前編では、主にPDFフォーマットの電子書籍タイトルの閲覧に適した4つの単体ビューアを比較した。後編となる今回は、電子書籍販売ストアと連携する各事業社のiPad用ビューア6製品について見ていくことにしたい。今回は単体ビューアの時と異なり、電子書籍タイトルの検索から購入のプロセスにも言及する。
なお、各電子書籍販売ストアの品揃えや価格は、サービスの利用に直接関係する重要な要素ではあるものの、今回は主にインターフェイス面を中心とした比較であることから、コメントで軽く触れる程度となっていることをご了承いただきたい。
■Voyager BooksURL:http://itunes.apple.com/jp/app/voyager-books/id376763267?mt=8
提供元:Voyager Japan
価格:無料
試用時のバージョン:1.0
電子書店「理想書店」の専用アプリ。アプリ内で表示されるストアで購入したタイトルを、ボイジャー製のビューア「T-Time」で読むという構成。余談だが、ソフトバンク クリエイティブが提供している単体の電子書籍アプリ「数学ガール HD」なども「T-Time」を採用しており、ビューアの挙動はほぼ似通っている。
トップページの下部にはマイブック(購入済み電子書籍タイトルの書庫。サムネイルもしくはテキストの切り替え)、オンラインショップ、インフォメーション(操作方法説明)の3つのボタンが表示される。マイブックで電子書籍タイトルにタッチするとビューアが起動し、ページが表示される。画面が縦向きだと単ページ表示、横だと見開き表示に対応する。タップによるページめくりには対応しておらず、スワイプでページをめくる仕組み。個人的にはタップへの対応を望みたいところだ。
画面全体を上もしくは下にスワイプすると、任意のページに移動可能なサムネイル、および切替式のツールバーが表示される。ツールバーには、現在ページ/全ページの表示や、目次表示ボタン、画面輝度調整スライダ、縦書き横書きの切替ボタン、文字サイズ変更ボタン、進捗表示バー、検索ボックスなど盛りだくさんの調整メニューが用意されている。文字サイズの変更のほか、縦書き横書きの切り替えなど、日本語特有の環境への対応を果たしている点は秀逸だ。それぞれの調整メニューの一覧性がもう少し高まれば、さらに使い勝手が向上しそうだ。
全体的にビューアの完成度は高く、ストレスの少ない読書が可能だ。個人的には、ページを上もしくは下にスワイプしてメニューを表示する仕組みには懐疑的だったが、使い続けるとすぐに慣れる。画面中央をタッチしてメニューを表示する仕組みに比べると読書中の押し間違いもなく合理的であると感じる。個人的にはタッチによるページめくりに対応すればほぼ完璧なのだが、これで十分という人も多いだろう。
その一方、初回購入時にはSafariとの間で行ったり来たりになるほか、タイトルによっては閲覧期限が設定されているなど、首をひねらざるを得ない点も多い。PC版に比べてタイトル数が少ないのも、喫緊の課題だろう。
【お詫びと訂正】記事初出時、ソフト名を理想BookViewerとしておりましたが、正しくはVoyager Booksです。また、一部著者名が誤っておりました。お詫びして訂正します。
■ebiReader
URL:http://itunes.apple.com/us/app/id295716527?mt=8
提供元:eBOOK Initiative Japan
価格:無料
試用時のバージョン:1.1.0.8
本稿執筆時点(7/23)で約28,151点の電子書籍をラインナップする電子書籍販売サイト「eBookJapan」専用のビューア。電子書籍タイトルの購入はサイト上で行ない、このビューアを用いて閲覧するというスタイル。ビューアはiPad専用ではなくiPhone用を2倍表示で利用する形になるが、電子書籍タイトル自体はiPadのサイズでも十分見られるクオリティを維持している。サイト自体はiPadに最適化されたものが用意されている。
ビューアであるebiReaderは、ページ移動はタップとスワイプに両対応するが、タッチに反応する画面上のエリアにクセがあり、なかなか慣れない。タップは左右どちらをタップしても先に進むという独特のインターフェイスだが、これは後述のメニュー画面で進む/戻るが使えるように切り替えることができる。進む/戻るの設定をデフォルトにしたほうが直感的に使えるようになるだろう。
また、見開き状態でページをめくる際、画面が一瞬ブラックアウトしてから次の見開きが表示されるため、集中力が途切れやすい。取り扱いタイトルにマンガが多く、ページをめくるスピードが一般書籍に比べて早いため、余計にストレスを感じる。単ページ表示ではブラックアウトせずにスムーズにスライド表示されるだけになんとも解せない。見開きでもスライド表示をサポートしてほしいところだ。
