は5つ。1つは演算やL1/L2キャッシュ部を司る「Core Turbo」倍率。最大で80倍まで設定可能としている。また、CPUにはあらかじめTDPや電流上限が定められているが、Kシリーズであれば解除可能である。
2つ目は4つのコア間、そしてGPUのデータを転送するリングバスと共有L3キャッシュの「Ring」倍率。CPUコアと非同期で設定でき、通常はCPUコア以下の倍率である(よって最大80倍も可能)。Ivy Bridgeまでは、リングバス/共有L3キャッシュとCPUコアの倍率が同期されていたので、特にダイの大部分を占めるも歩留まりでクロックが上がらないL3キャッシュが足かせとなっていた可能性があったが、Haswellではこのキャップが取れ、CPUコアのオーバークロックの可能性は広がったと言える。
3つ目はグラフィックスコアの「pGfx」倍率。内蔵グラフィックスの性能を上げたいのならば、ここの倍率を上げれば良い。最大60倍まで設定できるが、GPUはCPUとは構造が異なりそもそも1GHz前後で駆動しているので、液体窒素など極冷を用いてもそれほど大きな速度向上は見込めない。
4つ目はメモリの倍率。仕様上は200MHzまたは266MHzのステップで、最大2,667MHzまで駆動可能としているが、Haswellのメモリコントローラが優秀なため、Z87マザーボードの多くはそれ以上の設定が可能であり、世界記録ではすでに4,000MHz超えの記録も少なくない。
5つ目は、従来でいわゆるノースブリッジにあたるシステムエージェントのPEG/DMI倍率。とは言え、先述のベースクロック:PEG/DMIの比率で自動決定されるので、ユーザーが変更することはない。
従来のオーバークロックのボトルネックが解消したが……
以上のように、HaswellはIvy Bridge世代まで存在した、オーバークロックにおけるいくつかのボトルネックが解消されたと言える。Adaptive電圧モード、柔軟になったベースクロック設定、リングバス/L3キャッシュのCPUコア非同期倍率設定など、より「遊べる」CPUに仕上がっている。
しかし、僚誌「AKIBA PC Hotline」でも既報の通り、HaswellでもヒートスプレッダとCPUダイ間は、ソルダリングではなくサーマルグリスを採用しており、そのためいわゆる「殻割り」をしない状態では、1.3V/4.4GHzですでに90℃を超える結果が出ている。空冷環境でそれ以上のクロックを目指すのであれば、物理的にHaswellが壊れるのを覚悟の上で「殻割り」して、熱伝導率を改善する必要がある。
Haswellではこのグリスが問題なだけでなく、先述の電圧レギュレータの内蔵やGPUの肥大化などで、Ivy Bridgeと比較して発熱が増えている。そのため高いクロックを目指すには、ドライアイスや液体窒素など、極冷環境が必須だと言えるだろう。
そこで後編では、こうした環境に適したASRock製マザーボード「Z87 OC Formula」と、店頭売りされているREEVENの極冷用のポッド「Extreme Cooling Cup」、そして入手しやすいドライアイスを用いて、オーバークロックに挑戦する。