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前人未踏の地震切迫度評価研究に挑む

~地球深部掘削船が掘削した孔内の観測データをオープン化へ

海底に設置されているDONETと長期孔内観測システム

 国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、長期孔内観測システムのデータベースを構築しデータを研究者向けに公開すると発表し、オープン化の背景と意義について記者説明会を行なった。

 紀伊半島沖熊野灘は東南海地震の想定震源域である。ここには地球深部掘削船「ちきゅう」によって掘られた掘削孔がある。長期孔内観測データは、この「C0002」と呼ばれる掘削孔に設置した「長期孔内観測システム」によって取得される、歪、傾斜、温度、圧力、地震波等の観測データ。この海域で運用されている「地震・津波観測監視システム(DONET::Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)」を通じてリアルタイムで受信している。なおデータは広帯域地震計データの交換用として研究者の間で一般に使われている「SEED(Standard for Exchange of Earthquake Data)」フォーマットで提供される。データ自体は専門家向けで一般人が見ても面白いものではない。

長期孔内観測システム編成
世界初の多変数同時観測システム
ハイパードルフィンを使ってDONETに接続された

地震・津波観測監視システム(DONET)とは

 JAMSTECは、国際深海科学掘削計画(IODP)による「南海トラフ地震発生帯掘削計画」(NanTroSEIZE:Nankai Trough Seismogenic Zone Experiments)を熊野灘で実施している。南海トラフの巨大地震のメカニズム解明が目的だ。

 熊野灘で運用されているDONETとは、海底に設置された地震計や圧力計のネットワークである。地震による破壊をリアルタイムで早期検知することが目的だ。多点観測網なので地震活動が長期的に面的にどう変化しているかを見ることもできる。震源に近い海底で観測することで観測データをスパコン上のシミュレーションに反映させて、高精度化することができる。それぞれの計測装置は海底ケーブルによってループ状に繋がれており、海底ケーブルのコネクタの抜き差しや設置には水中ロボット「ハイパードルフィン」を使って行なわれている。海底に設置するものなので高信頼性や冗長性が要求される。

 実際にDONETを使うことで、既存の気象庁の観測網に比べると10倍くらいの地震の検知ができているという。また、気象庁は遠いところから観測しているため、どうしても深さの誤差が大きいが、実際の震源が浅かったことが多かったといったことも分かってきたという。なお2011年の東北での地震以降、熊野灘の地震活動は活発化していたが、2013年以降はむしろ静穏化しているという。それはプレートの固着が進んでいるということを意味する。

 DONETを使うことで地上では観測できない低周波地震を捉えることもできる。プレートの固着がはがれてくると、浅いところで低周波地震(ゆっくり滑り)がたくさん起こってくることがシミュレーションから分かってきており、その観測は重要だという。

 だが、海底での観測には限界がある。海底にも流れがあり、地震計や傾斜計も押される。温度分布や地下の水圧データも取ることができない。海底では観測困難なデータを見るための装置が「長期孔内観測システム」だ。

地震・津波観測監視システム(DONET)
現在、DONET2へと拡張されている
面でリアルタイムに地震・津波を観測
高信頼性、冗長性が必要とされる
DONETを使うことで捉えられる低周波地震はプレート固着域モニタリングに有効だという

長期孔内観測システムの設置は黒潮との戦い

 長期孔内観測システムは、ちきゅうで掘削したライザーレス孔の中に、センサーストリングを挿入してセメントで固定したものだ。その設置には多くの苦労があったとJAMSTEC地球深部探査センターの許正憲部長は語った。黒潮があるからだ。ほかに巨大台風との戦いや寒冷前線、不安定な地層との戦いなどいろいろあったそうだが、今回は黒潮に限って説明が行なわれた。

 掘削孔は水深約2,000m、海底下1,000mの孔だ。ドリルパイプで一度掘った孔に、もう一度リエントリー(再貫入)作業を行なうのは、「ビルの屋上から2mmくらいの孔に1mmくらいの糸を入れる」ようなものだったという。

 これに加えて、黒潮がある。黒潮の強い流れによって、「渦励振」という現象が起こる。流れがパイプにぶつかり、カルマン渦が発生し、これによってパイプが左右に揺れるのだ。この揺れを抑えるために、運用クライテリアを決定、水槽実験を行なった。センサーも高精度さを保ち、頑健性を持たせる必要がある。結果的にはドリルパイプにロープを巻くという方法で、揺れを抑えることができたという。

 長期孔内観測システムには歪み、傾斜、温度などを見るためのセンサーがまとめて設置されている。ちきゅうではドリルビットで掘削しながら同時にセンサーで地層の情報を得る(掘削同時検層、LWD)。その情報を使ってセンサー位置を決定する。

 その後に実際の設置となるのだが、それもまた一苦労だったという。まずケーシングからコンクリートを流して固めたあと、セメントがまた別のセンサーを入れる最下部まで垂れないようにHEC流体という特殊な流体を入れる。そしてセンサーを設置したあと、セメントで固める。このセメントも特殊なもので、地層と性質が近くなるように調整されている。途中には「スウェラブルパッカー」という圧力を計測するために孔を封じる栓が設置されるのだが、これは水に触れると膨潤するゴムでできており、「ちんたらオペレーションしていると孔に入らなくなる」もの。そしてロボットを使って孔の最上部にDONETと接続する中継部分(孔内インターフェイス)を固定しオンライン化を確認したあと、切り離して終了となる。このようにして、多変数観測システムの設置ができたという。

長期孔内観測システムの設置
テストで入れたセンサーは粉微塵に
運用クライテリア
センサーも頑健に
ドリルパイプにロープを巻いて渦励振対策
設置作業の流れ
設置作業の実際
センサーケーブル。センサーを守るバンパーが付いている
上部につけられる栓にあたるコルクヘッド
DONETと接続するコネクタ側

より詳細な地殻変動観測で間隙水圧の変化を捉え、地震の切迫度を定量化

 DONETと長期孔内観測システムを使って、プレート沈み込み帯で起きている地殻変動のより詳細な観測を行なうことがミッションだが、現在はC0002点だけである。これも海底下深さ1kmでしかなく、実際のプレート境界断層はさらに5km以上深いところにある。だが地震探査の技術を使って孔内の地震計で観測すると、人工地震を使った構造探査を行なうことで、地下の応力変化や間隙水圧の変化を捉えられるという。また、沖合の付加帯がある部分には、分岐断層帯があって複雑な構造になっている。ここは、2011年の東北での地震では高速な地滑りが起こって津波を起こした部分に相当し、将来の南海地震でも同様のことが想定されている。

 これまでの観測によって、周期10秒を超えるゆっくりすべりが時々起きていることや、地層の状況が掘削の影響で変化することを捉えることなどはできており、将来はプレート境界域の応力・間隙水圧の変化を見ることにチャレンジしていく予定だ。

 将来は、プレート境界地震の切迫度を定量化することに挑んでいきたいという。海洋掘削科学研究開発センターセンター長代理の木下正高氏は、データをオープンにすることで、JAMSTEC以外の研究者たちがデータを使って思わぬ発見をすることもあるかもしれないと期待を見せた。

長期孔内観測システムのネットワーク
長期孔内観測システムが捉えた間隙水圧の変化
より深い場所の構造を調べる
データのオープン化で巨大地震切迫度評価へ
前人未踏の地震切迫度評価研究に挑む

(森山 和道)