このほか、画面中央を一定時間タッチしたままにしておくと、しおりや回転防止/移動のためのメニュー画面が表示されるのだが、この画面の出現タイミングが分かりづらい。さらにページ下部をダブルタップすることによって表示される操作説明、およびMy本棚やトランクルームが並んだツールバーに至っては、タッチのエリアが微妙すぎて、一発で開けた試しがない。
それ以上に深刻なのは販売サイト。レイアウトこそiPadに最適化されているものの、サイトへの登録、トランクルームの登録、アプリへの登録など、実際に読書を楽しむところまでなかなか到達せず、ハードルの高さは群を抜いている。iPadのほかiPhoneやPC、Macなど複数のデバイスに対応するのはよいのだが、トランクルームと呼ばれるWeb上の本棚にいったん戻さなければ他のデバイスで閲覧できない制約があるほか、このトランクルームは保存冊数が50冊を超えると購入代金とは別に料金を払わなくてはいけないなど、他の電子書籍販売サイトにない独自のカルチャーを持っている。
■Renta! 100円貸本 HD
URL:http://itunes.apple.com/jp/app/id372572743?mt=8
提供元:Papyless
価格:無料
試用時のバージョン:1.0
マンガを中心とした約7,000冊の電子書籍タイトルを48時間レンタルできるサービス。チケット制を導入しており、レンタル料は「48時間3チケット」といった具合に表示される(1チケットは100円相当)。レンタルした電子書籍タイトルは「借りている作品リスト」に追加され、タッチするとビューアが起動して読むことができる。
ビューアについては、縦向きでは単ページ表示、横向きでもやはり単ページ表示。取扱タイトルがマンガ中心でありながら見開き表示をサポートしないというのは、タイトルの特性とビューアがもつ機能の整合性が取れていない印象だ。ページ移動はタップのみでスワイプには非対応。タッチの反応も悪く、ページをめくるだけで一苦労。画面全体を上にドラッグするとページ数などが表示されるが、似た仕組みを採用しているボイジャーのT-Timeがきびきびした動きであるのに比較すると、使い勝手に劣る。
マンガが中心であることから、文字の拡大縮小や縦書き横書きの切替といった機能はなく、今回試用したテキスト系のタイトルでもそれは同様だった。ストアページは全体的に文字サイズが異常に大きいほか、iPhone向けアプリの流用なのかヘルプ画面は実際とボタン配置が異なるなど、iPadに最適化できていない印象だ。
もう1つの問題として、オンライン接続が前提の設計となっていることが挙げられる。オフラインだと「サーバに接続できません」というアラートが表示され、レンタル中の本すら閲覧できない。クラウド型と言うと聞こえはいいが、なにかにつけて忍耐力を試されている気分を味わえる。かろうじて評価できるのは、過去に借りた書籍にはそれを示すアイコンが表示されることと、興味のある本を登録しておくマイリスト機能を備えることくらいだろうか。
■ビューン
URL:http://itunes.apple.com/jp/app/id372350361?mt=8
提供元:Viewn
価格:30日間無料、以降は月額450円
試用時のバージョン:1.0.6
ソフトバンクのグループ会社であるビューンが提供する雑誌購読用アプリ。タイトル単位ではなく月額課金制による読み放題というシステムで、30種類以上の雑誌や新聞を閲覧できることが特徴。また、ニュース動画の配信にも対応している。5月末のサービスインから間もなくして高負荷のためサーバが停止し、本稿執筆時点(7月下旬)ではWi-Fi環境に限定してサービスが再開されている。
ビューアは後述するマガストアと同じヤッパ製。トップ画面で読みたいタイトルを選択し、タップやスワイプで読むというインターフェイスは、ストレスを感じさせない。取り扱っているのが雑誌や新聞とあって、基本的に画像のままめくっていく格好だが、画像を拡大してもクオリティは高い。月額制で課金プロセスがないこともあるが、いつでもサッと閉じて別のタイトルに取り替えて読めるシームレスさは、他のサービスと比較しても出色だ。
現時点での問題点といえば、やはり動作の重さだろう。ちなみに今回試用したバージョン1.0.6では、前のバージョンから変更になった点として「起動の高速化」、「誌面表示速度の向上」、「動画再生の最適化」と、改良点が速度に関するものばかりといった状況である。インターフェイス面では完成度が高くスキームも秀逸なだけに、重さを感じずに利用できるサーバー負荷の克服が望まれる。つねにオンライン状態でないと読めない点も、ダウンロード型の競合サービスと比べるとウィークポイントとなるが、こちらは利便性でカバーできそうに思える。
