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理研、光で脳の記憶を書き換えることに成功

実験の概要

 独立行政法人理化学研究所(理研)は28日、マウスの脳の海馬を光で操作して、「嫌な出来事の記憶」を「楽しい出来事の記憶」に転換させることに成功し、その脳内神経メカニズムを解明したと発表した。

 我々の記憶は、周りで起きる出来事がどのように情緒に訴えるかということに大きく影響され、嫌な出来事の記憶と結びついた場所で、楽しい出来事を体験すると、嫌な出来事の記憶が薄れ、楽しい出来事の記憶に代わることがあるというが、その仕組みはよく分かっていなかった。

 ある出来事が起きた時の状況や、情緒面などの記憶は、海馬と扁桃体という領域に保存される。これらは脳内ネットワークで繋がっており、体験の状況の記憶は、それぞれの領域の神経細胞群とその繋がりに記憶痕跡(エングラム)という形で蓄えられる。同研究チームは最先端の光遺伝学を使って、その詳細なメカニズムを調べた。

 まず、オスのマウスを小部屋にいれ、脚に弱い電気ショックを与える。マウスは「この小部屋は怖い所だ」という嫌な出来事の記憶を脳内に作る。その際、活性化する海馬の神経細胞群を、嫌な出来事の記憶エングラムとして、光感受性タンパク質で標識した。

 その後、この細胞群に青い光を照射して活性化すると、マウスは怖い経験を思い出して、すくんだ。だが、さらにマウスの海馬に光を照射しながら、メスのマウスを部屋の中に入れて1時間ほど一緒に遊ばせると、今度は楽しい出来事の記憶が作られることを突き止めた。これにより、嫌な出来事の記憶に使われた海馬のエングラムをそのまま使って、楽しい出来事の記憶にスイッチできるということが証明された。逆に、楽しい出来事の記憶を嫌な出来事の記憶にスイッチさせることも可能だと示された。

 だが、この現象は、後から経験する出来事の情緒的側面が、先行する経験のそれに置き換わるということではない。海馬のエングラムの代わりに、海馬の下流にある扁桃体のエングラムを処理した場合、海馬でのようなスイッチは起きない。

 これは、海馬から扁桃体への脳細胞の繋がりの可塑性が、体験する出来事の記憶の情緒面の制御に重要な働きをしていることを意味し、嫌な出来事が積み重なり、楽しい出来事を思い出すのが困難なうつ病患者の心理療法に科学的根拠を与え、将来の医学的療法の開発に寄与することが期待されるという。

(若杉 紀彦)