イベントレポート
MITなど、グラフェンを超える「スーパー半導体」で良好なFETを作成
(2015/6/18 12:23)
シリコン半導体の限界を超える材料の研究開発が、半導体業界では活発になっている。シリコン(Si)の次を狙う材料は、ゲルマニウム(Ge)やインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)などの半導体である。シリコンに比べるとキャリアの移動度が高い(言い換えると高速に動作する)ことから、MOS FETのチャンネル部分などに利用することが期待されている。これらの材料は、シリコンと同様に3次元の結晶構造を形成する。
さらに次世代の候補として控えるのは、いささか変わった構造を備えた材料である。その代表が、カーボンナノチューブやグラフェンなどの炭素系材料だ。カーボンナノチューブはその名前の通り、円筒形の構造をしている。グラフェンは炭素原子が平面状に結合した構造で、厚さが単原子層しかない。いずれもキャリアの移動度が非常に高いので、極めて速いトランジスタを作れる可能性が少なくない。
「次々世代」を狙う二硫化モリブデン(MoS2)材料
これら「次々世代」とも呼べる材料群の中で、最近になって急速に注目を集め始めたのが、「二硫化モリブデン(MoS2)」である。MoS2は半導体材料(エネルギーバンドギャップがある)であり、熱的に安定で、原理的にはキャリアの移動度が高く、製造技術ではCMOSプロセスと互換性があり、電流のオン/オフ比が極めて高い。これらの性質は電子デバイスに適した特性を備えており、また地球上にふんだんに存在することから、資源問題の恐れがない。材料自体は固体潤滑剤(グリースなど)として工業的に利用されている。
MoS2にはそのほか、シリコン(Si)やインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)などと全く異なる性質を備える。それは結晶構造が3次元ではなく、2次元であることだ。単原子層あるいは数原子層と極めて薄い膜なのである。半導体層が薄いことは、短チャンネル効果が起こりにくいことを意味する。これも微細なトランジスタに適した特性である。
原子層クラスの薄い膜状の材料と言えば、グラフェンが良く知られている。グラフェンも一時はトランジスタ材料として期待されたことがあったが、最近ではトランジスタではなく、グラフェンは配線材料としての可能性を探る傾向が強い。グラフェンは半導体材料と違ってエネルギーバンドギャップがほとんどなく、金属材料に近いことが分かってきたからだ。金属では、通常はトランジスタにはならない。
15nmと短いチャンネル長のトランジスタを試作
そこで最近では、次々世代トランジスタの開発にはMoS2を扱う研究者が増えてきた。この6月に京都で開催されている半導体の最先端技術に関する国際会議「VLSIシンポジウム」(VLSIシンポジウムの概要は既報を参照)でも、MoS2を利用したトランジスタの研究成果が披露された。
具体的には、米国Massachusetts Institute of Technology(MIT)とベルギーimec、ベルギーKULeuvenの共同研究チームが、チャンネル長が15nmと短いMoS2のMOS FETを試作し、比較的良好な結果を得た(講演番号T3.4)。試作したMOS FETは、チャンネル材料がMoS2、ソースとドレインの材料がグラフェン、ゲート絶縁膜がハフニウム酸化膜、基板はp型シリコン、基板とチャンネルの間はハフニウム酸化膜による絶縁構造、などで構成される。
ソースとドレインにグラフェンを採用しているのは、MoS2とグラフェンの接続が良好なため。MoS2膜の全面をグラフェンで覆い、チャンネルに相当する部分だけグラフェンを取り除き、その上にハフニウム酸化膜を被せることで、チャンネル部を形成している。
試作したFETは、チャンネル部の結晶層が1層(単層)のトランジスタと4層のトランジスタである。ゲート構造はシングルゲートとダブルゲートの両方で試作した。またチャンネル部の長さを変えて、ゲート電圧とドレイン電流の関係(電圧電流曲線)を調べた。
その結果、チャンネル長を15nmと短くしても、ダブルゲート構造で4層のトランジスタのときには、比較的良好な電圧電流曲線を得ることができた。具体的には、オン電流とオフ電流の比率が100万倍を超えた。オフ電流は10pA/μm未満と非常に小さい。
シリコン半導体トランジスタから見れば、現在のMoS2トランジスタの特性は貧弱で、実用レベルには及ばない。そもそも、トランジスタとしてやっと動いた、という段階である。それも実験室での測定結果で、工業的なデータではない。それでも、15nmという短いチャンネルでトランジスタが動作したことは、大きな進展である。実用になるとしてもまだ、年単位の時間が確実にかかる。それだけに先の楽しみは大きい。