■マガストア 電子雑誌書店
URL:http://itunes.apple.com/jp/app/id327447987?mt=8
提供元:DENTSU
価格:無料
試用時のバージョン:2.1.2
電通とヤッパが提供する雑誌の配信サービス。取り扱うタイトルが雑誌のみということもあり、今回紹介している中では「ビューン」の競合ということになるだろう。
起動すると雑誌表紙のサムネイルが並んだ画面が表示される。表紙をタッチすると詳細ページにジャンプし、価格ボタンを押すと案内が表示され即決済できる。購入した雑誌はMy本棚に保管され、タッチすると起動して読むことができる。アプリ内課金ということもあり、タイトル選択から購入に至るまでの流れはなかなかシームレスだ。
採用しているビューアはヤッパ製。この手のビューアとしては珍しくリフロー表示機能を備えており、ページ内の文字データだけを抜き出して拡大/縮小しながら読むことができる。つまり製版データの中から抽出したテキストを内部に別途持っているわけで、非常に興味深い。これが特定タイトルのみなのか、すべてのタイトルなのかは不明だが、今回購入した「AERA 8月2日号」と「週刊ダイヤモンド2010/7/17号」については、多くのページがこのリフロー表示に対応していた。
iPad本体を縦にすると1ページ、横にすると見開き表示が可能。ページめくりはスワイプにのみ対応し、タップには対応しない。最初に低解像度を読み込み徐々に解像度が上がっていく方式はビューンと同様だ。ページをタップすると画面上部にメニューバーが表示され、ホーム、目次、サムネイル表示、しおり、リフロー表示ボタンが並ぶ。サムネイル表示はiTunesのアルバムアートワークに似たページをぱらぱらめくるインターフェイスが採用されているが、ビューンと同様読み込みが追いつかないことが多い。
基本的にはオンライン環境での利用が前提だが、いったん読み込んだタイトルはオフラインでも閲覧できる模様。この点はビューンにはない強みだが、今回の試用時はオフライン表示時に低解像度のまま固まってしまうこともあり、ややクセがあると感じた。直近の課題は動きの遅さと、あとページめくりにおけるタップへの対応だろうか。全体的には決済も含めてシームレスな仕組みが提供されているが、月額課金制のビューンと比較した際にどちらを選ぶかはユーザー次第だろう。
■FujisanReader
URL:http://itunes.apple.com/jp/app/fujisanreader/id373775364?mt=8
提供元:Fujisan Magazine Service
価格:無料
試用時のバージョン:1.0
Fujisan.co.jpが提供している雑誌用ビューア。iPadに最適化されたサイトは用意されておらず、iPadはあくまでも購入した電子書籍タイトルのビューアという位置づけ。ただし購入した電子書籍タイトルはビューアの「デジタル雑誌ライブラリ」に自動的に登録されるので、手動で同期する必要はない。
競合となるビューン、マガストアと同じくヤッパのビューアを採用しており、使い勝手は基本的に同様。画像は低解像度を読み込んでから順次高解像度に差し替わっていく方式。いったん読み込んでしまえばオフライン環境でも閲覧は可能だが、低解像度のまま固まってしまう場合もしばしばだ。
ページをタップすると画面上部にメニューバーが表示され、ホーム、目次、サムネイル表示、しおりボタンが並ぶのはマガストアと同じだが、今回試用したタイトルではリフローボタンは表示されなかった。また、今回試用した3タイトルで目次を表示しようとしたところ「表紙」、「目次」しか項目が存在せず、詳細なページが表示されなかった。これが不具合なのか、もともとデータがないのかは不明。iTunesのアルバムアートワークに似たサムネイル表示も可能だが、今回の試用環境ではマガストアに比べるとかなり表示が重く、数分待っても表示されなかった。
購入サイトは紙の本と電子書籍が混在していることから使い勝手は必ずしもよくなく、電子書籍を探していたのに、うっかり紙の本をカートに追加してしまうこともしばしば。また、基本的には定期購読を前提としているため、単体売りのラインナップがほとんどなく、見本誌こそあるものの何かを試しに買ってみるということが気軽にできないのはつらい。ビューアよりもむしろ購入サイトに改善の余地がありそうだ。
●ユーザの満足度が高い電子書籍ビューアを作るには
以上、代表的なビューアおよびアプリを前後編に分けて見てきたが、個々のビューアは若干機能が欠けていたり、解釈にやや苦しむ挙動はないわけではないが、どれもしばらく使い続ければ慣れるレベルだと言える。単体で見て致命的だと感じるビューアは、今回見た中には(多少採点が甘めの場合もあるが)ない。
しかしここで問題になるのは、本というのは次から次へとタイトルを取り替えていくものであり、読者はそのたびに異なるビューアを使うことを求められる、ということだ。タップした時にページがめくられる向きがビューアごとに違うというのは、車に例えるとハンドルを回す方向やブレーキとアクセルペダルの順番がバラバラであるようなもので、乗り換えるたびにこれらに慣れることを強要されるユーザはたまったものではない。こうした挙動をカスタマイズできるのならまだしも、そうではないビューアがほとんどだ。
しかも本の場合、車のように何年と同じインターフェイスに向き合うのではなく、数時間、人によっては数十分といったスパンで乗り換えることになる。ようやく操作性に慣れたと思ったら、また別の仕組みに慣れることを求められるのだ。これを読書体験の阻害と言わずして何と言おうか。もし販売サイト側が「こうした操作性の違いが自社タイトルへの囲い込みにつながれば御の字」と考えているようなら、ちょっと前提が間違っていると言わざるを得ないだろう。
ユーザビリティのコンサルをしていた筆者の経験で言うと、こうした場合にユーザーの満足度の高いソフトなりサービスを作る方法は2つある。1つは機能的に「全部入り」にしてしまい、ユーザー自身が使う機能を選択できるようにすること。もう1つはユーザーテストなり何なりで徹底的にユーザーの使い方を洗い出し、使い方のお手本となるロールモデルを特定した上で、それに基づいて最大公約数的な機能を実装することだ。
しかし読書という行為は老若男女にわたってあまりにもユーザーの幅が広すぎる上、文芸書や雑誌といった種類によっても読み方が異なるため、後者の方法は莫大なコストが発生することが予想される。となると前者のように、考えられる機能をいったんすべて実装し、あとはユーザーに委ねるというのが現実的な解であると考えられる。有料アプリであるにもかかわらず「i文庫HD」の評価がこれだけ高いのは、単に電子書籍の自炊がブームだとか、青空文庫が無料で快適に読めるからといった理由ではなく、ビューアとしての機能が「全部入り」でかつ細かいカスタマイズが可能という、その設計思想が評価されていると筆者は見るが、いかがだろうか。
●現時点での最大の問題は、むしろ販売サイトのユーザビリティ使い続ければ慣れるレベルにある個々のビューアに比べて深刻なのが、電子書籍の販売ストア、つまり電子書籍タイトルの検索から購入までのユーザビリティだ。絞り込みやソート、特定条件での抽出が難しいインターフェイス、アプリとブラウザを行ったり来たりしながらの複雑怪奇な会員登録および購入のプロセス。保存しにくい書庫など、電子書籍を楽しみたいと思っているユーザーの意欲を減退させるのには十分だ。アプリ内課金のアイテム数の個数制限(最大3,000個)といった制限も影響していそうだが、今後電子書籍のタイトルが増え、そしてユーザーの手元にも多数のタイトルが蓄積されていけば、この問題はますますクローズアップされてくるだろう。
【お詫びと訂正】記事初出時、アプリ内課金のアイテム数の個数制限を「最大1,000個」としておりましたが、6月に規約が改定され3,000個に変更されているとのご指摘をいただき、修正いたしました。ご指摘いただいた読者の方に感謝するとともにご迷惑をおかけした関係者の方にお詫びし訂正いたします。
事実上の標準アプリであるiBooksが日本語の電子書籍タイトルを用意しなかったことは、日本語環境における電子書籍ビューアおよびアプリ市場の活性化を招き、同時に裁断機とスキャナによる「自炊」がブームになるきっかけともなった。しかしデファクトスタンダードが定まらないまま市場が活性化したことで、利用者の側からするとこの上なく分かりづらい状況に陥っており、そして状況が好転する兆しはいまのところ見えない。今回ビューアやアプリのインターフェイスを比較して、こうしたひずみを強く感じた。
と、やや悲観的なまとめになってしまったが、一方で電子書籍ビューアとしてのiPadの実力はかなりのものだと言える。iPadの重量ゆえ両方の手で操作できるインターフェイスなどは必要かと感じるが、iPad側に何か欠けたところがあるかというと、せいぜい大容量データを高速に処理できるCPUやメモリあたりで、インターフェイス面に特に問題点は見当たらない。言い換えれば、電子書籍事業社側の取り組み1つで読書体験がよくもなり悪くもなるわけで、一利用者として、現状の問題点を改善する取り組みが各社から起こることを願いたい。
(2010年 7月 30日)
[Reported by 山口 真弘]